152 協力とごっこ
「全くあなたは素直じゃないわね。」
冒険者ギルドを後にした後すぐにリリスが俺に向けてそんなことを言ってくる。
「なんのことだ?」
「そうだねー。タクミったら、助けたいなら自分がやるっていえばよかったのに。・・・どうせ出された依頼を受けるんでしょ?」
言葉を引き継ぐように、ノアが答える。
「まぁ、そうだけど。」
俺は照れ隠しをするように少しみんなの前を歩いた。
あの場で俺が魔王討伐を引き受けてもよかったのだ。ただ、オリビアを見ていると俺が言い出したら何か言われそうな気がしたからあのような手を取ったのだ。
あいつ、俺が魔王を倒すとか言ったら「あんたなんかに倒せるわけないでしょ。」とか言いそうだったし。
だから誰でもいいから頼りたくなるような状況を作ったわけだが、どうやら成功したみたいだった。
「エリックさんたちを助けるんですよね?私たちもお手伝いします!!」
後ろから小走りになってリアーゼが俺の横につく。
「それにしても危険なことが嫌いなタクミが魔王討伐なんてねー。」
能天気な声が聞こえてくる。
本当はそんなことをするつもりはなかった。牢屋から出たらすぐにでもこの街を去ろうとしていたのだ。
ただ、魔王がこの街に毒を振りまいているとなれば話は別だ。
あれを放っておいたら次に戻ってきた時、この街がなくなっているということがあったらいろいろと困る。
みんな言っているが、この街は食に関しては優秀な街なのだ。
エリック達を助けるのはそのついでだ。間違えてはいけない。
俺は自分にそう言い聞かせた。
「まぁ、少ないかもしれないけど同じ依頼を受けてくれる人もいるだろうし、そこまで危険にはならないかもよ?」
これはただの希望だが、そうであってくれと信じている。
多分だけど、この街の冒険者はそこそこ優秀だ。たまに依頼板を見ていてなくなっているクエストを考えたらそのくらいはわかる。
ある程度難易度の高い依頼でも、数週間もすればなくなっていたことからそう判断した。
これは俺の勝手な想像だが、優秀な冒険者ほど命を大切にしていると思う。
死んでしまったら意味がない。それが分かっているからこそ安全な行動をとれると思うからだ。
「そうかしらね?あの魔王相手に数を用意しても何にも意味がないんじゃないかしら?」
だが、リリスは冷静に戦力を分析してそう結論付けた。
確かに、相手は体を切り裂けば強力な毒をあたりに飛び散らす。
そんな相手に数を用意しても意味がないだろう。
「いや、あいつの召喚した魔物を相手してくれるくらいでも結構楽できるだろうよ。」
魔王ベルフェゴールの召喚魔法、それを封じてもらえるだけで十分勝機はある。
勇者たちはあの毒にやられたが、それは俺には効かない。それに魔王のステータス自体はそこまで高くないはずだ。
あの時勇者たちが2人でとはいえ、抑えることには成功していたのだ。
あとはあいつを連れてくれば、勝利をすること自体は難しいことではないはずだ。
「そんな簡単に行くかしらね?まぁ、あなたを信じるわ。」
リリスはあまり乗り気ではない。
だが、今回起こす予定の戦いは気分が乗らないとかいう理由で自体出来るものではない。
もうすでにあの魔王の毒がこの街に回り始めている。
すぐに止めないと本当に取り換えしかつかないことになってしまうかもしれないのだ。
決戦の時までに準備は万全にしておかないといけないな。
『勝負は戦う前から終わっている。』誰が言った言葉だっただろうか?
俺はそれを信じて準備し得るものを頭の中で思い浮かべていった。
◇
翌日、俺はまずある場所に向かう。
その場所というのは街の外、森の中にあるエイジスの家だ。こいつの協力を得ること。
それに成功すれば今回の作戦が大幅に楽になるだろうと考えたからだ。
高いステータス、魔法と武器攻撃を完全に無効にできるこいつなら、魔王の毒も効かないかもしれない。
一緒に戦ってもらえるなら心強い相手になること間違いなしだ。
ちなみに、今日は俺一人だ。みんなはみんなで必要な準備をしてもらうことにしている。
俺は森の中にポツンと建っている家の前に立ち、その扉を開く。
ギィィィィ、という、木で作られたとは思えない重苦しい音があたりに響く。
俺は家の中を軽く見渡した。
特に変わった様子はない。ただ、エイジスもいなかった。
この家は玄関を開けたら中が大体すべて見えるような構造をしている。だからこの家の中にいないのは一目でわかった。
何処に――――?
そう考えて引き返そうとしたところで、まだ一か所だけ調べていないことがあったことを思い出した。
エイジスがゴブリンと一緒に勝手に作ったという地下室とやらだ。
前回来た時は入る機会はなかったのだが、今回は勝手に入らせてもらうことにしよう。
俺は床についているハッチを開く。
それを開いたとき、中からは冷たい風が噴出してくる。巨大な空洞音もセットだ。
「うわぁ。どうなってるんだこれ・・・・」
上のほうは完全な山小屋な見た目だが、地下はとんでもない広さがありそうだ。
あいつら俺に秘密で何をやっているんだよ。
広くて探しにくそうな地下室を見て、俺はそう思う。
しかしここでこうしていても仕方がないため、俺は意を決して中に入った。
中は迷路のようになっているみたいだ。
「エイジス―――!!いるかー!!!?」
とりあえず俺は大声で目的の人物の名前を読んでみた。
この場所は音が非常によく反響する。大声で叫べば、どこかにいるなら聞ているだろう。
少しだけ待って俺の声が聞こえなくなったくらいの時に、何処からともなく声が聞こえてくる。
「おう、いるぞー!場所は最奥だ!!俺に会いたきゃここまで来てみるんだな!!」
エイジスの声だ。
あいつはこの地下室の一番奥にいて、そこで待っているらしい。
今は遊んでいる場合ではない、と怒鳴り返したかったがこっちは一応頼みごとをしに来ている身だ。
要求には従ってやるとしよう。
迷路のようになっているが、別に奥に進むだけなら簡単だ。
軽く見た限りでは割と素直な作りになっているし、時間を掛ければ普通に踏破できるだろう。
今日一日はエイジスの協力を得るために使ってもいいという気持ちで来たので、俺は気楽にその地下の迷路を進み始めた。
そして歩き始めて数分、突然俺に飛びかかってくる何かがあらわれた。
「うおっ!!?」
直前で気が付くことができたため、頭をかがめることで何とか難を逃れた。
そして頭を上げた先にいたのは一匹の狼のような生き物だった。しかしただの狼ではない、肋骨や内臓などが一部むき出しだ。
恐らくあれは腐狼とかいう奴だろう。
いきなり現れたのでびっくりしたが、そいつの戦闘能力は高くない。
素早さはそこそこ高いが、攻撃方法は単純に体当たりやら牙や爪での攻撃だからだ。向こうから近づいてくれるなら、素早さが高かろうが対応は簡単だ。
軽快なフットワークで近づいてくる狼に合わせて俺は剣を振った。
防御力はそこまで高くなかったのだろう。そいつは軽く切っただけでそのまま絶命してしまう。
それを確認した俺はため息をついた。
「はぁ、魔物がいるのかよ。・・・・・エイジスのことだから魔王プレイを楽しんでいたりするんだろうな。」
何かを使って今頃俺の様子でも確認しているのかもしれない。
あいつ、かっこいいことが大好きだからこういうのも好きなはずだ。
数日来ないうちにとんでもない進化を遂げたこの家だが、悪いけどサクッと攻略させてもらうぞ。
俺は目の前の曲がり角をとりあえず右に曲がった。
明らかにここが正規の道だからだ。
というのも、この道だけなんというか使用している感じが半端ない。
多分だが、一番奥の部屋に行く道は1つで、ほかの場所は作ったはいいけど使っていないのだろう。
その形跡が地面を見たら見て取れた。
「さて、エイジス。そこでじっとして待っていろよ!!」
魔物も出ると分かっていれば怖くない。
この地下迷宮、攻略にそこまで時間はかからなさそうだ。
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ある家の一室、そのベッドの上に魔王ベルフェゴールはいた。
「はぁ、思ったよりも毒の回りが遅いですねぇ。」
彼は人通りの多い窓の下の道を見ながら気怠そうにため息をついた。
彼がこの地に来た時とほとんど変わらない数、人が歩いている。
彼の毒は非常に強力だ。
流石に『毒無効』や、『状態異常無効』のスキルを持っている相手には通用しないが、『毒耐性極大』のスキルを持っている相手にも確定で毒を与えることのできるほどだ。
毒を受けたものが直接触れるだけで感染するはずなのだが、思ったより毒の回りが遅いことを彼は残念がっていた。
その理由としては、魔王自身がほとんど働かずにこうしてみているだけというのもあるのだが、もうやる気はほとんど出ないという理由でこれ以上自分で動くことをしないでいた。
「あまり動くと、この場所が特定されかねませんからね。仕方ありませんね。」
誰に言っているでもないが、言い訳するように魔王ベルフェゴールはそう呟いた。
そして彼はまだ昼間にもかかわらず、今日の仕事はすべて終わったと言いたげな様子でそのままベッドの上で眠りについた。