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TS夢魔さん、はぐれオークさんと出会う

 緑豊かな森の中、踊り子の舞に使われるような艶やかな衣装を身に纏った美女が、悪態を付きながら苛立たしげに森を闊歩する。


「――クソッ。クソ、クッソがぁ……!」


 燃えるように明るい赤髪を掻き毟り、琥珀色の瞳は憤りに本来の輝きを濁らせている。足首当たりをきめ細やかな布で固定した、歩きやすそうなサンダルが背の低い雑草を荒々しく踏みつけ、大きくも小さくもなく、ともすれば芸術性すら感じる胸が微かに揺れた。


「クッソ……なんでおれ(・・)がこんな目に……!」


 女は両手で顔を覆い、天を仰いで嘆く。そのまま長く伸びた前髪をかきあげ、途方に暮れた弱り果てた声を漏らした。

 だから、そのまま歩き続けて足元の毛むくじゃらに躓くのは必然だったのだろう。


「どぅっ……おあっ」


 うまく受け身も取れずにすっ転ぶ。辛うじて手は付けたものの、体勢を立て直せずに地を這う結果になった。


「っだぁー!一体なんっ――」


 怒りを露わに振り返った女はそれを見て声を詰まらせた。それもそうだろう。彼女の歩みを遮ったのは、2メートルを優に超し、猪の顔をした大男の丸太の様に太い足だったからだ。

 男の持ち物は無きに等しく、粗末な腰みの、汚れた布の靴、小汚いつぎはぎの袋、それらに反してなかなかまともなつくりをしていそうな槍一つのみであった。


「ぐ……だれか、いるのか……?」


 人外の風貌をした男が呻く。女はそのうめき声にびくりと肩を跳ねさせた。腰に生えた蝙蝠の様な羽も一緒に縮こまる。気後れしながらも女は男に語りかけた。


「っな、なんだよ?」


「おお……幻聴ではなかったのか。た、助かった」


 しわがれたおぞましい声で、男は女に懇願する。


「頼む、何かのどを潤せるものはないだろうか……?」


「あぁん?飲みもんっ、つったって……」


 女はあたりを見回した。すると、男の倒れているすぐ先に泉があるのを見つけた。簡単な結論に行きつき、拍子抜けだと深く息を吐いた。


「……なんだ。すぐそこに泉があんじゃねえかよ。別におれが助けなくたって、そこまで這ってけばいいだろ?」


 女はこともなげに言う。


「ぬ、ぅ。そうしたいが、もはや指しか動かんのだ……。頼む、このような醜いオークの身であるが、気まぐれにどうか助けてはくれまいか……」


「……あー、んんー、ぬぁ~……」


 自らをオークと言う男と共に女もまた呻く。女には特に助けたいなどという殊勝な気持ちはなかった。だが、平和な国に住んでいた身の上、見捨てると寝覚めが悪いのも確かであった。自分にまだ人を気づかう余裕があったのかと驚愕しつつ、女はこめかみを揉み解した。


「……~っ、だぁーっ!しゃーねえなぁ!」


 女が男の腕をつかんだかと思うと、巨人もかくやという怪力で泉まで引きずって行った。それが夢魔とオークの出会いだった。







「――ぶふぅーっ。ありがとう、恩に着る。貴女がいなければ私はここで朽ちていただろうな」


 十数分後、二人は泉の近くの倒木に腰かけていた。男が俯いて溜息をついた後、真っ直ぐに女を見て感謝する。それに対し、女はくすぐったそうに顔を背け片手を振った。


「そんなありがたがらなくていいってよ。こっぱずかしいし、あんたに聞きたい事とかもあったからさ」


「む。恩人の頼みならば是非も無い。微力を尽くそう」


 男の言動から彼が真面目な性格であると感じ、女はオークと称される種族とのイメージの違いについ、くくっ、と笑いをこぼした。


「む……何かおかしかったか?」


 男が恥ずかしげに頬をかき、人差し指でその豚とまるきり同じで大きな鼻の頭を、親指と中指でその横のところを思案顔で揉んだ。存外鼻頭は柔らかいようで、ぐにぃーっと上に引き伸ばされている。


 ひょー↑(鼻息)。


「ぶふぉおっ!」


「ぬおっ!?」


 こらえる間もなく吹きだした女を、一体誰が責められよう。

 女は引き攣った腹を抱えながら、真っ赤な顔で「すまん、ちょっと待って」とだけ言った。


「ひー、ひー、はふっ、っ……ふはーっ……あ゛ー、やばかった」


「……その、なんだ。なにか粗相をしただろうか」


「や。いや、なんでもない。おれの知ってるオークと大分違くてツボっただけだから……ふっは」


 ひょー(演奏に失敗したリコーダー)は胸の内にしまっておこう。彼女は固く決意した。


「む。違うとは?」


「その丁寧な物言いとか?なーんかこう、オークは粗野なイメージがあんだよな。他のヤツもそんな風にしっかりしてんの?」


「むぅ……いや、貴女の認識で合っている。私がこうなのはそういう教育を受けたからだな。しっかりと教育を受けるオークはあまりいないのではないか?」


「へえ~。じゃあ、さっきの仕草もオークだとあんまりやらない事なのか?ほら、あの鼻をいじるやつ」


「いや、オークの間ではしてもおかしくはないな。鼻を鳴らすのは私くらいだが」


(確信犯だったアアアアアアアアアアアッ!!)


 好奇心、猫を殺す。

 女は本能的にその場で叫びたくなったが、服を掴むことで辛うじて自制した。彼女は耐え切った。


「今回はなかなかいい音が出たと思う」


「なんで誇らしげなんだよぉぉぉおおおおおおおおっ!!」


「ぬおうっ!?」


 一度目は。

 さすがに二度目は無理だった。図った様な時間差爆撃を耐えることは出来ず、女は反射的に自分の膝にこぶしを打ち付けた。怪力が足を伝い、めり込み、衝撃が周囲に広がる。


「……」


「……」


「……すまん。つい気持ちが昂った」


「鼻笛は駄目か?」


「ついツッコミを入れたくなる程度には」


「そうか……そうか……」


 間髪入れず駄目出しをされ、肩を落として落ち込む男。さすがになぐさめておこうと足を抜いたところで気づく。


「……そういえば、まだ名前聞いてなかったっけな」


 ふと思い出してそういうと、男ははっと顔を上げた。


「む、そういえばそうだ。申し遅れてすまない」


 律儀に謝罪する男に、女は苦笑いを返した。


「私の名前はブラガという。貴女の好きに呼んで構わない」


「おう。おれは恵太ってんだ。好きに呼んでいいってんなら、おれのことも好きに呼んでくれていいぜ」


 にししと笑って女性……ケイタはそう言った。散々な目にあってばかりだが、こいつと会えたのは幸運だったかもしれない。少しだけ気持ちが楽になった。


「ではケイ殿、と」


 ブラガがそう言った時、ケイタは急に笑顔を凍らせ、身震いした。


「――悪い。やっぱ恵太で頼む」


 気まずそうに目を伏せる。ブラガは首を傾げた。


「む?なぜだ?」


「あー。いや、なんというか、な。ん~……っ」


 そわそわと落ち着きなく目線を動かす。ブラガはそうしているケイタを辛抱強く待ち続けた。しばらくの間、噂をするように葉擦れが妖しく囁き、不気味に空間を支配する。

 やがて風が止み、消え去った音に急かされるように、ケイタが重い口を開く。


「……その、な。信じてくれないかもしれないんだけど、おれ、本当は男でさ。本当はこんな羽や尻尾だってなくてさ?……だから元に戻りたいんだけど、こんなどことも知れない場所に飛ばされちまって、困ってたってとこ」


 そこで一旦口を閉じる。ブラガは話を聞く体制のまま動くことはなく、また、未だ本題に至っていない、とばかりにその口が何かを紡ぐこともなかった。ケイタは無音の空間に押し潰されそうな重圧を感じて、耳鳴りと酩酊感に頭がおかしくなりそうだった。


「……ケイ、って、女の名前みたいだろ?こうなる前なら男の名でも普通だし、全然よかったんだけどさ。今は……元に戻れないって言われてる気がして怖いっていうか、なんていうか」


 からだがあつい、とケイタは思った。自分の言葉がまとまらない。何を言おうとしていたのか、何がしたかったのか。


(――曖昧だ。全部が。まるで夢みたいで――夢じゃないのか?)


「……ははっ。嘘みたいだろ?信じられないのも当然だって話だ。コロッコロ性別や種族が変わってたまるか、って思うよ()?――アハハッ」


(ふわふわする。そうだよ、これはゆめだろ?いせかいとか、おーくとか、せいてんかんとか。あるわけないんだ。だからこれはきっとあくむで――)


 ケイタの口から熱っぽい息が漏れる。目じりに涙を溜めながら上目づかいにブラガを見る。だが彼女の瞳は何も映してはいなかった。

 微動だにしないブラガの目は、出っ張った眉が影になってよく見えない。胸が主張し、いつの間にか口元が緩んで誘惑するような体制を取っていたが、ケイタは更に身を乗り出し、覗きこもうとする。


「……ね、ぶらが」


 吐き気すら催しそうな甘い声で、返答を急かした。


「こんなはなし、しんじてくれる――?」


「信じよう」


 ――即答であった。


「……、っぇ……?」


 言い終わるや否やの肯定。ケイタは何を言われたのだろうかと、きょとんとした表情で固まった。聞き返すような声は音にならず、吐息となって大気に消えた。


「『貴公』の話を信じよう、と言ったのだ」


 ケイタを真っ直ぐ見据える漆黒の瞳。嘲りも嫌悪も、懐疑の一辺すらもない、ただ絶大な信頼と覚悟を感じた。

 ケイタはその気迫に圧され、元の位置にすとんと座りなおした。危うい雰囲気は霧散していた。


「なん、で……」


 夢心地から立ち眩んだ時のそれの様な状態になる。霞がかった頭はすっかり晴れ、先ほどまで自分のしていた事を自覚する。出来るなら泉に飛び込んで沈んでしまいたい程に恥ずかしかったが、即答で肯定されたことに驚いていて体はろくに動かず、疑問を口にする程度しかできなかった。


「む、簡単な話だ」


 やりきったという顔でぶふん、と鼻を鳴らす。鼻息がケイタにわずかに残る黒い熱を冷やしていった。


「私は助けられた。故に、信じるのだ。恩があるなら報いる。恩人が必死に伝えようとしていたならば、疑う道理はなかろう」


「……っは……っははは」


 思わず笑いがこみ上げる。この男は本当に真面目だなぁと、ケイタは勝手に思い詰めていたのが馬鹿らしくなった。力が抜けて後ろに倒れる。草が体を受け止めて、バサッと軽い音を立てた。


「ぬっ!大丈夫かケイタ殿!?」


 大慌てでブラガが立ち上がる。ケイタはそれに、ひらひらと手を振って答えた。


「んぁ~、だいじょーぶだいじょーぶ。わざとだから気にすんな~」


 ケイタはブラガに手を差し出して引き上げてもらう。倒木に座り直し、穏やかに目を閉じた。


「……ケイタ殿?」


「……なあ、頼みがあるんだ」


 ケイタは暫く沈黙した後、ゆっくりと目を開けた。危うげな雰囲気はなく、琥珀色の瞳は真っ直ぐ前を見つめていた。


「さっきは気づいたら知らない場所だったとか言ったけど、本当はこの世界の住人ですらねえんだ。だからこの世界のことは何も分からねえ。だいたいオークどころか人に毛皮とか羽引っ付いたもんなんざ見かけすらしなかった。常識も生きる術もない。なのに、元の姿にはどうしても戻りてえんだ」


 ブラガがふとケイタの方を見ると、彼女は服を破かんばかりに握りしめていた。


「だから、いっしょにいたら多分。……や、絶対メチャクチャ迷惑かける。おんぶにだっこすることになっと思う」


 そこでまた言葉を切り、ケイタは向き直り、二つの琥珀はブラガを映した。


「そんな自分だけど、一緒に来てくれっか?元に戻るまで、当てのない旅を手伝ってくれっか?」


 ブラガはにぃっ、と大きく笑って見せた。


「――是非も無し。恩人を助けられるのは誉れである。恩人に命を懸けることは本望である。行こう、我が主よ」


 そう言って彼は己の胸に手を当てた。ケイタはそんな彼に苦笑いを返す。


「主はやめろぃ。おれぁ、ダチのがいい」


「む、承った。ケイタ殿」


「ダチって言ったろ?殿もいらねえ」


「むぅ……」


「めんどうくっせえだろ?」


「っふ。二言はないさ。……ケイタ」


 ぎこちなく自分の名を呼ぶブラガに、ケイタはきひひ、といたずらじみた笑いを見せた。


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