148 毒と薬と
「今日は助かったよリアーゼ、よくやってくれた。」
タクミお兄ちゃんが私のことをほめてくれる。私がやったことと言えばこっそり足元に毒薬をまき散らしたことだけだが、それだけのことをほめてくれた。
今まで何にもできなかった私は、そのことがとてもうれしく思う。
「ありがとうございます!!これからも頑張ります!!」
私はお辞儀をして、タクミお兄ちゃんが渡してくれるお金を受け取る。
いつもは何もできていない無力感からそれを受け取るのに気が引けていたが、今日は少し、少しだけそれを受け取るのに心が軽かった。
今日は私も敵を倒したのだ。
その証拠にギルドの討伐した魔物を開示してくれる石板に数体だけだがマジックパラセリアの名前が表示されていた。
直接攻撃を加えた記憶はないので、毒を受けたまま枯れてしまった個体がいるのだろう。
「えっと、特にやることがないなら今日はこのまま宿に戻ろうかな。」
店のほうはもう少し続いているだろうけど、今行ったとしても中途半端な時間しか手伝えないだろう。
逆に邪魔してしまう可能性も考えたら、妥当な判断だ。
「あ、それなら私はちょっとアイテムの補充をしてから戻ります!!」
明日以降もちゃんと戦えるように、攻撃手段であるアイテムの補充を忘れてはいけない。
それでなくても今日はタクミお兄ちゃんがトレントを完全に無視した戦い方をしていたから、回復薬を消費しているのだ。
これだけでも補充をしておかなくてはいけない。
「そうか。気を付けていけよ。」
「リアーゼちゃん、ボクがついていってあげようか?」
「ありがたいけど大丈夫。1人で行けるよ。」
私はみんなと別れた後、いつも使っている道具屋に向かう。
表通りは今の時刻、冒険者が帰還する時間とかぶっているため少し通りづらい。
だから私は路地裏の細い道を使って目的地まで向かう。
何かとトラブルに合いそうなこの道だが、曲がり角に気を付けながら一気に駆け抜けてしまえば特に大したことは無い。
私は路地裏に入ったあとは何も気にせずにまっすぐに走った。
特に何か起こったわけではない。
目的地にちゃんと到着することができた。
「あ、リアーゼちゃん。今日も来てくれたんだ・・・・何かいいことでもあったの?」
私の顔を見て、店主がそんなことを言ってくる。
確かに、今日は少しうれしいことはあったけど、そんなに分かりやすいだろうか?私は首をかしげる。
その動作で私が何を思ったのかが分かったみたいだ。
店主さんはふふっ、と微笑みながら。
「わかるわよ。この前なんかすごくピリピリしてたし、それを見た後だとなおさらね。」
「そうですか―――あ、回復薬をもらえますか?あとできれば毒薬も。」
「んー?昨日買いに来た時も思ったけど、毒薬なんて何に使ってるの?」
カウンター後ろの薬瓶を漁りながら店主が聞いてくる。
昨日売った毒薬を、もう補充しに来たから気になっているのだろう。
「魔物に攻撃するために使うんです。私、隠れるのは上手いってみんな褒めてくれるんですよ。」
嬉しくなっている私の口は止まらない。
いつもの自分なら、こういうときは何も言わずに商品だけ受け取って立ち去るのだが、今日はそれはしなかった。
「なるほど、毒を使う冒険者は珍しいね。」
「そうなんですか?」
「そうねー。確かローグ系って言ったかな?その人たちの中でも毒を使うのは少数派らしいね。」
「それはどうして?」
「なんでも、それが効かなかったときに自分が何もできないからだって言ってたかな?あと、かさばるしね。」
確かに、それは一理ある。
私も毒が効かない相手が出てきた時のための攻撃手段を持っておいたほうがいいかも。
それでなくてもかさばるというのは少し困る。
今のところは問題ないけど、遠出するときとか鞄の中を圧迫するのはよくない。
せっかくみんなが倒した魔物の素材を持てなくなってはいけない。
道具で攻撃するときは鞄の容量と相談したほうがよさそう。
「なるほど、参考になりました。」
「ならよかったわ。えっと、毒薬はこの辺りね。回復薬は何本必要?」
「えっと、そっちはとりあえず3本で。」
毒薬といってもその効果はまちまちだ。体を衰弱させて死に至らせるものや、ただ痺れさせるだけのものなど。
こっちはとりあえず通常の毒薬と呼ばれるものと、麻痺薬と呼ばれるものを購入した。
合計で17000Gだ。毒薬はそこそこ値が張る。
しかし、今までため込んできたお金や。今日手にしたお金を考えるとそれほどの出費ではなかった。
「あ、一応これも持っていきなさい。」
それを受け取って外に出ようと思った時、店主さんが後ろから声をかけてくる。
そう言って手渡してきたのはこれまた薬瓶だった。
「えっとこれは?」
私はその瓶についているラベルを確認する。
そこには『解毒薬』と書いてあった。
「毒を使うならそれも持っておきなさい。万が一があってからじゃ遅いわよ。」
それもそうだ。
完全に頭から抜けていた。毒を使うならもし何かの間違いで味方を攻撃してしまった時、何か治療方法を持っていないといけない。
浮かれていた。それを教えてくれたこの店主さんには感謝しないといけない。
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます。」
お辞儀をして、今度こそ間違いなく店を出た。
宿に戻るのも同様に路地裏を使う。もし人にぶつかったりして、買ったものが割れたりしたらいけない。
回復役なら別にいいんだけど、今日の私は少し危ないものも持っているのだ。
だから私は人通りのない道を通っていたのだが―――――人とぶつかってしまった。
薬瓶は――無事みたいだ。
それにしても誰が私にぶつかってきたのだろうか?こういう道を通るときは周りの人は警戒しているのだけど、今ぶつかってきた人は突然現れたような、そんな感じがした。
ぶつかった衝撃で、私はしりもちをつく。
「いたた・・・はぁ、来て突然これですか。」
聞き覚えのある声だ。えっとこの声はどこで――――?
私はその声の主が誰だろうか?知り合いなのだろうか?という気持ちでその人の顔を見上げ、そして息を呑んだ。
「あ、お嬢さんのほうは大丈夫ですか?」
その人物は手を差し伸べてくる。
「は、はい。大丈夫なんで、、、」
私は即座に立ち上がり、その手を取らないようにする。
私にぶつかってきた人物。それは以前勇者たちをたった一人で窮地に追いやった魔王ベルフェゴールだ。
何が目的でこんな街のど真ん中に現れたのかわからない。
しかし、目の前の人物が非常に危険であることは理解できていた。
「あ、思い出した。君はこの前いた人たちの一人だね。あ、だから手を取らなかったのか。」
気づかれた―――・・・
相手が自分のことを思い出した。
これは不味い――――このまま自分は殺されてしまうのだろうか?
そう思いはしたが、私が思ったような展開は起こらなかった。
魔王は納得したような態度を見せた後、私のほうを少し見た。
「あ、それは毒薬ですね?自分に憧れでもしましたか?」
見ていたのは私ではなく、私の手元のようだ。
瓶に入っているアイテムを軽く見て、そんな冗談のようなことを言ってくる。
「いいえ。そんなことはありません。」
「そうだろうね。君みたいなのに憧れられるとか、気持ち悪くてあったものじゃない。そうだねぇ、それは非力な君が役立つために考え付いた手ということかな?」
何も言っていないのに、私がこれを持っている理由をぴたりと言い当てた。
確か、タクミお兄ちゃんとマルバスさんが会話しているときもこんな感じだった。
マルバスさんは悪魔は人の心を読むのが得意とか言っていたような気がする。
「なんでもいいじゃないですか。じゃあ何にもないなら私は行きますから。」
そう言って私はその場を立ち去ろうとした。
相手は攻撃の意志を見せていないが、それがいつまで続くかわからない。
今にでも攻撃をしてくるかもしれないと考えると、ここにいるのは少し胃が痛い状況だった。
「そうですか。じゃあ一つ、仲間の役に立ちたいなら毒はやめたほうがいいですよ。」
その場から離れようとした私の足が止まる。
役に立ちたいなら、今の戦い方をやめろと、その台詞が聞き流せないからだ。
「どうしてですか?」
自分でも声が震えているのが分かる。これ以上こいつと会話をするのが怖いのだ。
「どうして―――そうですねぇ。例えば、自分も毒を使いますがそれは毒を使ったほうが強いからではないのです。」
ならどうして毒を使っているのだろうか?
戦うなら常に最高の手で戦うのが一番だと私は思うんだけど、この魔王はそうは思ってはいないということだろうか?
「じゃあどうして自分が毒を使うのか。まぁ、ちょうどいいので実践でもしてあげましょうか。」
魔王がそういうが早いか、曲がり角から一人の男。
見覚えのある男だ。
「見つけたよリヴィアスちゃん。」
その男は以前エイジスさんに思いっきり殴られていた人だ。
もう傷は治っており、その傷はどこにも見受けられない。
私のことをリヴィアスと呼ぶのはこの男だけ。
過去に私を奴隷にして売り払ったこの男だけだ。
私は心底こいつが憎く見える。
だが、今はそんなことより目の前の魔王だ。こっちから目を離したら何をするかわかったものじゃない。
魔王は少し考えた後、こう言った。
「あの、今こっちでお話ししているのでどっかいってくれます?」
「はぁ?誰だよお前――いや、お前はこの前俺様を殴ってくれやがった奴だな!!思い出したぞ!!」
実際に殴ったのはエイジスさんだ。しかし殴られたせいか記憶があいまいなのだろう。
あの時は急な出来事だったため、まず顔も見ていないのかもしれない。
だが、同じ魔王だ。
それをかぎ分ける勘のよさはあるのかもしれない。
「通りたいというのならば止めませんよ。その時は自分を倒してからにしてくださいね。」
明らかな挑発だ。
立ち去ると押しとおる。一見ふたつの選択肢を提示しているように見えるけど、実際はひとつだ。
この場合相手の頭にはもう立ち去るという選択肢は残っていないだろう。
「ああ、そうさせてもらうよ!!!」
男はナイフを取り出し、魔王に向かって刺突を繰り出した。
魔王はそれを避けようとはしない。
その身をもって、攻撃を受けた。
ナイフは数センチだけ突き刺さって、そこでとまる。
「ちっ、かてえなぁ。中に何か仕込んでやがったか。」
男はナイフを勢いよく引き抜いた。
同時に、ナイフが刺さっていた傷口から血液が返り血という形で男に付着した。
それの意味を、私は知っている。
「まあいい。どうせすぐに・・・・?」
男の体から力が抜ける。魔王ベルフェゴールの体液は強力な毒薬。
私がさっき買ったものとは比べ物にならないほど強力な劇毒だ。
「とまあ。こんな感じに楽して敵を倒すために毒を使っているわけです。」
これがさっき言っていた毒の使う理由という奴だろう。
楽をするため、それだけのために肉を切らせる戦い方をするのだ。
私とは根本的にものが違う。
「向上心がある毒使いは大成しないんですよ。そうですね。行くところまで行って貴族お抱えの暗殺者がいいところじゃないですか?」
魔王はそれだけ言って街の中に消えていった。
彼の毒を受けた男はもう動く様子はなく、助けられるようなものじゃなかった。
あれを助けるにはマルバスさんがいないといけないのだが、彼女は今日の朝丁度旅立ってしまったばかりだった。
「本当に、いろんなことのタイミングが悪いなぁ。」
誰もいなくなった路地裏で、私は小さくそう呟いた。