157 きょうりょくと終わり
地面から這い出てきた魔物はたった4体だけだった。
だが、その一体一体が先ほど呼び出されたものより明らかに強いのは、その魔物たちの見た目を見たらなんとなく理解できた。
魔王ベルフェゴールが『醜悪な騎士団召喚』で召喚した魔物たちと対して見た目は変わっていないように見えるが、よく見ると決定的な違いがある。
こちらの魔物の体はどこかしっかりとしているのだ。
皮膚が爛れた様子はなく、違和感のある体のつなぎ目同士もこちらのほうがしっかりしている。
それに、『醜悪な傭兵団』のほうは体が盛り上がっている。
呼び出された数が少ないこと、呼び出すのに時間がかかったこと、体のつくりがしっかりしているところを見るとあの魔物たちは先に呼び出された魔物よりは危険であることが分かった。
「みんな!!今相手にしている奴を早急に始末しろ!!そして即座にあの魔物を抑えるのだ!!」
あれの危険性をいち早く察知したリーダーがそう指示を出す。
残っている『醜悪な騎士団』の数はもう3体まで減らされていた。流石は今まで魔物たちと戦ってきただけのことはあり、その対処は迅速だ。
残っているのは後ろのほうで魔法を使っていた奴、影移動を行う奴、弓使いの3体、これならすぐにでも排除ができる。
後衛をやっているやつは基本的に体力が少ない。
その為迅速に処理するというのなら、それは可能だろう。
冒険者の中での1人、大きなハンマーを持った男が前に出て魔法を使う魔物を叩き潰す。
周りにその肉片が飛び散る――――といったことは無く、絶命した瞬間にその魔物の体はその場から消え去った。
推測でしかないのだが、あれが召喚された者が死んだときに起こる現象なのだろう。
弓使いも問題はない。
だが、集団戦闘において影移動使いは厄介だ。
あれはここで倒しておかないと、隙ができた人間を片っ端から攻撃していきそうだ。
俺は弓使いを無視して、影移動をする魔物の位置を探る。
俺たちの影は今、ほぼ全てつながっている。
ということは、この戦場内ならどこへだって行けるはずだ。そしてそれができる奴がまず真っ先に行く場所となれば―――――後ろ、後衛を狙うのではないだろうか?
忘れてはいけないのは、魔王が呼び出した魔物たちは基本体力が多い。
咄嗟の魔法一撃で倒せるような肉体はしていないのだ。
誰か強い人の前に出てきて、叩き潰されるならまだしも後衛の前に出てきて支援が受けられなくなるのは問題だろう。
俺は前衛だったが一度後ろに下がってその魔物を探す。
俺が魔物を探し始めて約4秒後、そいつはノアの目の前に現れた。
「う、うわぁ!!?ちょっとこっち来ないでってば!!」
彼女は呼び出していたウンディーネと、即座に呼び出した火の玉を使って距離を取ろうとした。
しかし、その攻撃で吹き飛ばされる直前、そいつは影の中に体を半分埋めることによって吹き飛ばされるのを防ぐ。
その魔物の腕と爪は長い、あの位置で腕を大きく振れば、ノアに直撃するだろう。
ノアは基本的に回避行動は得意ではない。
全力で後ろに下がって距離をとるだけだ。だが、それもあの状態じゃあ間に合いそうにはなかった。
だが―――――
「敵陣の真ん中に行くんだったら後ろも注意しないといけないよな?」
あらかじめ出てくることを警戒して下がっていた俺が攻撃するのなら間に合いそうだった。
あの攻撃を止めるなら一撃、その無防備な首を全力で切り払う。
魔物はHPが0になった瞬間にその体を消滅させる。
これならば、勢いが死なずに攻撃を受けるということもない。
「っとと、ありがとうタクミ、助かったよ。」
「無事でよかったノア、だけどまたああいったことがあるかもしれないから一応、準備だけはしておいたほうがいいぞ。」
俺はそれだけを言い残して前線に戻る。
そこでは、新たに呼び出された魔物と冒険者たちの攻防がもうすでに始まっていた。
相手の構成は全員が攻撃者、攻め続けることだけを考えた構成になっている。
援護等は一切なしに、各々が目の前の敵を屠ることだけを目指した形だ。
連携などは一切ない。
本能に従ってその力を振りかざすその魔物達だが、その身体能力故に馬鹿にできない戦闘能力を得ることができていた。
「クッソ、重すぎるだろ!」
盾を持ち、1体の魔物の攻撃を受け止めた男がそう悪態をつく。
金属製の盾、それに対してたった一度、両腕を振り下ろしただけで大きくへこんでしまっている。
「みんな、正面から相手をしたらダメだ!!」
真正面から相手をしても、その能力差を覆すことができない。
それならば、横合いから一方的に叩くしかないと考えたみたいだ。それは正しいのだろう。
先ほどの『醜悪な騎士団』とは違って『醜悪な傭兵団』は連携などをとらない。
隙をつくのは簡単かもしれない。
俺はその指示に従う。
他の冒険者に気をとられているところを、横合いからその腹を切り裂いてやった。
勿論、『斬鉄』『純闘気』の重ね掛け状態でだ。
しかし、大きなダメージを与えることはできたがまだ絶命にまではいかないらしい。
だが、こいつらは肉体に大きく依存しているところが多い。
こうして肉体に大ダメージを与えてしまえば、それ以降は動きが鈍る。加えて言うなら俺に強力な一撃を食らったことによって俺のほうに意識を向けてしまった。
このまま放っておいたら次の一撃を加えるだけだからそれは正しいんだろう。
だけどな。
「やっぱり脳死プレイはよくねえよな。少しは考えて行動しないと。」
今まで自分が攻撃していた相手から、何も飛んでこないわけがないだろう?
こいつの―――いや、こいつらの敗因は少ない数で考えなしに突進しかしないことになるだろうな。
そんなことを考えていると、ちょうど目の前の魔物が横合いから突き刺される。
―――ギィィィィッ、
という、けたたましい悲鳴を上げて、その魔物は消え去った。
「おい、そこのお前、ありがとうな。」
そこで軽くお礼の言葉を掛けられる。俺としては戦っていた魔物を横殴りした気分だったのだが、命がかかっているときにそれを言う奴はいないようだ。
「どういたしまして、・・・さて、次に行くか。」
見てみると倒せたのは俺が攻撃した奴だけみたいで、ほかの場所ではまだ激戦が繰り広げられていた。
横から殴って、そっちに意識が向いたときに別の奴が横から殴る。
それをするだけなのだが、意外に難しい。
俺が今、簡単に攻撃できたのはさっきの奴が前に出すぎていたことと、この魔物たちが俺と大してステータスが変わらないところにあった。
少しずるをしたステータスを持つ俺よりは低いが、人という区分では手に余るステータスを持っている感じがするのだ。
放っておいても勝利を収めることはできるだろうが、それでは時間がかかる。
幸いなことに敵の数はそれほどでもないから、各個撃破していけば問題はなさそうだ。
ただ、・・・問題があるとするならば――――――・・・魔王はぶつぶつと何かを唱えている。
あの様子だと、時間が経てばまた別の魔物を増やされそうだ。
倒しては増やされ、倒しては増やされできりがない。
その為素早く今いる魔物を処理して、本丸を落とさないといけない。
俺は黒牙の剣を持つ手に力を込めた。
シュラウドがこの剣を作ってくれなかったら、俺は今も木の剣を振っていたんだろうな。
どうでもいいことを俺は考える。
もしこの場で、木の剣を持っていたらこの戦闘の運びが少し違っていたかもしれない。
木の剣ではダメージをうまく与えられないだろうし、下手したらノアに攻撃が当たったかもしれない。
さっきの攻撃で俺のほうに意識が向かなかったかもしれない。
改めて心の中でこれを作ってくれた本人に感謝しながら、次の魔物の横をとる。
こちらの奴はさっきのやり取りをどこかで見ていたのだろう。
俺が横合いに回ろうとしたら、それを警戒するように少しだけ後ろに下がった。
さっきまでは前進しかしなかったから、ただ暴れているだけと思っていたのだがそれは少しだけ改めたほうがいいかもしれない。
少なくとも、見えている危険を警戒することくらいはできるみたいだ。
「うふふ、そんなに私のタクミが怖いのかしら?失礼な子ね。」
少し下がり、警戒するように視線を俺に向けたところで、リリスの攻撃が俺が回ろうとした逆サイドから繰り出された。
無防備なところに、必殺クラスの一撃。
力のステータスがまさかの4桁のリリスの攻撃に簡単に耐えられるほど、そいつの防御は高くないみたいだ。
脇腹を串刺しにされ、恨むようにリリスを見て反撃をしようとするが、その動きは鈍っている。
これなら、もう一度俺が逆側から攻撃するだけで簡単に倒すことができる。
俺は迷いなくその魔物に近づき、体を切り裂いた。
「私たちの絆の勝利、という奴かしらね?」
「いや、それを言うのは敵を全部倒してからにしてくれないか?」
敵を倒して少し気の抜けたやり取りをした後、残っている魔物を見る。
残りはやはり2体――――いや、多分実質1体だ。
1体はすぐにでも倒れてしまいそうだ。
残っている2体のうち、1体を前衛3人で代わる代わる足止めをして、残った1体を残りの全員で叩いている。
まさに数の暴力、身体能力の差を、手数の差で簡単に埋めてしまっている。
「リリス、俺たちは足止めしている奴のほうを叩くぞ。」
「了解したわ。・・・リアーゼちゃん、隙があったら聖水でも掛けちゃいなさい。」
思い出したとばかりに、リリスがリアーゼに声をかける。
今回の戦闘、リア―ゼは来ないように言ったのだが、ついてくるといって聞かなかった。俺としては危険だからあんまり来てほしくなかったんだけどな。
リアーゼが聖水をかけてくれれば、アンデッドと悪魔の体をつなぎ合わせたような相手の戦力はがた落ちだろう。
そうなれば簡単に勝利を収めることができる。
俺はそうしてくれることを期待して、目標に向かう。
俺とリリスは、それぞれ逆方向から攻めるようにした。
理由は簡単、対応を難しくするためだ。
両側から同時に、俺は剣を、リリスは槍を突き出す。
その攻撃は意外や意外、どちらも魔物の体に突き刺さった。と、同時に――――
「おお!こいつの動きが急に悪くなったぞ!!いまだ!!畳みかけろ!!!」
リアーゼの聖水が効いたみたいだ。
これで『醜悪な傭兵団』は壊滅。
後は魔王だけ。
俺は突き刺した剣を横に引き、魔物の体をそのまま切り裂いた。
それがきっかけで、魔物は絶命、その体を霧のように消失させる。そして即座に魔王のほうを見る。
―――まだ、何かを唱えているみたいだ。
あれを終えられたら不味い。
そう直感が告げている。だから俺は、まだ1体残っているが先に1人だけ魔王を攻撃することにした。
正直、あそこまで人が密集してたら俺がいてもいなくても変わりないと思うしな。
それなら、何かを企んでいるこいつを止めるほうが先だ。
そう思っての行動だった。
「ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛・・・・ア」
その行動をとった時、後ろからおぞましい叫び声が聞こえてきた。
そして何かがこちらに迫ってくる音が聞こえる。
俺は剣でとっさに後ろをガードした。
「うおっと、あぶねえ!!」
ガァン!!!
と、硬いものと硬いものが勢いよくぶつかり合う音と、かなりの衝撃が俺の腕に走る。
見てみると、先ほどまで囲まれてなすすべもなかった魔物の左腕がなくなっていた。そして足元には、その左腕・・・・これは投擲されたのだろう。
だが、投擲する腕はもうない。
次は飛んでこない――――――――はずもなく、そいつは今度は足をこっちに向かって投げてきた。
今度は俺は正面を向いている。
距離があるため、かなりの速度で近づいてくるそれを俺は難なく回避した。
そしてその魔物は、バランスを崩して地面に伏せる羽目になる。
そりゃそうだ。いくらなんでも足を投げるのはやりすぎだ。
芋虫状態になったそいつは、まもなく囲んでいた奴らに始末されていた。聖水を食らったこと、手足を失ったことなどが重なって体力が残っていなかったのだろうな。
「ふぅ、よくやってくれました。時間稼ぎはこれで十分ですね・・・では、皆さん、呼び出されるのはこれで最後ですので頑張ってください。」
出し切った。そんな感情が伝わってくるような声が聞こえてくる。
声の方向を見てみると、そこでは魔王がやり切った顔で俺たちの方向を見ていた。
糞ッ、間に合わなかったのか。
投擲攻撃に気をとられてしまい、それで対応が遅れてしまった。
「みんな!!まだ何も呼び出されていない!!今のうちに畳みかけるんだ!!」
今からまた何かが呼び出される。だが、まだそれは起こっていない。
今のうちに魔王を倒してしまおう。その意気込みが感じられる指示だ。
「あー面倒なのでもうだしちゃいますね。『醜悪な魔王降臨』!!」
だが、これも一足遅かった。
もう、その魔法は唱えられてしまった。
醜い王が、今度は空から降ってきた。