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TS夢魔さん、はぐれオークさんと相談する

禁止ワード:チョロイン

「んじゃあ、方針も決まったし改めておれの目的を言っとくぞ」


「む」


「最終目的は元の体に戻ること。今はこんな……夢魔?」


「む」


「ん。――夢魔なんかになっちまっちゃあいるが!いつか人間の男に戻んのが一番ってぇ感じだなあ。そんでついでに憎いあんちくしょうをギタギタのボッコボコにした上で、おれをテキトーに弄くったことを後悔させたりゃあ最高だなっ!」


 シッシッ、とシャドーボクシングをするケイタ。風切り音がブオン、どころでなくボッ、と半ば音を置き去りにしているのにブラガは戦慄する。足元の草が激しく靡くほどの風圧も相まって、夢か幻でも見ているのかという錯覚にとらわれた。現実だった。

 見目麗しい女性が空の彼方まで吹き飛ばせそうな迫力の右ストレートをかます光景に、彼はしばらくあらぬ方へ意識が吹き飛んでいたが、なんとか聞き返すような格好のつかないことはしないで済んだ。


「……ケイタ。あんちくしょう、とは誰のことだ?」


 風切り音が止む。


「……てめえ自身のことを神とかほざいてた野郎。今にして思えばぜんっぜん神っぽくなかったんだよな、野郎も周りも」


 苦々しげに吐き捨てるケイタ。なんで疑わなかったんだよおれぇ……と自己嫌悪を始めるのをよそに、ブラガは鼻を押さえて思案する。


「ふむ。他に覚えていることはないのか?」


「他にィ?」


「む。身なりや場所、その空間の温度などだな。なんでもいい、貴公の覚えていることを一つずつ洗い出すといい。手がかりは現状、その神とやらくらいのようだからな」


「他に……なんでもかぁ……」


 目頭を押さえて呻き始めるケイタをよそに、ブラガは近くの草を抜き始めた。ある程度抜き終わると露出した地面を踏み固め、それが終わるとまたその隣に根を張る草を引き抜いた。


「――ブラガ?とりあえずいくつか思い出したんだが」


 露出した地面が一畳ほどの面積になった頃にケイタが呼んだ。それを聞いて、ブラガは残りの地面を踏み固めてからしゃがんで指を地面にあてた。


「む。――聞こう」


「ん。一つ目なんだが、自称神の野郎はやたら辛気臭ぇナリしてた。何って言うかなぁ……暗い色の……ローブ?って言えばいいのか?裾も袖もボロっちくて、野郎自体はてめえが光ってんのかよってくらい色白だったな」


「ふむ」


 ざりざりとケイタの挙げていく情報を書き記すブラガ。覗き見たところ、奇しくも文字は日本語のそれに酷似しており、少し勉強すればすぐ読めるようになれそうな程だった。


「……次を頼む」


「二つ目な。窓がなくて薄暗い所だったって気がする。それと足元が冷たかったし、レンガとか石を切り出して床にしたって感触だったから家か城って線じゃねぇかな」


 ざりざり。


「――次を」


「んー……三つ目はなあ、空気もだいぶ(さみ)ぃ、って思った。寒ぃ地方なのか地下なのか、たまたま寒ぃ時期だったのかはわっかんねぇけど、足元の温度もあってか縮こまって体さする程度には寒かったな」


「……む。他には?」


「次……次かぁ……ぬぬぬ……」


 そこでケイタは息を止めて考えこんだ。邪魔をしないようにと黙っていると、彼女は暗い表情で大きくため息を吐いた。


(わり)ぃ、思いつかねーや。何を願っただとかそういう事は覚えてんだけどなぁ……」


「気にするな。貴公の体を変化させ、その上に転移させるなどという技をやってのける術師だ。記憶を弄っていたしても不自然ではない」


「ん、そうかもな」


 落ち込む彼女を慰めるも、その表情は沈んだまま変わらない。よく落ち込むものだ、とブラガは気づかれないよう苦笑めいた溜息を吐いた。


「……で、その人物に願ったと言ったが」


 思いついた風を装って問いかけると、ケイタは少しだけ顔を上げた。


「……ああ。野郎からいかにもって感じで『力をやろう』なんて言われた時に、な。じゃあ適当に頼むなんて言ったらその場で急に飛ばされて、そこら辺の木に鬱憤ブチまけたらこの怪力に気付いたってだけさ」


「ふむ……与えられた力、というのは他にはないのか?」


「さあ。これだけかも知れねぇし、もっとあったりすんのかもな。せめて指南書――――いや、説明書くれぇは付けてもらいたかったもんだよな」


「……自虐はそろそろやめてくれまいか」


「っへ、自虐ってより皮肉が性分なんだ。控えちゃ見るが慣れたほうが早ぇな」


 ケイタは一瞬だけ不敵に笑うものの、すぐに不安そうに顔を伏せる。


「……なあ。もし、自称じゃなくて本当に神ってやつだったらどうする?もしも奴が本物で、おれたちを生かすも殺すも自由だったとしたら……おれはどうしたらいいんだ?」


 ブラガはすぐには答えなかった。盗み見るように彼の方を見ると、彼は嫌な顔をせずに、静かに考えを巡らせていた。

 長い静寂の後、彼は口を開いた。


「……すまないが、私も直接神に相対したことはない。神がこの世に実在したり、積極的に民に関わったという話も聞いたことはない。だから、その可能性は先んず放置すべきだと思う」


「……そうか」


「使われたと考えられる魔法は記憶操作、身体変化、転移の3つ。現状、規模こそ桁違いだが全て人や魔族でも再現は可能な範囲だ。神である確証もない今、無理にそうだとする意味はないだろう」


「ん……そう、だな」


「ともかく、ダメ元だが近場に一つだけ心当たりがある。十中八九外れだろうが、あり得る所は片端から回って行こう」


 これ以上落ち込ませない為に、矢継ぎ早にそう言いながらブラガは腰を上げる。臀部に付いた木くずを払い、立て掛けていた槍を手に取った。


「――んぁ?ちょっと待てよ、まずはこの森を出んのが先じゃねぇのか?」


「いや、ここも目的地も森の奥地だからな。ついでで済む距離のうちに済ませてしまいたい」


「おいおい、迷ってたんじゃねぇのかよ」


 ケイタは訝しげな顔をしてそう言った。案内が出来るほどにこの森を知っているならば、傷もなく行き倒れていたのは明らかにおかしい。


「む、迷っていたというよりは彷徨っていたという方が正し……いや、最初から説明した方がいいな」


 そういえば私の話はまだしていなかったな、と苦笑しながらブラガは分厚く大きな左手を差し出す。そう間を置くことなく、小さく美しい右手がそこに乗せられた。右手がすっかり左手に包まれると、よっ、と掛け声を上げてブラガの手を頼りにケイタは立ち上がった。


「歩きながら、ってか。結構長いのか?」


「一応伝えるだけならすぐに済むことなのだが、全て話すことを望むのなら少々長くなるな。日が暮れる前にはここに戻りたい。どちらにしてももう、今日は森を抜けるのは無理だ」


 上を見るよう促されるのに従って空を見ると、太陽が真上から森を照らしていた。後は沈むだけと言わんばかりに輝くそれは、いくらか歩いてしまえばすぐに暗くなってしまうのだろうと感じられた。

 ケイタは小さく唸った後、がっくりと頭を落として口からは言葉の代わりに大量に息を吐いた。


「……わーったよ」


 しぶしぶといった雰囲気で呟く。苛立たしげに尻尾や羽が振り回されていて、全身から不機嫌オーラを醸し出していた。

 不慣れな体ゆえに無意識なのだろうな、と思うと、ブラガはまた苦笑を禁じ得なかった。苦笑を隠す意図も含めて、こっちだ、と言ってケイタに背を向けて歩き出す。


「それで私の話だが、丁度いい機会であるし一緒に貴公に着いていく理由も話しておこうか。

……実はこの森の近くに村があってな。私は今までその村に住んでいたのだが、つい数日前に滅んでしまったのだ――」







 ――私はいつもこの付近で狩りをして、獲物を村のみんなに分け与えながら暮らしていたのだが……その日はとんと獲物に出会わなくてな。

 自慢の鼻で探そうにも、前日が雨だったせいか臭いが全く嗅ぎ当てられなかった。罠の仕掛けた箇所も念入りに回って、夕方まで探し回ったものの成果が無くて、仕方なしに村に戻ろうとした所で途轍もなく大きな雷が村の方に落ちたのを見たよ。


 あまりにも唐突でな。轟音も相まって、しばらくその場で呆けてしまったよ。慌てて村に向かったのだが既に村全体が火の手に包まれていてな。悲鳴の一つも無く、代わりに轟々と炎が舞う音や建物の崩れ落ちる音ばかり聞こえて、木や肉の燃える臭いがした所で村が終わったのだと悟った。

 ……「なんで助けに行かなかったんだ」と言いたそうな顔をしているな。確かに命を賭して駆けつけるべきだったかもしれないな。その時に仲間がいたならその後のことを託して私は行っただろう。

 だが一人だった。仮に私が行ったとして、そこで私が倒れればどうなると思う?

 村から交易を求めて他の村へ向かうことは時折あれど、あの村へやってくる者はほとんどいない。生き延びたのが私のみであれば、私が倒れれば人知れず滅びた村となって忘れ去られてしまうかもしれない。それはどうしても避けたかったのだ。


 ……いや、今の戯言は忘れてくれ。聞こえのいい嘘だ。

 本当は怖かったのだと思う。同族の焼死体を見るのが、村が滅んだという事実をかみしめるのが……私が、死ぬことが。

 私は臆したのだ。行く理由ではなく、行かない理由ばかりを並べて逃げた。村の中でも戦いに長じた身であるからこそ狩りで村に貢献していた私がだ……!

 ――だから、報いだったのだろう。私が生きるために向かった泉がことごとく枯れていたのは。出来たはずの役目を放棄した、臆病者への罰なのだろうな。


 中がどうなったかは見ていないが、入口から見える範囲は村を囲う塀も含めて全て燃えていたから……恐らくもう、何も残ってはいないだろう。救えたかもしれない命までも、な。

 だから、私は贖罪をしたい。滅びた村の代わりに新しく村を作り、今度はこの身が朽ちるまでその場所を守り抜きたい。そして、貴公を守り抜き、あの時の行動は気が触れた故の、決して私の性根故の行動ではないのだと証明したいのだ――。







「――済まないな。聞こえのいい事を並べ立てておいて、実際はこのような浅ましい理由のために貴公に縋り付いたのだ。私は救いようのない男だな」


 ブラガは自嘲的な笑みを浮かべてそう締めくくった。


「……あー、っと」


 ケイタは言葉に詰まった。自分が口を出せることでないような気がして、それでもなお何か言わなければと口を開こうとするが、具体的な言葉は浮かばず。結局答えに困った時に出るような、意味のない声だけが出た。


「無理に何か言おうとしなくていい。醜い男に無難な言葉を探すのは難しいだろう?」


 それが当然というような振る舞いで言葉を遮られる。


「違うっ!!」


「ぬうっ……!?」


 ケイタにはどうにもその振る舞いが癪に障った。


(――気に入らねぇ。自分がさも底辺であるみてえな言い方が。自分はひでえ扱いをされてもいいとか言いたげな態度が。何かよくわからんけど、とにかく(なん)かが気に入らねぇ)


「お前が馬鹿みてぇとか救えねぇなんて思わねぇよ!とりつくろいようもないブ男だなんて欠片も感じねぇんだよっ!」


「ぬぅ……そのわりにはさっきより言い方がきつ」


「うるせぇ!!」


「ひどい!?」


 ケイタはブラガの右側に回り込み、彼の首の後ろ側をひっ掴んで引き寄せる。お互いの息遣いを感じる距離。きつめの体勢に呻くブラガをよそに、彼女はなおも言い募った。


「出会って数時間だけどなぁ!それでもお前がクッソ真面目で、逆に引くぐらいお人よしで、近年稀にみるレベルで無害な生き物だってくれえはわかんだよっ!!」


 勢いのままにブラガの広い両頬を彼女の両手が捕まえる。


「そもそもなぁ、最低なやつがメンヘラじみた奴にあんなに親身になれるわけないだろうが!普通もうちょい引くわ!かっこよ過ぎんだよお前ぇ!フラグ立つだろうが!」


 立て続けに叫んだせいか、頬を赤らめて息を荒げるケイタ。


「だからなぁ……なんてぇかだなぁ……」


 ふんわりとした甘い匂いがブラガの鼻をくすぐる。思わず惚けてしまいそうなったところで……何かの音が彼の意識を引き戻した。


「おれぁ……お前のことが――」


 ケイタの葉の擦れるような声は、けたたましく鳴る葉擦れの音に溶けて消えた。


「――ぬぅぁ!」


 ブラガは咄嗟に左手でケイタを抱き寄せ、後ろに向けて裏拳を放つ。

 それは肉同士のぶつかる重い音を立てて、彼よりもさらに巨大な熊の前腕部を受け止めた。


活動報告に最低月一とは書いたけど、あろうことか二話目から月一レベルで申し訳……(吐血) もうちょい筆を早くしたいです(´・ω・`)

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