9.
目が覚めてふぁ、とあくびした。
そのまま目尻に浮かんだ涙を指で拭き取り、伸びをする為に上半身を起こそうとすればなんだか身体が重い。
重い、と言うよりか怠いだろうか? 長時間寝ていた時のような怠さと頭痛を感じた。
しかたがないから寝転んだまま、泣き落とし作戦を決行して寝落ちしてしまったんだろうなぁ…と俺は今の状況に当たりをつけた。
これで罪が軽減されているといいのだが、お父様はなかなか手強い。一体どうなっていることやら、ティメオが考えている事なんて俺には想像もつかない。
ぼ~っとしていれば、ドアがノックされた。
顔を横に向ければ、俺の世話をする為にきたであろうリームと目が合った。
けど、なんだか様子がおかしい。別にいつも通りの事なのに、驚いたようにリームの目が大きく開かれている。
一体何かあったのだろうかと首を傾げていれば、
「ーーティメオ様を呼んできますね!」
少しだけ待っていてください! そう言ってリームが慌てて部屋を出て行く。
その慌てぶりを見た俺はある答えに辿り着いて、寝ぼけていた頭がすーっと血が下がるように冴えていくのを感じた。
……もしやこれは、朝から説教コースなのではなかろうか。
そりゃあ、あれだけの事をしでかしてしまったのだから仕方ないだろうけど。どれだけ年をとったおっさんだとしても、怒られるのは嫌なものなのだ。
でも俺はこう見えて中身は社会を経験したおっさんで、なおかつーー甥っ子のおかげでーー保護者の気持ちを理解できる幼女である。
たぶんティメオに心配をかけてしまっただろうし、今回ばかりはこれ以上足掻かず、素直に罪を認めて謝ろうと思う。
そうこうしているうちに、またドアがノックされた。どうやらティメオが着いたようだ。
「調子はどうだ?」
俺のそばに来て早々、ティメオがそう尋ねてきた。
大丈夫かと聞かれれば大丈夫なのだろうが、まだ寝過ぎで頭が少し痛いのと、身体が怠いのが続いている。
それを伝えようと口を開くが、寝起きで喉が渇いているのか喋りにくい。
「……だいじょうぶ」
俺の言葉を聞いたティメオは、困ったように眉を下げたかと思えば、手を俺のひたいに当ててきた。
大人と子どもの体温の差だろうか? ティメオの手が冷たくて心地よい。
「まだ熱があるな」
どうやら熱を出していたらしい。自分自身の体温がわかりにくいのは、いつも難点だと思う。
前世、熱が上がっているのに気がつかず一度倒れてしまったことがあったのを思い出した。
確かその時は妹に、一週間以上甥っ子との接触を禁止されて嘆いたものだ。
そうやって思い出と冷たさの心地よさに浸っていれば、ティメオが真面目な顔で口を開いた。
それを見た俺が今からお説教タイムかな、なんで思っていれば、
「お前は私に謝っていたが、気に悩むことなど何もない」
むしろ私が悪かったのだ。なんて予想だにしない事を言い出した。
そのまま話を聞いてみると、俺の知らぬところでいろんなことが起こっていたらしい。
なんでも俺は泣き落とし作戦から一週間もの間、ずっと目を覚まさずにいまにいたるらしく、原因は魔法を使ってしまった事による魔力枯渇。
ティメオ曰く、一歩間違えれば火事とかそういう問題ではなく、俺が死んでいたとの事で。
あまりの話の大きさに俺は驚いた。
火遊びの件については不問らしく、むしろ私の軽率な考えで危ない目に合わせてしまってすまない、なんて謝られてしまったのだが、いやいや、ティメオはどう考えても悪くない。
4歳児が独学で魔法を使えるということを想定しろというのは、かなり酷な事だ。
俺だってティメオの立場だったら、そんな事を想定できないと断言できる。
ちなみに火元は、俺が魔法陣を見ていたらたまたま魔力を流すことができてしまい発動してしまった、という事になっているようだ。
でもたぶん、あれは魔法陣を使わず自力で魔法を使っていたような気がする。……バレないように後で試そう。
しかし、俺自身無意識のことで制御ができず、ティメオがなんとかするまで延々と魔力を全力で垂れ流してそのまま枯渇。
それを聞いた俺は、だからあの時身体が熱かったのかと納得した。
魔力を垂れ流しているという事は全力疾走しているようなもので、別にただ火に炙られて熱を持っていただけではなかったようだ。
そして眠たくなってきたのは、身体がその負荷に悲鳴をあげて強制的に休ませようと働いた、……つまるところ体力が切れたということだろう。
聞いたところによると別に魔力を使い切ったからといって死ぬわけではなく、俺の場合幼い体だった故の出来事らしい。普通は1日寝たらけろっとしているものなのだとか。
そして教えてもらってはじめて気がついたのだが、俺の髪の毛が原作のクレアさんと同じく真っ白になっていた。
原因は幼いうちに魔力枯渇をした事によるストレス。
原作のクレアノーラを知っていた所為か、俺の中で違和感が仕事してくれていなかったようだ。
改めてその長い白髪を手にとって見てみても、違和感がない。
むしろあるべくしてこうなったかのような、しっくり感を覚えた。
何故しっくりするのだろうと首を傾げていれば、頭の中に思い浮かんだのは懐かしき我が妹との会話。
「この乙女ゲームってさぁ、ほんと罪深いのよ!」
「……罪深いとか言われても、俺ゲームとか詳しくないからわからないんだけど」
そう困ったように言った俺に対して記憶の中の妹は、チッチッチッっと人差し指を振ってまるでわかってないなぁ、とでもいうような顔をして説明してきた。
「もう、ね! 登場人物だけじゃなくてその親とか脇役の人の設定もほんと細かいの! しかも全員闇を抱えてて……お兄ちゃんの好みのクレアノーラも、幼少期に魔力が暴走して白髪になったっていう設定なんだよ? 罪深くない?」
今でも我が妹が言う『罪深い』とやらはよくわからないけれど、とにかくやばそうな匂いがぷんぷんする。
というかこれってもしかして、フラグというものを回収してしまっているのではなかろうか。もしくは伏線?
確か昔の偉い人はフラグは折るためにある、なんて名言を残していたはずなのだが……。
ちゃっかり俺は回収してしまったらしい。
まぁ、しっくりくるからいいや。
なんともお気楽なものだと、自分自身でも思った。