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生徒会と俺  作者: リュート
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狼会長と俺

 見事に咲ききった木々は無機質だった校庭に鮮やかな彩りを添え……ると思っていたが、砂と木の茶色に、葉の緑色が追加されただけだった。


 二色だけじゃねえか。


「はあ…………」


 俺は小さくため息を吐いた。別に校庭のカラーバリエーションに失望したからだけじゃない。そもそもそこまで希望も期待もしてないし。


 俺のため息の原因は別にある。それは今の生徒会室の現状だった。


「ため息吐くんじゃねえよ。私の幸せが逃げたらどうしてくれる」


「俺がその幸せもらってやるよ……」


 ため息を吐きそうになりながらもすんでのところで言葉に変える。しかし言い終わった直後、またため息をしてしまい再び城澄に睨まれてしまった。


「なんだよ、私と二人きりになれたってのに文句でもあんのか?」


「あるに決まってんだろ。なんでインフルエンザから全員が解放されたってのに、俺とお前しかいないんだよ」


「みんな用事があるっつうんだから仕方ねえだろ。んなこと気にせずちゃっちゃか仕事しろ、ちゃっちゃか」


「はあああああ……」


 もう城澄の恨みがましい視線など無視して全力でため息を吐く。なんでだよ……なんで皆帰っちゃうんだよ……。


 野月はインフルがぶり返しでもしたのかふらふらしていたので会長判断で強制帰宅。清子ちゃんは家の用事で申し訳無さそうに帰っていった。可愛かった。


 そして、榊原さんは「私たちだけっていうのはずるいからね」と言う謎のメッセージを残して去っていった。腕一杯に書類を抱えてあんなに幸せそうに帰っていく先輩を、俺も城澄も止めることができなかった。


 そんな感じに今この場にいるのは俺と城我崎の二人だけだ。


「先輩が帰った理由だけ分かんねえよな」


 榊原さんの席を見ながら、同じことを考えていたらしい城澄が珍しく声をかけてきた。


「何がずるいんだ?お前知ってる?」


「いや、俺も分からない。っていうかあの人の考えてることを分かったことがない」


「それもそうか……」


 納得しちゃったよ……榊原さん可哀想だろ。もうちょっと粘ってあげようぜ、俺は嫌だけど。


「分からないこと考えてる暇があったらちゃっちゃか仕事しろ、ちゃっちゃか」


 さっきのこいつの言葉をそっくりそのまま返してやる。別にうざかったからとかじゃない。


「なんで蒼麻といいお前といい、私の言葉を繰り返すんだよ」


「蒼麻?」


「この前私以外全員休んだときに手伝ってくれたんだよ。そん時の話だ」


「そういやそんなこともあったな……お前と蒼麻が会話してるとこなんて想像できなんだけど」


 俺と城澄と蒼麻は三人とも同じクラスなのだが、こいつと蒼麻が二人で話してるところをほとんど見たことがない。そんな二人がどんな会話をしているのかなんて俺には想像もつかなかった。


「どんな会話してたんだ?」


 どうせいつものように適当な会話で意識をリフレッシュしようと思っていたから、俺の方から話題を広げていく。城澄も集中力が切れていたのか、特に文句を言ったりもしない。


「あー、なんの話だしたっけな……」


 髪の毛をガシガシとかきながら懸命に記憶を掘り返そうとする城澄。もうちょい女の子らしい思い出し方はないのだろうか……いやこいつに女らしさとか求めるだけ無駄か。


「なんか今失礼なこと考えなかったか」


「お前に使う脳の容量なんて俺には無い」


「それがすでに失礼だ!」


 ビシッ!という効果音を思わず口に出しそうになるほどの動作で、人差し指を俺に突きつける。そのまままた記憶の復旧作業に戻っていった。


「確か……無音なのに耐えられなくなって……そんで私があいつに……あっ!」


 城澄の頬が薄紅色に染まる。なんだ、こいつらなんの話したんだ。


「と、特になんの話もしてねえよ、うん。別にお前の話とかもしてねえし」


「嘘苦手すぎだろ」


 顔が赤くなるような俺の話……俺に対して激怒でもしてたのか?なにそれこわっ。


「まあその話はいいや、なんか続きを聞いちゃいけない気がする」


「あ、ああ……聞かない方がいいぞ……」


 ええ、そんなにやばい話なのか……明日から蒼麻にもうちょっと優しくしようかな……。


「そういうお前はどうなんだ?お前だって他の役員と二人きりだったんだろ?…………ひゅーひゅー!」


「うざ……」


 今時小学生でもしないようなセリフを恥ずかしげもなく言うこの生徒会長様を見て、この学校の行く末が少し心配になる。早々にクビにしたほうがいいんじゃね?


「それでどんな話したんだよっ、なあ!なあ!」


 城澄は予想以上に俺と他の役員との仲に興味を持っていた。こいつも一人の女子ということか、恋愛ごとには興味があるらしい。超意外。


「どんな話って言われてもなあ……」


「みんな個性豊かだからな!ツッコミつかれて疲労困憊になったろ!」


「お前は俺が疲れたところを聞きたいだけなのかよ」


「それ以外でお前の話に面白いとこなんてあんの?」


 やはり恋愛ごとなど欠片も興味はないらしい。こいつに女の子らしさを求めた俺がバカだった。


「はあ……別に言うほど疲れちゃいないけど」


「ならいいや。仕事仕事」


 自分で質問しておきながら、躊躇なく会話をぶったぎてきた。そんなとこで会話を止めるなよ。


 それに、こいつが会話なんぞ聞いてくるから余計な悩みを思い出してしまった。


「はあ…………」


「なんだ?やっぱり疲れたことあったのか?」


「目をキラキラさせながらそんなこと聞くな。性格最悪すぎだろ」


「お前に言われたくねえよ」


「まあ否定はしない」


 ぽんぽんと、言葉が止まることなく出てくる。こんな会話ばかりしているから蒼麻に「二人は付き合ってんの?」なんて質問されるのか……今度からこいつとは教室で話さないようにしよう。


「で?なんかあったのか?」


「いや、特にないけど」


「嘘吐くなよ。あんだけため息吐きまくってるやつが何もないわけないだろ」


 ……そりゃそうか、とも思ったがこいつに素直に言うのも嫌だ。そう考えて俺は適当に無難な回答をした。


「別に疲れただけだ。ここ最近ずっと五人分の仕事を二人でやってきたからな」


「…………へー」


「信じる気がないならそう言えよ」


 顔全体で疑惑を表現し始めた城澄にいよいよ観念した俺は、できるだけ自然にいつも通りのトーンを意識して質問した。


「俺の友達がちょっと悩んでてな。そのことについて考えてたんだ」


「友達がいないお前の、友達の悩みか?言ってみ?ちゃんと聞いてやるから」


 う、うぜえ……!超うぜぇ!


 質問なんかやめて乱闘したい。できれば一方的に殴りたい。つーか友達くらいいるよ。お前と違って。


「ちっ……まああれだよ。簡単に言えばそいつは自分の特徴とか個性とかっていう、いわゆる自分らしさが分からないんだと」


「へー、検討違いなことで悩んでるやつもいるんだな」


「……っ」


 その馬鹿にしたような言い方にペンを持っていた手に力が入ってしまう。


 きっとこの悩みは知らぬうちに心の大部分を占めていたのだろう。少しだけ、ほんの少しだけキレそうになってしまった。


「検討違いってのは、どういう意味だよ」


 隠しきれない怒りと焦りが発せられた声から滲み出ている。当然だ、答えを求めた俺の体が口を勝手に動かしていたのだから感情を隠すことなど到底できない。


 城澄はこの悩みが俺のものだと気付いてるのかいないのか分からないが、楽しそうな笑みを浮かべて仕事をしていた。


 その姿がまるで滑稽なものを嘲笑っているように見えて、つい手に力を入れてしまう。書類がくしゃっ、という音を立ててしわだらけになっていた。


「例えばさ、私の個性ってなんだと思う」


「は?そんなの、そのがさつな態度に決まってるだろ」


「そう言うと思ったぜ」


 俺の当たり前の発言を鼻で笑いながら、少し憂いを帯びた瞳で俺のことを見てくる。城澄は手に持った判子をその辺に置きながら、自信満々に声のボリュームを上げながら宣言した。


「いいか!私の個性は!この豊満なボディと慈愛に満ち溢れたハートだ!!」


「…………」


 絶句、というリアクションをここまで見事に取ったのはもしかしたら人生初かもしれない……。


「……それはボケか?俺はなんでやねんってツッコんだ方がいいのかよ」


「あ?何がボケだって?」


 恐ろしく低いトーンの声と共に、怒りを秘めた視線がこちらに届いてくる。そんなに睨まれたところで意見は変わらねえよ。


「いやだって……お前、よく榊原さんと一緒に仕事しながらそんなこと言えるな」


「そこだよ、そこ。まずお前は個性を履き違えてんだよ」


 履き違えてる……?その言葉の意味を知りたくてつい視線で言葉の続きを促してしまう。


「なんで他人と比べんだよ。自分が一番自信持ってるとこを個性って言うんだろ」


「……いや、個性って他人との差異って意味だからそれ違うんじゃ……」


「シャラップ!!」


「あぶね!」


 こいつ人の手にさっきの判子を押そうとしやがった!なんて地味な嫌がらせを!!


「自分で自信持てないような小さいことを、他人と比べたって意味ないだろ。私は私に自信を持ってる。だから個性だって言い張れる。たとえ榊原さんとの胸囲の差を具体的な数値で示されてもな!」


「…………」


 ……馬鹿だ。大馬鹿だ。何言ってるのか全然分からない。しかも最後の方ほぼやけっぱちだったし。


「そんなのただの綺麗事だろ」


「そうか?」


「ああ。お前が言ってることまとめれば、『自分に自信を持って。他人と自分を比べないで。ありのままの姿見せるのよ』ってことだろ」


「……最後のはなんか違くね?」


 それは俺も思った。だが今はそんな小さいことにツッコミを入れている時ではない。向こうも同じことを思ったらしくそこはスルーしながら俺の意見に答えを出す。


「でもよ、綺麗事だろうとなんだろうと結局はそれが正解だろ。お前が個性と認めなきゃどれも個性にはならない。裏を返せばお前が認めさえすりゃどんなものでも個性にできるんだから。お前のお前らしさはお前にしか作れねえんだよ」


「……俺にしか」


「ま、それでも自分らしさが分からないっんならまず自分の夢を見つけるんだな」


「……それは逆じゃないのか?自分らしさを知って、それにあった夢を見つけるのが普通だろ」


「そんなのつまらないだろ」


 今までで一番冷たい声で城澄はそう言いきった。その声に驚いて俺は反論を声にすることができない。


「確かにそれは普通だ。でも普通すぎてつまらねえんだよ。だから私はその逆で行く。現実に合わせて夢を見るんじゃない、夢に合わせて現実を変えていく」


 そう答えた城澄の声音はさっきよりも優しくなっている。そんな城澄を見て俺がなにも言えなくなってしまったからか、少しすると城澄はもう業務に戻ってしまっていた。どうやら俺との会話はここで終わらせるつもりのようだ。


 いつもなら俺も流れに合わせて自分の仕事に戻るが、今日だけはまだ会話を終わらせるわけにはいかない。どうしても聞きたいことが残っている。


「……夢すら分からない奴はどうしたらいいんだよ」


「はあ?なら探せばいいだけだろ。お前、自分が今どれだけ恵まれた環境にいるか分かってんのか?」


 呆れたようにこちらを見てくる城澄を俺は睨み付けるように見返す。恵まれた環境?どこがどう恵まれてるっていうんだ。


 視線から俺の疑問を感じ取ったのか、城澄は手元の書類に視線を落としながら言葉を続けた。


「考える時間がたくさんある。私たちの年ならやれること、なれるものだってたくさんある。その上お前は……私みたいな最高の仲間に恵まれてるだろ。これでやりたいことを探すのすらしたくないってんならお前には自分らしさを得る資格なんてねえよ」


「お前……よく自分のことそんなに高く評価できるな」


「喧嘩売ってんのかてめえ」


「……いや、俺なりのありがとうだよ。遠慮せず受け取ってくれ」


「そんなありがとういらねえよ」


 城澄はそれだけ言うと、完全に仕事モードに入ってしまう。俺もそれ以上はなにも話さずに自分の仕事へ意識を向ける。


 俺は今の自分が結構好きだ。でも満足してるわけじゃない。いつだってもっと自分らしい何かになれることを心のどこかで求めてる。


 でも、その何かが分からないのにそれになれるわけなんてない。自分らしさなんて分かるわけなんてなかったのだ。


 あいつが言っていた。『検討違いな悩み』だと。

 全くもってその通り、俺はいつの間にか本当に悩むべきことを見失っていたようだ。


 自分の欲望に従って自分を確立させた榊原さん。

 憧れに近づくために自分を確立させた野月。

 個性を求めることで自分を確立させた清子ちゃん。


 皆、なりたいものがあったから今がある。俺はまず、そこからスタートしなきゃいけないんだ。


 書類から目を離し、城澄を見る。こいつは何になりたいんだろうか。自分の個性をボディやらハートやらと語っていたが……。


「なんだよプラスチックメンタル。まだ何かあんのか」


「なんもねえよ過大評価マン」


 それだけ言って俺は視線を戻す。城澄も特に深追いはしてこなかった。俺としては今の俺の呼び方を深追いしたいんだが。


「ふいー、ようやく終わったぜ。どっかの誰かのためにお悩み相談室開いてたから時間かかっちまった」


「へいへいそれは悪かったですね。……仕事終わったならもう帰っていいぞ。もうちょいやったら俺ももう帰るし」


「一人で大丈夫か?途中でメンタル折れたりしないか?」


 俺の耳元でにやにやしながらそう囁く城澄にイラつくが……ああもう!こっちから聞いた手前文句をいいづれえ!


「大丈夫だよこのやろう。とっとと帰れ」


「うぃー。また明日なー」


「おう」


 そう言って城澄はすぐに帰っていった。途端、俺一人になった生徒会室は一気に静かになる。


 恐らく明日は生徒会役員の全員が出られるだろう。なら俺も明日から頑張らなければいけない。あのメンバーの仲間だと、胸を張って言える自分を見つけるために。


 なんとなく視線を校庭へと移す。やはり茶と緑の二色しかない校庭はとても地味だ。けれどだからこそ、こうして見ていると落ち着く。……俺は意外と、この部屋から見る景色が好きなのかもしれない。


 あのメンバーと、この景色を見ながらなら見つけられるだろうか。俺の夢を。


 簡単に見つかるとも思えない、全力で頑張っても見つけられる保証はない。


 けれど今、ひとつだけはっきりしていることがある。


 自分でも驚くことに……俺は明日の生徒会を楽しみにしているようだ。

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