146 トレントとマジックパラセリア
「情報によればこの辺りに群生しているらしいんだけど・・・・」
俺はあたりを見渡す。
今は平原だが、もう少し進めば森に入る。そんな場所だ。
だが、目的であるマジックパラセリアという魔物の姿は見えない。情報が間違っていたのだろうか?
「う~ん・・・・あ!もしかしてあの森の中にいるんじゃないかな!!?ほらっ、木を隠すなら~ってやつだよ!」
普通に考えるならそうなるだろうな。
依頼書には平原に群生していると書かれていたんだが、相手は魔物、別に移動されて不思議ということではない。
「森の中で植物の魔物・・・なんか面倒な組み合わせだな。」
その組み合わせ自体はオーソドックスなもののため、これに出会う機会が少なくないだろうというのも少し憂鬱になる原因だろう。
思えば、初めの方にやったキノコ狩りもこれに該当するからな。
「はいはい、言ってても仕方ないでしょう?まだあの森の中にいると決まったわけではないからちゃっちゃと行きましょう。」
リリスが先導するように森に向かう。
そしてあと数歩で森、というところで足を止めてこちらを振り向いた。
「・・・・この森、少しおかしいわね。」
何かを感じ取ったみたいだ。
同じ場所まで俺がその森に近づいて確認してみても、違和感は感じられない。
何を感じ取ったというのだろうか?
「何かわかったのかリリス?」
「そうね・・・う~ん。なんというか、私の周辺感知のスキルが誤動作してるのよ。」
『周辺感知』といったら以前一度不意打ちをもらった時に獲ったっていうスキルだったよな。
「誤動作?ってどういう風に?」
「なんかあの草木、全部生き物って出てるのよ。」
?植物は生物だから生き物って出るのは普通――――あぁ、まさかそういうことだろうか?
となると面倒なことこの上なさそうだな。
いや、まだ確定したわけではない。
ここは確認作業からしていったほうがいいだろう。踏み込むのはそのあとからでも大丈夫だ。
「ねぇタクミ?どうしたのさ黙り込んじゃって。」
「いや、ちょっと思うところがあってな。ノア、何でもいいから適当な木に向かって魔法で攻撃してみてくれないか?」
「う、うん?わかった。ちょっとやってみるよ。」
ノアがそう言って使ったのは『風精霊召喚』の魔法だ。彼女の呼びかけに応じて一人のシルフがあらわれる。
そしてそいつはノアの指令に従って風魔法である『ウィンドシザー』という魔法を木に向かって放った。
シルフが唱えた魔法は一本の枝を切り落とす。
そして―――――
「ギシャアアァァァァァ!!」
木が急にその姿を現して暴れ始めた。
「うわっ!!?ねえタクミ!!?これはどういうことなの!!?」
突然の出来事に説明を求めるノアと、
「なるほど、トレントが集まってできた森だったのね。」
自分の感じた違和感の原因を突き止めすっきりした様子のリリス。
トレント――って言うと・・・まぁ樹木の魔物で有名だな。
暴れるトレント、そいつは一匹、森の外まで出てきて俺たちという外敵を排除しようとする。
それと同時に、森の中からハエトリグサのような見た目をした植物もこっちに向かって走ってきた。
「あ!!あの後ろから来ている奴が今回の目標だね!!」
あっちの正体もノアの言葉で判明。あれが今回の敵であるマジックパラセリアということだろう。
あれだけを倒して目標達成、そして帰還!、といってもいいのだが、今回は数を倒すのが目的だ。
あれ一匹を倒しても大した報酬にもならないし、もう少し踏み込む必要が出てきそうだ。
「シャアアアアアア!!」
トレントが枝のような手を大きく開き威嚇をしてくる。
参考までに言っておけば、威圧感はほとんどない。これならゴブリンがやったほうがまだ恐怖感を駆り立てられるだろう。
トレントの見た目は初め騙されたくらいには木そのもののなのだ。
いくら魔物だといわれてもその見た目だけで恐怖しろというのは・・・いや、確かに顔に当たる部分はそこそこ魔物なんだけどさ。
「じゃあ戦闘開始だ。いつも通り俺が気を引き付ける。」
昨日知性ある魔物には『挑発』は効果がないという話を聞いたから、俺はそれを発動させても気を抜くことは無い。
また油断してノアのほうにいっても困るからな。
結論言うと、トレントもマジックパラセリアも俺のほうに来た。
これでこいつらは知恵ある魔物っていうわけではないことが確定した。それは本当に良かったと思う。
もしそうなら『挑発』が効かないことを抜いても厄介なことには変わりないからな。
俺は剣を抜き放ち、防御の体勢をとる。
攻撃はみんなに任せて、俺は回避に専念する。この前図書館でトレントの情報は見た記憶がある。
それが正しいなら、トロール並みの膂力にそれなりの素早さを持っていることになる。
それだけなら問題なく反撃はできるのだが、後ろにはマジックパラセリアも控えているため確実に生きたい。
幸い俺以外に攻撃は向かないので、俺が攻撃する必要はなくなっている。
「じゃあまずはボクからだね!!シルフちゃん、さっきと同じのをよろしく!!」
ノアの言葉に、シルフは小さくうなずくことで了承する。
そしてもう一度『ウィンドシザー』を発動した。
その魔法はさすが風の精霊が唱えるものだからか、無詠唱化されて一瞬で効果を及ぼす。
鋭い風によって作り出された二つの刃が、それぞれ逆方向からトレントに迫る。
それは先ほどと同じように枝を切断する、といったことはできなかった。
トレントは脚のような根っこを使いシルフの魔法を防いで見せた。
見た感じだと、それを受けたトレントの根っこは切れ込みが入り、ダメージを受けているのが分かる。
だが、その傷はたちまちふさがってしまった。
「ちっ、後ろのやつが回復しているみたいね。」
その原因をリリスは一瞬で見つけ出す。
マジックパラセリアは回復魔法を使うのか。それならまずはあいつから倒したほうがいいだろう。
「わかったよ。後ろのやつから狙うんだね!!?」
言わなくても伝わっているみたいだ。
ノアが次の攻撃対象を決定する。
「じゃあ私も――――「いや、リリスはこっちを攻撃してくれ。」
ノアと一緒で攻撃役のリリスもマジックパラセリアへの攻撃に参加しようとするが、それは止める。
彼女にはこのトレントを攻撃してもらう。
「・・・・そういうことね。分かったわ。」
少しだけ考えるようなしぐさ、そのあとに彼女はそう言った。
作戦としては回復対象を作るというものだが、ちゃんと理解してくれたみたいだ。
後は俺が身を守るだけ。
トレントは根っこを鞭のように使い横なぎを放ってくる。
高さは俺の腰の少し下程度、飛んで避けるにも、かがんで避けるにも微妙な高さだ。
そして鞭のようにしなっているため受け止めるのも少しやりにくそうだ。
だから俺は前に出る。
狙うは今、攻撃をしてきている根っこの根元だ。
トレントはその場からずしっと構えて動かないまま攻撃してきている。その為本体は狙いやすいのだ。
そう思ったのだが―――俺がトレントの根を断とうと近づいたとき、俺のほうに水の玉が飛んできた。
これは見覚えがある魔法、『ウォーター』だ。
だが、その魔法はノアが唱えたものではない。なら誰が?なんて聞く必要もないだろう。
このトレントをバックアップしているマジックパラセリアの仕業だ。
前からは水球、横からは根っこ。
変に踏み込んでしまったため状況は悪くなっている。
それなら・・・
俺は目の前の水球は無視して、トレントの根っこを切り裂く作業だけを考える。
剣を通すルートは最短に、そしてより避け辛いように素早く俺は剣を走らせる。
ザクッ、という音が聞こえる。
同時に、バシャッ!!という音も―――俺の体に衝撃が走る。
前からと、横から。
『ウォーター』と木の根が両方当たったみたいだ。だが、それを代償にトレントの根っこを一本切り落とせた。
たった一本、と思うかもしれないが見た感じ動いている根っこは4本しかない。
俺たちの両手両足と同じ数だ。
ちゃんとねらった部位を切り落とせたみたいだから、根っこの攻撃のほうは当たらないと思ったんだけどその考えは甘かったみたいだ。
確かに切り離されたそれは勢いのまま俺をはたいてその役目を終えた。
切り落とされたトレントの足、それを見たマジックパラセリアは即座に回復行動に移る。
だが、
「君の相手はこのボクだよ!!」
ノアがその隙をついてシルフの攻撃を叩き込ませる。
いつの間にかシルフが2人増えて3人になり、それぞれが攻撃行動に移っている。
攻撃方法は先ほどと同じ、『ウィンドシザー』だ。
多分だが、シルフの主要攻撃魔法なのだろう。
合計6本の刃が、それぞれマジックパラセリアを襲う。それらはすべて命中した。
だが、そいつは健在であった。
確かにダメージは与えられている。触手のようなものもいくつか切り落とすことはできている。
しかしながら倒しきることはできていなかった。
そいつは即座に自分に回復魔法を使って傷を再生させる。
先ほどノアが与えたダメージはもうほとんど残っていなかった。しかし、俺がトレントに向かって与えたダメージはまだ癒されていない。
通常なら攻撃を受けた魔物はすぐに反撃行動をとるのだが、マジックパラセリアはトレントの回復を優先する。
その隙をついてノアの攻撃が再び襲う。
倒しきることは難しそうだが、反撃が飛ばないから大丈夫だろう。
ノアが迷いなく次々とシルフを呼び出しているため、そのうち火力も足りてくるんじゃなかろうか?
こっちはこっちでリリスの攻撃がトレントを襲う。
残った2本の根っこで必死にそれらを防ぎながら、俺へのけん制として1本を使って攻撃を仕掛けてくる。
こっちもこっちで時間の問題だ。
いつかは攻撃をしのぎ切れなくなり、リリスの槍がその身を貫く。
そう高を括って、俺は少し油断をしていた。
―――ドスドスドスドス・・・
と地響きを鳴らしながらそいつらは俺たちに近づいてくる。
音がし始めてからすぐに気が付いたはずなのに、そいつらはもうすでに俺たちの近くにいた。
当然だろう。この音の主はトレント、及びそれらが作り出す森の中にいるマジックパラセリアたちだ。
すぐ隣で戦っていたから、うるさかったのか。
それとも同族が倒されそうになっているから来たのかは知らないが、そいつらは取り囲むように展開を始めた。
そしてそこには数分前、外側から見ただけだった森が発生した。