154 部下と梟
ノアが言うには、ギルドの依頼板を見ていた際に精霊の居場所が判明していたからそいつに協力を仰ぎに行こうという話だ。
私としては全然かまわないんだけど、その精霊、魔王との戦闘でちゃんと役に立つんでしょうね?
せっかく契約しても魔王相手には相性が悪くて使えませんでしたとか言われたらどうしようか。
そんなことを思いながら、ノアの案内の元リリスは山道を歩く。
ここはいつの日かタクミと一緒に槍の練習に来た場所だ。だから私にとっても少しだけ思い出のある場所だった。
その時は精霊なんてもの見かけなかったから、あの後住み着いたのだろう。
ノアが言うにはその精霊は山の頂上付近にある洞窟にいるらしい。
洞窟といってもそれほど広いものでもなく、どちらかというと穴倉といったほうが似つかわしい場所みたいだ。
ただ、今回話をつけに行く精霊は非常に気性が荒いらしく、そのせいで討伐依頼が出ているのだと。
「はぁ、戦闘にならなければいいのだけど・・・・そうはならないでしょうね。」
精霊が穏やかな生き物だという話はどこへ行ったのだろうか?
その認識を改める必要があるかもしれない。リリスはため息をつく。
山道は険しいが、それでも登れないほどではない。
魔物も時々出ては来るが、そこまで苦戦するような相手ではない。
リリスとノアは少しずつであるが確実に山登りを進めていく。
「ふぅ、もう少しで目的地だよ!」
ノアは地図を見ながら歩いている。タクミがこの場所にいたら「ちゃんと前向いて歩け」と怒られそうだったが、そもそもみんなでいるときは地図はタクミかリアーゼが読むから関係ない話だ。
それより今は目的を遂行するほうが先だ。
ノアの言葉を聞いたリリスが、今いる場所の少し上のほうを見てみた。
そこには小さな横穴、あれが目的地らしい。
思っていたより小ぢんまりとした穴で、本当に何かが住んでいるのかと聞かれると怪しくなる。
今ノアが持っている情報は少し前のものなので、実際今はどこか別の場所に言っているかもしれない。
だが、来たからには確認しないわけにはいかない。
2人はその穴の前に立ち、中に向かって声をかける。
「おーい、誰かいるー?」
ノアの陽気な声が穴の中に響き、反響して帰ってくる。
音の感じからして、その穴はそこまで深いところまであるというわけではないようだ。
反響するのあの声が聞こえなくなった。
「おーい!!!いないのー!!?」
何も反応がないため、彼女はもう一度穴の中に声を投じた。
・・・・・「おーい!」
三度目だ。
こんなに呼びかけて何の反応もないなら、ここにはいないのだろう。そう諦めてもう帰ろう。
リリスがそう言おうとした時だった。
「あーもう、さっきからうるさいんだよ!!」
穴の中から、叫び声が聞こえてきた。
明らかにイライラしている声。ノアの大声での呼びかけがうるさかったのだろう。
リリスはとっさに身構える。
相手は気性が荒いという情報があり、なおかつ今怒っているのが分かっている今、警戒を解くようなことをしてはいけないからだ。
穴の中は暗くてよく見えない。
だが、確実にそこにいる。
リリスはいつ何が出てきてもいいように槍を持つ手に力を込めた。
「・・・何かこっちに近づいてくるよ!!」
風切り音が穴の中から響く、何かが高速で近づいてきているみたいだ。
リリスはその近づいてくる何かに向かって、槍を突き出した。
タイミングと方向は完璧だった。
だが、彼女の槍は見事に空を切った。
「へへっ、そんな攻撃私には当たらないよ!」
そいつはリリスの槍をギリギリのところで躱し、その速度を緩めることなく急接近してきた。
そしてリリスはその姿を見て息を呑んだ。
穴倉の暗闇から出てきたのは一匹の梟だった。
それも、どこかで見覚えがある。
相手のほうもリリスの姿を見て、驚いたように首をかしげている。
「あ、あれ?あなたは―――――・・・」
姿を現し互いの姿を確認するまでは強気だったその梟は、少しだけ距離をとる。
その様を見ていたノアは、疑問に思う。
あれ?君たち知り合いか何かなの?
気になったことは直ぐに聞くのがノアだ。
「ねえリリス、知り合い?」
「えっと・・・ちょっと待ってね。名前がそこまで出かかっているんだけど・・・」
リリスが悩んでいると、横から声がかかる。
「イドルです!!忘れないでください!!」
「そうだ!そうだったわ!!」
突っかかっていたものが取れてすっきりしたリリス。
「えっと?どういうこと?」
ノアには状況がうまく理解できない。それを察知したリリスは軽く説明を始める。
とりあえず、この梟は知っている仲であるということ。
今回探している精霊でおそらく間違いなく、こいつは風の精霊だということなどだ。
「へ~、風の精霊かー。ボクにはシルフちゃんがいるからなぁ・・・」
知っての通りノアはすでに風の精霊は召喚できる。
だからわざわざこいつと契約する必要はないかも?そう思い始めているのだ。
「そう言わずに、一応契約は結んでもらいなさい。こんな見た目だけど、あなたのシルフよりは役に立つはずよ。」
「む~、それはボクのシルフちゃんたちが役立たずって言いたいの!?」
リリスにそんなつもりはない。
だが、シルフは一体一体の力は弱い。数が集まって初めて戦えるようになるのだ。
普通に戦闘するだけなら3体いれば普通に戦えるが、今回の相手は魔王だ。
そんなに大量の数を戦闘中に用意するのは至難の業、その点、今目の前にいる梟は一体でそれなりに仕事ができるはずだから、契約を結んでおいて損はない。
そういうことを言いたかったのだが、誤解したみたいだ。
だからリリスはそのことをノアに軽く説明してあげた。
「それもそうだね!!じゃあそこに君、ボクは召喚師なんだけど、契約してくれないかな?」
話がひと段落付き、ノアは放置されていた梟に話しかけた。
だが答えは――――
「NOだ、どうして私があなたに協力する必要があるのかな?それに、その条件じゃあ私に得がないよね?」
「そう言わずに、契約してあげてよ。私たち今から結構な大仕事をするつもりなんだから。」
リリスが頼み込むも、
「そもそもあなたもあなたですよ。どうしてそんな人間なんかと一緒にいるんですか!!?」
逆にこう返されてしまう。
リリスが一緒にいる理由としてはノアはあんまり関係なく、今この場にいない人間が関係しているのだが、そのことを説明しても納得してもらえないだろう。
「そのことはいいでしょう?それより、ほら、早く契約されなさい。」
ノアは知らないが、リリスとイドルの関係的にはリリスは上司的な位置に当たる。だからこそ、その命令には逆らい難いものがあった。
――――が、これは以前ならの話だ。
今のリリスは一度聖水をかぶってしまい、その能力が大きく低下してしまっている。
そのことは初めに一目見た時にイドルは気が付いている。
流石に聖水が原因ということには気が付いていないが、何故か弱くなっている。そのくらいはわかるのだ。
今までは力関係的に絶対逆らうことは許されなかったが、立場が逆転したみたいだな。
はーはっはっは!!
心の中で高笑いを決めて、イドルはそれを表に出した。
「嫌だよ!!私と契約したいなら力尽くで何とかするんだね。まぁ、昔ならいざ知らず腑抜けてしまった今のリリスさんじゃ無理だと思うけどねー!!」
イドルは挑発する。
そしてその羽を大きく開いた。
するとみるみるその体が大きくなっていく。
初めは手のひらのサイズくらいしかなかったイドルだが、気づけば小さな家と同じくらいの大きさまでなっている。
「・・・そう。そう思うなら、試してみるといいわ。」
先ほどの挑発を、リリスは正面から受け止めた。
そして―――――
「ノア、今からあれを捕まえるわよ。そして無理やりにでも契約しちゃいましょう。」
「分かったよ!!じゃあ、戦闘開始だー!!」
リリスとノアは2人、一緒にその梟を叩きのめすことを決意した。