幕間一 若き狼の野望と、老いた皇帝の夢
リベリカ大陸の北西、コインブラ州から北にあたる位置に、ゲンブ州がある。ゲンブの西は海に面しており、東は大陸中央部のバハールと隣接している。豊かな土地とはいい難いが、統一以前の文化が色濃く残っているため、生産品や芸術品は高値で取引されている。
大陸統一がなされるまえは、北西部一円に覇を唱えていた強国の一つだったが、ホルシードの快進撃の前に膝を屈することになった。最後まで頑強に反抗したため、粛清は厳しいものとなり、反帝国感情はいまだに根強く残っている。
統一を成し遂げたベルギスは、戦死したゲンブ指導者の血縁者を太守の地位に据え、度量の広さを見せた。当然ながら飴だけではなく鞭も振るい締め付けも行なう。ゲンブ旧支配地域の半分をロングストーム州として分離、更にゲンブには年毎に多額の上納金を納める義務を課した。切り離したロングストーム州にはヴァルデッカ家の縁者を配置し、ゲンブを厳しく監視する態勢を敷いた。現在は上納金の額は半分まで減ったが、対ゲンブへの監視は百年経過した今も解かれてはいない。
ベルギスがそれほどまでにゲンブを危険視した理由は一つ。彼らの荒々しい闘争本能と武力を心より恐れているからだ。ゲンブに生まれた者は貴族から農民にいたるまで、戦う術を幼き頃より身につける習慣がある。立ちはだかる敵は刺し違えてでも殺せ、殺せぬならば後に続く者のために手傷を与えよ、というのがゲンブ兵法の基本理念である。
“足軽”と称される兵たちは他州とは全く様相が異なる武具を身を纏い、反りの入った片刃の剣を愛用する。そして、険しい山岳や森林、狭い船上での戦いを得意とする。平野部においてはその鍛えられた足腰で素早い行動で相手をよく惑わせた。
そのゲンブ州の太守、シデン・カイロスは、険しい面持ちで招集した家臣たちに声をかけた。
「……急ぎ集ってもらったのは他でもない。最近世間を騒がせているコインブラ、バハールの件だ。昨日、両州から使者が来おってな。皆もその内容については大体想像がついているだろうが。……ハクセキ、皆に見せてやれ」
「はっ、こちらでございまする」
老齢の参謀ハクセキが机の上に二つの書状を広げる。
「話は簡単だ。両州とも、戦になった場合はこちら側につけという内容だ。勝った暁には多大な礼をすると、実に気前のいい事が書いてある」
「……拝見致します」
家臣たちが書状の内容を確認する。それぞれの太守直筆のもので、内容はかなり際どいものとなっている。
コインブラ公グロールは、アミルを弾劾する内容のもので、近いうちに必ず君側の賊を誅すると宣言している。その際にはゲンブの助力を是非仰ぎたいと。
バハール公アミルの書状も似たような物である。だがグロールより優位に立っている余裕があるからか、それほど差し迫ったものには感じない。口車に乗り逆賊に力を貸す事がないようにという、どちらかというと牽制に近いものだ。それでも、アミルが皇帝になった際のゲンブへの優遇措置については触れられている。
「コインブラ反乱の真偽なぞ、我等にはどうでもよいこと。肝心なのはただひとつ。どちらについたら我等に一番の利益がもたらされるかだ。故に慎重に慎重を期す必要がある」
「コインブラとバハールを、天秤にかけるおつもりですか?」
「我等がバハールにつけば、勝負はすぐに決まるだろう。コインブラは内乱で未だ乱れている故。いや、グロールは戦になる前に膝を屈するかも知れぬ。……だがそれでは芸がない」
コインブラとバハールが戦になった場合、隣接する地域にあたるのは北部のゲンブ、ギヴ、ホルムズ、南部ではリベルダムだ。皇帝のベフナムからは、『身内のことゆえ介入無用』などという勅使が各州に来ているらしいが、それを律儀に守る連中ばかりではない。特に、バハールと利害が一致しているリベルダム州は確実に支援を行なうはずだ。
それが分かっているからこそ、コインブラのグロールはゲンブに使者を派遣してきている。ギヴ、ホルムズの両州は、シデンの見る限り日和見を決め込む。両州の太守はことなかれ主義で、自分の州が安泰ならばそれで良いという考えが常に透けて見える。
「左様。ここは奴等を争わせ、漁夫の利を得ることが重要です。我等積年の野望成就のためにも、彼の帝国には疲弊してもらわねばなりますまい。此度の戦は、なんとしても起こってもらわなければなりませぬ」
「それでは、ハクセキ殿は、コインブラに味方して参戦しろと言われるのか。聡明なハクセキ殿のお言葉とは思えませんぞ!」
老参謀ハクセキの進言に、家臣の一人が目を剥いて声を荒げる。現状では、コインブラに勝ちの目は薄い。なにより、同じ帝国の州に兵を向けるということは反逆行為の何物でもない。下手に巻き込まれれば破滅する恐れがある。皇帝ベフナムが何を考えて内乱の種を放置しているのかは分からないが、それでもコインブラに肩入れするのだけは危険すぎる。
「まぁまぁ、落ち着きなされ。なにも我等が矢表に立つ必要はありませぬぞ。そして、敵味方を声高らかに明らかにする必要もありませぬ。それが、駆け引きというもの」
「ハクセキの申す通りだ。今回、我らは影に徹する」
「そ、それを聞いて、安心致しました」
「……だが、戦の前に、グロールに怖気づかれては意味がなかろう。故に、我がゲンブとしては、不利なグロールめに少しばかり贈り物をしてやろうと思っている」
「しかしながら。それではバハール公が良い顔をなさりますまい。遅かれ早かれ、我らが支援したという情報は確実に伝わりますぞ」
若い家臣の一人が懸念を示す。
「それがどうしたというのだ。それでも武と誇りを重んじるゲンブの人間か? 証拠なき言葉など無視すればよいだけのことだ」
シデンが冷静に叱りつける。若き家臣たちは、ゲンブの人間としての矜持を半分失いかけている。安寧とした日々を過ごすうちに牙が脆くなってきてしまったのだ。親たちから太陽帝ベルギスと、化け物じみた兵の強さを聞かされてきたのだから無理もないが。
シデンにも、その話のどこまでが本当かは分からない。だが、優れた武人の多いゲンブが、今は帝国の傘下にあるのだからほぼ真実なのであろう。
(いつまでもやつらの下に甘んじているつもりは全くない。ゲンブのことはゲンブ人が決める。それが当然だ)
シデンは息を潜めて、刃をひたすらに研ぎ続けている。いつの日か必ず自由を勝ち取り独立を遂げると。奪い取られた土地、ロングストーム州を我らの手に奪還するのだ。
それが父や祖父から受け継いだ遺志でもあり悲願なのだ。その時が来たならば、どれだけの血が流れようと、最後まで走り続けるつもりだ。故に今は屈辱に耐え、力を蓄え情報を集め機を伺っている。今回の騒動が果たしてその“機”なのかどうか。冷静に見極める必要があった。失敗は許されない。
「シデン様。コインブラには物資を持たせた使節団を向かわせ、バハールには親書を持たせた特使を遣わすのが宜しいかと。バハールについては僭越ながら某が赴きまする」
「行ってくれるか、ハクセキ老」
「お任せあれ。恐らく、バハール公は一筋縄でいきますまい。ここは私が行き、話をつけて参りまする」
「よし、バハールについては全て任せる。……コインブラには若者に動いてもらうとしようか。――カイ、前に出よ!」
「ははっ!」
列の端で控えていた若者がシデンの下へと近寄り、両腕を胸の前で交差させて敬礼する。ゲンブ特有の敬礼だ。
覇気に満ちたカイの顔を見て満足そうに頷いた後、シデンは命令を伝える。
「これから大事な使命を与えるゆえ、心して聞け。お前には物資を持った使節団を率いてコインブラに行ってもらう。グロールには使者を送り、予め話は通しておく。ここで重要なのは、お前にはしばしコインブラに滞在してもらうということだ」
「は、ははっ」
良く分からないといった表情のカイ。若き武辺者のため、事情がさっぱりつかめていないのだろう。ハクセキが眉を顰める。
「カイ殿、自分が何をすれば良いのかお分かりですかな?」
「はっ、誼を深めるというのは名目、コインブラに留まり内情を探れば良いのでございましょう。とはいえ、具体的になにをすれば良いのかはとんと分かりませぬ!」
「では説明いたしますゆえ、耳をかっぽじってお聞きなされ。ありとあらゆることを見て、聞いて、記録し、それを仔細漏らさずシデン様に報告すればよろしい。連絡用の密偵は用意しておきまする」
「……それだけなら容易い事。しかし、なぜ兵が必要なのですか? それがしだけでも良いのではないでしょうか」
うーんと腕組みをして唸るカイ。まだ幼さの残る顔だが、その右頬には一筋の傷が走っている。頭の方はいまいちだが、数え切れないほどの賊を斬り捨てているひとかどの武人である。
「カイ殿、それでは“協力”にならぬのだ。物資だけではなく、彼らのために兵を出したという事実が肝要なのです。それだけでコインブラ公は戦に乗り気になりまする。バハールとの戦いの折、我等ゲンブからの支援は確実と信じるでしょうからな」
「は、はぁ。なるほど。分かったような、分からぬような」
「ハクセキ、手間をかけるがこの者にしっかりと教え込んでくれ。事は重大、若輩ゆえ分からぬで済むことではない」
「かしこまりました。が、頭が些か痛くなりますな」
ハクセキが溜息を漏らす。
「カイよ、表立っての行動は極力控えるように心がけるのだ。賊を相手にするかの如く、派手に暴れることは禁ずる。お前の剣は、時が至るまで抜く必要はない。……良いな?」
シデンが念を押すと、カイは一応深々と頷く。だが、その顔には曇りが見える。やはりよく分かっていないようだった。剣の腕はゲンブでも五本の指に入るが、頭が弱いのが欠点だった。
それでもカイを選んだのは、実戦経験を積ませたいという理由と、それなりの腕が必要とされる任務だからだ。これぐらいこなせないようならば、今後に期待することはできない。いざとなれば、切り捨てやすいという計算もある。
(さて、二人の皇子はどう転ぶであろうか。共倒れしてくれるのが最も望ましいが)
シデンは両者を天秤にかけ、まずは様子を見る事にした。冷静に見れば、バハールの優勢は疑いない。故に先日から使者を頻繁に送り、友好を結びたいという意志を強調している。だが、そのままバハールが勝っても特に波乱はなく、平穏無事にアミルが皇帝の座に上るだけだろう。
だが、万が一にもグロールが勝てば面白い事になる。確実にこの大陸は荒れる。故に、状況を正確に見定めるため、使節団という名の援軍をコインブラに送るのだ。今は“見”が最善とシデンは判断している。
「とにかく、まずは戦になってもらわねばな。他の州が疲弊する分には一向に構わん。偉大で輝かしい太陽帝国の身内同士、存分に殺し遭ってくれれば良いわ」
シデンは凝り固まった首を鳴らすと、杯の酒を一気に飲み干した。
――ホルシード帝国、帝都フィルーズ。
リベリカ大陸の南東部一帯は、ホルシード帝国皇帝の直轄領となっている。堅固な要塞線に囲まれた中央に、この帝都は存在する。肥沃な大地に築かれたこの都市は、大陸でもっとも栄えているといって良いだろう。大陸のありとあらゆるものがこの帝都へと集められてくる。それは金や宝石といった財宝をはじめとして、交易品、芸術品、そして人間まで多種多様である。貴族達はこの帝都に暮らすことを誇りに思い、太陽帝国の威光に感謝しながら贅の限りを尽くす。その歪みは、帝都以外の各州の民が分担して負担している。皇帝ベフナムは、それが勝者の権利であり、また敗者の力を奪うことに繋がると、積極的に奨励していた。
金銀宝石が惜しみなく使われたフィルーズの宮殿。その豪奢の限りが尽くされた謁見の間で、皇帝ベフナムが愉快そうな表情で杯を傾けていた。
宰相のエルナーズが機嫌を伺うように声をかけてくる。
「先程のコインブラの使者と会われてから、楽しげなご様子ですが。何か愉快なことでもございましたか?」
「ああ、これ以上に楽しいことがあるだろうか。使者の口上からは、その時が近いというのがひしひしと感じられたぞ」
「その時、と仰いますと?」
「戦だ。グロールの怒り、焦り、妬みが手に取るように分かってな。クク、この座を狙い、実の兄弟が血で血を洗う戦をしようというのだ。それを高みから見物できることほど面白きことはない。まさに歴史は繰り返すというやつだな」
3代目にあたるベフナムは、熾烈な後継者争いを繰り広げた後にその地位を継いだ。父にあたる二代目皇帝は、後継者を指名せずこの世を去った。今となってはわざと残さなかったのだと確信しているが。ベフナムの父は治世を安定させることに心血を注いだ名君だが、人間的にはとてもまともとは言い難い男だった。温和な皇帝という仮面の裏で、人間を面白半分に殺すような男だった。自分の死後、確実に起こる凄惨な後継者争いを予想し、ほくそ笑みながら死んでいったのだろう。
その期待に見事応えたのが、何人もいた皇子の中の一人、ベフナムだったと言う訳だ。
皇子の誰もが自分こそが皇帝に相応しいと宣言した。いよいよ内乱に突入するかというところで、兄弟たちを罠にかけて宮殿に誘き出し、一挙に皆殺しにしたのだ。最初に狂気の剣を抜いたベフナムが、そのまま皇帝の座を勝ち取った。
「しかし、陛下はアミル様こそ、次期皇帝に相応しいとお考えだったのでは?」
「その通りだ。だが、何人であろうと皇帝の座は自らの手で掴まなければならぬ。万が一グロールが勝利するような事があれば、それはそれで構わぬ。喜んでこの地位をくれてやるわ」
「……コインブラ公が皇帝として相応しいとはとても思えませぬが。申し上げにくいことですが、器が備わっておりませぬ」
「ククッ、今までの働きを見る限り、奴には器はないのであろう。余の見たところ、グロールがアミルに勝つのは至難の業。だが、運命というのは最後の最後まで分からぬものだ」
グロールは各州に書状をばらまき、アミルの非を訴えている。だがグロールに同情的なのはゲンブ、ギヴの二州ぐらいのものだ。反乱の真偽がどうであれ、アミルが次期皇帝最有力候補なのは変わりない。そして、アミルが皇帝になれば確実に粛清対象となるのがグロール。同調しようという者など、そう現れはしない。
「陛下、恐れながら申し上げます。太陽帝国の州同士が戦うような事態は、如何なものかと。ここは直ちに介入し、コインブラ公に蟄居を命じるのが最善と考えます」
宰相のエルナーズには、既にアミルの息がかかっている。アミルが皇帝の座についた後も、宰相の地位が約束されている。故に、グロールにはとっとと失脚してもらったほうが都合が良いのだ。
ベフナムはそのことを承知だが特に罰するつもりはない。先手を打たれたグロールが迂闊だっただけのこと。とはいえアミルも手ぬるいが。ベフナムがアミルの立場ならば、既にグロールの命はない。それぐらい徹底したからこそ、皇帝の地位におさまることができたのだ。今回の件は、アミルの覚悟と才気を測る良い機会でもある。
「蟄居だけで済ますつもりか?」
「いえ、後程、深刻な病に罹っていただき、この世を去っていただきます」
「……ほう。それは大胆な意見だな」
(エルナーズめ、既に余の先を見据えているか。実に世渡りの上手い男だ。それぐらいでなければ、宰相の地位は掴めぬか)
「現段階で介入の必要はない。余の決定は変わらぬ」
「しかしながら! 無駄に血を流し国力を疲弊させる必要はありませんかと!」
「くどいぞ、エルナーズ。確かに、余はアミルの方がグロールより優れていると思っている。故に黎明計画の生き残りのファリド、そして暁計画で作り上げた“太陽の兵”を奴に与えた」
「ならば無駄な戦は必要ありませぬ。直ちにアミル様を皇太子に御指名なされませ。このまま見過ごせば多くの血が流れ、コインブラ、もしくはバハールのどちらかが荒廃しますぞ」
多くの血が流れることなど気にもかけていないだろうにと、ベフナムは思わず鼻で笑った。エルナーズの優れている点は、調整力の一点に尽きる。それを買って宰相につけているだけのこと。他の事については専門の優れた文官がいるのだから、問題はないのだ。民が苦しもうがどうしようが、帝国の世を磐石にすることだけが重要である。
「一つや二つの州が滅びようが、全く問題ない。第一、無能と評判のグロールなど、次期皇帝を狙うのならば容易く蹴散らしてもらわなければな。ホルシードの皇帝になるということは、この大陸の支配者になること。アミルがその座に相応しいのか、しかと見定める必要がある」
「陛下」
「そのためならば、多少の犠牲は喜んで支払おう。どれだけの血が流れようと、それを上回る人数を増やせば良いのだ。そうであろう?」
そう言ってベフナムが一笑に伏すとエルナーズも渋々引き下がる。アミルに恩が売れなかったことへの不満がありありと浮かんでいる。
(世間の連中は、余がアミルを溺愛していると思っているのだろうな。ククッ、実に滑稽なことだ)
ベフナムは、バハールを制御してみせたアミルの才覚を買っているのだ。グロールを嫌っている訳ではなく、結果を出したのがアミルだっただけに過ぎない。グロールには繁栄著しかったコインブラを与えていたのだから。贔屓しているつもりは全くない。
やるべき事が済むまで、帝国の世が安泰ならばどちらが皇帝でも構わないのだ。今の自分は、別に優先すべきことがある。できるだけ早く退位し、そちらに全精力を費やしたい。計画が見事に成れば、再び帝位を取り戻すつもりではあるが。初代皇帝ベルギスが追い求め、遂に手にしえなかった不死の夢。なんとしてでも実現したい。今はその夢に大量の財を投入している。
土台を揺るがしかねない反逆の芽は摘まなければならないが、見たところその兆候はない。かつては野心を隠そうとしなかったゲンブ州などもめっきりと大人しい。恐るべき騎兵を擁するバハール州も脅威の一つだったが、アミルの手により完全な支配が行われ、統制が取れている。そう、帝国の支配は磐石だ。
(しかし、グロールめは実に不運な奴よ。繁栄著しいコインブラが凋落するなど誰も考えぬ。だが、それも太陽神の導きということか)
ベフナムは長子のグロールに僅かながら同情する。どのような顔だったかも、すでにおぼろげだが。だがそれでもマシな方である。アミルとグロール以外の子供など、既に忘却の彼方なのだから。誰がいたかも思い出せない。
ベフナムは己の子らに対して、親しみや愛情を感じたことなど一度もない。優秀かどうかを図るには、実際に争わせるのがてっとり早い。そのために、父がやったように、再び後継者争いが起こるように仕向けたのだ。
前と大きく異なるのは、ベフナムは安全な場所からそれを見物できるということ。まさに愉悦以外のなにものでもない。
そして争いで流れる血は多い方が良い。失われた血が多ければ多いほど、愚かな民達は平和のありがたみを知る。勝者による絶対的な力による統治の必要性を、偉大な太陽帝国による支配の素晴らしさを心の底から思い知るのだ。愚かな民には、それを定期的に分からせねばすぐに忘却する。だから、時折“血抜き”をして、それを認識させなければならない。
「エルナーズよ。この輝かしき太陽の帝国は、未来永劫続いて行く。偉大な太陽帝の血筋もまた同じ。血を分けた兄弟の屍を糧として、我々は永遠に生き続けるのだ。なんとも素晴らしい事だと思わんか」
自らの不死の夢を言葉に乗せ、ベフナムは恍惚とした表情で語りかける。
「……は、ははっ」
「はたして、次にこの椅子に座るのは誰になるのであろうか。飛ぶ鳥を落す勢いのアミルか、それともグロールめが兄の意地を見せるか。それは、もう間もなく分かる。――ああ、実に楽しみなことではないか」
答えに窮し、思わず顔を青褪めさせるエルナーズ。それを一瞥すると、ベフナムは上機嫌に笑い声を上げる。その哄笑は、いつまでも謁見の間に響き渡った。
ノエルは日向ぼっこ中です。一休み。
出さなきゃ、もっと主人公を!という声が頭で響きました。




