8.
「うーん、やっぱりむずかしいなぁ……」
教本を手に入れてから数日。一人自室のベットの上で魔法書を開けて俺は唸っていた。
なんとか小さな魔法なら使えるようになったのだが、かなりの時間がいるし、集中力もいるのでとにかく疲れる。
しかも魔力っていうものは生まれた時から量が決められているなんて言っていたが、正確にはピークに達した頃の魔力量が決まっているという事。
だからいくら全属性が使えるチートな俺様でも、成長途中な幼女であるが為まだ魔力量が少ない。
1日に基本中の基本といわれる魔法の、さらに最小の威力で2回分。これでもうおっさんは限界。
見た目は子供、頭脳はおっさんな俺からしてみれば、魔力を流すに至るまでならまぁまぁいける。どこぞの事件を解決しまくる名探偵ほどの頭脳じゃないから、やっぱり時間と集中力がいるけど。
そこまでいって、いざ魔力を流して魔法が完成する! って初めて魔法を試してみようとうはうはしていた時、
ーー俺、そういえば魔力なんてもの全くわかっていないのに、どうやって流せばいいんだよって気がついてしまった時の絶望な……。
結局その日は一度も魔法を試してみることができず、なおかつ幼女俺の魔力量の少なさが発覚して終わってしまったという、なんとも苦い思い出。
魔力の使い方がわからないんだったら、ティメオかクリストフに聞けば教えてもらえばいいんじゃないの? 一瞬そう考えもしたが、それじゃあ意味がない。
もし仮に俺がこの年齢で魔法が使えるということが発覚してしまい、ティメオによいしょよいしょされてでもみろ。
妹に負けたって原作のクリストフは心の闇とやらを抱えるほど繊細なんだから、俺のクリストフもそうなってしまうかもしれない。
しかも妹に負けたじゃなくて、まだ魔法属性さえわかっていない幼女妹に負けた事になるから、尚更酷い事になりそうだ。
……それは非常に困る。
この頃はあまりにもクリストフがちょろすぎて若干忘れかけていたが、あくまでも俺の最終目標は魔法を使うことじゃなくて追放エンド。
魔法とかのファンタジーを楽しむのはその次。
きっと初心忘れるべからずってやつなんだろう。
目先の事《魔法》に囚われて今までの苦労がーーそれほどの苦労でもないけどーー水の泡になってしまったら大変だ。
ということで、俺は秘密裏に魔法の練習をしなければならないのである。
「ああああ、むずかしい……」
ごろごろと広く寝心地の良いベットの上を転がる。
ここ数日魔力を意識して感じようと頑張っていたからか、なんとなくもやもや~っとした感じだが、たぶん魔力であろうものの感覚は捉えられるようになった。
でもそこからが難しいのだ。
2、3回中に1回ほど、魔法が成功するようになってきたが、なんで成功するのか自分でもわからないのが悲しいところ。
「おれのまほうはっぴーらいふが、とおざかっていく……」
はぁ~と幼女にあるまじき深いため息を俺は吐き出した。
ころりと最後にもう一度転がった後うつ伏せになり、両手で頬杖をつく。
そのまま俺は八つ当たりとして、ベットでの相棒である枕を親の仇を見るかのように睨みつけ、念話を送りつけるようにして心の中で愚痴りはじめた。
……もっとさ、魔法ってさ。小難しい事なんか考えずに、頭ん中でイメージしたものがそのままなんかできちゃったりするもんじゃないの?
チートがないんだから、せめて使い方をそのくらい簡単にしててくれてもいいよなーって俺は思うんだよね。うん。
さすがにずっと睨みつけるのは相棒が可哀想なので目をつぶったが、頭の中ではうだうだとした、どうでもいいような思考は進んでいく。
そういえば前世で読んだライトなノベルで、魔法はチートってお約束で定番だったはずなんだけど。……おっかしいな。どこで間違ったんだろ?
こう、頭ん中でライターでボッって火が出るイメージをしたら、みんな実際ボッってできちゃったりしたりさ、してたじゃん。
だったら俺だってできちゃったりしてもよくない?
いじけた風に考えながら思い浮かべたのは、懐かしきライター。
タバコは吸わない方だったからあまり馴染みはないけど、子どもの頃マッチと共に理科の実験とか、ちょっとした火をつける時にお世話になったものだ。
あのカチッとボタンを押すのに何故か子ども時代苦労したんだよな~、なんて懐かしさに浸っていると、
ーーボッ。
「……ぼ?」
なんか変な音が聞こえたと目を開けてみると目の前に、ーー燃える枕《相棒》の姿が。
「わっつ!?」
安全のために燃える枕から一番遠いベットの端にとびのきつつ、なぜか驚きのあまり口から出てきたのは英語。
これもまた懐かしいなぁ。なんて、今はそんなことを悠長に考えている暇はない筈なのに、急な事に思考がまとまらない。俺の悪い癖が発動してしまったようだ。
どちらにせよ今この部屋に水といったものはないし、何かを覆いかぶせて鎮火できる程の火の強さでもない。
魔法でどうにかしようにも、まずこの火を出したのが俺なのかどうかわからないし、そもそも今日は既に一度魔法を使っている為魔力がない。
……消えろって念じてみれば消えるだろうか?
物は試しと、ふんっと力むようにして念じてみるがむしろ悪化した。
ーー詰んでいる。
「お、おとうさま……っ」
そんな中思い浮かんだのはチートなお父様の姿。
焦っているようで意外と冷静だった俺は、ティメオの存在を思い出すことができた。
転移魔法をバンバン使うことができるくらいの猛者なのだから、ティメオならこれくらいなんとかする事ができそうだ。
さいわい、今の時間ならまだ屋敷にいるはずで、問題はこの事に気がついてくれるかって事なのだけど、……どうやらうまくいったらしい。
「どうかしたのか……、ーークレア!?」
ドアを開け、状況を目にして驚いたティメオと目が合ったかと思えば、ーー一瞬のうちに俺はティメオの腕の中にいた。
視線の高さと体に回る手をみるに、どうやら抱き上げられているらしい。慌ててティメオの首にしがみついた。
……高身長のティメオに抱き上げられると、落とされないとわかっていても普段と目線が違いすぎて怖いのだ。
しかし一体どこにいるのだろうと後ろを振り返れば、ベットの上に火は消されているものの、相棒の無残な姿があった。
どうやら魔法を使ったらしい。……使い方一つでこうも変わるとは、悲しいものだと思う。
「一体何があった?」
抱え直され、視線を合わさせられてそう問いかけられた。
あっ、これ火遊びなんかして何してるんだって怒られるパターンじゃないですか。
そりゃ、一歩間違ってたら屋敷を全焼させて……ティメオがいたからこれはないな。いや、いなかった場合の事を怒られる可能性がある。
なんにせよ火事を起こしてしまったのには変わりないが、俺は少しでも罪を軽減しようと足掻いた。
目線を誤魔化すためにティメオの胸元に顔を埋めて言う。
「わ、わからないの」
ほんと。これは本当の事なんだってお父様。
実際知らない間に俺がなんかできちゃってたかもしれないみたいで、……ってこれ犯人普通に俺だ……。
だが俺はめげない。そんなツッコミは置いておいて、自覚がなかったという事でなんとかならないかなー? とチラッとバレないようにティメオを見てみたら、眉を寄せて難しそうな顔をしている。
……うーん、もう一息か?
ここまできたらなら最後まで恥を捨ててやってやろうじゃないか。
「ごめんなさい……っ」
題して『泣き落とし作戦』。
泣く事については精神年齢につられてあっさりできるからいいものの、体力がないせいか大概このまま寝落ちして、明日は寝込むことになるという代償がある……。
それと、気のせいだと思っていたのだが、なんだか体がだんだん熱くなってきた。
火に炙られて熱でも持ったのだろうか?
なんだか眠たくもなってきたし、このまま泣いてる流れに身を任せて寝落ちしてしまおうかな……。
「……クレア?」
俺がうとうとし始めたのに気がついたティメオが呼びかけてきたがごめん、マジで眠い。
ブラックアウト。
最後に見えたのは、なんだか焦ったようなティメオの顔だった。