第6話 自由の戦士
放課後の戦闘機探索を続けて早一週間、これといった手がかりがないまま整備科に回していたファントムじい様が飛行可能になったと言う報せが飛び込んできた。これはぜひとも、飛んでいるところを拝みたいものなんだけど……。
とりあえず、みんなで格納庫に行くとピンピンしているファントムがいた。さて、誰がこれを飛ばそうか、という問題がわき上がってくる。
「誰か飛ばす人いない?」
なぜかわたしが飛ばす役割を押し付けられそうな予感を感じたので、聞いてみた。やだよ、わたしファントムはもう嫌だよ?
「そういえば、これって二人乗りなんだよね?」
槙田さんがコックピットを覗きながらいった。まあ、飛ぶだけだったら一人でも問題ないんだけどね。
「二人で扱うことが前提の兵器ですしね」
と坂井さん。
「まあでも、前席のパイロットだけだと、レーダー誘導ミサイルが撃てないんだよね。まあでも、今回は飛ばすだけだし一人でも問題ないよー」
と槙田さんに言うと、じゃあ佳奈に飛ばしてもらおうよと返ってきた。いや、なんでやねん。
「これをエアコンで使うってなったら二人乗らなきゃいけないんでしょ? だったら、佳奈と雪奈ちゃんがちょうどいいんじゃないかなって」
だから、どこからその発想がわいてきたんですかね。まさか、姉妹だから連携がうまく取れるんじゃないかとかそんなこと考えてないよね。いや、まさかね……。
とりあえず、余計な詮索はなしにして月島さんに飛ばしてもらうことにする。ていうか、仮にそうだとしても雪奈さんがパイロットでもいいような気がしないでもないけどまあいいや。
随伴機にわたしが選ばれ、ホークのコックピット内で補助動力装置を動かしてエンジンを始動させていた。一応、先生も随伴機として飛ぶようなので、やっぱりホークのコックピットに収まっていた。で、実際に飛んでいるファントムを見たいと言う坂井さんはカメラ片手にわたしの後ろの席に座っている。あれか、わたしにいい感じの位置を飛ばせてフィルムにファントムの姿を収めようというのか。
ていうか、先生が随伴機で飛ぶんだったらファントムを先生に飛ばしてもらった方がよかったんじゃないのだろうか。
「……先生、随伴機で飛ぶんだったら先生がファントム飛ばすんでもよかったんじゃないですか?」
「……実はな、先生ファントム飛ばすのがものすごく苦手で、むかーしむかし現役ばりばりだった頃は何回も何回も墜落寸前の状態になったことがあるんだ」
先生の答えに、月島さんは謎の使命感を感じたようで「じゃあ私が責任を持って飛ばします」と力強く返事をしていた。
先生、案外弱点あるのね……。意外な一面を知って驚きつつ、管制塔から滑走路に入るよう指示が出たので機体を走らせた。月島さんを先頭に、三機で編隊を組んで滑走路上に停止した。
離陸許可が案外すぐに出たので、スロットルレバーを押し込んでいってエンジン推力を上げていく。
十分な速度が出て、機体をふわりと浮かせる。月島さんが、離陸速度辺りでアフターバーナーを炊いたせいで、一気に距離を離されてしまった。
こっちはそんな便利な燃料どか食い装置ついてないんだから……。
前もって適当に決めてあったコースを飛びつつ、月島さんが機体の調子をしっかり記録しているはずだろうと眺めていると、後ろからカメラのシャッター音が聞こえてきた。いやいや、どれだけシャッター音大きいの。
「湊川さん、もう少し前に出れます?」
坂井さんがインカム越しにリクエストしてきた。ふむ、できなくはないけどそろそろアフターバーナー炊いて、推力がちゃんと調節できるかテストする頃だよ? 非力なホークでついていける自信なんてこれっぽっちもないよ?
とはいえ、坂井さんのリクエストだからちょっとエンジンを余計に吹かしてちょっと前に出た。こっちはあくまで随伴機だから、ファントムとはそこそこの距離があるんだけどそれでも迫力あるなあ……。
距離を詰めないまま、ファントムの横顔が見えるくらいの位置にたどり着いた頃に月島さんがアフターバーナーに点火した。興奮した坂井さんが、わあ! と歓声をあげてシャッターをパシャパシャ切っている。
……わお、さっきまで横っちょが見えてたのにもうお尻しか見えないや。
アフターバーナー付きの大パワーエンジンを載せた、大型双発戦闘機の加速力をこうして見るとすごいなと思う。前に乗ってた頃はみんな同じ飛行機だったからあんまりそうは感じなかったけど。
そういえば、スターファイターもあったんだっけ。アレはファントム以上の加速力があるから、実際に乗ってみたい気がする。調子がいい時だと滑走路末端で時速千キロだったっけ? そんな未知の速度域は一回味わいたいよね。
と、気付けばファントムがかなり小さくにしか見えないくらい離れてしまっていた。しまった、とスロットルレバーを最大にまで叩き込んだ。
ああ、もう。速すぎるんだって。非力な単発練習機じゃ追いつける気がしないよ。
なんとか追いつこうと頑張っていると、月島さんがファントムをバレルロールさせ始めた。
ちょっ、えぇ!?
いきなりアクロバットな機動を始めたから目が点になった。まだ機体がしっかり大丈夫なのか確認できてないのにいきなりですか。
突然のアドリブにわたしと先生は気が気じゃなかったけれど、坂井さんはしっかりフィルムにその姿を焼き付けていた。エアコン、人が集まらなかったら坂井さんと槙田さんに広報してもらおうかな。
くだらないことを考えながらきれいに編隊を組める距離まで詰まったからスロットルを戻した。
ホークに慣れてきて、半ば無意識に操作ができるようになってきた。いい傾向じゃない?
適当に決めてたコースを飛び終わり、陸に降り立つ。
「佳奈ー。どうだった?」
月島さんが降りてくるなり、槙田さんが駆け寄ってきた。
「問題ないよ、これといって不安なところはなかった」
にこにこしながら、飛行中に感じたことをびっしりと書き込まれた紙を槙田さんに見せる月島さん。その様子を見ながら、わたしは槙田さんに近づいて軽くチョップをかました。
「予定にないバレルロール、あれかなりヒヤヒヤしたんだからね」
月島さん、思ってたより背が高かったから背伸びしつつだったからなんだかつらい。
「うちの整備科はかなり優秀だから大丈夫だとは思うけど、リストアしたての機体でいきなりアクロバットは万が一の可能性があるってことを頭の片隅にだな」
先生の説教タイムが始まった。なんだか長そうなので、わたしと坂井さんは先に撤退することにした。
「いやぁ、それにしたって月島さんのおかげでいい画が撮れましたよ! まあ、バレルロールはさすがにやりすぎだったとは思いますけど……」
付け加えるようにいう坂井さん。分かるよ、カメラの前でアクロバットなことしてもらえると嬉しい気持ち。飛行機好きなら分かるよ。
さくっと耐Gスーツから制服に着替え、駐機場まで戻る。あらま、予想が的中してた。
先生は制服姿のわたしたちを見ると、「まあ次からは気をつけるよーに」とまとめていた。
「あ、そうだ。その紙見せてくれ」
月島さんは今日のテスト飛行の結果を書き込んだ紙を先生に渡した。先生はそれを見て、安心したような顔でうなずいていた。
「特に問題点もなさそうだし、次は戦闘機動に耐えられるかどうかだな。後、火器管制装置がちゃんと動くかも見ないとか」
となると、今動ける学校の飛行機の中で空戦機動に耐えられるのはホークだけか。レーダーは載ってないし、ファントムが一方的に有利な状況でしかテストができないけどまあいいか。追々スターファイターが稼働できるようになるだろうし、そうしたらレーダー警報受信機はテストできるだろう。
まあ、今日はもう飛ぶこともないから、整備の人たちに飛行機の整備をお願いして紙の山をさばくことにする。
「みっなとがわさーん!」
ペラペラと紙の束をめくって、かつての置き土産の痕跡を辿っていると坂井さんが突っ込んできた。
「早速現像してきたんですけど、なかなかいい出来だからエアコンが復活していざ人集めって時に使えないですかね」
坂井さんが頬を赤く染めて写真を突き出してきた。
受け取ってみて見ると、実に官能的なファントムの写真がずらずらと。実にすばらしい。心がときめいてくる。
やっぱり、坂井さんは広報担当だよね。
「あ、そういえばファントムが飛べるようになったからスターファイターの整備に移るって整備科が言ってたぞ」
先生が思い出したようにぼそりと言う。いや、そんな重要なことさらっと言わないでくださいって。
スターファイターか、あれって結構飛ぶのが好きで飛行機とお話しできるような性格じゃないと振り落とされる機種だよね。いや、ファントムもか。
飛ぶのが好きで飛行機とお話ができるって言ったら坂井さんか。
次の日、いつものメンバーで集まったら、月島さん姉妹が乗るファントムと、どういう訳かわたしが乗るホークとでDACT(異機種間空戦訓練)まがいなことをやることになった。さらに、なぜかまた後席にカメラを持った坂井さんが座っている。
うーん。
いや、どうしてこうなったの。
どう考えても「前の学校でエアコンやってた湊川さんがホークで敵機役やるべきじゃないですか」と推薦してきた坂井さんのせいですね分かります。
完全にやられた、と飛ぶ前からもう負けた気分になっちゃってるんだけど。
半ばうなだれつつコックピットに収まっていると、坂井さんに「うなだれてないでしっかりしてくださいよ、今は一蓮托生なんですから」と檄を飛ばされた。
いや、今沈んでた原因作ったのあなたでしょうが。
……と心の中で突っ込みつつ、深呼吸して気分を切り替えた。
今回は先生が一緒に飛ぶでもないから、自由というかなんというか。坂井さんが後ろにいるけど、いっぱいいっぱいまで攻めてみようかな。
上空に出て、お互い目で見えないくらいの距離まで離れて相対する。向こうがきちんと所定の位置に付いていたら、の話ではあるけれど。
まあ、ファントムのレーダーのテストだからいいかな。ルールはロックオンされたら被撃墜、ということになっている。これはまあ、BVRだと一方的に撃ち負けるけどテスト兼ねてるし。
そんなことを考えているうちにレーダー警報受信機が反応した。あっさりキルコールされてしまって、機体性能の差をひしひしと感じてしまう。
次は近接戦闘だけど、ちょうど相対しているしそのまま突っ込むことにした。
スロットルを押し込んで、速度と高度を上げていく。サイドワインダーのシーカーを起動して、マスターアームを解除する。
こっちにはレーダーがないから、目とRWRが頼りだけど、向こうがレーダーを切ったら目だけで見つけなきゃいけないのか……。
と思ったけど、こっちがレーダー持ってないからレーダー切る訳ないか。はは……。
「坂井さん、何か見える?」
「いや、まだなんにも見えないですって」
そりゃそうか、まだ目視できる距離にいないもんね。
視線をあっちこっちに振りつつ、RWRにもしっかり頼って月島さん姉妹のファントムを探す。
「あっ、十時の方向に敵機!」
坂井さんがファントムを見つけた。目がいいというか、ファイターパイロット向いてるよね、坂井さん。
わたしもファントムの位置を確認した。高度は向こうの方が上だから、こっちは機首を上げなきゃなのか。うわー、これはもう勝てる気がしなくなってきた。
まあ、そもそも練習機で戦闘機を相手取るっていうのが既に無茶ではあるからうんぬん。まあそれはいいや。
上空から襲いかかってくるファントムをバレルロールとシザースを組み合わせていなし、反撃に移ろうと機首を回した。サイドワインダーから、ガンモードに切り替えて、機関砲で狙っていこうと思う。低速で追い回せたら、まず向こうに勝ち目はないだろうし頑張ってみよう。
ファントムは上からパワーダイブを仕掛けてきたせいか、かなりスピードに乗った状態で低空を飛び抜けている。わたしたちはスピード勝負しても勝ち目がないから、上昇してきてくれるのを待って上からついていく。
もう一度、サイドワインダーに切り替えてシーカーも起動させる。月島さんは後ろ上空という一番取られたくない場所を取られたのを逆転するのを狙って、速度差を生かしてインメルマンで高度を上げてきた。
よし、速度がそれなりに落ちてるはずだから……。
またまたガンモードに切り替え、ヘッドオン状態で急速接近しながら機関砲発射をコールしよう……としたけど照準がろくに定まらなかったから断念。
バレルロールしながら高速ですれ違った。
「フューッ!」
坂井さんが大興奮で後ろに飛び去っていったファントムを目で追う。キャノピーに張り付いて、しっかり追っているのがまたWSOとかRIOとかに向いていそうなように見える。実際はどうなのやら分からないけど。月島さんがまたインメルマンターンで高度を上げているから、わたしも追従して……は無理だからフルスロットルでいったん距離を取った。
「ちょっ、月島さんものすごい勢いで接近してきていますよ!」
言われて、後ろを思いっきり振り返ってみるとどんどん機影が大きくなってきていた。
接近戦でキルコールされても面白くないから、ちょっと機首を下げて速度を得てから緩やかなインメルマンを連続して一気に高度を上げた。すると、月島さんは垂直に上がってきた。いやいや、いくらパワーがあるからってそれはだめでしょ……。
半ばあぜんとしつつ、ダイブしながらヘッドオンはまずそうだから失速するのを待って加速に専念した。いちおう、シーカーに捉えられないようには気をつけながらではあるが。
それにしたって、月島さんが無茶な機動してくるとは思わなかった。あっ、上昇あきらめた。
「湊川さん、今の月島さんは急な動きする余裕なくてカツカツですよ」
坂井さん、やっぱりそう思うよね。チャーンス。
ガンモードに切り替えて、スプリットで反転してからゆるーく下降して前方にファントムを捉えた。
照準がだんだんと機影に近づいていく。トリガーに指を掛ける。そして、キルコール。
坂井さんが深いため息をついた。
「ゆかり、ちゃんと火器管制装置動いたよ」
月島さんからが報告してくれた。機内でその報告を聞けて、別の意味でもため息が出た。
「じゃあ、ファントムはエアコンに使えそうだね」
機体を格納庫に戻し、いつもの部屋に戻って書類を漁る。知らない間に、先生がここを部室にしちゃったらしい。ていうか、もう部活として認定されたのね……。あっ、フリーダムファイターがまだ残ってそう。
「ちょっとこれ見て」
わたしは今部室にいる月島さん姉妹に書類を見せた。
「これ、まだどこかの格納庫に眠ってそうですよね」
と雪奈さん。
「ちょっと探しに行ってみる?」
と月島さんが言うから槙田さんにメールでその旨をかっ飛ばして外に出てみた。
戦闘機探しも早二週間目になりそうなこの頃、ペースの早さに涙が出そうである。それにしたって、今日のDACTは楽しかった。
「湊川さんて、やっぱり強いですよね。佳奈が全然ついて行けてなかったですし」
何をおっしゃる雪奈さん、わたしは結構ビビりながら飛んでたっての。
「序盤に攻撃かわされたし、ミサイルで攻撃できるような状態に持って行けなかったしでかなり強かったよ? 普通だったらもっと早くミサイルで片がついてるし」
えー、と呆れ半分のリアクションが返ってきた。えっ、なんで。
「そんなこと言われても、いまいち実感湧かないってば」
月島さんが口を尖らせる。クールな外見にそぐわないその仕草、なかなかいいよね。
……じゃなくて。
手元の書類を見ながら、適当な格納庫を選んで中を探索してみた。持ってきた懐中電灯を点けて、一周ぐるっと回せばあるなら出てくる。
キラリ、とキャノピーが光を反射する。あれはホークのキャノピーだ。あっちは?
ちょっと奥の方に行ってみると、コックピット周りの独特なシルエットが浮かんできた。あれは……!
「また一機見つけたねー」
月島さんがぼそっと呟いた。ほう、と雪奈さんがため息をつく。
これで三機。
後一機見つけられたら飛行小隊が組める。まあ、ホークでもいいんだけどやっぱりちゃんとした戦闘機じゃないとつらいしね。
先生と槙田さん、坂井さんにフリーダムファイター発見の一報をメールで送り、整備の人に連絡が行くようにした。わたしたちの役目は一応果たしたから、いったん部室に戻ってみんなが帰ってくるのを待つことにした。
部室に戻ると、先生たちは既に部室に戻ってきていた。
「また一機見つけたんだって? やったじゃん、これで三機だよ!」
わたしたちが部室に入るなり、槙田さんが机を勢いよく叩いて立ち上がる。その勢いに若干押されつつ、わたしたちはうなずいた。
整備科の負担が増えるなぁ、と喜ぶ先生。いやいや、自分が飛行科で影響があんまりないからって喜んでいいのだろうか。
「整備科の技術向上にうってつけの状況になってきたじゃあないか。アクロ機とはまた違った高度な技術が要求されるぞ、特に電装系」
先生は学校のレベルアップにも繋がるような何かを感じていて喜んでいたのか。なるほど。
「とりあえず、今日はお疲れさん、湊川と月島たちは飛んで探してで疲れたろ、今日はしっかり休め。槙田、坂井、ちょっと探して帰るか?」
今日はもういいです……と槙田さん。坂井さんは、今日はわたしの後席に座っていたし、疲れがあるからかわたしも今日はもういいですと答えていた。
じゃあ今日は解散だな、と先生。お疲れさまでした、と全員解散して今日の活動は終了した。