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生徒会と俺  作者: リュート
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駄目書記と俺

目に痛いピンク色の桜が舞い散り始め、次はそれといった特徴のない緑色へと校庭の風景は移り変わり始めた。

地味だな、いっそ全部枯れちゃえばいいのに。そしたらもう木の色しか残らないから、うん結局地味じゃん。

「どうしたの?なんか目が淀んでるけど」

目の前から俺を心配する声が届く。

この芝学園生徒会室には今は副会長の俺、陽本陽植ひのもと はるうえと一つ上の三年生である書記の榊原神奈さかきはら かみなさんの二人しかいない。だから当然、今の声も目の前に座って仕事に勤しんでいる榊原さんの声だ。

他にも三人役員がいるのだがその三人の役員はインフルエンザにかかったようで数日は来れないとか。

俺も少し前に用事があって生徒会に出れず、狼会長とクラスメイトの蒼麻麻子そうま あさこに迷惑かけちゃったからな……罪滅ぼし程度には頑張ろう。あと蒼麻にはちゃんと礼を言っておこう。今後手伝ってもらうためにも。

「いえ……二人だと仕事が多く感じるんで」

「まあ、単純計算でいつもの倍以上仕事があるからね。でも、こういう時だからこそ、達成感はすごいよ?」

軽い調子ながらもどこか落ち着いていて大人びている声で榊原さんは俺のことを励ましてくれる。

榊原さんはその声に負けず劣らず大人びた容姿をしている。サラサラのロングヘアーもあいまって、一部の男子生徒の中では非常に人気があると友人が語っていた。こうやって一緒に仕事をし、その優しさに触れるとなるほどファンが多いのも分かるものだ。

しかしその友人、蒼麻は変な奴だ。女の子が好きなのか情報収集が好きなのか俺に色んな女子やら何やらの情報を持ってくるくせに、俺がその女子に興味を持つと「こういうのが趣味なのか……」とよく分からない視線を俺に向けてくる。なんなんだろう、あいつは。

「ふふふ……たくさんの仕事……重労働で体も心もやつれていく……ふふふふふふふ圧迫プレイって素敵!」

……まあ、俺の目の前には蒼麻なんかよりもよっぽど奇妙な行動をしている人間がいるんだけど。

榊原さんは明らかに生徒会以外からの資料などを自分の眼前に置き、それらをぱぱっと片づけていく。彼女はきっと今、良く言えば気持ち悪い、悪く言えば気色悪い笑みを浮かべていることだろう。

だろう、というのは彼女の顔が紙の山のせいで見えなくなっているからだ。

おい、おかしいだろこの高さ。ファイルならともかく紙だけでこれってなんなんだよ。どれだけ圧迫されたいんだこの人。

「あー、榊原さん?」

「なにー?」

軽い返事が聞こえてくる。そのBGMには一人で鳴らしているとは思えないほどの作業音がハイクオリティサウンドで聞こえてきていた。

「この仕事の山って榊原さんだけでやるんですか……?」

「そうだよー、先生に仕事くださいって言ったらたくさんもらえちゃった!」

「ちゃ、ちゃんと一人で終わらせられるんですよね?」

「うん!体を酷使すれば簡単に終わるよ!」

「それは簡単とは言わないです!」

榊原さんの謎の自信につい深いため息が出てくる。いろんな意味で大丈夫かなこの人……。

「終わるならいいですけど、無理して体壊したりしないでくださいね」

「心配してくれてるのかな?」

「仕事のしすぎで仕事が出来ないとか非効率の極みでしょう」

「効率大好きだね君は。まあそこらへんはちゃんとしておくよ。もし体壊しても自分の仕事はきっちりやるから……去年は迷惑かけちゃったしね」

俺と榊原さんは去年も生徒会役員だった。俺は会計、榊原さんは今年度と同じく書記。

去年のこの時期にもインフルエンザが大流行しており、オーバーワーク気味でカラダが弱っていた生徒会役員は俺を除き、担当教師含め全滅した。

「あの時のことはあんまり思い出したくないです……」

「陽君一人で五人分の仕事こなしてたからね……」

「しかも去年は委員長会議と時期が被ってたんで……」

「うわ……」

「右手で会議録作りながら左手で電卓打って、さらに会議を進ませるのはさすがに脳がパンクするかと思いましたよ」

「陽君優秀すぎない?」

「あのときは本気を出しただけですよ。今同じことやれって言われても無料じゃやらないです」

「有料だったらやるんだね……」

もちろん。金のためなら大体のことはする。

と言うと守銭奴のように聞こえてしまうので返答は控えておこう。

その無返答が会話終了のいいきっかけとなり、また生徒会室に静寂が訪れた。

「ふう……」

俺はまた仕事に意識を向ける。

長時間やってたせいで集中力が切れてきていたが、榊原さんとの雑談は、心のリフレッシュ程度には……まあ、ギリギリなったようで少し遅くなっていた手の動きに活発さが戻ってくる。やはり効率よく仕事をこなすためには休憩も必要らしい。「陽君はさー、どうして生徒会に入ったの?」

紙山の向こうから間延びした声が聞こえる。俺の中ではもう雑談タイムは終了しているのだが……まあ、そんな神経質になってもあれだし、手は止めないまま話に乗ることにした。

「成績のためですよ。進学とかでも有利じゃないですか、生徒会入ってると」

生徒会での初顔合わせで各々が入った理由と抱負を述べた時に同じようなことを言った気がするが、そこには触れずに会話を進める。

「行きたい大学でもあるの?」

「いえ……あえていうなら一流の大学、ですかね」

「ふーん……」

ふーん、て。自分から聞いといたくせに随分と雑な返事だな。

「陽君は夢とかないの?」

「特には……って、なんですかこの質問。説教でもするんですか?」

「説教なんて意味がないことしないよ」

「意味がないとまで言い切りますか」

「陽君もそう思ってるでしょ?」

「……」

沈黙で返した。

なぜなら俺がそのことに肯定も否定もしようと思わなかったからだ。

説教をして人が今までと違った行動を取るのは、説教をされて心が入れ替わったなんて素晴らしい理由ではない。ただ単に説教をされたくないからという身も蓋もない理由からだ。だから意味がないという言葉を否定はしない。

しかし、説教が人間を変えることはなくても状況を変えることはある。どんな理由であれ行動さえ変わってしまえば、あとはその変化が連鎖していき状況を変える。だから肯定もしなかった。

「説教なんてしないけど先輩としてアドバイスくらいはしておこうかなって」

俺の沈黙の返答を榊原さんがどう受け取ったのかは不明だが、彼女はそのまま俺の質問に答えを返してきた。 

「夢は持っておいた方がいいよ。じゃないといつか潰されるから」

「何に潰されるんですか?」

「過去にだよ」

俺は会話をしながらでさえ止めなかった手を初めて止めた。

いつもなら話さないような小難しい話。まさか、熱にでも浮かされているのだろうか、と思うくらい今の榊原さんはいつもと違う。

彼女の前にある紙の山は少し減って髪の毛程度なら見えるようになったが、それでも彼女の表情までは窺えない。

一体どんな表情をしているのだろう。

かっこいいことを言っている自分に酔い、どや顔でもしているのか。それとも……

「夢はね、未来にあるものなんだよ」

榊原さんはまだこれが雑談であるかのように軽い口調で語っていく。

「夢を持てば未来に向かって進める。未来に進めるってことは……過去に背を向けられるってことなんだよ」

「それは現実逃避じゃないですか」

「そうだよ。でも逃げることってそんなに悪いことなのかな?」

「……それは」

「難しい問題より簡単な問題を解きにかかるのはテストの正攻法だし、強いモンスターに遭遇したら逃げるのはゲームの基本的な戦略だよ。立ち向かうことだけ考えてるような人間は、むしろそっちの方が愚かなんじゃないかな」

「…………」

俺の返答は再び沈黙だった。けれど、今回の沈黙には肯定の意味が込められている。

「夢を持って、それを過去から逃げる言い訳に出来れば少しは楽に生きられるんじゃないかな」

「充分……説教ですよ」

「そうかな、ごめんね?」

最後まで軽い口調で会話を続けた榊原さん。

彼女の目の前にある紙の山はさっきよりは少し減っており、今なら背筋を伸ばせば見えるかもしれない。

彼女が今どんな表情で会話をしていたのか。

「っと」

軽く背をまっすぐにすると案外目の高さは今までよりも上へと上がり、榊原さんの目の下あたりまで見ることができた。いつもは相当背を丸めてるのか、なんて反省をしながらその表情を覗き込む。

榊原さんの整った顔は普通とは思えないくらいに赤くなっており、綺麗な瞳は焦点が合っていない。

………………!?

「榊原さん!?」

握っていたボールペンを放り出し、机を回り込んで彼女の方へと移動する。

額に手を当てる……あつっ!

「ちょ、大丈夫ですか!?」

「ふ、ふふふ、ゆーめー」

「本当に熱に浮かされてたのかよ!」

めんどくせぇ!っていうかいったん仕事してる手を止めろよ!

「……あれ?っていうかこれ熱ですか?もしかしてインフルエンザじゃ……」

「大丈夫大丈夫ー」

「いやどう見ても大丈夫に見えませんけど!?」

「体育の後に汗も拭かずに極寒プレイして遊んだ後から体がだるかったけど大丈夫だよごほっ!げほっ!かはっ!」

「アンタ馬鹿だろ!!それ原因じゃないですか!!」

「ふふふ、やっと君も罵倒プレイを……」

「もう喋るな!体力がなくなる!俺の!」

黙らせたはいいものの、この後どうするかが何も決まらない。

さすがにこんな状態の榊原さんに仕事をさせるわけにはいかない。この人には早々にお帰りいただくべきだろう。

この人はテキトーに保健室にでも連れて行くとして……

「うっ」

机の上に築き上げられている紙の山を一人で処理せねばならないと悟った瞬間、山がとんでもない威圧感を放ってきた。

「ごめん……ね」

声は震えていて少し泣きそうにも聞こえる。

こんな状態になりながらも、さっき自分で言ったことを守るためか俺に仕事を残さないよう榊原さんは手を止めない。

そのずっと動かしていた手を俺は自分の手で握って無理やり止めさせる。

「……仕事のことはいいんで、無理しないでください」

うつろな目を正面から見つめながら言う。榊原さんは「え……あ、は、はい……」と、なぜか俺から目を逸らしながら敬語で答えてきた。。

なんかさっきより赤くなってないか……?まさか熱がひどくなってる?

それならなおさらこれ以上無理をされたら困る。

いくらこの人が優秀だといっても、こんな体調で無理して終わらせた仕事が完璧なわけがない。どうせ修正することになるなら最初からやらない方がいい。

その方が効率的だ。

「保健室までは送っていくんでそこからは自分で帰ってくださいね。立てますか?」

「が、がんばる……」

はあはあ、と息を荒げながら立とうとするが、机についた腕も体を支える足も小刻みに震えて頼りない。

はあ……。

「保健室まであなたのこと持ってくんで掴まってください」

本当ならおんぶした方がいいのだろうけど、この人の今の体調だとその体勢になるまでに倒れそうだ。なのでお姫様抱っこをすることにし、手を差し出した。

体力があるわけじゃないけど、女子一人くらいなら運べるだろう。多分。最悪の場合落とせばいいし。

榊原さんは俺が差し出した手を数秒見つめた弱々しく首を振った。

「だ、大丈夫だよ……私重いし……」

「別に大丈夫ですよ。まあ確かに、他の女子に比べたら少し重そうですけど」

主に胸部がなんてことはもちろん言わない。言ったらめんどくさそうだから。

「その罵倒は普通に傷つく……」

「そんなことどうでもいいんでとっと掴まってくださいよ」

「でも……」

なおも抵抗を続ける榊原さんを俺は少し無理やり自分の側へ引き寄せる。引き寄せた途端に榊原さんは押し黙り、体を縮こませながら俺に体重を預けてきた。最初からそうしてもらえれば良かったのに……。

今の状況は見ようによっては生徒会室で不埒な行為に及んでいるように見えなくもないが、この部屋には今の状況を見てる人間なんていない。っていうかそんな人間がいたら仕事をやらせてる。

まあ、それでもこの体勢が好きなわけでもないから早くお姫様抱っこを──

「おーす陽本!今日は二人しか役員がいないらしいし手伝いに来てやった……ぜ……」

「…………」

最悪のタイミングで友人、蒼麻登場。

あぁ、もう!めんどくせえ!

「なにしてんだ陽本」

「ああ実はな、榊原さんが体調崩しちゃったからこれからちょっと……」

「襲おうとしてたのか」

「そうそう、ちょっと襲おうと……っていや違う!」

「お前のこと信じてたんだけどな……」

「見限るの早すぎだろ!……おい待て、その構えられた拳はなんだ」

「悪はこの手で葬り去る!たとえそれが自分の友人だとしても!」

「友人だと思ってるならとりあえず最後まで話を聞けよ!」

「はあああああ…………」

「え、なんで気を貯めてるの?なんで俺のこと本気で殺りにきてるの?え、ちょ、ちょっと待てまず話を……」

「問答無用!喰らえ!必殺、右ストレートォ!!」

「どごふっ!!!」

見とれてしまうような鮮やかな右ストレートは風を切りながらきれいに俺の顔面へと食い込んできた。

こんなときでもあの紙の山をどう処理するかなんてことを考える俺の意識は、だんだんと遠くなっていく……。

きょ、今日は厄日だ…………がくっ。

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