菅野さんと魔法道具
わたしが産まれてから十六年間ずっと住んでいる白雲町は、見渡す限りの田園風景が広がる、ごくごく普通の田舎町だった。
電車に乗ろうにも駅までひと山を越えて徒歩一時間。
電車に乗ろうが歩こうが、高校に通うまでの時間は一緒。
しかも電車自体も一時間に一本で、乗り遅れたら無人駅のベンチに一人寂しく座っては、次の電車を待たなければならない。
あれは長い。友達と行った隣町のファミレスで、自分の注文したものだけがなかなか来ない時のような長さを感じる。
それでも春夏秋ならば良かった。どの季節も暖かい。
夏は暖かいと言うよりも暑い方だが、うちわと飲み物さえあれば何とかなった。
問題は冬である。
冬と言えば雪だ。
わたしの住んでいる地区は、周りから田舎と呼ばれる白雲町の中でも、さらに田舎の部類に入る山奥だ。
雪が降った時、除雪車は自動車の通りの多い市街地から先に動く。
わたしの住む地区は基本的に後回しだ。
除雪車がやって来るまで、自宅前の道路を家族やご近所さん達総出でかく事、丸一日。
へとへとになった頃、ようやくやって来てくれた除雪車に後光が見えた。
雪かき道具は一通り揃っているが、冬が近づいてくる度により良い雪かき道具が発明されますようにと祈っている。
わたしの冬の恋人は塩カルだ。
そして大変な思いをして雪かきをした翌朝にやってくるのは、路面の凍結と雪を背負ってしだれた竹による通行止めだ。
考え出すとそんな大変な事ばかりが先に浮かんでくるけれど、ただ眺めるだけならば雪の季節は嫌いじゃない。
一面を覆い尽くすあの真っ白な世界。
雪の白と、影の黒のコントラスト。
雪が落ちる音のみが響く、静かな、静かな空間。
雪かきをしようと家を出た瞬間、わたしは声を失くして魅入った。
そんな白雲町だが、交通の不便さや雪の辛さだけではなく、良い面もある。
まずは食べ物だ。地元産の米や野菜は美味しい。
山で採れる筍や山菜も、この辺りでは珍しくない。
お裾分けと言いながら収穫物を持って行けば、お隣のおばあちゃんが美味しいおはぎをごちそうしてくれた。
次では景色の美しさだ。
春夏秋冬によって色を変える自然に、水底が見えるくらい澄んだ川に、美味しい湧水。
川には確か鮎もいたはずだ。
去年の秋など、電車から見える景色が美しいと評判になって、ツアーが組まれた事もある。
「えー、それでは次の問題を……菅野さん。オームの法則を使って答えて下さい」
「仲間を傷つけられると怒りを露わにします」
「色んな意味で違います」
そんな愛すべき白雲町だが、三年程前からある変化が訪れている。
それは『異世界』と呼ばれるものの出現だった。
ファンタジー小説にあるような剣と魔法の世界。
何という名前だったかド忘れしてしまったのだが、その世界の住人が私達の世界へお引っ越して来たのだ。
理由は、彼らの世界の消滅。
それから逃れる為の手段として彼らはこちらの世界へとやって来た。
と言っても、突然やって来たわけではない。
偉い人達と時間を掛けて話し合い、民間人の意見を取り入れ、政治的取引云々を通り、受け入れ態勢を整えた上での事である。
もちろん最初の頃は反対意見が多かったが、粘り強い話し合いと多少の強引さを以って、異世界人の引っ越しは認められた。
受け入れ先は幾つもあり、その中の一つがここ、白雲町である。
異世界の人達との細かい取り決めもあるが、普通に生活して行く上ではわたしにはあまり関係ない部類だと思う。
わたしは白雲町に引っ越して来た人達しか見ていないが、この町は彼らを好意的に受け入れている。
それは彼らの多くが白雲町や、この国をを愛そうとしてくれているからだと思う。
誰だって、自分達の故郷を好きだと言ってくれる人を、疎ましくは思わないだろう。
「それで、こういう答えになるというわけです。分かりましたか菅野さん?」
「はい先生、オームって凄いですね」
「先生は後で菅野さんにお話があります」
わたしは白雲町が好きだ。
母は出来ればもっと住みやすい場所へ引っ越したいと言うが、わたしは出来るならばずっとここで暮らしたい。
ならばどうすれば良いか。
わたしは高校生になってひと月経った時点で、すでに追いつけなくなっている物理の授業を聞きながら考えた。
異世界の人達が引っ越してきて後、一番の大きな変化は『魔法』と呼ばれるものの存在だ。
小説やゲームで良く聞くそれと同じく、火を出したり、水を出したりと、種も仕掛けもない手品のようなものだ。
わたし達の世界の人間は魔法は使えないが、彼らが作った魔法のような力を持った道具は使えるらしい。
それを聞いてわたしが考えたのは、その魔法道具の入手である。
除雪に役に立つ魔法道具も良いが、ここはやはり空を飛ぶ系の魔法道具だろう。
移動の便利さ、自動車税の不要さ――数年後に税金を取られそうだが――そして空中から塩カルを撒けるすばらしさ……イイ。実にイイ。
ちなみに魔力と言う名前の燃料はいるので、維持費は掛かる。そこは仕方がないと思う。
『塩カル撒いてきてくれたの? ありがとうねぇ』
『ふゆちゃん、おはぎ食べるかい?』
わたしの脳内に、母と、近所のおばあちゃんの笑顔が浮かぶ。
俄然とやる気が出てきた。その為に必要なのはお金である。
魔法道具は、当然ながら結構高い。
近所に出来た魔法道具屋さんを覗いたら、ちょっとしたものでもデスクトップ型のパソコンが一台は買えそうな値段だった。
ちなみにそこの店主はトカゲのような姿をした異世界人だ。
わたしが欲しい魔法道具はデスクトップ型のパソコン一台分。
残念ながらわたしのお年玉とお小遣いは本とゲームと大学へ行くための貯金に消えている。
うちの高校は、確かアルバイトは禁止されていなかったはずだ。
よし、働こう。働いて貯めよう。
キーンコーンカーンコーン、と授業の終わりのチャイムが鳴る。
残すは掃除と、帰りのホームルームだけだ。
学校が終わったら、何かアルバイトを探そう。
授業の終わりの挨拶を済ませ、意気揚々と物理室を出ようとした私は、担任であり物理の担当教諭である三好先生に呼びとめられた。
「菅野さんは放課後に職員室まで来て下さい」
受け取り拒否の出来ない放課後のお説教タイムの優先権を手に入れたわたしは、脳内にメモした予定に、『明日から』と書き加えたのだった。




