哲学少女は陰謀論について考える
話が長い友達って別れ際が難しくない?
「世の中は陰謀にまみれていると思わないかい?」
津島叶はいつも唐突だ。屋上の一件以来、彼女はやけに僕に話しかけて来るようになった。生活指導の一件以来、彼女にある程度の情が湧いてしまった僕はやはり黙って話を聞いている。しかも、どうやら僕と彼女は通学路がほぼ一緒だったようだ。学校を出て電車に乗り同じ駅で降りて分岐で別れるまでに1kmぐらい歩く。その30分ぐらいの間、津島によるワンマントークショーが行われる。まぁ、ラジオか何かを聞いているつもりでいればあまり苦ではない。困るとすれば電車の中でもわりと声が大きい事ぐらいだ。
で、何の話だったか?
「陰謀だよ。君は陰謀を感じたことはあるかい?」
あぁ、そうだ。今回の議題は『陰謀』だそうだ。
僕は慣れたように無言で小首をかしげた。
「たるんでいるね」
余計なお世話だ。
「日々平和に暮らしているようで私達の周りには陰謀が溢れているんだよ。例えば電子端末だ。ケータイやパソコン、その他もろもろ。ああいう精密機械は無料保証期間を過ぎた頃になぜか決まって故障する。その故障レベルもかなり深刻なケースが多い。私の経験で言うと反応速度が極端に遅くなったり、何もしなくてもバッテリーの減少速度が極端に早まったり、何の前触れも無く急に電源が落ちたり、時刻が正しく表示されないなんてこともあったよ。どういうことかというと15:30が……なんかずいぶん長いこと15:30だなぁ…とか思ってたら突然15:43とかになったりが頻繁におこって……。これはマズいだろ?時刻が正しく表示されないのはマズ過ぎる。アラームがちゃんと作動しないんだよ。これのせいで何回遅刻したことか。カップラーメンも失敗するんだよ。伸びちゃって。これは間違い無く陰謀だね。必需品的な電子機器を定期的に買わせるための陰謀商法だよ。あるいは修理費用を払わせるための物でもあるだろう。なんか新機能搭載型の新機種をちょくちょく出してるのもその一環だ。最近調子悪いし新機種もちょっと気になるから買い換えようかなってさせるための生産者サイドによる陰謀なんだ。そして私たち消費者はまんまと嵌められているんだ。それすらも気づかず日々をくらしているんだ 」
確かにそういうことはあるけれど、陰謀は考え過ぎだろう。単純に物持ちが悪いだけなのではないだろうか?使い方の問題なのでは?精密機械は雑に扱えばそれだけ早く寿命が縮む。要するに彼女が言っているのは壮大な規模の責任転嫁だ。あるいは自分の落ち度にさえ気付いていないため、本気でそう思っているという可能性もあるが……。
「他にも陰謀はたくさんあるよ。東京オリンピックなんて、その最たるものさ」
日本の首都が50数年ぶりに夏期オリンピックの開催地になる。めでたいことだ。それの何が悪いのだろう。
「端的に言えば海外からのスパイを大量に招き入れる結果になる。CIAやMI6やモサドと言った連中さ。企業スパイも大勢やって来る。もう既に入り込んでいるかもしれない。4組に外人の生徒がいたよね?イギリスから来たって言ったっけ?彼もMI6の諜報員かもしれないよ」
とんだ言いがかりだ。
「日本文化や技術を乱獲するつもりなんだよ。カジノを作らせて経済的側面を蝕む気かもしれない。なんにせよ日本を腐敗させるつもりなのは間違いないね」
話を聞いていると、こいつは過激派的な思想の持ち主なのでは?と不安になる。
「I.C.Oの企みは底知れないよ。日本の考えたエンブレムに難癖つけたりとか。やっぱり日本が開催地になる事に未だに納得いかないやつらもいるのさ。子供じゃないんだからいい加減諦めて欲しいものだよね。もう決まったことなんだから」
オリンピックが日本でやること自体は嬉しいのか?
「都会のコンビニも陰謀にまみれているね。なぜあんなにも頑なにトイレを貸してくれないのか?思ったこと無いかい?だって店員達も人間だよ。トイレに行かないワケが無い。なら店内には確実にトイレがあるハズなんだよ。彼らが使っているだろうトイレが……。なのに貸してくれないんだよ。『駅のトイレを使ってください』だって……。駅のトイレはほとんどの場合、改札の向こうにあるんだよ。わざわざトイレを借りるために切符を買うかい?否だね。少なくとも私は。あと、これはお母さんが言っていたけど都会のコンビニには駐車場が無いんだ。コンビニでジュース一本買うために、近くのパーキングに停めるなんてバカげてる。5分の駐車料金でジュース2、3本買えてしまうよ。何も便利な事なんて無いよ。全て陰謀さ。無駄に切符代や駐車料金を払わせることで弱者から金を巻き上げるんだ。それによりストレスを抱えさせて胃や脳に負荷をかけている。結果、病人を増えて医療の出番さ。日本の医療技術を他の国々に見せつけるために、わざと患者を作る陰謀だ。お偉方のプライドのために私達一般市民はモルモットだよ」
どえらい飛躍の仕方をするものだ。
「医療で思い出したけど永遠に風邪を引かなくなる薬は、もう既に開発されているらしいよ。なのにそれを一般流通させないのは、やはり陰謀だ。皆が風邪を引かなくなれば風邪での収入が無くなるからね」
理不尽かもしれないが、それは仕方ないのではないだろうか?というか、その話は都市伝説の域なのでは?
「その他、トイレットペーパーが突然無くなるのもソフトアイスの上が取れるのも駅前の信号が長過ぎるのもブラジルがサッカー強いのも犬が歩けば棒に当たるのも猫カフェもパワハラも消費税も糖質100%の恋愛ドラマも全部陰謀だよ。私達日本人は陰謀だらけの世の中に日々身を浸して生きていくこと強いられる哀れな人種なんだ」
彼女は言い切ったという顔で僕を見据えた。僕が何も言わず、ただ深くうなずくと彼女は満足そうに微笑んだ。
「じゃあ、また明日」
分岐点で別れの挨拶を交わし、僕らはお互いの家路についた。
この数年後、彼女は東京オリンピックに熱狂する。
終
「じゃあ……」みたいな雰囲気出しても、そっからまだ喋ろうとしたりね。