7.
あのお茶会寝込み事件から、一つ季節が変わった。
意外にもこの世界には、日本のように目に見えるようなものではないが四季があった。
お茶会の時はちょうど春で、今は夏になる。場所によっはやはり変わるようだが、ここはじめっとした暑さではなく風があるので過ごしやすい。
そんな中、今日は珍しいことにティメオが休みの日。
今回はその休みを使って、普段は家庭教師から魔法を学んでいるクリストフにティメオが魔法を教えるとの事。
クリストフ曰く、ティメオが教える方がわかりやすいんだとか。……魔法使い最強の名は、伊達じゃないという事なんだろう。
そこに駄目元で飛びついたのが俺。
私も魔法を教えてもらいたい! みたいな感じで言ってみれば、あっさりとOKが出たのでこれには俺もびっくりした。
なんでも、魔法属性が調べられるようになるほど魔力が強くなるのが大体5歳。
第一に、魔法というものは属性がわからなければ使う事ができないらしく、なら属性がわかる5歳になるまで無理に教えない方がいいんじゃないか? との事。
そもそも魔法の本格的な勉強を始めるのが、貴族の子ども達が通う事になる学院に入ってからのようで、こうやってクリストフがあらかじめ学んでいるのも予習みたいなもんらしい。
だから本人が望んでいるのなら俺に教えても問題ない、という事だ。
というか、そもそも5歳以前の子どもに魔法が理解できるのかっていう話なのだとか。
……そう考えると、既に魔法を使う事ができるクリストフは天才なのかもしれない。
* *
所変わって今俺達は魔法の勉強をする為に、ちょっとした書斎のような、真ん中に大きめの机がある部屋にいる。
もちろん、俺はいつも通りティメオの膝の上。
机の上に置かれている魔法の教本はなかなかの分厚さだ。これの角でチョップすれば……いや、これ以上考えるのはやめておこう。
その教本をティメオはまるで重さを感じなさせない動作でぱらぱらとめくり、1つの大きな円形の図が載っているページを開けた。
ーーもしや、これが魔法陣というやつではなかろうか。
「……これはなに?」
指で指し示し首を傾げ、手持ち無沙汰な俺はそのまま円の外回りをするすると指でなぞっていく。
「それは魔法陣だよ、クレア」
目の前に座るクリストフが小さい子に教えるようにーーいや、実際幼女なのだがーー笑顔で教えてくれた。
ーー予想的中。
ということは、これを使えば魔法を使う事ができるのだろうか? 睨みつけるように見てみるが、なるほど。さっぱりわからない。
どうやら文字に引き続き、魔法のチートも俺には備わってなかったようだ。
「これをつかえば、お兄様やお父様のようにまほうができるの?」
私、魔法を使ってみたいです。
精一杯俺の中でキラキラとした目でティメオを見てみると、返ってきたのは予想外の答え。
「いや、これは私達が魔法を使うときに無意識に行なっている事を、紙に書き写したものだ」
だから一応使うことはできるが、所詮ただ魔力を流しているだけで、仕組みを理解しなければ魔法を使ったと言うことはできない。
少し申し訳なさそうに首を振ったティメオの話を聞いてみた限り、なんでもこの世界の魔法とは、関数と想像力を掛け合わしたようなものなんだとか。
そりゃあ、学院に入れるくらいの年齢ーー15歳ーーにならなければ無理だろう。
ティメオに説明してもらって俺でもようやく理解できた、ってものなのに。クリストフが日本に生まれていたとしたら、異例の処置として飛び級しまくってるんじゃないだろうか?
そして俺なりに理解した内容を復習してみると、ティメオ曰く、魔法使いには無意識下の中に魔法を演算する領域があるらしいのだが、……頭の中に高性能なソフトが入っているとイメージしたらわかりやすいだろう。
例に水を出す魔法をあげてみれば、魔法を使おうとしたときにまず、その魔法がどの属性に当たるのかを入力する。
水ならばそのまんま水属性。
次に威力。ここはイメージが必要で、どのくらいの大きさや強さを出したいのか、想像しなければならない。
ちなみに威力だけは、発動してしまった後からでもいじる事ができるらしい。しかし威力を大きくしたりする事しか無理で、出してしまったものを戻したり、小さくしたりといった事はできないようだ。
さらにその次に、どこに出すのかを決めるための場所。コップの中ならばコップ。手のひらの上だとしたら手のひらの上。
ここで指定していなければ、ランダムに近くに現れることになるのだとか。……危ない事が容易に想像できる。
以上、入力の基本はこの3つらしく、あとはこの水が氷だったとすれば形を決めたりーーこれも想像力でなんとかするーーが増えたり。
難しく複雑なものは、括弧でくくったりしたものを足していく様子を想像してもらいたい。
そうして最後に魔力を流せば発動できる。
魔力については、練習していくうちに感覚を覚えていくものだとか。
で、魔法陣はこれらの動作を省いて、魔力を流せば魔法を使えるように、あらかじめ頭の中での動作を書き写したものという事だ。
なるほど。確かにこれならば、魔法陣は魔法を使ったと言うには少々味気ない。
必要な魔力と適正属性さえ持っていれば、発動する事ができるというのだから。
でも誰にでもできるっていうわけでもないのが味噌だ。
そして、教本に使われるということもわかる。
関数でいう公式とか、~の定理みたいに目に見えて説明できるっていうことだろう。
ちなみに、魔力の量と属性は生まれた時から決まっているらしい。
しかし魔法の演算領域については練習すればする程無駄がなくなり、必要とする魔力の量が減ったり、発動するまでのタイムラグが短くなるといった特徴がある。
「クレアにはまだ早いか」
俺がうんうんと唸っているのを見たティメオが言った。
いや、ティメオ先生の説明はとてもわかりやすかったよ?
自分なりに言葉で説明してもらったのを解釈もできたし、……ただ使えるとは限らないだけで。
というか前世文系人間だった俺には、すぐに使えるようになる気がしない。
何度理系の人間の頭の中を覗かせてもらいたいと思ったことか……。
……なんだか自分で言っておいて悲しくなってきた。
「……まぁ、今のクレアに使えなくとも、ただの模様として魔法陣を楽しむことはできるだろう」
しょんぼりとしている俺に対して励ますように声がかけられたが、確かに言われてみれば。
まだ理解するのに時間がかかる俺からしてみればそう見る事ができるし、実際精密に文字が並ぶそれは、綺麗な模様として楽しむ事ができるだろう。
でもそうじゃない。そうじゃないんだよティメオ。
俺はファンタジーな人生を謳歌したいんだよ……!
なんて馬鹿なことを心の中で嘆いていれば、
「それと今日はクリストフに魔法を使わせるつもりでいるから、何かあっては危ないかもしれない」
なんてそこまで言ってからティメオが少し悩むような素振りを見せたのに対し、俺はなんだなんだと身を乗り出した。
……もしや、ここまで期待させておいて追い出すつもりじゃないだろうな? そう、目で語りかければ、
「……自室に戻る代わりに、この部屋にある魔法書の中で好きなものを持っていきなさい」
ーーお父様、大好き。
今なら満面の笑みで言えるだろう。いや、もしかしたら無意識に言葉に出していたかもしれないが、そんな事は今どうでもいい。
とにかくこうして俺は、人目をはばからずして見るこのができる自分だけの魔法書を手に入れたのであった。