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16.

 ーー待ちに待っていたこの時がきた。



 土台に立っていないから調理台の上にある天板の中身は見えないけど、漂ってくるあまい香りがきっと美味しく焼けているであろうことを雄弁に物語っている。


 楽しみでたまらない。


「熱いですから気をつけてください」


 もう少しだけ待ってから食べてくださいね? そう言ったダリィが、それぞれの種類のクッキーが1つずつ乗ったお皿を手渡してくれた。


 やっぱり形は崩れてしまっているけど、ジャムが溢れたりしてないから上出来といえよう。

 赤、青、黄色と綺麗に土台のクッキーの上に収まる様はまるで宝石のように輝いて見えた。

 ……クッキーと違ってスプーンですくって乗せるだけだから、失敗しようにもないなんてツッコミは受け付けない。気の持ちようの問題なのだ。

 

「おいしい……!」


 さすが俺!ーーダリィ作なだけあってーーさくっとしたかと思えばほろほろと口の中でなくなっていき、顔がだらしなくにやけてしまっているような気がする。

 今回は殆どダリィが作ってくれたけど、やっぱり自分で作ったものっていうのは別格で美味しく感じるものなのである。


「時間もちょうど良いですし、このまま盛り付けてアルチュール様のお部屋に行きましょうか」


 じっくりと最後の1つを味わって食べていると、いつの間にやらダリィがクッキーを綺麗に盛り付けていく横ではリームが紅茶の準備を始めている。

 

「きっとアル様に喜んでいただけるはずですよ」


 私が保証します! にっこりと胸を張って言ったリームの言葉に背中を押され、俺は足を踏み出した。



 *  *



「失礼します。お茶の準備ができたので参りました」


 ワゴンを押して入るリームの後ろに俺が続けば、普段なら先に部屋に訪れているはずの俺がリームと一緒に現れたことに少し驚いたような表情をベットに座っているーー念の為という療養なので常に寝ている必要はなくなったーーアルが浮かべた。

 いつも通りお茶の準備を始めていくリームとは別に、俺はいそいそとアルの方へと向かう。


「あのね、今日、ダリィと一緒にクッキーを作ったの。ちょっと形は変になっちゃったけど、おいしかったからアルにも食べてほしくて…」


 そこまで言ってからチラリ、ーー上目遣いにアルを見上げれば、すぐさまパッと顔に嬉しそうな笑顔を浮かべたアルが頷く。


「ありがとうございます…!」


 心なしか俺にはパタパタと揺れるしっぽが見えた気がした。



 余談だが、あらかじめクリスとティメオの分のクッキーは綺麗にラッピングして分けられていたりする。

 そしてクリスには後ほどしっかりと手渡しすることができたのだが、かなり残念な事にティメオは今日夜勤があった為手渡しする事はできず、代わりにリームが渡しておいてくれるそうだ。


 中身がおっさんだと思えばかなりキツいものだが今の俺は美少女。

 今回は殆どダリィ作とはいえ、せっかく美少女が一生懸命に作ったクッキーをお父様にも食べて欲しいと健気に手渡しする。……ここぞとばかりに可愛さアピールをして好感度アップしようと、そんなきゅんとこない者がいるはずがないシチュエーションを考えていたのに……



 やはりブレずにお父様はお父様ラスボスだった。



 *  *



 リームside



 ラピスラズリの様な明るさを見せる時もあれば、サファイアの様な深さを見せる。まるで宝石の様に神秘的な瞳に、少女特有のふっくらとした桃色に色付いたほっぺた。

 今はクリュッグ家特有の艶のある黒髪ではありませんが、ふわふわとした柔らかい癖のある髪は肌と同じく透き通る様に白く、すらりとした手足と相まって、お人形のように可愛らしい方。


 それがひと目見た時からずっと変わらない私の中でのクレア様の印象で、慣れていない頃は朝起こしに行く時にドキッとさせられたものです。



 クレア様の専属メイドである私が抱えている悩みは、例のダンスパーティの事件の後からクレア様の元気がない事です。

 ゆっくりと休むようにとティメオ様がおっしゃってからはいつもは中庭で遊ばれたり、旦那様の書斎へ足を運ばれたりしていたにも関わらず、療養中であるアル様のお部屋へ行かれる時以外はずっと部屋にこもりっきりで、私含めた使用人達が心配しています。


 一体何を思って犯人がクレア様をこんな酷い目に合わせたのか私には理解でき、……いえ、そもそも理解したくなどありえませんが、どんな理由であろうと許すことなどないでしょう。


 そんな中使用人達でどうにかクレア様の気分転換になればと旦那様に許可を得て計画したのが、ーーお菓子作りです。

 

 貴族の方が、……なんて考えられる方も多いかもしれませんが、案外ご自身で何かを嗜まれる方がいらしたりするのと、何より以前クレア様がお菓子作りに興味を持っている事を覚えていた事もあり決まりました。



 そして今、アル様にお菓子作りの最中の話をしながら笑顔を浮かべるクレア様を見て、ほっと一安心しているところです。


 誘うために声をかけた時、まだお部屋でベットの上にいた事からもしかしてまだ調子が悪いのではと危惧しましたが、どうやら杞憂だったようです。


「おいしい?」

「……すごくおいしいです」


 クレア様の問いかけに対しもぐもぐと、お行儀よく口の中のものがなくなってからアル様が答えたからか少し間が空いてしまっているのが微笑ましいです。


 そうしている間にも幼いクレア様方の話題は次に移っており、今度はお茶をしている事を考慮してか控えめな身振り手振りですが、目を輝かせて初めてのお菓子作りがどれだけ楽しかったのかとアル様に説明されています。

 そのお姿を目にした私は後で同僚に大成功した事と、どれだけ可愛らしかったかと伝えなければと決意しつつ、全力を振り絞って可愛らしさのあまり膝から崩れ落ち、身悶えするのを我慢する事ができたのをねぎらってもらおうと思いました。



 ……これはクレア様には内緒なのですが、今回のお菓子作りではダリィが失敗してしまった時を考慮して念の為にといつもの倍ほどの生地を用意していたようです。

 しかしそういった事など一切なく、あまりにもクレア様が楽しそうに作られるので思わず生地を多めに作っている事を忘れ、どんどんクッキーを作っていかれた結果、もちろんいつもより多くのクッキーが出来上がったのです。


 つまるところ何が言いたいのかといえば、……なんと私達使用人もクレア様の手作りクッキーを食べる事ができるのです…!


 おかげが、いつもより皆さんのお仕事にも力が入っているようにも思えます。

 ゲンキンな事に思えますが、こればかりは仕方がない事だと思います。



 余談ですが、旦那様が帰ってこられる時にはもう寝ていなければならないクレア様の代わりに、手作りクッキーをーー甘いものが少し苦手な旦那様のことを考えてーー少なめに盛り付けたものをお出しすれば、夜食を終えた後にも関わらず完食なされ、おいしかったとの伝言を預かった時には胸を張ったものです。







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