21.
「ああああぁ~~」
意味のないうめき声と共にごろり、と右へ。次に抱きしめているテディをモフる。
「ぃいあ~~」
また唸ってごろり、戻って左へ。そして流れる様に癖になるもふもふ感を堪能。
「うううううつらい」
ごろんっと仰向けになってフィニッシュ。ちょっと勢い良すぎてテディを締めたような気もしなくもない、がとにかくもはや精神安定剤の様になっているテディをモフる。
ちなみにここまでを、音漏れ防止の魔法をかけたーーそうでもないと唸れないーー自室のベッドの上からお送りしている。
ーー思い出すのはこの悩みの原因であるヒロインの事。
俺と同じく前世の記憶があるとほぼ確定しているだろう。どう考えてもアレは子どもがする表情ではない。
中身がおっさんの俺でもビビったくらいなのだ。いや、もしかして俺が知らないだけで、年頃の女の子とはああいう感じだったりするのだろうか?
ふっと頭の中に浮かんだのは数少なく覚えている前世で聞いた妹の愚痴話……。
俺の精神衛生上、これ以上この話題について考えるのはやめておこう。理想の美少女になろうと再決心しつつ、女の子はかわいい生き物。うん、それでいい。
閑話休題。
同時に思い出した記憶の中の話では、クレアノーラとヒロインが出会うのは学院に入学してから2年目。このタイミングでヒロインが転入してきた時だった筈なのだが、今の状況をみるに原作よりも早く出会ってしまっている事になる。
考えるに、俺が知らないだけでーー回想シーンとかで使う様なーー小さい頃に俺と仲が良かったとか、もしくは王子と学院で「はじめまして」ではなかった、なんて事もありうる。
が、どちらにせよ俺に対するヒロインの敵意がMAXな時点で、綺麗に事が運んでくれる可能性が低くなったのは明らかだ。
「ーーどうかしたの?」
突然聞こえてきた声に驚いて思わずテディを抱きしめれば、次にぐええ、なんてカエルが潰れた様な声が今度は聞こえた。
「ーー!?」
俺以外に誰かいる、というかこれまでの呻き声が聞かれていたと思うとやばい。
再決心したのにも関わらず、理想の美少女像が即座に崩れ去る事間違いなしの案件だ。
「ぐ、くるしい…」
ぽむぽむと、腕の中にいるテディがそのもふもふボディの手で俺の腕をタップして苦しさを訴えかけていた。
なんだ、テディか……って、んん? テディ?
ビビった俺は慌てて起き上がり、そのままの勢いでテディをまるで爆発寸前の爆弾かのように放り出せば、ベッドの足元らへんにテディが落ちる。
気分はホラー映画の最初の被害者といったところだろうか?
混乱と共にビビっている俺は、穴が開いてしまうのではないかと思うほど、一挙一動を見逃さない様にただ見つめることしかできない。
すると、仰向けに倒れていたテディが反動をつけてむくり、と起き上がった。
「やぁ! テディだよ! これまで通り可愛がってね!」
そうして俺の手が届く範囲までぽてぽてと両足で器用にバランスを取り歩いてきて、抱きしめて! とばかりに両手を広げた一言。
これが本物の少女なら「わぁ! テディが喋った!」ってなるのだろうが、残念ながら中身は俺。
警戒心が募っていく、が好奇心もある。
どうやら俺が触れない限り動かないらしい、両手を広げたポーズから微動だにしない。
……これならなんか、いけるような気がする。
そろぉっと両手を伸ばして、ーーむんずっと脇に手を差し込む形で堂々と、思い切ってテディの胴体を掴んだ。
相変わらずのもふもふボディなようで。とりあえずモフってみるが、ぬいぐるみのままみたいだ。別に生き物のクマにランクアップしたというわけではないらしい。
「……テディ?」
でも話したよね? と確認する為に首を傾げて呼びかけてみれば、
「テディだよ!」
両手を上げて元気な声が返ってきた事から、声の発生源がテディである事が確定した。
「本当にテディ?」
「ほんとにテディだよ!」
「本当に本当にテディ?」
「ほんとにほんとにテディだよ!」
ただのぬいぐるみである筈のテディがいきなり話し出したのだ。ならばもしや中身が変わったか入ったのでは? とそう何度も念押しして問いかけてみれば、
「だーかーらー! ボクがテディだよ! ……君ってほんと疑り深いなぁ」
ぷんぷん、といかにも怒っていますとばかりに両手を腰とみられる場所に手を当ててテディが言ったかと思えば、次は顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。
そういったコミカルで可愛らしい仕草は、やけにぬいぐるみの身体に合っている。
「いや、でもこれくらい警戒心が高い方がいいのかな? 大切なご主人様がホイホイお菓子につられて攫われちゃったりしても危ないからねぇ……」
なんて失礼な事を本人の目の前で言い始めた。ちょいとテディさんよ、それ全部聞こえてる。あといくらなんでもそれはない。ない、はず……
遠い記憶の中、まだ俺が魔法書を読み漁りたくて部屋にこもりきっていた頃。
「お嬢様。ほら、ダリィ特製の焼き菓子ですよ~? 天気がいいですし、お庭でお茶にしましょう!」なんて、どうにか俺に日光浴させようとしていた時のリームの声が脳内で再生されたが、これに関してはノーカウントで。
「でもなんでテディが急に動けるようになったの?」
そう、これこそが最大の疑問。
「ご主人様ってなに? 話せるようになったのも不思議だし、そもそもどこから声を出してるの?」
「ーー待って待って! ちゃんと話すから安心して!」
止まらない俺の質問に対してテディが待ったをかけた。まぁ、確かに矢継ぎに質問しても答えられないよね。申し訳ない事をしたと思う。
話すまで待っているっていうアピールと、同時に反省していることも表す為にもしっかりとテディを抱え直し、その俺と同じくきらきらと光を反射した青くつぶらな瞳と目線を合わせる。
「そんなに見つめられると照れちゃう……」
くねくねきゃっと手で顔を覆ってテディが恥ずかしがるが、俺は無言でじーっと見つめるだけ。
すると気まずさを感じたのだろうか? テディがごほんっと咳き込むような仕草をした。
「真面目に話すから! えーっと、ちょっと下ろしてもらえる?」
一瞬逃げはしないのだろうか? という考えがよぎるが、両手を広げて抱っこ待ちをしていたのを思い出して素直にベッドの上に下ろす。
そうすればぽてぽてとまた歩き出し、ベッドの端で立ち止まり、くるりと俺の方を向いて話し始めた。
「ボクの名前はテディ。君が名付けてくれたテディ。……そして、」
ここまで言ってから一息。
ベッドから降りる為だろうか? 大きくジャンプをしたかと思えば、ぽんっと何かの栓が抜けた様な音がして、テディが空中で煙に包まれた。
「ーー氷を司る大精霊でもある。改めてよろしくね、ご主人様」
聞こえてきたのは先程のぬいぐるみの姿に合った高く可愛らしい声とは違う、落ち着いた声。
晴れた煙の中から現れたのは俺と同じ、ーー正確にはテディと同じ色彩を持ったーーいかにも花を背負ってそうな美丈夫。
にっこりと手を差し伸ばされて告げられた言葉に一言、俺はこう返した。
「ーーチェンジで」
……俺のもふもふどこいった?
次回で旧作の更新最後です。