19.
ーーお父様はごく稀に、時と場所を選ばずいきなり爆弾を落とす事がある。
いやまぁ、もうすぐ俺が10歳の誕生日を迎えるにあたり、クリスの時は家のホールを使ってダンスパーティが開かれたのに対して、ーー俺の場合準備が始まりつつある中、開かれる場所が王宮なあたり薄々嫌な予感はしていたのだけど。
「伝えるのが遅くなってしまったが、今度王宮で開かれるパーティで、……クレアが第一王子の婚約者だと発表する事が決まった」
突然俺の右隣に座るティメオから落とされた爆弾に、食後終わりの紅茶を飲んでゆっくりとしていた和やかな雰囲気が一瞬にして凍りついた。
「……お父様? 僕はそんな話聞いていなかったのですが」
驚きのあまり微動だにすることすらできなかった俺とは違い、なにかオーラを背負ったような気がしなくもないクリスが疑問を口にする。
「話題としては何年か前から上がっていたのだが、……決まったのは最近だからな」
そこまで言ってからティメオが俺の頭を撫ぜて、ワンクッションを挟んでから言葉を続ける。
「とは言え、……よくある偽の婚約だ。問題は何一つないから安心していい」
むしろメリットしかないという。
ティメオの話によれば、同程度の権力を持つ貴族同士での偽造婚約はよくあることらしい。
それでいいのか……。なんて思ってしまう事もなくはないが、例えば学院にいる間のいざこざを避けたり。
俺の場合、ーー学年が離れてしまうと兄妹でも中々会うことができないクリスとも、マティスの婚約者になればよく一緒に行動しているらしいから、それを利用して学院内でも気軽に会うことができるようになるらしい。所詮、王様権力という奴だ。
「それに関しては確かに魅力的ですが、……もしクレアが王家に、そのまま成り行きで強制されてしまう可能性があるのでは?」
なんて質問に対しても、その可能性はあり得ない。ティメオによってバッサリと切られた。
そもそもこの婚約自体が王から提案されたようで、それ故にクリュッグ家の方から婚約を破棄しても問題ないらしい。
「それなら、……仮にも相手は王家に連なる者なのだから、クレアがどう思うかに僕は一任します」
ーーそんな急に話を振ってこないでほしい。
あまりにも急すぎる展開に、表面上は何とかいつも通りを取り繕っているが大パニックだ。
そりゃだって、いきなり第一王子の婚約者になる事が決まったなんて言われてみろ? あまりにも酷すぎる運命の無慈悲さに、もはや嘆くしかない。
「……マティス様の婚約者?」
「クレアが嫌なのならば、……マティス様が学院を卒業するまでは流石にできないが、その後なら婚約破棄してもいい」
例え仮に相手が何か言ってきたとしても、ある意味王家同等の力を持つのだから。なんて事も付け足された。
だとすると猶予は今からマティスが卒業するまでーー学院は13歳からの5年制だーー約6年間。でも冷静に考えてみればその6年間の中に、俺の本来の目的である『乙女ゲームの悪役であるクレアノーラのバッドエンド回避』をしなくてはならないのだ。
攻略候補の人物に関わってしまっては意味がない……。いや、この場合むしろその方がいいのか?
だって一層の事関わってしまえば常に動向を確認できるし、何ならすぐにやばい感じの出来事を回避する事ができるかもしれない。
それにティメオが言ったメリットを考慮して考えると、……案外いい感じなのでは?
なんなら最悪婚約破棄してしまえるのだし、お互いがお互いをーーこの場合は立場だがーー利用し合うようなもの。それならば最後まで好きなようにその立場を使って立ち回ればいい話ではないだろうか。
「ええと、私は大丈夫です」
そんな下心を隠しながら言えば、本当に大丈夫なのか? 無理してはいないのか? なんてクリスが心配そうに聞いてくるのが本当申し訳ない……。
なにせ吹っ切れてしまった俺の心境は、まぁ学院を卒業するまでに何かあったとしても、すぐに破棄して逃げちゃえばいいよね。なんて心配する必要は一欠片もないものなのだから。
そうしてまたしても俺の楽観的な何とかなるだろう精神によって、あれよあれよと言う間に俺と第一王子の婚約が決まったのであった。
ちなみに、卒業後に婚約破棄する事前提の話である。
『破棄』という表現につきまして先に公開しているサイトの方で指摘を受けたのですが、これは後々話に関わってくることもありあえてこう表現しています。ご了承ください。