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4.のどかな村に事件の香り

「…という訳で、この子達が羊の世話をしてくれるそうだよ」


 ヒューイ宅にマグナダインを置いてきたリジー一行はロバート宅に来ていた。出迎えたロバートは額から一本の角を生やした魔族だった。


「いやー助かるよー。隣村に羊毛持っていく期限が迫ってたんだよなぁ。でも娘っこが熱出してかかぁは看病に付きっきりだし。羊の世話しなくちゃいけないから中々持っていけなかったんだよぅ」


 日に焼けた顔を安心したように緩めるロバート。


「んで、そっちのお嬢さんとあんちゃんが羊の世話してくれるんけ? 羊の扱いは分かるかー?」


「問題ありません。相手が動物ならば私が如何様にでもしてみせましょう」


 自信満々に答えるアナトー。


「はー。お嬢さんは何か特別な技でも持ってるんかい?」


 感心したように話すロバートにアナトーは微笑みかける。


「ええ、私は『魔獣使い』ですから」


 ……


「魔獣使いってなんだい?」


 帰宅したリジーはバアルとカルニウェアンに燻製のやり方を教えた後、ふとバアルに尋ねた。


「む、アナトーのことですな。アナトーは獣や動物を意のままに使役する術を修めております。魅了の魔法の応用とされる技ですが、彼女はそれに天才的な才能がありましてな。動物相手ならそのカリスマだけでひれ伏させることができるでしょう」


 バアルは肉を吊り下げつつ説明をする。


「さらにアナトーは自らの影に使役する魔獣を収納できる魔術も使えるので、魔獣を連れ歩く必要もなく、必要なときに呼び出すことができる大変優秀な魔獣使いなのだ」


「最も、今はどの魔獣も怪我を負っているせいで外には出せないでしょうけどね」


 火の準備をしながらカルニウェアンも同調する。


「はー…。冒険者にも色々いるんだねぇ」


「ま、まあそうですな」


 感心したような声を上げるリジーに嘘をついていることでちょっと罪悪感を感じるバアルだった。


 ……


 時は少し遡り、リジーが帰ったあとのロバート宅の家畜小屋。そこにはロバートとアナトー、ファフニールがいた。


「じゃあ、羊達を放牧して、草を食わせてやって欲しいんだよ。夕方までには帰るから、それまでよろしく。後、羊達が森に迷い込まないように注意してな」


 そう言ってロバートはいそいそと荷車にロバをつなぎ、羊毛を積んで出て行った。


「さて、では始めますか」


 アナトーは、バサっとマントを翻すと、その下から鞭を取り出した。マントの下は様々な魔獣の革で作られた軽装鎧を着ており、露出度は低いが体のラインが出るようにあつらえているのか、妙に艶かしい。

 そしてツカツカと羊達に近づいた。

 勝手気ままに動いていた羊達だが、アナトーが近づいてくると段々と動きを止める。


 そして羊達の目の前に来たアナトーは鞭をひと振りする。

 パシィッ!という音が響いた瞬間、


 ザッ!


 という音と共に羊達は綺麗に整列し、微動だにしなくなった。


「いい子だ。これよりお前達は外に行って食事をしてもらう。好きなように草を食べてよし。だが森には行かないこと。分かったな?」


 メー!


 と一斉に返事が帰ってくる。


「よし、夕方になったら戻ってくること。以上だ。では、前進!」


 ザッザッザ…


 一糸の乱れもなく行進していく羊達。それを見送ったファフニールはアナトーに自分の役割を尋ねる。


「で…、僕は何をすればいいんだ?」


「あなたは森の入口の前で夕方まで座ってなさい。ご飯は持ってきてあげるから」


「なんで…?」


「あなたが森の前に居れば羊達が怖がって近寄らないでしょう。間違って森に行く子がいるかも知れないから、番犬代わりね」


「僕を犬扱いとは…、心外だな」


 ちょっと怒った様子のファフニールに、アナトーは慣れた様子で手を差し出す。


「さっき捕まえておいたわ。これで遊んでなさい」


 と一匹のカマキリを差し出した。

 ファフニールはカマキリを受け取ると素直に森の方へ向かっていった。


「さて、これでしばらくは大丈夫でしょう。ではフェフニールのご飯調達ついでに…、バアル様の様子を見に行きましょう♪」


 鼻歌混じりにスキップをしながらリジー宅に向かうアナトーはやたら上機嫌だった。


 ……


 アナトーが戻って最初にみたのは…、肉を燻製している側で倒れ伏すバアルだった。


「バババババっバアル様ーーー!?」


 大急ぎで走り寄るアナトー。そしてバアルを優しく抱きかかえると涙を流しながら懇願する。


「バアル様! お気を確かに!!」


「むう…、アナトーか…。俺はもう駄目かも知れん…」


「そんな…! そのようなことは仰らないで下さい!」


「目も霞んできた…。視界が白くてお前の顔もよく見えぬ…」


「ああ! バアル様お労しや…。やはりまだ動いてはいけなかったのです」


「少し疲れた…。しばし眠るとしよう…」


「駄目です! バアル様! それは何か言ってはいけないセリフです! 二度と目を覚ましそうにない雰囲気です!?」


 大層混乱するアナトーの後ろから声がかけられる。


「単にお腹が空き過ぎて倒れただけですよ」


 アナトーが振り向くと、湯気の立つ深皿をを持ったカルニウェアンがいた。


「瀕死の状態で3日間飲まず食わずの後に肉の燻製作業なんてしたらそりゃあ倒れますよ」


 そう言って近づいてきたカルニウェアンは皿に入っていた雑穀の粥を匙で一掬いするとバアルに食べさせる。


「む…、なんだか元気が出てきた気がするぞ…」


「そんなにすぐ調子がもどるわけないでしょう。ほら、今はさっさと食べて小屋で寝てなさい。アナトー、後でバアルを運ぶのを手伝って下さい」


「ああ、バアル様…、よかった…」


 粥を食べるバアルを見て、アナトーはほっとした。

 すると家の中からリジーが出てきた。


「やっぱり倒れたかい。自分の分の粥までカール嬢ちゃんに挙げるからそうなるんだよ。もっと自分を大事にしな」


 そのリジーの発言にカルニウェアンとアナトーはピタリと動作を止める。


「…カール? 今聞き捨てならないことを聞いたんだけど?」


 無表情でカルニウェアンを見るアナトーを、しかしカルニウェアンはスッと目を逸らして無視した。


「それに今気づいたけど、バアル様相手に『あーんして?』をあなたやったわよね?」


 顔の影を濃くしながら徐々にカルニウェアンに近づくアナトー。

 カルニウェアンはどこ吹く風を装っているが、顔から冷や汗が何滴も溢れてきているのが、その心境を物語っていた。

 カルニウェアンはそっと皿をアナトーに差し出した。


「残りはアナトーが食べさせるとイイヨ?」


 と若干硬い声で提案するカルニウェアン。しばし黙っていたアナトーだったが、舌打ち一つついて納得した。


「首の皮一枚繋がったわね、でも後でお説教ですからね…。さ、バアル様、あーんして下さい♪」


 修羅の形相を一転して菩薩に変えたアナトーは甲斐甲斐しくバアルの世話を焼き始めるのだった。

 それをカルニウェアンはアンドの表情で、リジーは微笑ましいものを見るように見つめた。


 ……


「帰ったぞー」


「…羊共は全部小屋に帰った。確認もしてもらったから数も間違いない。…ロバートがいなかったから奥さんにだがな」


 夕方、マグナダインとファフニールが帰ってきた。


「あら、おかえりなさい。ちょっと静かにしてね。今バアル様がお休み中だから」


 一度振り返ったアナトーだが、すぐにまた顔をバアルの寝顔に向ける。その顔は色々緩んでいた。


「…アナトー、俺に一言謝罪があってもいいんじゃないか?」


「ご苦労さま。ご飯持って行けなくてごめんなさいね。でも仕方無いじゃない。バアル様がお倒れになったんだから」


 視線を向けずに生返事を返すアナトーを釈然としない様子で眺めてたファフニールだったが、まあいいと呟き小屋の隅に腰を下ろした。


「それで、バアルは大丈夫なのか?」


「ええ、お倒れになったのも食事をされてなかったからみたい。今は食事も終えられてお休み中」


 マグナダインはそうかと呟き小屋に置いていた剣を手に取ると、小屋の出入り口に向かった。


「あら? どこか行くの?」


「ああ、なんとなく何か起こりそうな気がしてな。ちょっと見回りしてくるわ」


「村人にバレない様にしなさいよ。ただでさえ不審者一歩手前なんだから」


「分かってるよ。だが小屋に篭もりっきりだったお前よりかは村人に信頼されてると思うがな」


 そう言ってマグナダインは出て行った。

 入れ違いで籠を抱えたカルニウェアンが入ってくる。


「ご飯持ってきましたよ。マグナには燻製肉を渡しておきました」


「つまみ食いしてないでしょうね?」


「第一声がそれですか…。もちろんしましたが」


 カルニウェアンの当然という声にやっぱりと言う顔をしながらアナトーは続ける。


「まあいいわ。バアル様と私の分を残してあなた達は先に食べなさい」


「いいんですか?」


「ええ、私はバアル様と一緒に食べるから」


 アナトーの返事を聞き、カルニウェアンはファフニールの隣に座って、一緒にパンと燻製肉を頬張り始めた。


「やっぱり塩味がもっと欲しいですねぇ」


「…別に問題ない」


「そりゃファフニールはいいでしょうよ。元々味なんて気にせず食べるたちでしょうし。むしろ生肉がよかったかしら?」


「…そっちでも問題は無い。あと、別に食べなくてもまだ大丈夫だ」


「え。そうなんですか?」


「食べ溜めができる体質だ」


「ほんとに!? じゃあそのパンと燻製肉下さい!」


「あなた達静かしなさい!」


 騒がしい後ろにアナトーが怒声を張り上げる。


「バアル様が起きてしまわれるでしょう!」


「アナトーの大声の方がうるさいと思いまーす」


「同意…」


 カルニウェアンとファフニールは息のあった動きでビシッとアナトーを指差す。


「ぐ…、悪かったわよ。でももう少し静かに食べなさい」


「はーい」


「…」


 ファフニールは手に持っていたパンと肉をカルニウェアンに渡し、カルニウェアンはそれを黙々と食べだす。

 その間、バアルはスヤスヤと寝ていた。まるで周囲の喧騒が心地よいものであるかのように。


 ……


 日が落ちかけ、そろそろ寝る準備をしようという頃、マグナダインが戻ってきた。


「まずい事になったぞ」


 マグナダインの声に、バアルは起き上がる。


「バアル様、まだ横になられていらして下さい」


「よい。それで、何があったマグナ?」


 バアルはアナトーの気遣いを手で制すと、マグナダインに問いかけた。全員の視線がマグナダインに集まる。


「なんでも岩巨人(ロック・ジャイアント)を頭にしたゴブリンの盗賊団がこの村に近づいているんだと。さっき命からがら逃げ帰ってきたロバートが言ってた」


「なぜ分かる?」


「ロバートが行ってた村が襲撃されたらしい。その村から逃げて来た村人に話を聞いたんだたと。まずいことにゴブリンの斥候に見つかって村の近くまで追跡されたとさ」


「村が見つかっている可能性は?」


「高そうだな。夕餉の炊事の煙がいくつも伸びてたしな。斥候がそれを見落とすとも思えん」


「岩巨人とゴブリン盗賊団の戦闘力は?」


「厳密には分からん。この世界に来てからその手の輩と戦ったことはないからな。岩巨人はこの小屋を縦に2つ並べたより少し大きいくらいの大きさらしい。ゴブリン盗賊団の数は30~40人だと」


 ちなみに小屋の高さは3m程である。


「都市の警備隊なら撃退できるだろう、って嘆いていたから…、俺らなら余裕で勝てるんじゃないか?」


「理由は?」


「都市の警備隊に所属してたって村人がいたが、俺が熊を担いでるのを見たら腰を抜かしそうな程驚いてて、都市でもそんな奴はいなかったと言っていた。このことから、都市の警備隊は俺らの世界の警備隊のレベルとさほど変わらないと予想できる。んで、魔王と四天王は、当たり前だが都市の警備隊より強い。それに負ける巨人と盗賊団にはまず負けないだろう」


「そこまで詳しく説明しなくても分かる」


 バアルのムッとした表情におどける様に肩をすくめるマグナダイン。いたずらが成功したように微笑を浮かべながら、マグナダインはバアルに問う。


「さて、どうしますか?」


「ふむ、ちと恩返しが足りないと思っていたのだ。この世界の盗賊や巨人がどの程度のものか試してやろう」


 唇の端を釣り上げ、バアルは獰猛な笑みを浮かべた。


 …密かにグッと拳を握るカルニウェアンには誰も気づかなかった。


 ……


 バアル達は村人達が対策を話し合っているところにリジーと共にやってきた。


「む? 誰じゃ、アンタらは?」


 声をかけてきたのは村長と思しき初老の男性だった。


「村長、この人たちは冒険者だよぅ」


「そうそう、ロバートん所の羊の世話とヒューイん所の小屋を修理してくれたんだよぅ」


「今リジー婆さんのとこで世話になってるはずだぁ」


 口々にバアル達を紹介する村人達。村人達の姿は普通の人間から、角が生えた魔族のような者や、ドワーフのような背の低く髭を蓄えた者、エルフのような長い耳を持つ者まで多岐に渡っていたが、その表情は一様に不安気だった。そんな中、バアルは村長に話しかける。


「何やら盗賊が出たと聞いたのでな、俺らが退治に向かおうと思うのだ」


「冒険者か! いや…、しかしたった5人だけではな…」


「そんなことはねぇ。マグナダインさんは大熊を倒して、更に平然と抱えて歩くような猛者だ」


 元警備隊の村人が村長に異議を申し立てる。


「むむ、しかし巨人もいるらしいしのう…」


「ならばこうすれば如何かな、長殿よ」


 更に難色を示す村長にバアルは提案する。


「俺らの仲間には転移魔法…、瞬間的に遠くに移動する魔法を使える者がいる。その者を村にのこして置くので、村人達は持てるだけの家財を持ってその者と待機して置くのだ。仮に盗賊共が村に来たなら魔法でにげれば良い」


 そう言ってカルニウェアンを指差す魔王。


「そんなことができるのか? 村人を全員連れて行けるのかのぅ?百人は居るんじゃが…」


 村長の疑問に対し、カルニウェアンは何という事でもないことのように眼鏡を軽く上げる。


「私は千人単位の軍隊を転移させたことがあります。百人などものの数ではありません」


 自信満々に言うカルニウェアンに、おおぅとどよめく村人達。

 しかし、尚も不信感を拭えない村長にリジーが声をかける。


「このお嬢ちゃんが転移魔法とやらを使えるのは私が見たから間違いないよ。それにこの子達が義理堅いってことは皆が言った通りだ。信じてあげてはくれないかね、村長?」


 リジーの言葉にしばし悩んでいた村長だったが、ついには顔を上げる。


「分かった。お主らに任せてみよう」


「全力を尽くそう」


 村長とバアルの間に握手が交わされた。


「それと、家財とは別に用意しておいて貰いたいものがある」


「何じゃ?」


「うちの大食い魔術師の為に食料を…」


 若干情けなさそうに理解不能の事を言うバアルに、本当に大丈夫かと今更ながらに冷や汗を流す村長だった。

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