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13.

「クレア様、クレア様……!」


 誰かが呼んでいる声がする。

 すごく必死な声なんだけど、今眠いんだよね。

ゆったりとした眠気の中なんていうかこう、全俺がこのまま現実逃避するべきだと訴えかけて、……ーー現実逃避? なんで現実逃避する必要があるんだろう? 

 そう疑問に思ったところですぐに答えに行き当たり、俺は慌てて意識を覚醒させた。


 あれはなんだったのかと目を開け飛び起きれば、そのまま目の前にいる誰かに抱きしめられた。

 一体何が起こったのかと目を白黒させていれば、


「よかった…! クレア様がもう目を覚まさないんじゃないかと思っておれ、…っ」


 ぎゅうぎゅうと更に力を入れて抱きしめられた。


「あ、アル!? どうかしたの…?」


 膝をつき俺を抱きしめているアルの背中のあたりに手を回して、ぽんぽんと叩きながら慌てて聞けば、ハッとしたように引き剥がされて痛いところはないですか!? なんて聞きかれた。


「ええと、……大丈夫。痛いところなんてないよ?」


 そう答えればよかったぁ、という言葉と共にふにゃりと安心したようにアルが顔を緩めかけたかと思えば、またもやハッとしたように引き締められた。


「ーークレア様。落ち着いて、聞いてください」


 いつになく真剣なアルの瞳には、どこか不安げな表情をした俺が写っている。


「おれたちは今、……強制的に転移させられた状況にいます」


 そういえばーーと辺りを見渡せば花など一切見当たらず、あるのは草や木など緑のみ。

 明かりも窓から漏れ出る人工的な光などではなく、頭上から降ってくるだけの月明かりだけで1mと離れてないアルの表情をようやく認識できるといった程度のもの。


 さらに話を聞いてみれば、転移してからさほど時間は経っていなかったらしい。

 どこか知らない場所というのは、正確に言えば転移させられた場所とは今いる場所の上、……つまりは空中だった為、その時とっさに周りを確認したがどこまでも森が続いていたとのこと。


 あの時ジェットコースターのような浮遊感を味わったのはこれが原因のようだ。

 森を見渡せるほどの高さから落下したのだ。目が覚めた時に怪我の確認をされたのも頷ける。


 ……? 何か見落としているような…?


「アル! アルはどこか怪我してないの!?」

「あー、……大丈夫ですよ」


 視線が斜め上に動くのを俺は見た。……そして同時に左手を後ろに隠すのも。


「……左手」

「えっと、ですね」

「左手見せて」

「……」


 じーっと見つめてみるも、視線を合わせる気はないらしい。


「ーー左手」

「は、はい!」


 顔を背けんばかりの拒否を見せていたが、目を合わせる気がないのならと思いを込めて繰り返し言えば、びくりと肩を揺らしてアルがしぶしぶと手を差し出した。

 おっさん、一度決めたら譲らないと頑固な事で有名なんだ。……早々に諦めるのはいい判断といえよう。


 隠された左手を見てみれば、手の甲にわずかに血のにじむ切り傷ができていた。

 ここにくる前にはなかった事から、転移した時にできたということがうかがえる。


「このくらいなんともないですよ」


 普段から切り傷くらいつくってますからね。とか言ってるけど、アル自身が許したとしてもおっさんは許しません。大丈夫だからと言ってバイ菌が入って化膿でもしたらどうするんだ。


 そっと両手で左手を包み込むようにして治癒魔法を使う。

 するとみるみるうちに傷が塞がり、綺麗な小麦の肌に戻っていった。


 これでよし。


「他に傷はない?」

「これだけです」


 ありがとうございますと言いながら、傷があった場所をアルは見つめていた。


「クレア様はほんとすごいですね……。いつも傷跡が残らない…」

「あ、ありがとう」


 小さな擦り傷とも言えるような切り傷を治しただけなのになんて大げさな。キラキラとした目で見つめられるとつい照れてしまった。

 ティメオならもっとうまくやるだろうに。


「場所を変えましょうか」


 立ち上がりアルが言う。


 ーーこれには俺も賛成。


 いくら月明かりがあるとしても、今いるここは木の枝が生い茂ってる為かあまり光が差してこず結構薄暗い。

 それなら魔法でなんとかすれば問題ないと思わなくもないが、魔法で造られた光によってこの森に生息する危険な生き物や、魔物なんてものがいたりしたら格好の的になってしまう。幸いお互いの顔が確認できるくらいの明かりはあるのだし、このままでも大丈夫だろう。


 ……だから大人しくこの場にいるっていう手段もなくはないのだが、先程いった魔物とかがいるとすれば、この見渡しの悪い場所はどこから出てくるかわからない事もあって相当危ない。

 いくら俺が結界魔法などを使えるとしても不意を突かれてしまえばおしまいなのだから。

 

「歩けますか?」

「大丈夫」


 アルに手を借りよいしょっと立ち上がる。 ずっと座っていたからか若干痺れを感じなくもないがまぁ、これくらいなら問題ない。少し歩けばなんともなくなるだろう。


 そうしてさぁ行こうか、と声をかけようとした時、


「ーー失礼しますッ!」


 ーーいきなり抱き上げられた。


「ーーアル!?」


 なんだなんだ。別に俺普通に歩けるのに、なんてことを考えていれば、


「クレア様、いいですか!? 今から少し本気で走るので、おれの肩にでも顔を伏せてなるべく話さないようにしてくださいっ」


 舌を噛むかもしれないので、なんて有無を言わさない声で言われたけど、そんな急に言われても困ると説明を求めようとしたところでアルが走り出した。

 周りは似たような木々が立ち並んでいるだけだからあまり景色は変わらないが、いかせんスピードがすごい。

 同じような身長の俺を難なく抱えながら走っているところを見るに、強化魔法をかけているのだろう。びゅんびゅんと風を切っていく。


 何かそんな急がなければならないようなことがあったのだろうか?


「アル! アル! 急にどうしたの!?」

「念のために仕掛けていた探知魔法に何か引っかかったんです!」


 意を決して舌を噛まないように聞けば、止まることなく走り続けながらもアルは説明してくれた。


 救助にくるとすればまず頭に浮かぶのがティメオ。仮にティメオじゃなかったとしても、転移された子ども達を見つけられるくらいの魔法使いならば一言念話なりなんなりで話しかけてくるはずだ。

 それがなく、なおかつ仕掛けた探知魔法は人か動物かといった判断ができないのに、その探知魔法の範囲内に入ってから一直線にこちらに向かってくる事もあって、その場に止まるのは危険だと判断したらしい。


「今も軽く辺りを探ってるんですがっ! だんだん近づいてきてるんです……!」


 流れていく背景を横目に、俺達を追いかけてきているだろう何かがいる後ろを見るも肉眼で確認できる距離にはいないようだ。



 頭の中で警報が鳴り響く。



 まだ追いつかれていないから大丈夫なはずなのに、嫌な予感《アラーム音》が頭から離れない。


 念の為にと、俺個人でも探知魔法をかけることにする。アルがやってくれているから別にしなくてもいいのだろうが、やっぱり自分自身でも把握しておきたい。

 範囲は俺を基準とした半径30m。イメージするとすれば、よくゲーム画面の隅っこの方にある地図を想像してほしい。俺の場合左下に半透明に縮小された地図があって、通常時は邪魔になってしまうから縮小しているけど見えやすいように拡大しようと思えばできる。といった感じのもの。


 青の点2つが俺とアル。赤の点が俺が味方と認識していない生き物を表すのだが、ーー後ろから追ってきているその赤い点は20mあたりといった結構近くにいる。しかもよく見てみれば左側、ーー真横らへんに2つ目の赤い点がいるではないか。


「ーーアル! 左!」


 慌ててそう叫んでから俺も左を向けば、赤い点が2つ。こちらに向かって猛スピードで迫ってきていた。

 俺の声で存在に気がついたのだろう。アルが回避しようとするも時すでに遅く、


「ぐっ、ぅーーッ」


 アルの呻き声と共に視界が空に切り替わっていき、ーー倒れる! そう認識した瞬間にはアルに頭を抱き抱えられていて、走っていた勢いのままゴロゴロとかなりの距離を地面を転がっていく。


「アル! アル!」


 止まってすぐアルが俺の頭を解放してくれたから急いで起き上がり辺りを確認して見ると、どうやら開けた場所に来たらしい。どうりで何にも当たらず転がっていったわけだ。


 アルの方を見てみると横腹を片手で抑えつつ、いつでも動けるような姿勢をとっていたのだがよくよく見てみると、抑えている方の横腹から血が滲んでいた。

 思わずふっと意識を失いかけるが、ここで現実逃避したら流石にやばい。


「クレア様、大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だけどアルがっ」

「……ありがとうございます。ですが今はこれを気にしている余裕がないですね」


 前方から目を離さないままアルが言う。

 何があるのかと横から覗いてみれば、赤い目と目があった。


「アル、あれ…」

「……魔物です」


 俺はまだ『魔物』と言う名前のものが存在する事しか知らなかったのだが、あんなにも禍々しいものだったのか。

 姿形は狼なのだけど、明らかにそれを2回りくらい大きくしたようで赤い目を爛々とさせてこちらを見ている。


 正直言ってかなり怖い。


 前世で近所のよく吠えると評判の柴犬に怯えていたくらいの俺に一体どうしろと。

 しかもそれが2体もいて。まだ距離はあるけど、じりじりとこちらに向かって来ているのは確かだ。


「……応戦します」


 これ以上逃げても無駄ということなんだろう。あれだけ大きな狼の姿をしているのなら、そりゃあさっきだってかなりの全力疾走をしていたのに追いつかれるわけだ。


 いざとなったら俺も魔法でどうにか援護しようと思う。本心を言えばアルの怪我を治療したいのだが、そうすると治療する時手で触れなければならないから邪魔になってしまう可能性を考えると迂闊にできない。


 じりじりと魔物が近づいてくる。

 時間がゆっくりに思えてもどかしさを覚えたが、飛びかかられても困る。


 そんな風に焦りを感じていれば、今だかけたままでいた探知魔法に何が引っかかった。

 しかも真後ろからかなりのスピードで迫ってきている。


 バッと後ろを振り向けば、同じ魔物がもう1体こちらに向かってきていた。


「クレア様!?」


 咄嗟に結界魔法を使えばドンッという、全力で強化窓ガラスにぶつかった時のような音がした。

 そこでようやく3体目の存在に気がついたのだろう。振り向いたアルが目を見開くのが見えた。


 続けてまたドンッドンッと音がした方を向けば、じりじりとこちらに近づいてきていた2体も結界に向かって体当たりしていた。

 早々この結界が壊れることはないだろうが、念には念をと更に強化しておく。


 その間にも3体の魔物は体当たりをやめない。力任せになんとかしようってことだろう。ある意味俺がやっている事と変わりないが、タチが悪いにも程がある。

 

 結界の範囲は俺達を中心として直径3m程。咄嗟に張ったとしては上々だろうけど、魔物が体当たりしてくる迫力がすごい。

 既に俺は半泣きで、こんなアトラクションがどこかにありそうだと現実逃避しかけていた。


「クレア様、クレア様、落ち着いてください。おれも一応結界を張っておきました。だから大丈夫です」


 怪我をしているアルの方がよっぽど辛いだろうに、血が付いていない方の手で俺の手を握ってくれたりと一生懸命半泣きの俺を慰めてくれている。


 でも半泣きの原因の三分の一くらいはアルの血だなんて言えない。


 もちろん魔物が三分の二を占めているけど、やっぱり苦手なものはどうしても苦手。

 切り傷くらいなら許容範囲なんだけど、切り傷じゃ済ませられないこれは流石に許容範囲外だった。

 俺が治療すればいいって問題なのだろうが、悲しいことにまだ2つの魔法を同時に使えるほど器用ではないし、アルは元々属性的に治療魔法が使えないから論外だ。



 つまりもうおっさん、意識と結界を維持するので精一杯。



 ああ、テディのもふもふという名の癒しが恋しい……。

 そう思った時、ついさっきまで体当たりを続けていた魔物の頭と体がばいばいーーオブラートに包みきれないーーして結界の一部が赤く染まり、今度こそ俺は限界を迎えて意識が途絶えた。




 最後に見えた光景から思えるに、やっぱりお父様ラスボスはラスボスだった。









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