131 いつの日か、と妥協
魔法使いは神官の隣からよろよろとこちらに近づいてきて、すがるようにマルバスの前で止まる。
「助けてはくれないの?あなた助けることはできるんでしょう?」
見上げるように、その場に座り込み魔法使いはそう質問する。
「無論、そいつを助けることは我にはできる。でもしない。」
マルバスは無情にもそう切り返した。
いつか、俺が出会った時のような威厳のある声でだ。
冷たい目、助けるつもりは毛頭ないようだ。
「お願いします。彼女を、アイナを助けてください。」
藁にも縋る――――いや、この場合は悪魔にすがるつもりで魔法使いは仲間を助けてくれと頭を下げた。
両手を地につけ、頭も地面に近づけていく。
「いや、だからやらないって。そもそも我に何のメリットがある?むしろデメリットのほうが多そうじゃないか?」
彼女は悪魔、それを考えるなら自分を襲いそうな勇者パーティの神官を助ける義理はない―――どころか助けないほうが安全な可能性があるのだ。
誰だって殺人鬼が助けてくれと頼んで、助けるはずがない。
そういうことが言いたいんだろう。
「えっと・・・えっと・・・どうしてもだめですか?」
頭を少し上げ、マルバスを見上げるようにみる魔法使い。その目尻には少しだけ涙が溜まり始めていた。
だが、それをこらえるように真っすぐと前を向いている。
「ダメだ。当然だろう?どうしていけると思った?逆に何を差し出せる?」
「えっと、私に差し出せるものであるならば何でも。」
問いかけられた質問に対し、魔法使いは咄嗟にそう答えてしまった。
相手は悪魔、それが分かっているのに何でも、という台詞はいくらか危険すぎるような気がする。
「そういわれてもお前にできることには我にだってできるだろう。」
「ならっ、私の命を!!」
「お、おい!リオーラ!!?」
そう言った魔法使いを、戦士が慌てて止めようとしているが、もうその言葉は紡がれてしまっていた。
「はぁ、自分の命を捧げれば他の命を助けてもらえる?ちょっと考えが甘くない?」
だが、その答えでもマルバスは聞き入れない。
いつもならこのくらいでリリスが止めに入るのだが、今回は彼女の拳がマルバスの頭に落ちることは無かった。
彼女も思い当たる節があるのだろうか?
俺は悪魔じゃないからそこらへんはわからないし、下手なことは言えない。
「なぁ、俺からも頼む。アイナを助けてやってくれねえか!!?」
次に戦士が頭を下げた。
そして一瞬遅れて勇者も・・・あの神官はよほど仲間に大切にされているのだろう。
あぁ・・・大切な人がいなくなってしまうっていうのは、辛いものだからな。
あれだけ必死になるのもわかる。
俺はある日のことを思い出す。
・・・・・・
◇
父は俺にゲームを、その楽しさを教えてくれた人だ。
特に何かに秀でたわけではなかったが、秀でて優しかった。
休みの日は俺が頼めば一緒に遊んでくれて、ゲームが飽きたといえば自分がやりたいのを我慢して外に一緒に出てくれることもあった。
いつだっただろうか?
正確な時間は覚えていない。確かあれは冬の日だったかな?
父がある日、家に帰ってこなかった。
その日は平日だったため、母にどうして帰ってこないのか?と聞いても残業をしてるのだろう、だから心配する必要はない。
その一点張りだった。
実際、その時母はそう思っていたみたいだ。
連絡がなく遅くなることはそれまで一度もなかったが、残業自体はそこまで珍しいものではなかったからだ。
どうせ遅くなって「すまん、遅くなった。」の一言でも口にしながらリビングの扉を開くに違いない。
そう思っていた。
結局その日は俺が眠るまで父は家に帰ってこなかった。
父としたい話もいくつかあったのだが、それは仕方ないだろう。
帰ってこなかったのだ。その話はまた明日に取っておこう。
帰ってこない父に少し怒りを覚えながら、俺はその日を終えた。
次の日、やはり父は返ってこなかった。
だが、別の物が――――知らせという形で俺の家に届けられた。
父が病院に運ばれたということだった。
原因は自動車による事故、深夜、路面が凍っているところでスリップした車が父の乗る車に突っ込んできたのだそうだ。
突然の出来事、対応を許す間もなく突っ込んできた車になすすべもなく父は重傷を負ってしまったらしい。
それを聞いたとき、何を言われているのかその時は理解ができなかった。
その日は平日、俺はとりあえずで学校に行かされる。
だが、そのことを聞いて授業なんかに集中できるはずはなかった。
俺は学校を早退してその足で病院に走った。
何かを忘れるように、全力で走りたどり着いた病院、そこではいくつもの機器につながれた父の姿があった。
ベッドの隣では母が目をハンカチで抑えているのが目についた。
父はそこから元気になることは無かった。
いや、もう動くことは無かったといったほうがいいだろうか?
車の破片が体に大きく刺さり、それが内臓を大きく傷つけてたとのことだった。俺としては死んだ原因なんてどうでもよかった。
死んだわけが知りたかった。
どうして父は死ななければならなかったのか?
その当時の俺は中学1年生、答えは一向に出るとは思えなかった。
◇
大切な人を失う辛さは俺も知っている。
このままだと、それをここにいる3人は味わわなければいけなくなってしまう。それは誰かの命を引き換えに助けることに成功した場合でも同じだろう。
だから、条件を付けてもらうにしてもどこか、絶対折れてはいけないところがあるはずだ。
「マルバス、俺からも頼む。この人を助けてやって苦はくれないだろうか?」
俺はこのままこの人が死んでしまうということがどこか許せないものがあった。だから俺も一緒になって頭を下げる。
これで何か変わるということがあるわけではなかったのだが、こうしないわけにはいかなかった。
そもそも、俺が助けられると思って連れてきたのだ。
俺が頼むのは普通なのだ。
「はぁ、君が頼んでもだめだよ。」
「ちょっとタクミ!!だったら私からも一緒に頼むわ!!」
隣で誰かが丸くなるような気配がする。状況から見てリリスだろうな。
彼女の一緒になって頼み込んでくれるみたいだ。ありがとうリリス。
「ちょっ、リリー!!?どうして君までそっち側なの!!?君も同じ悪魔じゃないか!!」
流石にこれにはマルバスもびっくりしたみたいだ。
顔を上げるようなことはしないが、ここからでも驚いているのがよくわかる。
「あら、タクミ曰く、種族で態度を変えるのはいけないことらしいわよ?」
リリスは俺が言ったことを信じているようだ。
そうだ。悪魔だからとか、人間だからとか言っていても不毛なだけなんだ。割と何の気なしに言った言葉だけど彼女はそれを真摯に受け止めてくれたらしい。
俺としては別に聞き流してもらってもよかったのだけどな。
「んん・・・でも・・・」
「頼む!!マルバス!!」
「頼むわ!マルちゃん!!」
「「「「お願いします!!」」」
ここにいるほぼ全員が、目の前のライオンに向かって頭を下げ、そして同じことを懇願している。
知らない者が見れば異様な光景だ。
これでだめならどうするのか?そんなことは一切考えていない。
ダメだったら次の手を考えるしかないだろう。
・・・・
「あぁ!!もう!!わかったわかった。リリーに免じて今回だけ特別だから!!」
最後はマルバスのほうが折れてくれた。
仕方なく、という感じだが一応は助けてくれるみたいだ。
俺はその言葉にほっと胸をなでおろす。
「本当ですか!!?ありがとうございます!!」
魔法使いも安心しているみたいだ。
戦士と勇者もお互いの顔を見合わせ、とりあえずは何とかなりそうだが警戒はとかないといった様子だ。
「だけど、そこのドヤ顔ダブル、お前にはあとで聞きたいことがあるから。」
まだ安心できるわけではなかったみたいだ。
いや、ひとまずは一人の命が助かりそうなのだ。俺が質問攻めにされるくらいならいいのだろう。
「あ、あぁ、わかったから早くしてもらえると助かるんだけど。」
見ると神官のほうはもうかなり衰弱しきってるし、そろそろ治療が入らないと死んでしまうのではないだろうか?
そうなってしまっては意味がない。
「あーはいはい。わかったわかった。」
やる気がなさそうにマルバスは横たえられている神官に近づいた。
そしてその口を一度大きく開き―――――そのままかみついた。
「お、おい!!?マルバス、何やってんだ!!?」
「何って、治療だ。見てわからない?」
見てわからないから聞いているんだけど!!?いきなり噛みつくってどうなんだ!!?
今ので死んだりしていないだろうか?それなら俺はこの人たちに申し訳が立たないんだけど!!?
そう思い、倒れているままの神官を見てみるのだが――――うん?顔色はよくなってるな。
「ほら、治療は終わってるだろ?これでいい?」
仕事は終わったといい、その場から立ち去ろうとするマルバス。
確かに顔色は先ほどより圧倒的に良くなっている。噛みついたときに何かやったのだろう。
だが、問題もある。
噛みついて治療したからその体には噛みつかれた跡が大きくついているのだ。
毒を直して体を壊してどうする!!お前目的わかって治療したんだろうな!!?
そう叫んでやりたくなったが、ただの怪我なら回復薬でどうにかなる。
「リアーゼ、回復薬を頼む!!」
「はい!!これです!!」
リアーゼはそのまま瓶の栓を開け、中の液体をその傷口に向かって振りかける。
その動作を見たマルバスは―――
「ああ、そうか。君たち人間はそれでも死にかけるんだったな。」
と、忘れていたようにそう言っている。
悪意はなかったみたいだが、そこはどうなんだろうか?これでこの人が死んでしまったら完璧にお前のせいになるんだけど・・・?
いや、助けなかっただけで悪いのはあの魔王か。
「はぁ、ともあれ、これで大体の問題は片付いたみたいだな。」
先ほどまでは息を荒げていた神官も、回復薬をかけてやって少しだけ時間が経つと荒々しい呼吸は次第に整っていった。
これなら放っておいてこのまま死んでしまうというのはなさそうだ。
傷口も急速にふさがっているのか、噛み跡から出ていた血は止まってきている。
はぁ、今日はエイジスの家がそろそろ完成だから頑張って働こうと思っていたんだけど・・・どうしてこうなったんだろうか?
勇者の挑戦を受けたから?
俺がエイジスを戦うべく勇者をかばったから?
ボロボロのところで新しい魔王に戦いを吹っ掛けたから?
色々なことが起こったからどこで間違えたのかわからないな。
この場合、俺がエイジスに挑まなかったらまだ何とかなったのかな?はぁ・・・・
「ねえタクミ!!そこで座ってため息ついてるくらいならボクのほうも手伝ってよー!!」
そこでノアが必死に一人で食い止めている魔物が目に入った。
ノアの攻撃をずっと受け続けているはずなのに、まだまだ元気そうだ。
吹き飛ばすことがメインで戦っているからダメージはほとんど通っていないと考えていいだろうな。
「ああ、了解だ。すぐ行くから待っててくれ。」
俺はノアが戦っている魔物のほうへ剣を片手に走り出した。