10.
「お嬢様、今日はとてもいい天気ですよ?」
リームのその言葉によって、頭まですっぽりと全身を毛布で包んでいる中俺はちらりと隙間から外を覗く。
そうして見えたのは、窓の外で程よく雲がたゆたう青い空。
この天気ならきっと、屋敷の庭でティータイムを楽しむのもいいかもしれない。いつも通りにテーブルをセットするのもいいけど、レジャーシート代わりに赤のギンガムチェックの布を敷いて、ピクニック気分を味わってみたりもできそうだ。
「朝食はお嬢様が大好きなパンケーキですよ? 今日は良い野いちごが取れたとコックのダリィが言っていました」
楽しみですね、なんてリームの言葉と共に思い浮かんだのは肉つきがよく、ぽよぽよと笑っているコック《ダリィ》の姿。
我がクリュッグ家の癒し要員の1人である。
しかも甘党の癖してまだ少食な俺の為に、いつも趣向を凝らしておやつを作ってくれているという、頭の上がらない存在でもあった。
……野いちごとジャムで彩られたパンケーキはきっと美味しいだろう。
容易に想像できて思わずよだれが垂れそうになったが、ここで折れるわけにはいかない。
なぜかと言うと、あれから早い事に今日が俺の魔法属性を調べる日なのだ。
それがどうかしたの? と思う人は多いだろう。実際俺もそう思っている。
どう足掻いても魔法属性というものは調べなければならないものだし、もちろん小細工も無理。
だからクリストフが闇を抱える原因となる、クレアノーラが全ての属性に適しているという事実は変えようがないのだ。
つまり正々堂々なんとかするしかない。
だからこうやって毛布を頭まですっぽりと被り、ベットの中に引きこもっていても意味がないのだ。
「……お嬢様。今日は魔法属性を調べる日ですよ?」
子どもは大概魔法属性を調べる事を嬉しく思うからそう言ったのだろうが、……残念だったなリーム。既に俺は俺自身の魔法属性を知っている為、効果は薄い。
というか本音を言えば、同世代や大人が大勢いるところに行きたくないのだ。
同世代に対して蘇ってくるのはお茶会の事で、王子の周りを囲む肉食系女子がとにかく怖かった記憶しかない。
大人に周りを囲まれれば幼女である俺にとって巨人に囲まれている事と同然で、威圧感が半端ない。
そんな中、人が大勢いるところにいってみろ? 俺にはすぐに酔って気分が悪くなる未来しか見えてこないし、最悪また寝込む事になるかもしれない。
これを踏まえると、別に前世の記憶のおかげで魔法属性をわかっているんだから、いかなくてもよくない? とかつい思ってしまう。
「……いきたくない」
はぁ、と幼女にあるまじきため息をつきながら、俺は腕に抱いているぬいぐるみに話しかけた。
実はこれ、俺が5歳になった時の誕生日プレゼントとして、使用人達を代表したリームからもらったものなのだ。
前世でいうクマと酷似していて、名前はテディ。……ちなみに、ネーミングセンスがないとかいう意見は求めていない。自分自身で自覚しているだけまだマシだと思う。
見た目はまんまテディベアで、白いボディに青い瞳。
お嬢様とそっくりで可愛らしいでしょう! なんて自信満々にリームが渡してきたのを、今でも覚えている。
実際色彩が俺に似ていることもあって愛着が湧きやすかったし、何より触り心地がものすごく良い。
おかげで枕に次ぐ第二の相棒として、日々を一緒に過ごさせてもらっている。
「クレア、起きているか?」
そんな呼びかけと共に、ドアが開けられる音がした。
ティメオがやってきたらしい。
「クレア」
ベットの近くまで来たような気配がして、困ったような声も聞こえてきた。
仕方がない。
のそのそと被っていた毛布を取り、案の定目の前にいたティメオを見上げた。
俺は聞き分けの良い幼女。さすがにティメオが出てきたのなら、抵抗を諦めるしかない。
「……」
「すまない。こればかりは我慢してくれ」
口を噤んでいれば、テディごと俺を抱き上げてティメオが言う。
そりゃあ、魔法があるこの世界では属性がわかっていなければ生きていけない。
わかってる。わかってるけど出たくない。
完璧な引きこもり思考に笑いそうになったが、もう少し成長したらもっと何かしらで外に出なくてはならないのだから、早いうちから慣れておこうじゃないか俺。なんてポジティブ思考に切り替えた。
「……テディをつれてってもいい?」
ただ、待ち時間とか手持ち無沙汰になりそうだし、テディを連れて行くことだけ許してください。
* *
例のごとくティメオに抱き上げられたまま転移で辿り着いた先は神殿。
もちろん、ダディ特製のパンケーキを食べた後の話だ。
魔法に関してなのに、なんでティメオが勤務している塔じゃないのかなーと疑問に思って聞いてみれば、なんでも力のバランスをとるためだとかなんとか。
こういうのを聞くたびに、やっぱり貴族社会は大変そうだと思う。
当主でもない限りそこまで深いところには関わらないはずだから、俺にとっては他人事なんだけど。
哀れクリストフ。俺の為に犠牲となってくれ……。
入口を見る限り、中は凄いんだろうなぁとは思っていたが、入ってみると予想以上だった。
綺麗に磨かれつるつるとした大理石が光を反射して輝いていて、よくよく見てみると、奥の方になにやらステンドグラスのようなものが見えた。この神殿が祀る神様が絵描かれているのだろうか?
機会があればぜひ、近寄って見てみたいものである。
はじめはきょろきょろと、ティメオに抱き上げられたまま辺りを見回しつつ移動していたのだが、他に魔法属性を調べる為にきたであろう親子達からの視線がすごい。
見慣れているからか普段あまり意識していないけど、一応これでもティメオはイケメンに分類される。
そんなイケメンが幼女を抱き上げて移動していたら、そりゃあ人目を引いてしまうものなんだろう。
そんなことを考えていれば美少女な俺とはいえ、5歳にもなって抱き上げられて移動しているという事になぜか、だんだん恥ずかしさを覚えた。
きっとこの姿は絵になるからいいのだろうけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
見回すのをやめてテディを使っていい感じに顔を隠していると、
「着いたぞ」
そんな俺を見たティメオが首を傾げつつ言った。
なにやってんだこいつ。なんて思われていたらどうしようと考えたけど、ティメオはスルーする事に決めたらしい。
部屋の中をぱっと見た感じ、テーブルとソファに本棚と普通の部屋なのだが、机の上に透明な板と小ぶりの果物ナイフが置いてある。
ソファの上で降ろされたので腰掛ける。
ここで待っていれば、調べる為の人が誰か来るのだろうか?
ティメオに聞いてみれば、どうやら俺の為に特別に個室を用意してもらったらしい。
途中から周りを見ていなかった為よくわからないが、本来なら貴族であろうとも、あのステンドグラスがある場所に皆集まって調べるのだそうだ。
「少しだけ痛いかもしれないが、……目をつぶっていなさい」
もう、ね。このセリフとティメオが手にするナイフで察しちゃう。
血がいる感じのアレですか……。
こう見えて俺、前世から血とか苦手なタイプだったりする。
ちょっと指先を紙で切って血が滲んでいるのを見るだけでもう無理な俺が、ナイフでとかほんと無理。
嘘だろ、なんて表情でいると、ティメオが俺の顔を胸元に埋めさせるようにして膝の上に乗せた。
「すぐに終わらせる」
さっと俺の握りしめていた手を開けて人差し指を取り、そのままナイフでーー
ひええ! とチラチラとではなくーーテディでやや隠してはいるがーー思わず俺はガン見した。
なんか昔からこういうのは、見るのは怖いけど、見ていないと何が起こっているのかわからなくて怖い。という謎の心境に陥ってついガン見してしまうのだ。
「終わったからもう安心しなさい」
透明な板の上に血がのっている。
恐る恐る自分の指を見てみるが、傷跡はない。痛みを感じなかった事と合わせて考えてみるに、ティメオが魔法でなんとかしたみたいだ。
この配慮は確かにありがたいけど、一瞬でできるならいっそのこと何も言わずにやってほしかったと思うのは、俺だけだろうか?
そうこうしている間に、ぼんやりと板が光り始めた。
一体何が始まるのかと覗いてみれば、だんだん板に文字が浮かんできた。そしてそれに比例して、みるみるティメオの顔が険しくなっていく。
内容は俺が知っている通り、全ての属性に適性があると書かれているのだろう。
「どうかしたの? お父様」
そう尋ねれば、なんでもないとティメオが返してきた。
いや、どう考えても絶対何かしらある顔だと俺は思ったのだが、そういうツッコミは控えるべきなのだろう。
……ま、完璧超人であるティメオがなんでもないと言ったのだし、きっと大丈夫なんだろう。
結局その日はそれ以降これといった事はなく、つつがなく1日が終わったのであった。