143 特別と王
◆から視点が少し変わってますが時間の流れは変わっていません。
30体ほどだろうか?
定期的に送られてくるトロールを倒した時、そいつは現れた。
「タクミ!なんかすんごい騒音が聞こえてくるよ!!」
洞窟の中は音が反響して小さな音でもよく聞こえる。
だからこそ、誰もがいち早くその音を察知した。
車輪が地面をこする音、それと同時に聞こえてくるのは何かを壁にこすりつけるような音。
その音はものすごい速度で俺たちのいる方向に迫ってきている。
「みんな、いったん入り口の外まで戻るぞ!!この場所にいたらまずいかもしれない。」
「了解したわ。」「はい!」「わかったよ!」
見えているトロールはすべて倒し終えている。今外に出たところで追撃する相手はいない。
指示を聞き、リアーゼから順番に洞窟の外に出る。
洞窟の中からぱっと見で見えるのは滝だけ、何かやばそうなものが迫っているなら隠れて様子をうかがえば安全に確認することができる。
まぁ、音のおかげで何が迫ってきているのかは大体予想がつくんだけどな。
ガリガリという音、それは勢いを落とすことなく俺たちの視界に現れる。
それは戦車のようなものに乗ったトロールだった。
戦車といっても中性の、乗り手がむき出しになって車輪にスパイクがついているようなあれだ。
武装したトロールが2人がかりでそれを引き、上には一際目立つトロールが乗っている。
『ウガアアアアアアアアア!!』
入り口を確認、相手の目には誰も映らない―――――はずなのだが、そいつらは迷いなく洞窟の外に出るように動き始めた。
中をすべて見て、発見できなかったからもう外に出たのがばれているのか、それとも何かスキルによる感知が働いているのかはわからないが、とにかく居場所はばれているみたいだ。
相手の数は3体、この数なら無理に狭い通路におびき出して戦う必要はない。
「とりあえず少し下がるぞ。外までおびき出そう。」
ばれているなら仕方がない。
こうなってしまっては洞窟の中は逆に不利になる可能性がある。
普段から暗い場所で生きているであろう相手に、薄暗い場所で戦ってやる義理はないのだ。
俺たちは一度後退して開けた場所まで戻る。
戦車のトロールたちもすぐに追いかけてくるが、その速度はそれほどでもない。
引き手がトロールだからだろう。
ある程度まで戻ったところで、俺たちは足を止めて戦闘する準備を整えた。
「タクミ、あの上のやつがトロール王だよ!!」
明らかに他のやつらと見た目が違う、その為かノアが確信を持った様子で戦車の上のトロールを指さした。
「とりあえずは足を奪うぞ、下の奴らから処理しよう。」
「それならまず私が行くわ。サポート頼んだわよ。」
開けた場所に出てしまったため、下手に放置するとあの戦車で暴れられる可能性がある。
将を射んとする者はまず馬を射よ、というわけではないがまずは足となっている武装したトロールのほうを倒すのが先決だろう。
リリスが先陣を切る。
姿勢を低く、両手に槍を携えた突撃だ。
俺もそれに続く。サポートを任されたから少し後ろからだ。
距離がある突撃、流石に相手も対応が容易だ。
トロールたちは俺たちの突撃を見てから、自分たちもこちらに向かって前進し始めた。
相手は戦車、このままぶつかり合うつもりなのだろう。
正面からのぶつかり合いでは、相手に分がありそうだ。
それは誰もが理解している。
だからリリスはぶつかる少し前に横に跳ぶことで無防備な横っ腹を攻撃することにした。
俺が飛んだのはリリスと逆サイド、両側から一度に攻撃すればトロール王の対応が間に合わないだろう。
そしてこのタイミングで俺は『挑発』を発動させる。
これでトロールたちの意識は俺の方向に向く。
俺はそれだけをやって今度は少し距離をとるように離れた。
トロール王は手に巨大な斧を持っている。
その間合いから退散するくらいまで下がった。
当然、『挑発』をくらって俺に注意が向いている間、リリスの対応ができるわけもない。
彼女はまず、下にいるトロールの1体に槍を突き立てた。
完全に無防備な相手だ。その鎧の隙間を縫って攻撃することなんてわけはなかったみたいだ。
「まずは1体ね。」
向こう側は倒し終わったみたいだ。
引き手が1体減った。
その状態で戦車を使っても意味がないだろう。そう判断したトロール王は迷いなく戦車から降りて来た。
先ほどまで戦車を引いていた個体も、背中に背負っていた一本の大剣を両手に構えて戦う意思を見せる。
俺個人の意見としては早々にこうやられたほうがめんどくさかったりする。
そいつらは未だに俺だけに向かって敵意を見せている。
「ノア、あとはいつも通りだ。好きにやってくれ!!」
「任せといて!!」
そうなってしまえばいい的だ。
あとはいつも通り、俺が気を引いてノアが魔法で遠くから攻撃する。
それだけの作業――――と思っていたのだが・・・・
「まずはウンディーネちゃん!!頼んだよ!!」
いつも通り、ノアが高火力なウンディーネの魔法で援護をしようとしたとき、トロール王が動いた。
俺を正面に見据えていたそいつが、急に反転してノアの方向に向かって走り始めたのだ。
「なっ、!!?『挑発』は当たったはずだろ!!?」
どういうことだ?
「ええっ、っと・・・えっと。」
少数が相手の時でノアに攻撃が向いたのは久しぶりだ。
俺が確実に気を引いていると思っていたノアは、突然のことに慌てて対応が遅れている。
トロール王はそんなこと関係ない、といわんがばかりに斧を勢いのまま振る。
そしてそれは何かがつっかえるような音とともに途中で止められた。
見るとノアとトロール王の間には現在、リリスが挟まっている。
どうやら彼女は間に合ったみたいだ。
「タクミ、『挑発』のスキルはある程度知性を持った相手には効かないわ。気を付けてね!!」
リリスは知っていたみたいだ。
これは完全な俺のミスだな。ちょっとスキルを過信していた。
先ほど俺の『挑発』でこちらを向いたのは、別にどっちを向いても変わらないからだったのだろうな。
そしてそれを油断させるために使ったと・・・頭が悪そうな見た目に騙されたということだ。
あの一瞬でその判断をするとは、少し認識を改める必要があるかもしれない。
『グ?』
自分の自慢の斧の一撃、それも助走をつけて勢いを増したそれがたった一本の槍に阻まれたことを不思議に思うトロール王。
目の前の相手が普通ではないことにそれで気が付いたみたいだ。
だが、かばったということはあれを狙えば守るのにリソースを裂く必要があることも同時に分かった。
『オオオオオ!!』
だから王は家臣であるトロールに命令する。
それによってタクミに意識のすべてを持っていかれたトロールでさえも、そのスキルの効果から容易に抜け出した。
これがトロール王が王である所以、固有スキルである『蛮王の伝令』だ。
配下である者たちは、いかなる場合でもこの命令に順守しようと行動を始める。
いくら体がボロボロでも、恐怖を植え付けられていようとも、スキルによって意思が支配されていたとしてもトロールである限りその命令には逆らえないのだ。
この場ではそれが完全に働いた。
「ちっ、まぁいい。背中を向けたなら後ろから斬るだけだ。」
予想外の行動だが、それならこちらも別の行動をとるまでだ。俺は向けられたトロールの背中に向けて剣を振り上げる。
『ガァ、ググア!!』
それを見たトロール王が命ずる。
『何も考えずに後ろに剣を振れ!!』、と。
命令は順守される。
その個体は命令のまま、剣を後ろに回した。
「くそっ、まじかよ。」
背中を切ろうとしたところを完全に防がれてしまった。
また完全に後ろをとったと思ってしまったためタイミングがずれて『斬鉄』の発動ができずに武器の破壊すらできなかった。
ただ、前のめりの攻撃ととっさに回した剣がぶつかり合った結果だ。
俺の剣は相手の大剣を払うことには成功した。
これなら追撃で何とかなりそうだ。
俺は間髪入れずに振り切った剣を引き戻してトロールの体を切り裂きにかかる。
『ダ、ガググアガガ(その攻撃は気にするな。確実に仕留めろ。)』
またも王の命令が飛ぶ。
今回の命令は肉を切らせて骨を断て、ということだった。
お前は死んでも構わないから、確実に敵を抹殺しろというまさに暴君の命令。
そしてその命令は受理された。
トロールは俺の剣には目もくれず、大きくはじかれた大剣をその腕力をもって強引に引き戻した。
たとえこのまま体が切り裂かれても、絶命するまでの一瞬を用いて俺を切り倒すつもりなのだろう。
あの命令の正確な意味は分からない。
だが、この行動を見れば大体何をやってくるかはわかっている。
だから俺も奥の手のひとつを発動させる。
いつも剣を支えてくれている左手は今はなく、右手だけで剣を振る。
俺の剣がトロールの鎧を切り裂く。
『斬鉄』『純闘気』、あと一応『白闘気』を発動させてこの一撃で確実に葬り去る。
あのトロール王の命令がある限り、こいつは部位欠損すらも何の問題もなしに俺たちに襲い掛かってくる。
やるなら仕留めなければならないのだ。
それと同時に、俺はトロールの腕を睨みつけた。
――パァン!!
トロールの腕が肩の付け根辺りから破裂する。
俺の左手は、腰に差している一本の杖に添えられている。
ノアがくれた、爆発の杖だ。危ないからという理由でこうやってしか発動できなくしているが、発動さえすれば効果は絶大だ。
急に肩の力が抜けたトロール、いくら命令をもらっていても、できないことはできない。
腕がない状態で腕立て伏せはできないのだ。
最後の力を振り絞ったみたいだが、トロールはその大剣を最後の最後で取り落としてしまった。
そしてその体が灰になる。
『グ、ガアアア』
俺たちのやり取りを確認していたトロール王は、忌々しそうな声を上げる。
意味は分からないが、怒っていることは確実だ。
怒り狂ったように、王は斧を振り上げる。
狙いは当然、ノアだ。
しかしその間にいるリリスがそれを許さない。
彼女はトロール相手に正面から打ち合っている。
今なら俺でもなんとかできそうな気がしないでもないが、あの光景は少し異様だ。
トロール王の体躯は通常のトロールより一回り大きい。
斧を振り上げた時の高さは優に4メートルは軽く超えており、それを重力に従って落とす攻撃は強力の一言だ。
だが、そんな攻撃をリリスは槍一本で受け止めている。
あの細い槍がなぜ折れないのかが少し謎だったりするが、あの重量を簡単に受け止めるリリスのほうが異常だ。
そもそもリリスは人じゃなく、彼女の力強さは今に始まったことではない為俺たちにとってはもはや見慣れた光景だが、初めて見るトロール王には不思議で仕方がなかったみたいだ。
◆
魔法で強化している気配もない。
王は目の前の不可解な減少に頭を悩ませていた。
まず、目の前にいる雌に守られている魔法使いが一番弱い。
守られているからそれも明白、あの魔法の水から出てくる魔法も当たったところですぐにどうということは無い。
次に多分だが後ろにいる雄が弱いはず。
だがこちらは何か不可解な爆発を使った攻撃をしてくる。
おそらく、何か魔法の道具を持っているはずだ。それが分からない間は下手に近寄れない。
最後に目の前にいる雌、こいつは先ほどから我の攻撃を簡単に捌いている。
技もあるだろうが、それだけではない。力もかなりのもの、下手したら我よりも強いかもしれない。
いくらたたきつけても折れない槍も大概だ、我の持つ斧は特別製、それであるならばあの槍はそれと同等かそれ以上の武器に違いない。
トロール王は頭の中で戦力を分析する。
この場で一番弱いのはリアーゼなのだが、彼女はもうすでに姿をくらましていてどこにいるかはわかっていない。
居場所を知っているのはリリスくらいだろう。
また、リリスの持っている槍は正真正銘、鋼鉄製の槍だからそこまで特別なものではない。
彼女自身にとってはタクミからの贈り物、ということなのでそういう意味では特別なのかもしれないが・・・
ただ、タクミの持つ攻撃手段を魔法の道具と断定したのは的中していた。
正直、魔法の道具相手に距離をとるというのは判断ミスもいいところなのだが、実態が分からない間は距離をとりたいのは生き物の性なのだろう。
打ち合いながらも戦力分析が終わったところで、トロール王が初めに狙うべき相手を考える。
その思考が、タクミとノアの小さな合図を見逃した。
タクミはノアに目配せして、自分を指さした後小さく頷いた。
ノアはその合図の意味を思い出す。
この合図は―――――そうだ!!
「了解だよ!!じゃあ、いくよー!!」
人間はトロール王の言葉を理解できない。トロール王は人間の言葉を朧気ながら理解できる。
だからこそ、目の前の魔法使いが何かをしようとしていることに気が付いた。
まず警戒したのは魔法の水球、あれは定期的に水鉄砲を発射する。
強靭な肉体を持つトロール王にとってその攻撃はさほど問題あるものではなかったが、くらい続けるといつかは怪我をしそうな威力はあった。
その証拠に王が装備していた、トロールの中で一番いい防具にはひび割れができている。
次に新しい何かを呼び出すこと、トロール王は目の前の魔法使いが何かを召喚して戦っていることは理解していた。
個体数は少ない為、情報は出回っていないが召喚士であろうというめぼしはつけていた。
人間の魔法使いでも知らない人がいる、希少なクラスである召喚士の情報を、トロールの王が知っているのは単純に彼の知恵の話だった。
だが、召喚士は何かを召喚して攻撃までに確実に時間がかかる。
また数をそろえるのには優れているが、一撃の威力を出すことは不得意とされている。
魔物のような体力が多いものを相手するのには不向きなのだ。
後は通常の魔法だが、召喚士は詠唱破棄ができないと聞いている。
詠唱中は無防備になるため、一層守りづらいだろう。
トロール王はそこまで考えて何が来ても大丈夫だと判断した。
そして目の前の強者を叩きのめそうと意識を集中させる。
後ろから攻撃される可能性もあるため、後ろの雄に、も――――――?
後ろの雄がいない!!?
「探しているところ悪いけど、俺ならここだぜ!!」
いつの間に前に!!?トロール王がそう思った時にはもう遅かった。
致命の一撃、ノアの召喚による奇襲によってその戦いは終わりを迎えた。
一瞬の油断一生の傷、ならず一瞬の油断一生の終わりといったところだろうか?
タクミの全力の一撃、それを無防備な状態。
防具もボロボロの状態で一介の魔物が耐えられるわけがない。
何が起こったかわからないまま、トロール王は息絶えた。
今まで、好き勝手してきた罰だろうか?王が最後に思ったのは、そんなことだった。