104 来ない男と俺召喚
魔王――それは世界にはびこる魔物たちの王様で、人類共通の敵である。
そして、ほとんどのゲームでラスボスかそれに連なるものである。
クリアがない、とあらかじめ銘打たれたこの世界でその魔王がどのくらいの影響力を与えているのかは俺には予想はできない。
だが、何か重要な役割を持っている。
そう信じずにはいられなかった。
「あ、エリック、魔王って・・・」
一瞬呆気に取られてしまったが、俺はすぐにその情報をくれた人物に詳しい話を聞こうとした。
しかし―――――
「タクミ―!何やってるの!!もう店を開ける時間だよ!!ほら、君もすぐに準備する!みんなもう着替え終わっているよ!!」
「そうだな。僕は奥の部屋で商品の整理とかだったな。すぐに行くとしよう。」
「あ、エリックまてって!!」
そう言って追いかけようとはしたのだが、
「ほら、あなたも早く準備しなさい。」
リリスにそれを止められてしまう。くそっ!!重要な情報を得られそうなのに・・・
目の前にニンジンをぶら下げられた馬になった気分だ。
どんなに走っても、たどり着くことは無いだろう。
仕方ない。仕事が終わった後にでも聞くとしよう。
俺はいったんそこで諦めて今は仕事に専念することにした。
焦っても仕方はない。ゆっくりやればいいんだ。そう自分に言い聞かせて・・・
そして昼時、そいつらはやってきた。
店の扉を開き、顔をのぞかせる。
「あの、すみません、ここにエリック――――いや、どこはかとなくバカそうな男は来ていないですか?」
俺はその人物に見覚えがあった。
考えるまでもない。エリックの仲間の魔法使い、オリビアだ。
エリックを探しているのだろう。
というか、お前のリーダーはバカなのはわかっていたんだな。
俺は顔だけをのぞかせて店内をきょろきょろと見渡す彼女に声をかける。
「エリックなら奥の部屋で働いているはずだぞ?何か用事でもあるのか?」
「ああそう、ありがとう・・・ってあなた!!」
彼女は何かに気が付いたように俺を見て指さしてくる。
あ、思い出した。俺この女から悪い人間として見られているんだったな。それならあんまり声をかけないほうがいいかな?
俺はそれ以上は何も言わないようにした。
しかし逆にオリビアのほうから俺に突っかかってくる。
「ねえ、どうしてエリックがあなたの店で働いているの!!?」
どうしてって言われても・・・・ねぇ?
「あいつの姉ちゃんのヴィクレアが自分の代わりにって置いていってくれたんだけど、何か問題でも?」
「大有りよ!!私たちは今忙しいの!!エリックは本来こんなところで油を売っている場合じゃないのよ!!それなのに彼ったら朝目を覚ましたらいないものだから・・・」
ん?これは―――――成程。
「まあ、言いたいことは他の客がいるからあんまり叫び声は上げないでほしいってことだけだな。エリックに何か用があるならここ、通っていいぞ。」
俺は道を開けるように少しだけ横にそれ、店の奥に続く通路を指さした。
「この先にエリックがいるのね?」
「ああ、どうせなら一緒に昼食にでも行ってみたらどうだ?丁度昼時だし。」
この店の従業員は抜けがないように交代ではあるがこのくらいの時間に休憩をはさむようにしている。
働きづめでは疲れてしまうし、昼食をとることも大切だ。
俺のモットーは一日三食抜かさず食べるということだからな。
「――――チッ、そうさせてもらうわ。」
今こいつ俺のほうを見て舌打ちをしたか!!?
そこまで恨まれる理由は‐―――いや、あるのか?確かこいつらのパーティの壁役がリリスによってスライムになって、で俺はそのリリスをかばったんだったな。
それなら多少俺にヘイトが溜まっていてもおかしくはないのかもしれない。
俺はオリビアをそれ以上刺激しないように視界の外にそろっと抜け出した。
耳を立てて聞いてみると店の奥に進んでいる足音が聞こえる。
そのまま、店の裏口が開く音がした。
オリビアがエリックを連れて外に出たのだろう。昼休みの時間は特に定義していないが、基本的には1時間前後となっているはずだ。
それまではエリックがやっている仕事も俺がやらないといけないな。
俺は再び手を動かし始める。
そして――――エリックはいつまでたっても戻ってくることはなかった。
◇
「はぁ、エリックは今日も来ていないのか。」
あれから3日、俺たちは変わらずここで働いていたがエリックが再びこの場所に来ることは無かった。
俺としては彼に聞きたいことがあるから早く来てほしいところだ。
「思うのだけれど、もう彼は来ないんじゃないかしら?ほら、あの子がそれを許さなそうだし。」
リリスの言うあの子というのはおそらくオリビアのことだろう。
「あ~、そうかもな。あいつ自体も用事があってきたって言ってたし無理矢理そっちを優先させられているのかもな。」
それなら来ない理由としては納得がいく。
そもそも考えてみれば雑貨店のバイトと魔王の調査、どっちが優先度が高いのか。という話ではあるのだ。
考えるまでもなく、後者であろう。
魔王の調査というのがどのくらいのものなのかはわからないが、おそらく一日や二日で終わるものではないだろう。
もしかしたらずっと来ないなんてこともあり得るかもしれない。
「まあ別によくない?彼がいなくても回るんだし、あ!わたしの給料を上げてくれればその分も働いてあげてもいいよ?」
さらっと値上げ交渉に来たな。
まぁ、それはいろんな意味で却下だけど。
元々時給がそこそこ高いのにこれ以上持ってかれるのがきついとか、一人にこれ以上負担をかけることはできないとかだ。
「あ、そうだ。お前にも聞きたいことがあったんだった。」
「お前じゃなくてスペラね。それで?何が聞きたいの?個人情報とかじゃなければ話してあげてもいいかもよ?」
若干引っかかる言い回しだがその点はこの際どうでもいいだろう。
これに突っ込みを入れるのは何か負けた気になりそうな気がする。
「スペラっていろんな魔法使えるよな?」
「そうね。それがどうかしたの?」
「でも魔法って基本的に覚えるのに大量のスキルポイントを使うじゃん。その分ってどこから来てるんだ?」
ノアと戦っているのを見てるだけでも少なくとも5種類は使っていたように見えるのだが、どういうことだろうか?
彼女の態度からもっと覚えているみたいだし。
「それは簡単よ。私が覚えている魔法は全部≪精霊魔法≫というスキルのものなの。というか魔法使い系は基本そうよ。」
ということはあれらはすべて1つである、ということか?
「じゃあ逆にノアはどうして3つしか召喚魔法を使えないんだ?その理屈で言うならもっと覚えててもよさそうだけどあいつがそれ以上使っているとこを見たことがないんだが。」
機雷としてや普通に攻撃として扱うことができる火の玉、風属性の精霊、魔法を食べる球体、俺が今まで確認したのはこの三つだ。
ノアはこの他のものは使うそぶりを全く見せない。
あいつのことだから隠している。ということでもないだろうしな。
「それは知らないわ。本人に直接聞いてみたら?」
「ということでノア、答えをどうぞ。」
スペラは結構そういうことに詳しそうだったから聞いたのだが、知らないみたいだった。
だから彼女の言う通り、その魔法を使ってる本人に聞いてみるとしよう。
「ボクだって好きで3つしか使えないわけじゃないんだよ。召喚士も同じような≪召喚魔法≫っていうスキルがあってボクも持ってるんだよ。」
「でもそれならどうして?」
「ボクだって知らないよ!!≪召喚魔法≫のスキルを覚えても何の魔法も増えなかったんだ!!」
少し不貞腐れた用のノアがそう言い捨てた。
原因は彼女事態にもよくわかっていないらしい。確か戦闘中にスペラがノアの属している召喚士というのは絶対数が少ないとか言っていたから、この世界でもまだ情報が出回っていないっぽいな。
まぁでも多分。
「状況から察するにそこは契約した召喚獣を呼び出す魔法が出るって感じかな?」
召喚士なのに何とも契約なしにポンポン呼び出しているのはおかしいと思ったんだ。
その固有スキルはいわば保存のための枠ということだろうな。
「あ!!そうかも!!何かで読んだことがあるよ。確か召喚士は何かを従えることもできるって話!!」
それを知っているならなぜこの可能性に行きつかなかったのだろうかそれが不思議でならないが、そこは置いておくとしよう。
「ねえねえ、ということはさ!お話をして呼んだら来てくれる、っていうのならボクの魔法で呼べるんだよね!!?」
「そういうものなんじゃないか?俺もよく知らないから断言はできないけど多分それであってると思うぞ。」
まぁ、召喚士が何かと契約しようとするとき大抵戦闘に入ってそれに勝たなきゃいけないんだけど・・・
「タクミ!!ちょっとボクの召喚獣になってくれないかな!!?」
「どうしてそうなるんだよ!!」
話が飛びすぎだ。どういう思考回路したらそういう発想に至るのかを教えてほしい。
「え~、いいじゃん!ちょっと物は試しと思ってさ。今スキルを見てたら≪召喚契約の印≫っていうのがあってそれをとってみたからさ、これを試させてよ!!」
ノアが言うスキルというのは対象を自分の召喚魔法に組み込むスキルか何かだろう。
それをことあろうことかノアは俺に向かって使おうとしているのだ。
「でも実際どうなんだろうな?それ、人にも使えるのか?」
気になるところではある。
というのも使えるのなら結構戦闘に幅ができそうだからだ。
例えば、俺が爆弾でも持って敵地のど真ん中に飛び込んでそれを投下、そして即座にノアに呼び戻してもらう―――とかな。
「お!!やっていいんだね!!じゃあいっくよー!!」
やっていいなんて一言も言っていないのだが、まぁきになることは事実ではある。
ちょっとやってみてもらってもいいのではないか?そんな気持ちが俺の中にはあるのだ。
別にこれが成功して俺がいつノアに好きに呼び出されるようになってもいいという理由もあった。
というのも俺はスキルの消費MPをいじくることができるのだ。
最悪問題があるならこれで物理的に封じ込めたらいいだけの話なのだ。
ノアが何かを発動させたのだろう。その指先から蒼い光を放つ何かを発している。
そして彼女はその光をそのまま俺に向かって突きつけた。
んー、俺としては特に何も変化はない。
「タクミ、どう?」
「どうって言われても、どうにかなったという感覚はないんだけど?スキル画面を確認してみたら?」
「えーっと・・・・あ!!あったよ!!見てこれ!!」
ノアが俺のほうにスキル画面を見せてくる。
そこにはノアが覚えているスキルが並んでおり、その中のひとつ≪召還魔法≫と書かれている下に、
・召喚≪天川 匠≫
と記されていた。
「ふむ、これはちゃんと人間にも使えるみたいだな。でも多分使用条件はあるんだろうな。今みたいに触れただけで契約完了とか流石にバランスがおかしいし。」
それがまかり通るなら召喚士が魔法使い系のクラスで一番微妙といわれるはずもない。
多分ある程度受け入れる気持ちくらいは必要になってくるはずだ。
「まー、そこらへんはまた今度試してみれば大丈夫だね!!じゃあ早速使ってみるよ!!」
ノアはそう言って魔法の準備を始める。
あ、一応俺詳細だけでも見ておいたほうがいいかな?
俺は『俺召喚』のスキル詳細及びその変更ウィンドウを出してみる。
名称 召喚魔法
対象 天川 匠
消費MP 2
詠唱時間 18秒
上限数 1
ボーナス(対象:獣) ダメージ軽減10%、魅了耐性、混乱耐性、麻痺耐性
ボーナス(対象:自) ヘイト上昇率下降大
ボーナス時間 10分間
・・・・俺の召喚に必要なMP低すぎね?
詠唱時間もそこそこ短いし、俺はシステム的に結構な弱者扱いなのかもしれないな。
それにしても召喚されるとボーナスが付くんだな。
対象:獣というのは召喚される側の俺につく能力だろう。多分召喚獣の獣だ。
で、逆に対象:自というのはノアのほうにつく能力みたいだな。
なるほど、契約した奴は一度に呼べる数に限りがあるけどその分強力っていうことだな。
ボーナスに関しては後ろの三つはすべての状態異常に耐性を持っている俺にとっては必要のないものではあるが、まぁダメージを1割もカットしてくれるだけでありがたくはあるだろう。
「よーし!!準備おっけー!!いっくよー!!」
ノアがその声とともに完成した魔法を発動させた。
ん?なんか視界が・・・?ぼやけて・・・・・・体が・・・?ふよふよと・・・・。
気づいたら俺の立ち位置は変わっていた。
さっきまではカウンターに座っていたのだが今は店の扉の前にいるノアの目の前だ。
どうやら召喚は成功したらしい。
「なんかあれだな。召喚されるっていうのは不思議な感覚があるな。なんていうか、体が浮かび上がっているみたいな。」
「それなんだけどタクミの移動の仕方はすごかったよ!!急に体が霧のように消えていったと思ったらボクの用意した出口から出てきたんだから!!」
なるほどなるほど、召喚される側はいったんこっちの世界から消えて、それから何かの通り道を通って召喚者が用意した出口から出てくるっていう感じなんだな。
「それにしてもこれ、問答無用で呼び出されるのは少し理不尽な気がしないか?ほら、ノアがしょうもないことで俺を呼び出すなんてこともあり得るわけだし。」
そう思った俺はノアの俺を召喚するスキルのMPの値を引き上げようとする――――――が、どれだけ頑張っても消費MP20以上は上がらなかった。
ここが限界なのだろう。
あれ?俺って今結構危険な状態?
「そんなことしないから安心して!!本当に困ったら呼び出すかもしれないけど普段は使わないようにするから!!」
「あぁ、そうしてくれると助かる。」
本当にね。これ、軽い気持ちでノアと契約を結ぶ羽目になったんだけどこれからはもっと考えて行動したほうがいいかもしれないな。
俺は内心少しだけ反省していた。
一般的にはなろうで小説を書く際には一話3000文字が読みやすいとされているのですが皆さんはどう思われますか?
ちなみに、今回の話は5596文字となっています。