137 発展途上と贈り物
扉を開けた時、目の前に広がっていたのはいたって普通の部屋。
机があり、椅子があり、キッチンがありといった様子の何の変哲もない部屋だった。
・・・・ただ一点を除いて。
この部屋の中で一つ、気になるところがあるとするならば、部屋の奥に見える床下に続くであろうハッチのようなものだろう。
「あの、エイジス。あの地下シェルターにでも続いていそうなやつ何なんだ?」
「そりゃあお前、地下室への扉だよ。」
当然、という風に言われても困るんだけど。
どうしてそんなものを作ったのだろうか・・・・あ、いや。大体わかった。
多分エイジスのことだから秘密基地は男のロマン――――とかなんとかゴブリンに言ったんだろう。
それで作れるっていうのが凄いところだが・・・地盤とか大丈夫なんだろうか?
建物の下を空洞にするのは危険な気がする。
まぁ、そこは自分の家じゃないからあんまり強くは言わないけどな。
「へぇ、地下室ね。何が置いてあるんだ?」
「マダ何ニモナイゾ!アレハアクマデ形ダケダ!」
まぁ、つい3日くらい前にはそもそも存在すらしてなかったものだからな。
そこまでは充実していないみたいだ。
「まぁそこらへんにでも腰かけてくれや。文字通り何にもないけどな。」
エイジスは机の前においてあった椅子に腰かけた。
これは特に何の特徴もない、木の椅子だ。この空間にいるとそれが普通のものであることが少し違和感だが、ただの椅子だ。
せっかくだから俺も少しここでゆっくりしていくとするかな。
彼の言葉に従うように、俺はエイジスの正面の椅子の腰かけた。硬い木の感覚が伝わってくる。
そこから俺たちはどうでもいいようなことを長々と語り合った。
「で、結局お前さんは誰狙いなんだ?」
そしてその会話の最中、エイジスはそう切り出した。
「誰狙いってなんのことだ?」
「はっ、とぼけんなって。3人も女連れてんだ。本命は誰だって聞いてんだよ。」
あぁ、そういうことか。
ノア、リアーゼ、リリス、誰が一番好きなんだっていう話だな。
思えばあんまり考えたことがなかったな。
「別に誰も狙ってないよ。」
「そう照れんなって。いいじゃねえか本人たちは聞いてねえんだから言っちまえよ。」
そんなこと言われてもな。
本当に意識してないので何とも言えない。
でもそうだな。あの中から誰かひとり、選べと言われたとき俺はだれを選ぶんだろうな。
それには興味があった。
考えてみれば俺のパーティはある意味より取り見取り、様々な属性を取りそろえられているといっても過言ではない。
幼い獣耳少女であるリアーゼ、元気っ子で普通の人間のノア、多分重ねた年齢が桁違い、悪魔で年増なリリス・・・・本当により取り見取りだ。
誰一人として同じ種族がいないのがある意味奇跡だといえる。
「うーん、俺が人間ということを加味するならノアか?でもノアってそんな風な奴じゃないし・・・・と考えると・・・」
悩んでみても答えは出ない。
「よし、そろそろ答えが出ただろ?聞かせてくれ。」
答えが出ねえって言ってんだろうが!!
そう怒鳴りたいが、やめておこう。悪いのは優柔不断な俺なんだから。
それよりかはどうやってこの場を切り抜けるかを考えたほうがよさそうな気さえしてきた。
う~ん・・・・
状況を打開するために何かないか、そう考えていた時ふと、俺の体に浮遊感が漂った。
あ、この感覚は。
よし!!よくやったノア!!
「すまんエイジス、ちょっとノアからの呼び出しだ。この話はまた今度な。」
俺がこの場から完全にいなくなる前に、伝えることだけ伝えて俺はノアの召喚を快く受け入れた。
◇
「でー、ノア?俺を召喚するなんて何か問題でもあったのか?」
「おー、急に呼び出したのにタクミが怒ってない!!」
呼び出しておいて第一声がそれか。
怒られると予想されてるならこうやってホイホイ呼び出すのはいかがなものか?
今のノアの様子を見ても何か重大な問題があったとは思えない。
今回は窮地を救ってくれたということで水に流すが、今度やったなら叱ってやることにしよう。
「で、結局何の用だよ。」
「あ、それなんだけどね!タクミ、ちょっとこっちに来てくれる?」
ノアが俺の手を引っ張ってどこかに連れていこうとしている。
周りを見るとここはいつもの店の中、後ろでは必死に接客をしているスペラの姿、ということはこの先はシュラウドがいつも作業をしている部屋か。
俺の予想は正しく、ノアはその扉を開いた。
彼女は俺の手を放し、一足先に部屋に入ってしまう。
全く、何だってんだ。俺もそれを追いかけるように中に入る。
するとそこには一列に並んだみんなの姿。
・・・・?
「えっと?どうしたんだみんなそんなに改まった顔して。」
「えっとねタクミ、今日は日ごろの感謝の気持ちこめてみんなでプレゼントを用意したの。」
はぁ、それはまた唐突だな。
日頃の感謝といわれても俺たち、出会ってそこまで時間が経ったようには思えないんだけどな。
でもその気持ちは素直にうれしい。
この世界にきてやってきたことが認められたような気がするからだ。
「じゃあまずはボクからね!!えーっと色々考えたんだけどこれにしたよ!!」
そう言ってノアは何か一本、杖のようなものを俺の手に乗せる。
「ノア、これは?」
「それは魔法の杖だね!!戦士のタクミでも問題なく使えるよ!!一日3回しか使えないけど逆に言えば使っただけで壊れる奴じゃないから!!」
ほう、俺が魔法を使えるのか。ファンタジーな世界に来たのに生存力の関係で戦士を選んで少し後悔した時もあったからこれは嬉しいな。
「ありがとうノア、これは大切に使わせてもらうよ。」
杖の長さは大体30cmくらい。これは剣の隣にでも差しておこう。
使用制限があるみたいだから乱発はできないけど、何とか実験とかを経て使えるようにはしておきたい。
「じゃあ、次は私です。」
リアーゼは1つ、小包を俺にくれる。
これは何だろうか?俺が中を見ると入っていたのは5本の小瓶だった。
えっと・・・アイテム詳細を開いてみてみてもいいけどこれは渡してくれた本人からの説明を聞くことにしようか。
「リアーゼ、これは?」
「それは鎮痛剤です。タクミお兄ちゃんはいつも危なっかしい戦い方をしているからこれがあったほうが痛くなくていいかなって・・・ノアおねえちゃんのと違って高価なものでなくてごめんなさい。」
「あ、値段とかは気にしてないし正直ありがたいよ。」
たまに自分の体を餌に釣るということをも俺はやるし、その時は痛みを耐えるために歯を食いしばって剣を振ってたしな。
痛み止めはありがたい。
「そうよ。こういうのは値段じゃないわ。気持ちが大切なのよ!!」
次はリリスみたいだ。
リリスにしてはいいことを言う。正直、悪魔が言うような台詞だとは到底思えない。
「そうだぞリアーゼ、もらった人が嬉しいなら基本的に贈り物は何を渡してもいいんだぞ。」
「ということでタクミ、私からの贈り物はこれよ。」
リリスもリアーゼ同様に小瓶、それも一つだけだ。
その中には赤い液体が入っている。市場でこういう薬を見た時はこのようなものは一切見かけなかったから、何か特別なアイテムだろうか?
「ありがとうリリス、で――、これも説明をもらえるかな?」
「そうね。説明なんて無粋なことを言わずにグイっと飲んじゃって!!あ、効果がメインだけど味のほうも大丈夫よ!!」
これは飲み物なのか。
効果がメインで味も大丈夫―――っていうとなんとなく栄養ドリンクを思い出すな。
徹夜の友、栄養ドリンクが少しだけ懐かしいよ。
流石に世界観に合わなさすぎるからか、それとも別の理由があるのかこの世界ではそういったものは全くと言っていいほど見ていない。
一応、疲労軽減ポーション的な奴があるからそれがそうなのかな?
俺はリリスの言葉通り、その瓶を口に運び中の液体を飲んでいく。
味は――――まぁ悪くはない。
「全体的に甘いかな?柑橘系とかじゃなくて砂糖メインの甘さだ。」
「あ、そうよ。飲みやすいように甘くしといたの。ただそこはおまけ程度だからね。全部飲んじゃって。」
って言うことは素の状態じゃあ苦かったりするのだろうか?
彼女の台詞からこれも薬品の一種だと予想はできるんだけど、それを勝手に改造していいのだろうか?
とにかく俺はそれを飲み干す。
そしてその直後、激しい眩暈に襲われてその場で膝をついた。
「ぅ?ぁあ・・・リリス?何これ?」
「ちょっとリリス!!?君タクミに何飲ませたのさ!!すごく具合が悪そうだけど!!?」
あ、お互いのプレゼント内容は把握していなかったんだな。ノアもこれが何かは知らないらしい。
「タクミ、ちょっと我慢してね。それはすぐに収まるはずだから。」
彼女の言う通り、眩暈は30秒ほどで収まった。
もう体のどこにも異変はない。
「えっとリリス、さっきのは何だったんだ?」
「いいから次はステータスを確認してみて。」
ステータス?やっぱり何かがあるのだろうか?
俺はステータスウィンドウを開いて上からその項目を確認していく。
名前 天川 匠
称号 リリン
クラス 魔闘士
レベル 21
HP 4361/4361
MP 425/425
力 357
魔力 294
体力 365
物理防御力 373
魔法防御力 311
敏捷 324
スキルポイント 5
状態 正常
あ、エイジスと初めて戦った時から1レベルだけ上がってる。
魔王が召喚した奴らと戦ったからだろうか?
それ以外に特に問題は―――――――いや、あった。
何か名前の下に称号っていうものが追加されている。っていうかステータスがなんかおかしい。
前見た時から大幅に上がっている。
上がったレベルが1つだけなのでこの上がり方は異常だといえる。
「どう?驚いた?」
「リリスさん?説明をお願いします。」
「えっとね。この前そこのノアにあなたは私の子供じゃないって主張されたのよ。」
うん、それは聞いていたから知っている。
結局平行線で話が終わらなかった奴だよな。それとこれとがどういう、って少しだけ引っかかるな。
何かわかりそうな気がする。
俺が答えを導き出すより早く、リリスは答えを教えてくれる。
「だから言葉だけじゃなくって実際に私の子ってことにしてあげようってことにしたの!!」
えっと、ちょっと意味が解らないけど起こっていることは理解した。
リリンっていうのは確かリリスの子供っていう意味だったような気がする。
さっきの飲み物がそれを俺に与えたって解釈でいいのかな?
で、そのついでにステータスが爆上げされたと。
「あー!!君ってばそんなことを考えていたの!!?じゃあさっきタクミに飲ませたのは!!?」
「うん、私の血液を甘くしたものよ。」
うっ、俺は口元を抑える。
えー、あれリリスの血なの?そこそこおいしかったから全部言っちゃったんだけどよかったのだろうか?
仲間の体の一部を食べるような趣味は俺にはないんだけどなぁ。
なんだか騙されたような気分だ。
ここにきてやってくれたなリリス。
「うわー!!タクミ、ほら!!早く吐き出したほうがよくないかな!!?」
「ちょっとそれはひどいんじゃない?私としても気が引けたけど仕方ないのよ。こうしないと証明にならないんだから。」
「お前気が引けたとかいうけどさっき飲ませるときに嬉々とした表情をしてたよな?」
「あ、ばれちゃったかしら?まあいいじゃない。後でわかるけどこれ、色々な機能がついているみたいなのよ。」
ん?今こいつ見たいって言ったか?
俺はそれを聞き逃さなかった。
「なぁリリス、お前今みたいって言ったよな。まさかと思うけどこれ・・・・」
「えぇ、初めてよ。私の初めてはタクミのものっていうことね!!」
そんなに嬉しそうにしても俺には全くうれしくないんだけど?下手したら何か起こってたんじゃないかこれ?
・・・・まぁ、これが彼女の気持ち、受け取らないわけにはいかないし、無下にしてやるわけにもいかない。
「まぁ。ありがとなリリス。ステータス上昇は素直にうれしいし便利機能もついているみたいだし、お前の気持ちはちゃんと受け取ったよ。」
「ええ、ありがとうタクミ。これからもよろしくね。」
リリスのプレゼントも受け取った。
この流れだったらシュラウドからも?俺はシュラウドのほうを見る。
彼は少しだけ心配そうな目で見ているが、やはり何かがあるようだ。彼は一際大きく布にまかれた何かを俺に手渡してくる。
「開けてみても?」
「どうぞ。」
そんなやり取りを経て、シュラウドからもらった物を確認するべく俺は布を剥がしていく。
そして現れたのは―――――
ヴィクレアが持っている者と同じ、竜の素材をふんだんに使った一振りの剣だった。
ステータスの上昇幅を修正、話の内容的には何も変わっていません。