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第8話 フライト完成

「いやー、湊川さん強すぎですって」

 文字通り、地に足をつけた坂井さんがふらふらしながら……あっ、こけた。

「ちょっと攻めすぎちゃいましたかね」

 よっこらせ、とおっさん臭いかけ声とともに立ち上がる坂井さんを横目に、スターファイターを眺め回しながらわたしは返事をした。

「絶対そうだと思う」

 わざわざスターファイターのフラップ降ろして空戦フラップ代わりにするようなパイロットはなかなかいないし、そもそもドッグファイトするような運用は想定されてないような気がする。

 あーあ、これは今日の整備科はいろいろと修羅場になるんじゃないかなあ。……いや、二機もレストアさせられてる時点で既に修羅場か。

 最後の方はスピードもあんまり出ていなかったし、オーバーGはやってないと思うんだけど、シワやらヒビやらが機体に入っていないことを祈りながら整備科の人に引き渡す。

「それにしても、スターファイターでドッグファイトってなかなか思い切ったことするね、坂井さん」

 いやいや、それほどでもないですよー、と坂井さんは答える。けど、あんまりほめてないから。けなしてもないけど。良くも悪くも、変態的センスの持ち主ってことだけは分かっているけど。そのうち、エアブレーキにチャフっぽいものを仕込んだりするんじゃないだろうか。いろいろと坂井さんの将来が心配である。

「まあ、なんやかんやであの飛行機、パイロットがちゃんと面倒見てあげたらぐいぐい曲がるしドッグファイトも楽ですよ」

 こ、こやつ楽だと言い切りおった……。わたしにはちょっと気難しすぎて振り落とされそうだっていうのに……。

「まあ、なんやかんやで失速速度が高すぎて低速でひらひら飛び回られたらつらいし、軽くてすいすい飛ばせるようなのとは比べ物にならないですけどね」

「それはさすがにね……」

 そんなのを相手に、格闘戦で返り討ちにできたら目を回してしまう。相手が有利で自分が不利な土俵でわざわざ相手をする必要なんてない。その辺り、坂井さんはうまく飛んでいたような気がする。さすがに二対一の数の不利には勝てなかったけど。


 翌日、部室に行くとスカイホークとフリーダムファイターの両方が飛行可能になったと沸き上がっていた。いやいやいや、両方同時に仕上がるってどういうことよ。そんなに人がいるわけでもないのに、同時進行でやっちゃったのかな。

「この学校、アクロがメインなのもあってしょっちゅう飛行機が不具合起こしてるから整備の人たちのレストアが早いんだよね」

 と槙田さん。もうどこから突っ込んでいいのやら。

 あ、でもそうだとしたらエアコンをしばらくやってなくても稼働率を高く保てるんじゃ……。整備科の人たちの技術に頭が下がりっぱなしなのはもう間違いないな。

「そうだ、全員揃ってるんだから格納庫に行こうよ」

 槙田さんが元気よくそう言った。行こう行こう、とみんな盛り上がって、部室を後にした。そうか、あの二機が飛べるようになったら今いるエアコンのメンバー全員の乗る飛行機が揃うのか。

 胸の奥底から期待感というか高揚感というか、なにかわくわくした感情が沸き上がってくる。高ぶる気持ちを感じながら、足取りがどんどん軽くなっていくのを感じた。

 整備科の人たちが作業している格納庫が視界に入ってきた。扉は開け放たれていて、中に戦闘機が二機たたずんでいるのが見えた。坂井さんと槙田さんが「おぉ……」と感嘆の声を漏らすのが聞こえた。わたしもニヤニヤが止まらない。

 格納庫に入ると、整備科の優等生の衣川さんが「この二機、構造が簡単で作業がものすごい楽で驚いた」と豪快に笑いかけてきた。言われてみればそうだ、スカイホークは必要最低限のものを単純な構造に収めた設計だし、フリーダムファイターは技術水準が低い発展途上国に輸出するために単純な設計になっていたんだっけ。

「それでも、少人数で二機も同時進行でレストアしながら日常整備までこなしちゃうなんてすごいですって」

 わたしがそう言うと、衣川さんはちょっとだけ頬を紅潮させながら通りかかった整備科の先生にレストアの作業が終了したことを報告しに行った。……逃げたな、照れ屋さんめ。

 ま、なんにせよ今いる五人の乗る飛行機は揃った。そろそろ本格始動ってことでいいかな。


 五機揃ったし、坂井さんがDACTとかエアコンの競技とかやるの楽しみにしてるんだろうなー、とずっと考え事をしていたら、いつの間にか戻ってきていた衣川さんに肩を叩かれて現実世界に引き戻された。

「レストア終わってるし、今日も飛ぶんでしょ?」

「えーと、はい、飛びます」

 レストアは完了してるし、手続き上でも飛べるように先生があっという間に手を回していてくれるからいつでも飛べる。ここのところ、毎日飛んでいるんじゃないだろうか。整備科の北上先生がいろいろ捗っていいことだとは言っているけれど。

「あ、授業の一環みたいなノリでファントムとかの整備を授業時間にやってたりします?」

 大正解、と衣川さんはサムズアップした。どおりでやたら整備が早いわけで、北上先生がるんるんな訳だ。

 いろいろと納得しながら、坂井さんに引っ張られて格納庫を後にした。


 フライトスーツに着替えて再び格納庫にふらっと現れたわたしを見て、衣川さんは満面の笑みでフリーダムファイターの方に手招きをする。コックピットに近づくと、校章が小さく描かれていて、その隣に『みなとがわゆかり』とローマ字で書かれているのが目に入った。これは嬉しい。なかなか粋なことしてくれるじゃあないの。

 このペイント、どうもみんなの機体に施してくれていたらしく、あっちこっちで嬉しい悲鳴が上がっていた。

「これ、なかなかかっこいいじゃないですか!」

 衣川さんの肩を思わず掴んでしまった。

「まあまあ、そんな興奮しないの。ほら、全機揃ったんだからその記念だよ」

 やっぱりちょっと粋なことしてくれてるじゃない。坂井さんは興奮して鼻血でも出してるんじゃないだろうか、と見てみると遠目からでも判るくらいに鼻血を出していた。うーん、予想通り過ぎてなんだかなぁ。

 半ばあきれてるわたしの横で、衣川さんは笑いながら「みんなの反応がよかったからやったかいがあったよ」と喜んでいた。

 ……この人がペイントするように指示したな。

 絶対的確信が持てる。この調子だと、ことあるごとに機体のペイントが変わってそうな。

 衣川さんの意外なお茶目さを目の当たりにして、ほんのちょっとだけめまいがした。良い、とても良い。


 いよいよ空を飛ぶ段になって、キャノピーの下に校章と自分の名前が入っていることに面映さを感じ始めてしまう。遠目から見たって分かりっこないのに、なぜかこそばゆい。

「そういえば、今日も軽くDACTするんですか?」

 雪奈さんが聞いてくる。思い返すと、最初のファントムのとき以外はテスト飛行で軽く空戦機動してるような気がしてきた。

「軽ーくね、あんまり熱くなりすぎない程度で」

 はーい、と全員の返事を聞きながら編隊を組んで離陸した。


 上空でいつも通りのエレメントを組もうかと思ったけれど、今回はちょっと変則でわたしと坂井さんで組んでみることにする。

「ちょっと待って、その組み合わせだと勝てる気がしないよ」

 月島さんが泣き言を言うけどそんなこと知ったこっちゃない。最大射程じゃ向こうが上だし、レーダー積んでないのはわたしだけだ。

 いつもの開始位置まで飛んで行って、互いに準備が完了したことを連絡し合って戦闘開始の合図を出した。

 互いに地上管制の誘導は受けず、自機のレーダーを頼りに策敵を始める。

 ……そうだ、低空から高速で近づいたらバレないんじゃ。ルックダウン能力に乏しいレーダーしかないし。

「坂井さん、一五秒ごとにレーダー走査お願いしていい?」

「任せてください!」

 力強い返事を聞いて、わたしたち二機は低空に降りる。

 IRST……は幸か不幸かJ型のファントムには付いてなかったはずだから、レーダーで捉えられなかったら後は目視で探すしかない。下は海だから、レーダーを見ても海面乱反射に紛れ込めるしね。

 坂井さんを先頭に編隊を組んで飛んでいると、上の方にふらふら飛んでいる二機編隊が目視できた。坂井さんが敵機発見のバンクを振る。向こうがこっちに気付いている様子はまだない。わたしと坂井さんのポジションを入れ替え、視界の広いスカイホークに乗った槙田さんに見つかる前にさっさと攻撃位置に入れるように急ぐ。

 電波は出せないから、前時代的もいいところなハンドサインと挙動だけで連絡を取るというえげつないことをしながら、無事に後方上位に付くことに成功した。

 坂井さんが少し前に出てきて、ハンドサインを送ってきた。その意味を読み取ったわたしは思わずにやっとしてしまう。「攻撃位置についたら相手にも聞こえる周波数で無線飛ばして脅かしましょう」だってさ。

 わたしは月島さんたちの編隊が使っている周波数に無線機のダイヤルを合わせ、坂井さんに向かって準備完了とハンドサインを送った。

「どっちがどっちを狙います?」

 無線はしっかりと坂井さんの声を伝えてきた。

「お互い、いつも編隊組んでた相手を狙わない?」

 今はミサイルの最小射程を割るぎりぎりの距離を保っている。

 頬が緩みまくっているのを感じながら月島さんをロックオンする。紛うことなき撃墜成功。悠々とキルコールした。

「え、えぇ!?」

 槙田さんの絶叫が耳に突き刺さった。耳が痛い……。

「さやか、みんなの耳を破壊する気……?」

 月島さんがげんなりした声色でたしなめるのが聞こえる。大丈夫、まだ耳は逝ってなかった。

「どうやったの、レーダーに全然映ってなかったよ!」

「まあまあ、それは帰ってから教えてあげるから」

 興奮し通しの槙田さんをたしなめつつ、にぎやかに飛行場に帰ることにした。


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