125 罪の魔王と不気味な霧
ベルフェゴール、という悪魔の名前は聞いたことがあるものの方が多いのではないだろうか?
7つの大罪とかで有名な悪魔だ。
彼の自己紹介に嘘偽りがないのならば、それが今、俺の目の前にいる。
正確には俺は倒れているので目の前にはいないのだが、この際細かいことはどうでもいいだろう。
「ライガ!!足元のやつは放っておいて先にそっちをどうにかするわよ!!」
ベルフェゴールが名乗りを上げた瞬間、勇者の仲間の魔法使いが瞬時に声を張り上げた。
倒れている魔王より、動ける魔王を優先して叩く、判断としては間違っていないだろう。
「あ、ああ、わかってる。だけど・・・」
勇者はすぐには攻撃に移らない。
彼は今、先程までエイジスと戦っていた影響で無手なのだ。
それに彼の剣も俺が遠くへ放ってしまった。
今は少し離れたところにある。
取りに行っていては何をされるかわかったものじゃない。
「あなたも、手伝って。」
そこで俺に回復魔法がかけられる。
こちらはHPとは別に疲労を回復するタイプの魔法みたいだ。
疲れ果てて動けなくなったはずの俺だが、急に息苦しさは消え、いつもと変わらず動けそうだと思った。
ふむ、この神官、まさかとは思うけど俺を捨て石にでもするつもりなのだろうか?
このタイミングで俺を回復させたのはどう考えても戦闘に参加しろということだろう。
先の戦闘でそこそこ戦えるということは見てもらったしな。
そこは信用されているのかもしれない。
だが、俺も素手なんだけど?
「おやおや、自分と戦うのです?何故?」
俺が先程、エイジスにとどめを刺そうとする勇者に投げかけたものと同じ質問を、ベルフェゴール・・・その魔王も口にした。
自分達はどうして戦うのだろうか?
「それはお前が魔王で、俺が勇者だからだ!それ以外に理由が必要だろうか?」
武器を持っていないながらも、心は引くつもりはないらしい。
彼は戦う理由をその一言で片付けた。
だが、俺からしたら戦う理由はちゃんと必要だと思うぞ?
「はぁ、野蛮ですねぇ。そんな野蛮な考え、今時はやりませんよ?少しは頭を冷やしたらどうです?」
魔王の方はというと、戦う理由が見当たらない。戦う意味がない。
若干ながら俺と同じ意見を勇者に叩きつける。
「なら聞くけど、お前は何をしにここにやってきた?」
理由もなしに魔王がこんなところをうろつくはずがない。
その真意を確かめようと勇者はそう問いかける。
実際には、そこに倒れているエイジスなんかは魔王のくせに特に大した理由もなくここに家を建てるつもりだったのだが、それについては触れるべきではない。
「そりゃあもちろん、遊びにです。ずっと寝てばっかりいるのも飽きたものですからね。」
魔王はあくびをしながらそう言った。
知っているものも多いと思うが、ベルフェゴールという悪魔は7つの大罪、その中でも怠惰を司ると言われている悪魔だ。
7つの大罪というのは人間を罪に導くと言われる感情や欲のことであり、それぞれに悪魔が割り振られている。
ベルフェゴールはその1体といわけだ。
その特性が関係しているのかは不明だが、彼は心底戦いたくなさそうだ。
戦うにしても、できれば楽になんとかしたい、そういう感情が見て取れる。
「そうか、なら寝起きいっぱい、俺たちが遊んでやるよ!!ライガ、受け取れ!!」
会話をしている間に、戦士が武器を回収していたみたいだ。
彼は遠くに落ちていた剣を拾い上げ、勇者のいる方向に向かって放り投げた。
「ありがとうダミアン!!これでなんとかなりそうだ!!」
勇者はそれを空中で受け取ろうと、少しだけ体の位置を前に動かす。
そしてもう少しでそれを受け取れる・・・・というところで魔王の方が動いた。
「はぁ、とりあえずこれでどうです?」
剣を受け取ろうとしたところを狙い撃ちだ。
魔王は回避の難しそうな霧状のなにかを、勇者に向かって放った。
「うわっ、くそっ、」
しかしそれを受けながらも勇者は確実に剣の受け取りに成功する。
彼は攻撃を耐えきり、武器を手にすることができたのだ。
「ふぅ、少し焦ったけど。大丈夫そうだ。みんな、いくぞ!!」
剣を両手に持ち、それを高めに構え勇者は号令を言い放った。
「おうよ!!まずは俺から行く!!」
その号令に、戦士がまず真っ先に応えた。
彼はいつの間にやら回収していた斧を手に、魔王に向かって突撃する。
彼は接近した後、それを下から上へとふりあげる。
魔王はそれを難なく回避したが、次の瞬間振り上げた斧は一瞬で戻ってきた。
よく見る、オーソドックスなコンボ技だが、実際実用的である。
勢いよく振り下ろされる斧は、真っ直ぐに魔王の頭部へと向かう。
これは当たったか?
流石にそれで倒し切れることはないだろうが、なんらかしらのダメージを与えることはできるだろう。
そう思い見ていたのだが、魔王はそれもすんでのところで回避した。
「はぁ、あなたにもこれをプレゼントしますよ。」
ギリギリで攻撃を回避した魔王は、避け様に手を戦士の方へ向ける。
そしてーーープシュッ、という擬音が似合いそうな挙動で、彼の手から霧状のなにかが噴出された。
それは先程勇者が受けたものと同じ、直接的なダメージはほとんどない攻撃だ。
「がはは、そんな攻撃、へでもねえぜ!!」
それを受けても、戦士は攻撃の手を緩めない。
上へ下へ、右へ左へと次々と斧を振るった。
「ダミアン、俺も加勢しよう。」
そこに勇者も攻撃に参加した。
神官はなにがあってもいいように身構えており、魔法使いは攻撃の機会を伺っている。
「あー、ちょっと困りましたね。」
流石に2人による攻撃は避けきれなかったみたいだ。
ついに勇者が魔王の体に攻撃を入れることに成功する。
「もらった!!」
彼の剣は魔王の脇腹を軽く切り裂いた。
スキルを発動した感じはなかったから、威力が足りず、この一撃でどうこうなるということはないが、少なくともエイジスみたいにダメージが入らないとかはなさそうだ。
それが分かっただけでも万々歳だ。
「はぁ、本当に・・・・めんどくさいですね。」
魔王の斬られた脇腹からは、濁った赤色の血液が飛び散った。
斬り裂いた当の本人である勇者に、返り血という形で付着する。
そしてそこで・・・・勇者の動きが明らかに悪くなった。
剣を振る腕に力はなく、地を踏みしめる足は地面と喧嘩でもしたかのように安定しない。
「くっ、どうしてしまったんだ、俺の体は!!」
それを一番、本人が不思議がっている。
なにが起こっているかはわからないといった様子だ。
だが、少なくともこの状態が続けば悪いことだけはわかる。
パーティの洗練された連携とかを阻害してはいけないと思って観察していたのだが、これは加わった方が良さそうだ。
「リアーゼ!武器を!!」
「はい!受け取ってください!」
リアーゼは俺の方に一本の木の剣を投げてくる。
はじめに持っていたやつをいちいち拾いに行く必要はない。
木の剣は唯一無二というわけではないのでこうやって使えるのが利点だ。
「今、剣を受け取りになると、なんとこんなものまでついてきます。・・・なんてね。」
俺がそれを受け取る瞬間、再び魔王が霧状の何かをこちらに向けさせた。
ある程度予測はできていた。
相手は待ち狩りとかをやってくるタイプだとはじめの一発でわかったのだから。
だが、俺はそれを避けることなくそのままうけた。
わかっていればなんのことはないただの霧だ。
知らずに受ければびっくりするだけ・・・・そう思って行動するのが一番危険なのだろう。
この霧が危険なものであることは想像に難くない。
だが、俺はそれを避ける気は一切なかった。
「ふふっ、受け取ってくれたみたいですね。」
それを見た魔王は、少しだけ楽しそうに笑ったような気がした。