第1話 やっぱり授業は眠くなる
飛行実習が午前の授業を半分かっぱらっていったせいか、その後の二時間の授業がひたすらだるい。
ちらり、と月島さんのほうを見ると、がっつりとお休みモードに。えぇー……。それでいいの……?
槙田さんは槙田さんでこっくりこっくりなってるし、坂井さんくらいかな。まともに起きてるの。
と思ったら、いきなりガタッて大きな音を立てて揺れたから、多分寝てたんだろうなぁ。
……ふぉっ!?
首がカクンと落ちる感覚。やばいやばい、わたしも半分寝てる。
「ありゃ、全滅かー。このクラス、前の授業はなんだったんだろう?」
数学の先生が、貼ってある時間割表を覗きにいった。
「あー、なるほど……」
なるほど、て何を納得したんだろう……。
「あ、坂井、今日の飛行実習は何やったんだ?」
さっきの「ガタッ」で目を覚ました坂井さんに、数学の先生が質問を飛ばす。
「え、あ、はい、今日は編隊飛行を……」
数学の先生は、ふむとうなずいて机に突っ伏した生徒たちを起こしに回っていった。誰かが起こされるたびに、寝起きで素っ頓狂な声を上げるから面白い。あ、でも月島さんは別だった。
だって、起きないんだもん。
数学の授業が終わった後の休み時間。月島さんはまだ机に突っ伏して寝ている。槙田さんは槙田さんで、なんかみんなが集まっていって身動きが取れない状態になっている。
たぶん、わたしと一緒に飛んだからみんなどんな風なのか聞きにいっているのだろう。
「だってさぁ、どんな感じの子なのか分からないのにいきなり話しかけていけるだけの社交性がウチらにあると思う?」
おぉう、いきなりデカい声が響いたからびっくりした。
反射的に声の主のほうに目を向けると、ちょっとギャルっぽい女の子と目が合って、すぐ反らされた。なるほどなるほど、みんなシャイなのね。……人のこと言えないけど。
心の中でにやにやしていると、坂井さんがふらふらと歩いてきた。
「湊川さーん」
「やっほー」
……言葉のチョイス間違えた。
「へへ、元三沢航空のエースでもお茶目なんですね」
やかましいわ。と、心の中だけで言っておいた。
「そういえば、湊川さんてなんで転校してきたんです? あ、いや、別に変な意味はないですよ」
あ、焦ってあわあわしてる坂井さんかわいい。
「なんていうか、まーその……」
前の学校で、ファントムのG型に乗ってる時に、制御不能になって墜落したからだなんて言えない。あれ以来、怖くてファントム系の機体に乗れなくなってしまったから……。自分自身から逃げ出してしまったような気がして、人に話すのは気が引けるっていうのもある。
「あぁ、話したくないならいいですよ。そんな、無理矢理聞き出そうなんて考えてないですし」
「……うん」
ぱた、と沈黙が訪れる。でも、この沈黙は結構心地いいかも。
槙田さんあたりの人だかりは、ぎゃーぎゃーと騒がしくわたしの飛び方がどんなだったとか、どんな雰囲気だったかとかで盛り上がっている。
それがちょっと面白くて、坂井さんと二人、小さく笑いが漏れた。
不意に、背中にどさっと荷重がかかってきた。
「ぅあ……さやかが人を集めすぎてうるさいから逃げてきた……」
ちょ、人の背中をベッド代わりにするな!
肩のところに顔を引っかけられてるから、うかつに横を向けない。坂井さんがものすごい笑っている。
どうしようか。まあ、休み時間終わったら自分の席に戻るだろうし、ほっといてもいいか。
……背中がすごく気になる。月島さんの重みと、体温と、その……ごにょごにょ。
いや、そっちの趣味はないけどね。うん、大丈夫なはず。
とりあえず、槙田さんより大人っぽい見た目の割にちっちゃいんだなあと思いました。
昼休み、一緒に飛んだメンバーで学食に。
「あ、きた」
月島さんが指差した先には月島さんが。……あれ?
「雪奈、相変わらずの量だけど」
月島さんが額に手を当てた。雪奈さんのトレーに大量のお皿が乗っている。何? この中の誰かがフードファイターなの?
「いつも通りじゃないですか、何か問題でも?」
「いや、特には」
い、いつもなんだ……。
あぜんとするわたしを見て、雪奈さんは心外な、と言いたげな表情を浮かべる。
「雪奈、今まで違う反応をした人間がいると思う?」
うっ、と雪奈さんは返事に詰まった。
「ねー佳奈、ゆかりんと雪奈ちゃん初対面だから紹介してあげなよ」
槙田さんが月島さんをつつく。
「うん。……えーと、妹の雪奈。双子なんだ」
よろしくお願いします、と雪奈さんがぺこり。わたしも慌てて、こちらこそと頭を下げた。
二人とも堅いよー、と槙田さんが笑う。だってしょうがないじゃん。ほら、どっちも生真面目な日本人だから。あ、雪奈さんの胸元のところが……!
ぺし、と後頭部をはたかれた。
「なんか今変なこと考えたでしょー」
槙田さんがぺしぺしと叩いてくる。痛くはないからいいけど、わたしの貴重な脳細胞が死んだらどうするの。
「で、この子が今日転校してきたゆかり」
月島さんナイス!
「湊川ゆかりです、よろしくお願いします」
やっぱり、『生真面目な』日本人だからぺこりと一礼。雪奈さんも釣られてお辞儀。
あ、む――。
「あ痛っ!」
今度は、結構強めにぺしんとやられた。
「分かってるんだからね、どこ見てるか」
まったくもう、と槙田さんがあきれ半分の目を向けてくる。
「だって、なんかわたしより大きそうだし、気になっちゃって……」
「コンプレックスの塊か!」
「あべっ」
も一つ叩かれた。だから痛いって。
ぶふっ、て誰かが笑ったのが聞こえた。
「夫婦漫才みたい……」
ぼそりと呟いた声は、どう聞いても坂井さんの声。
「ふ、ふう……!」
「槙田さんはちょっと落ち着こうよ」
わたしまで笑ってしまう。なるほど、槙田さんの弱点はそういう方向性か。
からかうネタもゲットしつつ、月島さんの妹とも知り合うことができたしなかなかの収穫だと思う。だって、まだ初日の前半だよ。
心の中で色々ガッツポーズをしていると、雪奈さんが顔を紅くして固まっていることに気付いた。視線をちょっと横にそらすと、月島さんが鶴の構えをしていた。あれ、もしかしてこれはダメなパターンなんじゃ……。
「いったた……。なんで転校初日からこんな目に遭わなきゃいけないの……」
そう呟いた直後、月島さんは真顔でツンと「ゆかりが悪い」って言うし、槙田さんは「ゆかりんが悪い」って言うし、坂井さんは「湊川さんのせいじゃないですかね」ってにやにやしながら言ってくるし(しかも笑いながら!)、雪奈さんに至っては、頬を紅く染めて胸を隠しながら「自分のない胸に手を当てて考えてください!」とか言ってきたし。
……わたしだって、それなりにあるわ!
自分で言ってて悲しくなってきた。い、いや、大丈夫。そう信じよう。
「まーその、うん。ごめん」
まあいいですけどっ! と頬が紅いままの雪奈さんの返事がぐっさりと刺さった。多分、許してはくれてるんだろうけど、その、ね?
雪奈さんがあまりにも純情なものだから、おじさんわくわくしちゃうよ〜、なんちゃって。わたしは女だ。
落ち着け、湊川ゆかり。君はそんなおじさんキャラじゃない。
「ゆ、ゆかりん?」
槙田さんがいぶかしげに見てきた。
「どうかした?」
「い、いや、ちょっとなんていうかぁ……顔の体操してた?」
首を縦に振る。顔の体操してて悪いか。
「じゃあいいや。なんかすごい表情が変わりまくってたから体調でも悪いのかと心配したよー」
大丈夫、一人変なこと考えてただけだから。
もちろん、そんなこと言えないから適当に笑ってごまかしたけど。
お昼休みをわいわいと過ごしていると、午後からの授業の予鈴が鳴った。
「あ、もうこんな時間かー。いっつも思うけど時間経つの早くない?」
槙田さんがため息をつく。あれだけわいわいやってたら、そりゃ早く感じるよ、と月島さん。
ていうか、動かなくていいの?
「あ、やば」
と、雪奈さんが席を立った。みんなもそれに続いて席を立つ。食器類は……返却済みだったわ。
よし、大丈夫。
「ゴーゴーゴー!」
槙田さんがものすごいハイテンションで出口を目指して歩き始めた。腕時計を見ると、いよいよヤバい時間をさしている。思わず、うわ、と声が漏れた。
「歩いてちゃ間に合いません」
雪奈さんと坂井さんがそう言いながら駆け足に。わたしと月島さんも、追従して走る。
「あ、ちょっと待ってよー!」
槙田さんが一歩遅れた。後ろからわーわーとわめきながら追いかけてくる。あぁ、これぞ青春……。とちょい古くさいことを思いながら足を回す。
教室が見えてきた。間に合えぇっ!
あぁ、南無三。教室に躍り込む一歩前にチャイムが鳴ってしまった。
「もっと時間に余裕を持つように。授業始めまーす」
えーと、今は国語の授業か。未だに先生の名前が覚えられないんだよね……。て言ってもまだ初日だからしょうがないけど。
それにしても、おしゃれな先生だなぁ。
おっと、それよりも授業授業……。
しばらくすると、だんだんと眠気が襲ってきた。
……この先生、あれだ。みんなを眠らせるタイプの話し方を……。
あくびをかみ殺し、周りをちらりと見ると数学の時の生存者でさえやられていた。ヤバい、耐えられる自信がない。
が、頑張れわたし……。おやすみなさい。
はっと気付くと、授業が終わっているという不始末をやらかしてしまった。
放課後、校舎を出て背伸びをすると背骨からぽきぽきと音がした。
「ゆかりん、今日の授業寝まくってたね」
槙田さんが笑いながら肩を叩いてくる。いやいや、あなたも十分寝まくってたでしょうが。
心の中で突っ込みながら、曖昧に笑い返した。
「あー、よく寝た……」
わたしの後ろで、月島さんが背伸びをしている。いつの間にか現れていた雪奈さんが、「よく寝たって、何のために学校に来ているんですか」と突っ込みを入れた。
思わず、プフッと来てしまった。
「ちょ、ゆかりだって寝てただろ!」
それを言われると……。
「私は寝てませんでしたけどねー、ふふっ」
雪奈さんが自慢げに胸を張った。証拠がないだろ、証拠! と月島さんが噛み付くも、残念ながら槙田さんの隣でにやにやしてる坂井さんだって今日、生き残っている。……あっ。
「あのー、わたし寝ちゃったんですけど」
と坂井さん。そうだった、わたしとしたことが迂闊……!
「あんたは敗北者でしょうが」
槙田さんにまた後頭部をはたかれた。
「槙田さんも、がっつり墜ちてたけどね!」
わたし、完全勝利! ……じゃなーい!
まー、その。うん。あれだ、転校早々いきなり飛ぶっていう意味不明な状況だったから仕方ないということで。
「仕方なくはないと思いますよ」
坂井さんまでそんな……。
「お主、さてはイデッ」
またはたかれた。
「はいはい、教室入ってきたしょっぱなの印象丸崩れだよ、いいのそれで」
「そもそも、どんな印象持たれてたかすら知らないんですが、はい」
だって、今いるメンバー以外とは話せてないし。どんな印象持たれてたんだろう、すごく気になる。
「ゆかりんが教室入ってきて、自己紹介したじゃん? あの時、みんな『うわ、何あの子かわいい』とか『なんか、ちょっと儚げな雰囲気がいいよねぇ』とか言ってたんだけどね。ふたを開けたらこれだもん」
「えー、なにそれ」
そんなの初耳、もっと早く聞いてたらそのイメージで動けたのに。
ちょっと残念な気持ちが胸の辺りをもやもやと動き回る。
「なんていうか、ちょっとおっさん臭いところがありますよね」
と坂井さん。ちょっとそれはひどくないですか。事実だし、反論できないところではあるけど。
「儚げな雰囲気ってどんなところが儚げだったの?」
さすがに、これは気になる。中身おっさんの女子高生の、どこに儚い要素があったのか。履かない要素じゃなかったのか。もちろん履いてるんだけどね!
儚げな雰囲気をうまく使えれば、武器になるかも……とかどす黒いことを考えながら、考えこむ槙田さんを眺める。雪奈さんは、早々に「はじめから中身おっさんな状態だったから、わたしはこの問いには答えられません」とお手上げ状態だった。
「あー、どこが儚げな感じしたんだろう。もうおっさんのイメージしかないんだけどー」
そんなおっさんおっさん言ってくれるな。わたしだってぴちぴちの女子高生なんだから傷つく。
「あぁ、そう言えばゆかりんて線が細いし、なんかどことなくちょっとお上品な動き方するし、髪の毛がさらふわぽわんて感じだからちょっと幻想的な見た目なんだよね。多分、それがちょっと儚げな雰囲気の理由」
さらふわぽわん、がよく分からなかったけど、全体的にほめられているような感じがする。多分。
「後、目つきがちょっと幼い感じがする。」
月島さんがそう付け加えた。お、幼いって……。
こ、これも褒め言葉なの……?
「なんというか、全体的にふわっとしたかわいらしさがありますよね」
なんだか、だんだん気恥ずかしくなってきたからこれ以上聞いてられない。頬が熱くなってきた。
「みんな、変な質問に答えてくれてありがとう。これ以上言われるとちょっと恥ずかしい……」
「うぃーうぃー、ゆかりん珍しく乙女モードだー」
珍しくとは失礼な。槙田さんだって、今はおっさんモードじゃん。ていうか、そもそも珍しくとか言えるほどの付き合いはまだないじゃん。
なんかやたらとわたしが中身おっさんみたいに言われるけど、案外みんなも中身おっさんじゃん。
そう思うとちょっと気が楽に。
「あ、じゃあ私アクロの練習あるから。また明日ー」
ちらり、と時計を見た槙田さんは格納庫のほうへ走っていった。アクロバットやってるって言ってたっけ。
「そう言えば、ここって、飛べる部活って何があるの?」
えーと、と月島さんはあごに手を当てて考える。
「アクロバットと、飛行機同好会なら飛べるかな。昔はエアコンもやってたみたいだけど、今はやってないらしいし……」
飛行機同好会って、名前の響き的に鳥人間コンテストとか出てそうな雰囲気がある。偏見に満ちあふれてはいるけどね。
「あ、飛行機同好会は人力飛行機メインだから、ゆかりには合わないかもしれない……」
ほんとに鳥人間みたいなことやってるとは。飛ぶ浪漫はあるけど、わたしとしては自由に飛び回りたいからまたちょっと方向が違うんだよね。
「あ、どうせならエアコン復活させてみません? この間、スターファイターを格納庫で見つけたんですよ」
え、何それ気になる。