153 意志と味方
エイジス達が作った地下空間は思ったより広かった。
だが、まだ作りかけなのだろう。途中からは一本道だったから、最奥までは楽に到達することができた。
「はっはっは、よく来たな勇者よ!!」
地下室の奥では、エイジスが大きめの椅子に腰かけて偉そうに座っている。
予想通りというべきか、こいつは魔王を演じて遊んでいるみたいだ。
「そういうのはいいからちょっと話をしないか?」
「はっ、いいだろう。ここまで来た褒美だ。話くらいは聞いてやろうではないか。」
あ、このノリで行くんだな。
少し話しにくいからいつも通りにしてほしいものだが、まぁ一応聞いてもらえるというんだからそれでいいか。
「うん、それなんだけどそろそろ魔王ベルフェゴールの討伐が始まりそうだからさ、手伝ってくれない?お前がいると心強いんだよ。」
他に参加すると思われる人間と違ってこいつなら簡単に死にそうにはない。
一緒に戦ってくれたら助かるんだ。
「はっ、なんだそんなことか――――――――――断る。」
エイジスは少しだけ考えた後、その言葉を口にした。
こいつは手伝うつもりはないらしい。
「・・・理由を聞いても?」
「それは俺様が魔王だからだ。人間達に協力してやる義理はないってやつよ。だから俺はベルフェゴールのほうにつくぜ。陰気だからあんまし好きじゃねえけど、同じ魔王だからな。」
「人間側についてみんなの命を救ったら結構格好いいと思うけど?称賛の嵐でも起きるんじゃないか?」
とりあえずここにくる間に考えていた誘い文句を言ってみる。
エイジスは常に格好良くあろうとする傾向がある。だからこう言えば一緒に来てくれると考えた。
「はっ、そうかもしれねえが同族殺しほど格好悪い物はねえよ。悪いが却下だ。むしろ俺は魔王を助けるために戦うね。」
ちっ、ダメか。
こいつのことだから簡単に助けてくれると考えた俺が甘かった。
もう少し何か策を考えておくべきだったな。俺はそう反省する。だが、ここで落ち込んでいる場合ではない。
先ほどこいつ、少し聞き捨てならないことを言っていたような気がするからだ。
「なぁエイジス、お前今ベルフェゴール側につくって言っていたけど、あいつが今何をやっているのかを知っているのか?」
「はっ、知っているさ。あの街を一つ落とすんだろう?魔王だから別におかしなことじゃねえのさ。」
魔王だから―――その言葉に納得できないのは俺だけだろうか?
もしこれが、魔王の仕業じゃなかったらエイジスは助けてくれたのだろうか?
俺にはわからない。
ただ、魔王討伐を開始するとこいつが参戦するという可能性があるのが少しいただけないな。
この場所は街から離れているから、戦闘が開始されてすぐに駆け付けられるというわけではないが、時間がかかればエイジスが相手になることを考えなければいけないかもしれない。
そうなってしまえば俺たちの勝利は難しくなってしまうかもしれない。
何せこいつ1人を倒すのに勇者パーティと俺たちのパーティで囲む必要があったからだ。
あの時とは違いエイジスの能力も大体判明しているから少し位は楽ができるかもしれないが、それでも大幅にリソースを裂かざるを得ないのは明らかだ。
協力が得られないなら、別の頼みをしたほうがよさそうだ。
「そうか。じゃあ逆にエイジス、戦闘に参加するのはやめてくれないか?」
今、率直に思っていることを打ち明ける。
ここでそれを確約できれば大きい。
「いや、俺様は誰に頼まれなくても行くぜ。味方の窮地に何もしねえのは格好悪いからな。」
だが、彼は俺の期待を大きく裏切って笑った。
くそっ、戦力増強に来たはずなのに、敵が増えたみたいだ。
いや、多分この感じ、エイジスは初めから魔王側として戦闘に参加するつもりだったのかもしれない。
そう思ったら、事前にこいつを敵と断定することができてよかったというべきなのかもしれない。
俺は少し前向きに考えることにする。
戦闘中に突如現れたエイジス、それを味方だと思って背中を預けたら後ろからズドン、ということにはならなくてよさそうだ。
「そうか。じゃあ俺は帰るよ。」
用事はもうない。むしろ敵が前にいるとなったらこの場所に長時間いるのは少し気が引けた。
俺はまだ準備することが少しだけあるのだ。
こんな場所で無為な時間を過ごしている場合ではなかった。
「そうか。なら当日は楽しみにしているぜ。前回は負けちまったが、次はそうはいけねえぞ。」
よかった。帰ろうとしたところを後ろから攻撃するとかされるかと思ったけど、その様子はなさそうだ。
格好悪いからだろうか?
それにしてもエイジスのやつも結構な負けず嫌いだな。
◇
「さて、タクミは各自で準備を行うようにって言っていたけど、何をやったらいいのかしらね?」
タクミはエイジスを味方につけるべく朝早く宿を出ていってしまい、シュラウドは店に行ったので今、この部屋にはリリスしかいない。
彼女はタクミからそんな風に言われていたが、何をしたらいいのかがあまり思い浮かばなかった。
「う~ん、レベル上げ?でも少し上げたところでたいして意味ないわよね?そもそも短期間で上がるわけでもないし・・・・となると武器強化かしら?」
そうはいってみたものの、今持っている武器の性能はさほど悪いものではない。
鋼鉄の槍を、シュラウドに頼んで最大まで強くしてもらったもの。彼女本人のアイテム保護スキルの効果もあってそんじょそこらのアイテムには後れを取らない武器となっていた。
だからあまりピンとこない。
毒に何か対策を立てようと考えてはみたものの・・・
「『毒無効』のスキルは持っていたわよね?」
ついでに、リリスは『麻痺無効』と『催眠無効』のスキルを有している。
これだけあれば大体の毒は防ぐことができるだろう。毒に対する対策を立てるのも何かが違うような気がした。
「え~っと、あとできることといえば何があるかしら?」
いつもはこういう時、何をすればいいかはタクミが大まかに決めてくれる。だからこうして考える必要はなかったのだが、今回はそうはいかないみたいだ。
彼女が部屋の中で一人悩んでいると、突然扉が強く開かれた。
「リーリス!いるかな!!?」
ノアだ。
「何か用事でもあるの?手伝ってほしいことがあるなら手を貸すわよ。」
別に何かやることを思いついたわけでもないしね。
「そう?ありがとう。じゃあちょっとついてきてくれるかな?今度の戦いのために新しいお友達を増やしておきたいの!!」
ノアはよく自分の召喚獣のことを『お友達』と呼んでいる。
召喚師と召喚獣の関係は主従関係のため、リリスからしたら正直その発言には違和感しか感じない。
相手の意志が介在していないから、友達とは違うんじゃないかしら?
リリスはノアの発言を聞きながらそう思った。
が、しかし彼女自身も勝手にタクミのことを自分の子供だと主張しているので、人のことは言えない。
リリスはそのことを何にも気にしていないが、ノアは気にしている。
互いが互いの価値観に思うところがある関係なのだ。
それよりは今は先ほどの発言だ。
新しいお友達、ということはまた召喚契約に行くのだろう。
「それで?今回は何を契約しに行くの?というかちゃんと契約できるんでしょうね?」
以前トロールを狩りに行った時、一匹たりとも契約に成功していなかったように思えるのだけれど?
それを思い出したリリスは少し不安に思いそう言った。
スキル『召喚契約の証』というのは相手の同意があって初めて召喚魔法が使用可能になる。
逆を言えば、相手が死ぬまで拒めばどんなに弱い相手でも従属させることはできないのだ。
ここがまた、召喚師が不遇とされている理由でもあった。
「ふふん、安心してよ。今回はちゃんと精霊さんに頼みに行くつもりだからさ!!」
「なるほど、それなら大丈夫そうね。」
精霊は優しい生き物だ。
時たま生存圏を荒らされて怒ることはあるが、基本的に人間が誠実に頼めば言葉を聞き入れてくれる。
この前のウンディーネなんかは少し怒りっぽいところがあって戦闘に発展したみたいだが、普通はそんなこと起こらないのだ。
特にやることもないし、手伝ってやることにしよう。
ノア一人じゃ危ないし、彼女が帰ってこなかったらきっとタクミは悲しむものね。
リリスは出発の準備を始めた。