103 新入社員とエリック
ノアがボロボロな理由で帰ってきた理由としてはやはりというべきか、彼女自身の油断によるものだったみたいだ。
彼女たちはノアの作戦通りブラックドラゴンを飛び立たせることに成功。ついでにリリスに強めの一撃を食らわせてもらうことで注意を向けることにも成功したみたいだ。
そこであらかじめノアが用意していた魔法をドラゴンの翼にぶつけることで叩き落したらしいのだが・・・そこで油断したノアはその場に立ち止まってしまったらしい。
向かってきている飛行物体を撃墜させたら当然その勢いのまま落ちてくるわけで・・・・
ドラゴンの巨体の落下地点にいたノアは危うくつぶされかけたみたいだ。
ギリギリ、近くにいたリリスがノアをけり飛ばすことで事なきを得たらしいのだが、それでも怖かったという記憶だけは残ってしまったみたいだ。
「いやぁ、いつも思うんだけどノアって詰めが甘いよな。どうして飛んでいるドラゴンの翼にピンポイントで魔法が当てれるのに落ちてくるドラゴンを回避できないんだか・・・」
「しょうがないじゃない!!だってもう終わったと思っちゃったんだもん!!」
まるで自分は悪くない。そう言いたげな様子だな。
「まぁいいや。無事に帰ってきてくれたんだから今日はこのくらいにしておいてやるよ。店ももう今日は閉めるからまた明日な。」
「そのことなのだがいいだろうか?」
ヴィクレアが手を軽くあげて何かを言いたそうにしている。
彼女は誰の返答も待たずに次の言葉を口にした。
「私は当面の目的は達成したのでその報告もかねて王都に戻らなければならないのだ。」
「ってことは?」
「明日からは仕事に参加できないということだな。」
ふむ、ということは今日1人新しく雇って明日1人失うから人数的には何も変わらないということか。
なるほどなぁ。
ならまた新しく雇用したほうがいいかもしれないな。
「ああわかっている。私が抜けると仕事量が増えるのが心配なのだろう?そのことなら問題はいらない。ここにいるエリックが私の代わりに働いてくれるだろうから。」
「なっ!!?姉上、何を!!?」
あ、そういえば同じ家の出の人だったよなこいつら。
イメージ通りというかなんというか、エリックのほうが年下なんだな。
「えぇ~、この人を働かせるのー?大丈夫かなー?」
心底心配そうにノアがそう言った。
彼女はエリックの若干残念な面を知っているからな。不安になるのももっともだろう。
「まぁそう言ってやるな。エリックは確かに馬鹿であるが言われたことをやることに関しては優れているから作業には結構むくんだぞ?」
ヴィクレアがフォローかどうかわからないことをしているが、それで本当にいいのだろうか?
「姉上、僕はまだ代わりをやるなんて一言も言っていないのだが・・・」
「あぁ?私に逆らうのか?」
「・・・いいえ、やらせていただきます。」
あ~、こういう時年上の兄弟には逆らえないんだよな。
小学校の頃に姉がいる俺の友達が「あいつには逆らったらいけない」って心底恐ろしそうにしてたし。
俺は兄弟がいないからわからないけどそんなものなんだろうな。
ともあれ新しい人員の確保は大体大丈夫だろう。欲を言えばあと1人くらいは欲しいのだが、そもそもこの店はそこまで大きなものではない為3人いれば十分余裕をもって回すことができる。
最近では初めのように大量に客が来るということは無く、程よく繁盛している程度だから大丈夫だ。
「じゃあヴィクレアは明日から来ないっていうことで、これ今日の分な。」
「む?いいのか?今日は私は特に何もやっていないのだが・・?」
「まぁ、路上で寝る羽目になるよりはいいんじゃないか?それに、金を使いすぎて帰りの馬車代すら残ってないだろうし。」
「あ・・・・」
彼女は俺の言葉を聞いて少し恥ずかしそうにした後に申し訳なさそうな様子で、
「いただくとしよう。」
と、俺の手からお金を受けとった。
ちなみにその時エリックはとても気落ちしたような雰囲気で下を見ているだけであった。
そして翌日、今日からはいつもと違うメンバーでの仕事だ。
「まずは仕事の内容を説明するな。エリックと―――」
「スペラよ。」
「そう、スペラ。心して聞いてくれ。」
そういえば名前なんだっけな?と悩んでいるのが分かったのだろう。
聞かれる前に彼女は自分の名前を答えてくれる。
俺はまずどの場所で何をするのかを軽く説明した。例えば店頭なら商品説明やサービスの説明、代金の支払いなどの接待、店裏なら商品補充や在庫の移動などだ。
そしてそれを踏まえて2人にはどこをやりたいかの希望をとってみた。
その結果、スペラは店頭で、エリックは店裏での仕事をすることになった。
まぁ、客も男性より女性に接客してもらったほうが嬉しいだろうし俺もそれに異論はない。
しかしよく考えてみればこの店の接客役は女性しかいないな。
職場の男女比としては男3の女4であまり数に差はないんだけどなぁ。
「あ、スペラはこれに着替えてくれ。」
俺は彼女にこの店の従業員服として使っている服を手渡した。
「これを着て仕事をするってわけね?わかったわ。」
彼女はそれを素直に受け取って今着替えに行っているノアたちに合流するように奥の部屋へと消えていった。
「む?僕の分はないのか?」
エリックは心底不満そうに俺のほうを見てくる。
まぁ、この場にいるものでエリックだけ制服を渡されていないからな。
「そうだな。まだお前の分はできてないから当面はこれでしのいでくれ。」
俺はヴィクレアがつけていた店員を示す首掛けプレートをエリックに手渡した。
姉から弟へ、美しい流れだ。
「こ、これをつければいいのか?」
「ああ、ここで働いている間はつけておいてくれ。お前の服は今後一切作るつもりはないからな。」
「それはどうしてだ友よ!!僕の分だけ作らないなんてひどいじゃないか!!スペラ君にはもうすでにあるというのに!!」
納得がいかないようだ。エリックが抗議してくる。
「だってお前臨時でここに配置されただけだろ?すぐにここをやめるだろうから作るだけ無駄なんだよ。それに、スペラに渡したやつはヴィクレア用に作ってたやつだからな。多分サイズが合わないんじゃないか?」
ヴィクレアは高身長の、いわゆるかっこいい女性という感じでスペラは身長は低くはないもののヴィクレアほど高くはない。
体つきも戦士職と魔法職のためかヴィクレアのほうががっしりしているため多分少しぶかぶかになると予想されている。
「それはそうだな。僕は用事があってこっちに来ているのだ。ここでこうしているのもすぐに終わらせなければいけない。」
なんか依頼で来てたって言ってたしな。
「そういえばエリック、第三階層の魔物の討伐ってどうなってるんだ?」
これをさぼられたら若干困るんだけど。
なんて言ったってあそこの魔物は放っておくと勝手に強くなっていくんだ。いざ用事があった時にめちゃ強くて倒せませんじゃあ問題がある。
「そのことなら問題はない。ギルドに依頼を出しておいたから大丈夫だ!」
そういうことなら―――大丈夫なのか?
誰もその依頼を受けないっていうこともありそうだけど、まぁその時はその時だな。
俺としてはこの話は頼んでいる側のためあまり強く言える立場ではないしこのくらいにしておくことにしよう。
「じゃあさ、エリックが今回受けた依頼って何だったんだ?ものによってはこうして油を売っている場合じゃないんじゃないか?」
姉の威圧によって無理矢理ここで働かされているエリックではあるが、彼だって暇ではないだろう。
用事があるということは前もって言っていたしここでこうしていていいものなのか・・・
「う~む、言ってもいいものかわからないのだが・・・」
エリックは迷っている。
「いいから言ってみろよ。気になるだろう?」
そんな態度をとられると自然と気になってしまうのは人の性ではないだろうか?
俺はズイズイと事情に踏み込むようにエリックを押していった。
「ええい!!実はだな!」
お、言う気になったみたいだ。
エリックは意を決したようにその言葉を口にした。
「最近この街で魔王の目撃情報があったみたいだから調査してほしいという依頼が国からあったのだ!!」
え?魔王?
エリックの放ったその言葉は、俺の予想をはるかに超えていた。
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