109 最強と妥協
「ねぇタクミ、ずっと気になっていることがあるんだけどさ。」
イアカムに言われた場所にそろそろたどり着こうかというところで、ノアがついに我慢ができなくなった様子でそんな言葉を口にした。
何をそんなに気になっているんだろうか?
「何かあったのか?」
ずっとといっていたから何かあったのではなく、何かあるというほうが正しいのだろうが、そこはいいとしよう。
ちなみに、俺に今のところ気になっていることは無い。
周りには魔物が遠めに見えるくらいで何もないしだれか何かおかしい行動をしているわけでもない。
「あの、タクミ両手に何持ってるの?」
俺の両手?
「何って、盾だけど?あぁそうか!俺が盾を持つのは初めてだから驚いているんだな!」
最近俺が攻撃に転じる必要性がいまいちなくなってきているからな。
剣の両手持ちで攻撃力に特化させるより、盾を持って防御面を強化したほうがいいと思って今日は盾を持ってきた。
一応、シュラウドが仕入れていたものの中にあったから頼み込んでもらってきたのだ。
性能は木製のものの最大強化品のためそこそこのものだ。
「そうじゃないよ!!盾を持っているのはいいけど逆に剣はどうしたの!!!?」
あ?剣?
「どうやって持てって言うんだよ。両手がふさがってるのが見えねえの?」
俺の両手は盾でふさがれている。
その状況でどうやって剣を持てというのだろうか?
「じゃあなんで盾の二刀流なのさ!!」
あー、なるほど。ようやくわかった。
ノアはこのスタイルのことを知らないんだな。
「まぁ確かに、デカい盾ひとつだけ持つかそれとも二刀流にするか俺もギリギリまで迷ったからな。」
「議論はそこじゃない気がするんだけれど・・?」
ちなみに俺が今やっている装備編成は俺のもといた世界ではたまに見るものであった。
攻撃を完璧に捨て、防御に年頭を置いた装備構成なのだ。
防御力は格段に上がるが、その代わり攻撃手段を失う。日本人が好みそうな極振りだ。
だが、考えても見てほしい。
俺の属するクラスは装備品を強化できる。
そして戦士時代に取った≪斬鉄≫の魔改造版まであるのだ。
いかに攻撃力が低い盾攻撃といえど、10倍にすればそこそこ見ることのできる威力になるはず。
まさに攻防一体の素晴らしいスタイルといえるのだ。
「あぁ、懐かしいな。これを昔MMOでフレンドに見せてドヤ顔ダブルシールドとか言って遊んでたっけな。」
あの頃はやはりというべきか攻撃性能の問題で実用に欠けていたのだが、今回はそこらへんは抜かりがない。
「タクミがそれでいいならまぁ、いいのかな?」
ノアも俺が今日これで戦うことを許してくれるみたいだし、今日はあの頃のリベンジマッチといこう。
最硬の防御能力と普通の攻撃力が合わさりそこそこ最強に見えるはずだ。
俺はウキウキしながらあと少しで着く目的地に心をはやらせたのだった。
あれ?何かを見落としているような・・・?
俺たちは何事もなく目的地にたどり着いた。
ここではいつものように大量の魔物のお出迎え――――ということは今回はなかったようで、程よく集まっている感じだ。
まず見えているのはイノシシのような魔物だ。
みためはイノシシと大差ない。
「よし!じゃあまず俺があれの気を引くな。」
俺は両手に盾を携え、真っ先に突進する。それと同時に≪挑発≫発動だ。
これによりイノシシの注意が全て俺に向けられる。
まずは壁役としての務めとしては完璧な滑り出し。イノシシは個体差があるのかそれぞれこちらに向かってくる速度は違う。
俺はまず一番最初のイノシシの突進を盾を重ねて丁寧に受け止めた。
俺の盾とイノシシの体がぶつかった瞬間、俺の両腕に衝撃が走るが問題はない。
完璧に攻撃を受け止めることには成功している。
「次はこれだな!!」
俺は一度イノシシから少しだけ距離をとり、シールドバッシュを繰り出す。
そして盾と敵が重なる一瞬だけ前、俺は≪斬鉄≫を発動させる。これでこの攻撃の威力は大体10倍。
ほとんど役に立たなかったこの世界の説明書によると、盾攻撃によるダメージはその盾の物理防御力と盾の硬度によって決まるらしい。
俺が持っている木の盾のステータスは今、
名称 木の盾
効果 物理防御力+14 盾の硬度 12
説明 限界まで魔石で強化した木の盾。強い。
どちらのステータスも申し分ない。
これなら――――――いける!!
その確信をもって、俺は一撃を確実に叩き込んだ。
だが、
「ヴヴヴヴヴヴ・・・」
イノシシは少しだけ呻くような声を上げただけで、そのまま倒れるといったことは無い。
あれ?どうしてだ?
先の攻撃を割と簡単に受け止められたことを考えてもそこまで強い敵には思わなかったんだけど・・・・もしかして体力が以上に多いとか?
「っと、考察はあとだな。」
ゆっくり考えている時間はない。俺がこいつを仕留めきれなくなったことでこいつからの反撃を受ける必要があるのだ。
それは普通に盾でガードできればダメージが入ったりすることはあんまりないからいいんだけど、それよりは濁流のようになだれ込んできそうな後続のほうが問題だな。
「ほらっ、タクミ、何遊んでるのよ!!危ないわよ!!」
あ、リリスが倒してくれた。
俺が倒し損ねたイノシシは、リリスがきっちりと仕留めてくれた。それも一撃でだ。
彼女の攻撃ではたいして参考にならないのだが、体力が多いという説は見直したほうがいいかもしれない。
「遊んでたわけじゃないんだけどな。何か予想外のことが起こってるみたいなんだ。」
俺はもう一度、同じように≪斬鉄≫と、今度は≪純闘気≫を同時発動した。
――ゴスッ、
という鈍い音を響かせ、俺の盾はイノシシの腹を強く打った。
今回も倒しきることはできなかったみたいだが、かなりのダメージが入ったみたいだ。
先ほどとは違う結果だ。
これは追加で発動した≪純闘気≫が原因だろうな。
ちゃんとスキルが発動しているという事実でもある。ならどうして≪斬鉄≫が発動していない?
これは武器の攻撃ならどんな攻撃でも強化してくれる良スキル――――――ん?武器の攻撃?
「あ!!ノア!!緊急事態だ!!」
「何!!?どうしたの!!?」
「盾攻撃には≪斬鉄≫の効果が乗らない!!これは武器攻撃力参照の攻撃じゃないからだ!!」
何かを見落としていると思ったら、これだったのか!!
完全に凡ミスだ。スキル説明を吟味しないなど、攻略者にあるまじき行為だ。今回みたいな何でもない場所だったからよかったものを、肝心な場面でやってたらそのまま死ぬぞ!!
自分を説教しながら俺は手に持っている盾を軽く見下ろす。
どうして俺は両手に盾を持っているのだろうか?せめて片方だけでも普通の武器だったら10倍攻撃でイノシシなんかはっ倒せるのに・・・・
「いやぁ、たまに思うんだけど、タクミって結構バカだよね?」
後ろからノアの声が聞こえてくる。
今すぐにでも振り向いてそれを否定してやりたい気分だが、今俺は敵の攻撃を受け止めるので精いっぱいだ。
今はその言葉を受け止めるしかない。
人間だれしも気を抜くことはあるのだ。その時までも完璧でいろというのは酷じゃないか?
「と、言うことで攻撃は任せた!!そもそもこの装備は防御特化なんだ、攻撃しようと思っていたほうがどうにかしている!!」
ということで丸投げだ。盾は盾らしく攻撃を受け止めることに専念させてもらうとする。
そもそもうちのパーティは攻撃役は優秀なのがいるので俺が無理して攻撃する必要――――どころか一撃で倒しきれないなら意味すらないのだ。
「はぁ、やっぱりボクがいないとだめなんだねー!!いっくよー!!おいで、『ウンディーネ』ちゃん!!」
ウンディーネはちゃんと契約できているみたいだ。
ノアは早速この前手に入れた召喚魔法を使っている。
詠唱を長時間した様子はないので、少なくとも俺を召喚するよりは詠唱時間は短いみたいだな。
ノアの呼び出したのは――――水の玉だった。
ウォーターを発動した際に出てくるような?そんな玉。それが今、彼女の前でふよふよ浮いている。
ノアの召喚は、火の玉なり、マジックイータ―なり、球体のものが多い気がするな。
何気に人型って俺をのぞいたらシルフくらいじゃないか?
その水の玉は俺の隣まで飛んでくる。
何か見せてくれるのだろう。俺は攻撃を受けながらそれを横目で観察する。
突然、ウンディーネは何の脈絡もなくその体の一部を打ち出した。
俺たちが戦っていた時と同じ攻撃、しかしこちらは人型ではなく、モーション的なものが見受けられない為こっちのほうが厄介だろう。
だが、威力は下がっているみたいだ。
多分水が足りないんだろうな。遠距離攻撃ができるのにわざわざ近づいて攻撃したのも使用する体の量を少なくするためだろう。
まぁ、これは攻撃されても何の問題もないウンディーネだからこそできる行動である。
ウンディーネとリリスは俺が止めているイノシシたちをどんどん倒していく。俺はというと攻撃を受け止めるのもやめ、ヘイトを稼いで目の端をちらちらしているだけだった。
いや、自分でも何をやっているんだと思う行動だがこれにはちゃんと理由がある。
というのも盾でのガードはほんの少しではあるがHPにダメージが貫通して入ってくるのだ。
一撃一撃はそれほどでなくても積み重なると危ないかもしれないのだ。
別にこういう場合ヘイトは一瞬、2人のうちのどちらかが攻撃をする間だけこっちを向いてもらえればいいので攻撃を誘発させないように立ち回っているというわけだ。
そして今日、俺はいいところがほとんどないまま一日の狩りを終えた。
数字が増えないことにはそこまでダメージが来ないけど、あった数字がなくなると心的ダメージが計り知れない件について・・・・