159 秘策と限界
俺の武器がエイジスの体を切り裂くことに成功した理由。
それは一切複雑なものではなく、もっと簡単なものであった。
種を明かして仕舞えばなんてことはない。
俺が持っているこれが武器ではないというだけの話だ。
武器だけど武器ではない、夢だけど夢じゃないというような言い回しだが、別に嘘を言っている訳ではない。
俺が今、手に持っている「剣」これは「盾」だ。
もっと言えば、剣の形をした盾だ。
ここまで言えば聡明な人間なら簡単に気がつくことができるだろう。
そう、エイジスが無効化するのは攻撃時に武器攻撃力を参照してダメージを叩き出す場合のみだ。
硬度と物理防御力でダメージを算出する盾ならば、エイジスの能力の影響を受けることはないのだ。
これは以前魔王ベルフェゴールが唱えた魔法『醜悪な騎士団召喚』で召喚した大盾持ちの魔物との戦闘で確認も取れているのだ。。
だからこそ、こいつが敵に回ると確定した時、俺はシュラウドに頼み込んで購入してきた鋼鉄の盾を剣の形にして貰ったのだ。
これは『改造』扱いになるらしく、アイテムの性質自体が変質してしまうことはなかった。
多分、攻撃とかで武具が変形しても元の機能を損なわないための処置だとは思われる。
当然ながらエイジスはこのことは知らない。
俺が今持っているのは剣で、自分の防御は俺の腰に差さっている魔法の杖のせいだと誤解している。
「よし、理解したな?それじゃあいくぞ。」
今度は俺からの攻撃だ。
ただの直線の動き、だが俺の体は半身になっており剣もとい盾は片手で持っている。
そして相手の死角の位置に、俺の左手と魔法の杖を置いた。
「はっ、やらせねえよ!!」
エイジスの拳は俺の体の中心を少し外れた場所を狙っている。
確実に杖を警戒している動きだ。
表や行動に出そうとしなくても、必ずどこかで不安になって手元が狂う。
不安の原因が手の届きそうな場所にあるなら尚更だ。
俺は体を大きく横に飛ばしてその攻撃を避ける。
続けてエイジスの蹴りが飛んでくる。
回避しようと交わした場所に合わせるように放たれたその蹴りは、体を飛ばすことによる回避は難しい。
俺は剣を使ってその攻撃を受ける。
これは剣と言っているが、そして剣の形をしているが元々は盾、攻撃を受けることに関しては通常の剣を使うより容易いはずだ。
その間も俺の左手は杖の上から離さない。
下手に両手で受けてしまってバレてしまってはさっきまでの心理戦がなんだったのかという話になるからだ。
「ちっ、お前さんまた強くなってんな!!」
大きな音と衝撃の後、吐き捨てるような声が聞こえてくる。
だが、そんなことはいちいち気にしていられない。
「ああ、そうだな。」
適当に返事をして、攻撃の合間を縫って俺はエイジスの体に剣を叩きつける。
「ぐおおおおお!!くそっ、卑怯だぞ!!」
歯を食いしばって痛みに耐えながら彼が口にした言葉がこれだった。なんだ、案外まだ余裕そうじゃないか。
もう少しペースをあげたほうがいいかもしれないな。
「そう思うんならお前も武器やら防具やら、装備してきたらよかったんじゃないのか?」
そうは言ったが多分ーーー
「出来ているなら万が一にでもそうした可能性はあっただろうな。俺様は武具の類をつけられねえ、それが規則だからな。」
やっぱりそうなんだ。
少しだけ考えたことがあったのだ。もしエイジスが完全武装で戦いに来ていたならって。
だが、その考察は戦闘がほとんど成り立たないというものにしかなかった。
固有スキルは今まで見て来たものを考えて見ても強力なものが多かったが、最低限の規則があるみたいだった。
リリスで言えばスライムの創生は自分のレベルより低く、1日の合計レベルに上限有りと言った感じだ。
詳しくは教えてくれなかったが、マルバスにも一応それはあるらしい。
そんな中、エイジスだけなんの制限のないのは不自然だと思ったのだ。
まぁ、確かに今まで見て来た固有スキルが少ないからこの予想が外れることもあるだろうとは思ったけど、どっちにしろエイジスのことだから丸腰でくるし関係ないことだった。
「あー、そうかごめんなー、俺だけガチガチに固めて来てしまってさ。」
「気にしてねえよ。そもそも、いつも相手だけ防具は仕事をしてたからな。」
それもそうだな。
あくまで無効化するのは武器と魔法による攻撃、防具に関してはなんの関与もしていない。
それに対しては彼自身、不満に思っていない様子だった。
「それに、俺様はその状況でも勝利して来たんだ。今回だって楽に勝ってみせるぜ!!」
エイジスは吹っ切れたようにそう言っていきなり全速力で距離を詰めて来た。
警戒はしていたが、突然速度が一段階上がったことで対応が少しだけ遅れてしまう。
エイジスはその脚を使ってまっすぐ俺の杖を狙った攻撃をした。
俺はとっさに反応して避けようとしたが、ギリギリのところで避けることができずに杖を差し込んでいるベルトが引き裂かれてしまう。
それを見逃すエイジスではない。
再び拾われないように、返しの足でまだ宙を舞っている杖を遠くに蹴り飛ばした。
「はっ、これでお前さんの自身の源は潰したぜ!!」
「そうだな。ここからは五分の戦いだ・・・『白闘気』!!」
スキルを使い、先ほどより強めの一撃をエイジスに突き入れた。
アイテム性能を強化する『純闘気』は盾で殴っている場合あまり効果は得られないが、その根本である俺自身を強化する『白闘気』はこの状態でも多大な恩恵をもたらしてくれる。
逆に『斬鉄』は今回役立たずだ。
「ぐはっ、、、、、く、お前、どこが五分だよ。まだ剣、使えてんじゃねえか。」
貫かれた腹部を抑えて苦しそうに呻きながらエイジスがこちらを睨む。
流石に今の一撃は応えたみたいだ。
「それが?」
「クソ野郎!!お前嘘ついて嫌がったな!!杖全く関係ねえじゃねえか!!」
「いや別に?お前が勝手に勘違いしただけだろう?」
あの杖がエイジスに何か効果を及ぼしているなんて俺は一切口にしていない。
ちょっと意味ありげに触って見せただけだ。
俺の言葉でそれを思い出したんだろう。
エイジスが顔を赤くして怒りをあらわにしている。
「そうかい、思えば、1体1でここまで追い詰められるのは初めてかもしれねえな・・・・だけど、勝つのは俺様だぜ!!溜まりに溜まった怒りは、大地をも震わす!!」
烈火のごとき怒りを、これまで貯めたダメージを一気に全て放出するつもりらしい。
それがわかるのは今、エイジスがやり始めた行動はとても見覚えがあるものだからだ。
『怒りの咆哮』彼の切り札の1つ、その身にためたダメージと同じだけのエネルギーをあたりに向けて拡散させる大技だ。
その破壊の奔流は非常に範囲が狭く、俺の後方で戦っている冒険者たちに届くほどではない。
だが、俺は逃げ切ることはできないだろう。
そのくらい、至近距離にいてしまっている。
「くっそ、やっぱりこうなるのかよ!!」
俺はエイジスから少しだけでも距離を取り、そしてその場に伏せた。
盾を構えてどうこう・・・ということはできない。
衝撃波は物体を貫通するため物理的な防御はほとんど意味を成さない。それならば、少しでもダメージを減らすように、範囲の外へ逃げる方が建設的だ。
「がああああああああああああああ!!!!!」
何かが爆発したような声が響き渡る。
エイジスの足元の石畳はめくれ上がり、下の地面が見えてしまっている。
その少しだけ離れた場所にいた俺は石畳に伏せてはいたものの、衝撃波と飛んで来た石の破片によって大ダメージを受けてしまっていた。
パッと見ると、今のだけで俺のHPが5割弱まで減ってしまっている。
俺は思っていたより彼にダメージを与えていたみたいだ。はじめの方の態度、あれはやせ我慢だったんだな。
そんなバカなことを考えていた。
突然、俺の伏せている場所に影が落ちた。
とっさに体を横に回転させる。
すると俺が先程までいた場所に、エイジスの拳が落ちて来た。
俺は急いで体を起こす。
「はっ、生き残った、みてえだな。」
流石に疲れている様子だ。あれだけのダメージを溜め込んでいたのだ。
身体的ダメージは相当なものだったのだろう。おそらく、最後の一撃、あれが効いている。
「そりゃあ、お前が倒れない程度のダメージを返されたくらいで、死んでたまるかってやつだよ。」
彼がどのくらい叩けば倒れるのか、それは俺にはわからない。
もしかしたら、命のギリギリまで戦い続ける可能性すらあり得る。だが逆に俺は体力が残り2割を切るほどのダメージを受けたら倒れてしまうくらいの自信はある。
「はっ、よく言うぜ。でも、もうそれじゃあ勝ち目はねえよな?」
エイジスが言ったのは俺の剣のことだろう。
彼の対策として持って来た剣は先ほどの衝撃波で少し離れた場所に飛んで言ってしまった。
腰の黒牙の剣が役に立たないことを考えると、エイジスと同じ丸腰となんら変わりない。
こうなってしまったら、もう俺に勝ち目はないのだと彼はそう言った。
「まだ戦いは終わってないのにえらい自信なことだな。ここからは正真正銘小細工なしの拳同士の殴り合い。ただそれだけだぜ?」
「ぬかせ。武器を失ったお前にどうするって言うんだ?正面からの殴り合いで俺様に勝ちたかったら、遥か後方で戦っているあの女でも連れて来たらどうだ?」
「リリスならベルフェゴールを倒すっていう仕事で忙しいから俺たちに構っている暇はないんだよ。まあ安心しろよ。俺がきっちりお前に勝ち切ってみせるから。」
「もう策は残されてねえんだろ?さっきお前さん本人が小細工なしの殴り合いって言ったんじゃねえかよ。それとも、また嘘をついたのかよ。」
「さっきも今も、嘘なんてついていないさ。正面からお前を倒す。それだけだ。」
エイジスと戦う予定はあったんだ。それならば、素手で戦うときの対処法を持って来ていない俺ではない。
小細工はしない。武器もない。その言葉に嘘はないが、負ける気がないのも嘘ではない。
「そうかい。なら見せてもらうかね!!」
その言葉と同時、エイジスが動いた。右の大振り、見慣れた一撃だ。
彼自身もそれはわかっているはずだ、カウンターを打ってこいということだろうか?もしそうなら少しだけ怖いが、ここは誘いに乗ってやるとしよう。
俺の拳はエイジスの腹筋によって阻まれた。
本当は鳩尾を狙うつもりだったのだが、彼はそれを食らう瞬間、体を前に押し出して攻撃場所をずらしたのだ。
前回、こいつが俺の攻撃で膝をつく羽目になったのは人体の急所に的確に強撃を入れられたから。
だから今回は筋肉の鎧を纏っている腹で受け切り、そして反撃しようというつもりだったのだろう。
その目論見は良かったが、少しだけ、甘かった。
「がはっ!!?お、お前・・・どういうことだ?」
「どういうことも何も、殴られたら痛い。それが今お前の体に起こっただけだろう?」
「馬鹿言うなよ。前回の感じから、お前さんの拳くらいなら楽々受けられるはずだぜ?」
「自分で俺が強くなっていると言いながら、前回の記憶を頼りに戦っていたんだな。まあ、こっちは早めに種明かししてやるよ。これが対エイジスの最期の手・・・その名もスキル『限界到達』だ。」
俺は笑みを浮かべる。
心の片隅に差し込んだ情報の楔を抜かれ、武器を失い、それでも焦らなかったのはこのスキルを隠していたからだ。
『限界到達』
このスキルはその名の通り、限界点に到達することができるスキルだ。
人体は自分の体を壊さないために、無意識にその力をセーブしている。それはこの世界でも一緒だった。
人は自分が全力と思っているとき、それは全体の約6割しか力が出ていないんだと。
だから俺の力は大体400あるが、実際には240程度のステータスしか出していないということだ。
俺がこの世界に来て、そして戦って来て気づいたことの1つがステータスはそのものの限界であるということだ。
当然な話だ。力が100あるものが、剣を振る時とコップを持つ時、おなじ100で持っているわけはない。
どこかで必ず手加減をしている。要するに元の世界と全く同じだ。
肉体には元の世界同様の縛りがある。
『限界到達』はその縛りを突き破り、人体の全力を引き出してくれるスキルだ。
ただ、安全装置である制限を取っ払う代償も確かに存在している。
エイジスの腹部を俺の拳が貫いた時、プチプチッ、という音が聞こえてくる。
筋肉が切れていっているのだ。あまり長い時間は戦えそうにない。
俺はエイジスの動きが止まってる間に、次の一撃を繰り出す。
今、彼は無防備だ。その顔面めがけて一直線だ。
だが、流石にこれは防がれた。危機を覚えたのだろう。無理矢理にでもガードしたという感じだ。
ーーーープチ、
時間がない。
「次!!」
自分にそう言い聞かせて、今度はわき腹に向けて蹴りを放った。
「ぐっ、、、は、」
よかった。今度は当たってくれたみたいだ。
『限界到達』によって敏捷を最大まで引き出せるので、かなり素早くなっている。
それ故に、この攻撃に対処できなかったみたいだ。
エイジスは蹴りの衝撃になすがままに飛ばされ、壁に激突して落ちた。
ふふ、今の俺、少しだけリリスみたいだな。
圧倒的な力と速さを持っていると、それだけで脅威というのはこうしてみて初めて実感できる。
そんなことを考えるのも束の間、壁から落ちたエイジスはよろよろと立ち上がった。
「は、はっはは、まさか俺様が正面からの殴り合いでここまでやられるとはな。」
まだ、動けるみたいだ。
俺はエイジスを確実に止めるべく、トドメの一撃を放つ。
全力前回の拳。圧倒的速さで繰り出されるそれは、ダメージの受けすぎで動きが鈍くなったエイジスに回避はできない。
だからこそ
彼は俺の拳に合わせるように拳を放って来た。
何を馬鹿なことを、拳の速度も、出だしも圧倒的に俺の方が速い。
だから俺の拳が先に到達するのは決まりきっている。それなのに、彼は正面から、考えもなしに攻撃をして来た。
なんら脅威にならないと判断した俺は、そのまま拳を振り抜いた。
ーーーブチ、ゴキ、、、
何か、嫌な音がなった。
「はっ、今回は俺様の負けだが、それじゃあお前さんもリタイヤだろうよ。」
エイジスは笑う。最後に一矢報いた、そんな感じの清々しい笑みだ。
みてみると俺の拳は狙っていたエイジスの顔ではなく 、彼の拳とぶつかり合っていた。
彼は何をやっても間に合わないと思い、最後にお互いの矛をぶつける事で俺にダメージを与えに来たのだ。
そしてそれは成功した。
俺の腕は、殴った衝撃に耐え切れずに折れていた。
これでは剣は握れない。治療をして貰えばいいだけの話だが、冒険者たちの方を見てみると激し戦闘が繰り広げられていて、俺に構っている余裕なんてなさそうだ。
「でも、これでも俺は何かはするよ。せっかく勝って終われたんだ。最後まで勝ちを取るために最善を尽くすよ。」
「はっ、そのダメージ、実はもう痛みで動けねえんじゃねえのか?」
そう言われて俺は軽く体を見る。
確かに、結構ひどい傷ができてしまっている。普通なら痛みで気絶してもおかしくはないかもしれない。
「大丈夫だよ。こうなると見越していた賢い俺の仲間が贈り物をくれたんでね。」
今日の戦いは絶対に激戦になる。
下手をしなくても怪我をするかもしれない。そう考えていた俺がとった行動は、リアーゼがくれた鎮痛剤を飲む事だった。
これは1瓶飲めば12時間は効果が持続するらしい優れものだ。
この状態だと多少は痛みがあるがそれも普通に我慢できるレベルだ。
ちなみに味は甘苦い薬の味がしたぞ。
これがなかったら、俺は今ここに立っているどころか最後のエイジスに対する追撃もできなかっただろう。
「そうか。お前さん、いい仲間を持ったんだな。」
エイジスはそれだけ言ってその場に倒れて動かなくなった。体が消えていないので、死んだわけではないはずだ。
「はぁ、こっちは片付いたし、早く向こうに行って何かやらないとな。」
俺は重い体を引きずりながら前に進み、その間に遠くから戦況を把握することに努めた。