木の芽しか食べない
いつも駅へ向かう通り道である商店街の角にある花屋で、少し不思議なものを見つけて立ち止まった。苗に使われるビニール製のポットに植えられたそれはほかの苗や鉢植えとは違い、緑色の瞳のような形の小さい葉っぱが連なって生えた枝だけの地味な植物だった。画用紙の切れ端のような紙に値段とともに木の芽とだけ書かれていた。200円。高いのか安いのか分からないが、丁度最近、3分ほどの料理番組で見た炊き込みごはんの完成した器に最後に添えられていたのを思い出した。
ハーブのようなものだろう。ポットを手に取って顔に近づけると、微かに緑色の爽やかな香りがした。ふと店先に出てきた主人と目が合ってしまい、木の芽のポットを元に戻すタイミングを失った僕は、気が付くと200円分軽くなった財布と、葉っぱのみの植物が入ったビニール袋を携えていた。結局その日はそのまま家に帰ることになった。
買ったからと言って特に料理をするわけでもなく、冷奴にもいいですよ。という花屋の店主からのアドバイスを受けて冷蔵庫の豆腐を皿に開け、醤油を掛けた。因みに、木の芽というのは正式名称を山椒と言うのだそうだ。いざ木の芽を摘む作業に入ろうとして、僕はギョッとして手を止めた。ゴミがついていると思ってよく見ると、黒い物体は緩慢ではあるが動いていた。虫だった。しかも芋虫である。僕は黒地に白い斑模様のある虫の付いた木の芽の苗をベランダの外に出して、食欲も失せたので豆腐にはラップをかけて再び冷蔵庫の中で眠らせた。
とんでもないものを売りつけられた。僕はベランダの網戸越しにポットのままの木の芽を眺めて途方に暮れた。黒地に白い斑で棘棘した芋虫は、次の日には黄色い目玉に鮮やかな緑色へと変化していた。一瞬小さい芋虫がどこからかやってきた別のものに食べられたのかと思ったが、ネットで調べるとそれはアゲハチョウの幼虫の通常の成長過程だという事がわかった。理科の教科書でそういえば見たことがあったような気がする。小学校の事など、もう10年以上前の話で、しかも使う機会などない知識だから忘れていた。
という事は、この芋虫はあの派手な蝶になるのか…。
僕はスマートホンの画面から将来蝶になる彼らに視線を移した。コップに水を入れて、木の芽の足元に掛けた。
4匹ほどいた芋虫は大きいものから順番に緑色の蛇のおもちゃのような姿へ変化して、4日後にはすべての芋虫が青虫になった。葉っぱを無心で食べ続ける青虫たちに、自然ときみの悪さを感じなくなっていた。
その日の午後、昼寝をしているとやけにベランダが騒がしいと思い窓を開けると、鳥が声をあげて飛び立っていった。ベランダにポツンと置かれた木の芽のポットが倒されていた。網戸を開けてポットを立てると、青虫の姿がなかった。
しまったと思った。幼虫が最初から緑色ではないのは、天敵の鳥の糞に擬態しているからというのを読んだばかりだったのに、迂闊だった。僕は落胆しつつ、減った木の芽の葉っぱを見ると、一番太い幹にしがみ付くようにして息をひそめている目玉模様と目が合った。多分一番小さい個体だろう。一匹だけ生き残っていたらしい。僕はベランダの日陰、エアコンの室外機の下の涼しい場所に木の芽を移動させて、鳥が来ないようにCDを吊るした。効果があったのかどうかは分からないけれど、青虫は無心で木の芽を食べ続けていた。雲が空を覆って、今にも雨が降り出しそうな日、いつものようにベランダへ出ると、青虫の姿はなかった。代わりにひし形の緑色をした物体が葉っぱの無くなった枝にくっついていた。蛹になってから、僕は少しだけ鉢を移動させた。室外機の近くでは蝶になった時にうまく飛べないかもしれないと思ったからだ。それからしばらく、僕は網戸越しにその姿を眺めた。アゲハチョウ然り、成虫は幼虫の頃の名残を何一つ残さないのだそうだ。蛹の中では幼虫は跡形もなくなり、蝶の姿に組み変わるらしい。そこまで壮大な変化が起こっているのだと思うと少しだけ感動したような気分になった。本当に生まれ変わるんだなあ、などと素直に思った。
将来の夢を聞かれても、ただ親の顔色を窺って、周囲が望むような答えばかり言って、大人の望むようにただ勉強をして、適当に人生を送ってきた僕にとっては、それは羨ましいことだった。小さいころに幼稚園のお絵かきの時間に描いた絵を先生に褒められてから、ずっと画家になりたいと思っていた。けれどそんな才能が無い事は早々に分かっていたので、それでも自分の我儘を貫き通す事は出来なかった。今の僕は経済学部に通う大学3年生である。周りは就職活動で忙しくしていた。卒業したら、どうなるのだろうか。経営論の講義を聞きながら、ノートの端に蛹の落書きをしながら、そんなことを考えていた。ふと窓をたたくように雨が降り出して、その音は夜中、アパートに帰ってから眠りにつくまで途切れることは無かった。
翌日は休みで目覚ましを掛けなかった。いつもより1時間遅く目を覚ますと、そういえば木の芽のポットを出したままだったことを思い出して窓を開けた。木の芽の幹に、蛹の姿は無かった。
またやってしまったのか…。僕は落胆しつつ網戸を引き開けると、不意に視界の端で何かが舞い上がった。それはイチョウの葉っぱほどの大きさの、黒い縁取りに薄い黄色の羽根を持つ大きな蝶だった。それは一度もどこかに止まることなく、パタパタと羽をはばたかせてベランダの向こうへ消えていった。慌てて手すりから身を乗り出すと、はるか遠くで微かに羽ばたく影が見えた。
青虫が居なくなったベランダには、枝だけになった木の芽だけが残された。昨日のノートの隅の蛹の横に、蝶の姿を描き加えて、数年ぶりに僕は絵をかき始めた。




