15.
お久しぶりです。
謎の強制転移事件から3日経った今、意外にも特に何もする事がなくて俺はぐーたら生活を送っていた。
どういう事かというと、あんな事があったから疲れただろう。なんて、ティメオがゆっくり休んでいなさいと普段の勉強やら習い事を休みにしてくれたのだ。
おかげで俺はここ3日間寝て起きてぐーたらしてと、珍しく自室で1人っきりにしてくれる時間が増えたことによってのびのびと過ごさせてもらっている。
そして俺と同じく強制転移事件に巻き込まれたアルは、休養期間の真っ只中だ。
俺を庇ってできた横腹の怪我はティメオの治療魔法によって傷ひとつない元の状態に治っているのだが、……魔物に追いかけられてる間に魔法を連発したからか魔力枯渇を起こしかけていたのだ。
まぁ、魔力枯渇は1日寝ていればけろっと治るものらしいけど、一応俺の時の事を考慮して何かあってはいけないと、一週間のドクターストップによるベット生活が約束されていた。
本人の性格を考えるに、そうでもしないとすぐに動き出してしまいそうだからだ。
もちろん。お見舞いとして毎日足を運んでいる。
暇そうにしているアルをからかいにーー、ではなく真面目に暇つぶしになりそうな本やら動いてはいけないだけだからとお菓子なんかを持っていったりして。
そうして今日の朝ごはんとか、アルといない間何があったとかそんな他愛もない話をしている。
……それくらいしか話す内容を思いつかない俺もどうかと思うのだけど、アルが嬉しそうに毎回相槌を打って聞いてくれるおかげか、今のところ会話が止まって気まずい思いをしたことは一度もない。
なんだか俺が相手をしてもらっている側のようで、誠に遺憾である。……俺の方が年上なはずなのに……。
そんな事を思い出していればコンコン、とドアがノックされた。
「お嬢様、リームです」
入ってもいいでしょうか? と続けられた言葉にーー昼ごはんを食べ終わって小一時間経ったくらいだろうか?ーーこの時間帯にリームが来るのは初めてだと首をかしげた。
入ってもいいよー。と今から何をしようかと考えながら返事をした後で、ハッとベットの上にだらりと身を任せていたことを思い出した俺は慌てて出ようとするも、ーーガチャリ。
やばい。だらだらしていた事がバレてしまう。そう焦っていれば上半身を起き上がらせたところでリームと目があってしまった。
「お嬢様、大丈夫ですか? もしかしてまだ調子が良くないとか……」
心配そうにリームが近寄ってくる。
だらだらしていた事はバレていないようだ。
「ううん。ちょっと眠かっただけだから気にしないで」
そう答えると、リームがほっとしたように笑顔になった。眼福だなぁ、と思う。
「よかったです。……あとお嬢様。確か今日も習い事などの予定がない日ですよね?」
「うん。そうだけど、……どうかしたの?」
何かと関係があるのだろうか? そう首を傾げていれば、
「気分転換にと考えたのですが、……お嬢様さえよければお菓子作り、……してみませんか?」
なんて意を決したようなリームの口から飛び出たのは、そんな思いもしない言葉だった。
* *
場所は変わって厨房。リームに案内されてきた俺に対し、コックのダリィがぽよぽよとしたいつもの笑顔で出迎えてくれた。
ちなみにテディは部屋でお留守番だ。いくら浄化魔法で綺麗にできるといえどもと、衛生面を考えた結果だ。
「お嬢様。こっちです」
ダリィに手招きされるがままに恐る恐る近づき、用意されていた土台に立って調理台の上を見てみれば、どうやらある程度のものはすでに用意されているらしい。
よく見る星型の口金がついた絞り袋の中には生地らしきものがあり、天板とスプーン。なにやらジャムが入っている瓶が3つあった。
そりゃあまぁ、やっぱりお貴族様なのだからいくら本人がいいと言っても派手に手が汚れるような事をさせる事はできないよね。
でもこう見えて前世の俺は今ほど甘いものが好きではなかったくせに、お菓子作りが小さな趣味だったりしたから最初から作れないとしても純粋に嬉しい。
凝ったものを作る事はさすがにできないけど、よく甥っ子にせがまれてホットケーキミックスを使ったお手軽にできるお菓子などを作ったものだ。……懐かしいなぁ。
「なにを作るの?」
「クッキーを作りましょう」
そんな感傷に浸りながら聞いてみれば、どうやらジャムクッキーを作るらしい。
まずは私がお手本をとダリィが手際よく、しかし俺がわかりやすいようにゆっくりと、「の」の字を描くように生地を絞ったあとスプーンで真ん中を軽く凹ませる。
「これはイチゴジャム。こっちがブルーベリージャムで、こちらがリンゴジャムです」
赤。青。黄色とジャムの入った瓶が目の前に並べられていく。
ジャムクッキーで一番初めに思いつくのはイチゴジャムだけど、これなら色々楽しめて良さそうだ。
「ジャムを入れすぎてしまうと、焼くときに形が崩れたりしてしまうので気をつけてください」
それぞれのジャムで2個ずつ。計6個が綺麗に並んだ。
いつも俺の為にお菓子を作ってくれているだけあってさすがだなぁ……。
「お嬢様」
ぼうっとその手際に見とれて入れば、次はお嬢様の番ですよ。とばかりに絞り袋が渡された。
そうしてさてさて、腕の見せ所というものだ。ーーなんて、調子に乗っていた時期もありました。
絞ろうとするも美少女である俺の手に対し絞り袋が大きいからか、なかなかこれが難しい。
でも後半にもなるとーーやるうちに多少はましにはなったがーー思ったようにいかずに崩れた「の」の字が出来上がる様を見ているとまぁ、美味しければ見た目は別にちょっとくらいアレでもいいよね。
ジャムが溢れなかったらセーフセーフと、ふんふん鼻歌交じりにスプーンでくぼみを作ってジャムをのせていく。ちょっとイチゴジャムの比率が高いのはご愛嬌。
途中からは吹っ切れる事ができて、純粋に作る事を楽しむ事ができたのは良かったと思う。
気分転換にと誘ってくれたリームには感謝だ。
「いつ焼けるの?」
あとは焼くだけ。もしかして焼きたてが食べれるかもしれない。そんな期待を込めて聞いてみれば、
「3時には間に合いますから、是非楽しみにしていてください。お嬢様が頑張ったので沢山作れましたからーー」
そこまで言ったダリィがしゃがんで目線を合わせてきたかと思えば、人差し指を立てて口元に。
「ーーなので、少しくらい数が少なくても大丈夫です」
なんて。
うふふ、と顔を見合わせる。
もちろん、俺もダリィと同じポーズで、だ。
「……紅茶はいつも通りリームが選んでくれるそうです。楽しみですね」
それはもう、実に楽しみである事間違いなしだ。