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3.恩は返す

「次元移動によって元の世界に帰ることが現状難しいことは分かった」


 場の空気を変えるようにバアルは言葉を発する。


「世界間の次元上の位置関係や次元魔法に関する知識はおいおい探していこう。魔力に関しては現状でもどうにかなるかも知れないしな」


「なにかあてがあるのか?」


 疑問を呈するマグナダイン。


「うむ…、食べ物をひたすら食べながら魔術を使えばなんとかなるのではないか?」


「物を食べながら詠唱出来るわけないでしょう。馬鹿にしてるんですか」


「全くだ」


 呆れたようなカルニウェアンに同意するマグナダイン。

 そこに助け舟を出すようにアナトーが発言をする。


「で、でも腹話術という芸もあるそうですし、食べながらでも詠唱できるかも知れないわよ?」


 腹話術、そういうのもあるのか…と思案を始めるカルニウェアン。それをマグナダインは止めた。


「やめとけやめとけ。詠唱失敗してまた別の世界に放り出される絵しか思い浮かばねぇ。それなら外部に魔力を貯めれるような何かを探す方がマシだ」


「まあそうですね。それが一番の早道だと思いますよ」


「それより俺は魔王に聞きたいね。本当に戻る気があるのかい?」


 マグナダインの言葉に片眉を上げるバアル。


「当然だ」


「俺らが戻る頃にはもう俺らの国は残っていないんじゃないか?アンタの民は皆殺されるか改宗してアンタの敵になってるかも知れないぞ?」


 脅すように言うマグナダインに、アナトーは反感を覚える。


「マグナ、言い過ぎよ」


「それでもだ」


 アナトーの言葉に被せるように力強くバアルは言う。


「それでも俺は諦めん。俺らが戻った時にまだ率いる民がいるならば率いよう。誰も残っていなかったならそれまでだ。俺の役目は終わったというだけのこと」


「戻って自らの民、国があるかを確かめるまでが王の役目と?」


「その通りだ」


 揺るぎなく答えるバアルにマグナダインは最後の問を発す。


「仮にアンタの役目が終わっていたとして、役目の終わった王は何をする?」


 その問にしばし黙考するバアル。…そして顔を上げると、


「そんなものはその時考えればよい」


 ニヤリと笑いながら答えた。

 マグナダインは両手を上げると、降参だ、というように苦笑する。


「先見性のある上司で本当に嬉しいよ。ま、俺もこの面子から抜けてまでやりたいことがあるわけじゃないし、最期までお付き合いするよ、魔王様」


「うむ、世話をかけるな」


 茶化すように己の意志を伝えるマグナダインに鷹揚に頷きかけたバアルはその視線をカルニウェアンに移す。


「私は衣服と住居と、あと朝昼晩のご飯とオヤツと夜食と、たまの暴飲暴食を保障してくれるなら着いていきますよ?あ、あとお小遣いも下さい」


「うむ、善処しよう」


 次にアナトーを見るバアル。アナトーは頬を染めながら答えた。


「言うまでもありません。この身と魂は全てバアル様の物。死して後もどこまでもお供します」


「う、うむ。だが自分の身は大事にするようにな…」


 少し距離を詰めてきたアナトーから、ほんの少しだけ距離をとるバアル。その返事は若干生返事だった。


「この身を気遣っていただけるなど…!感謝のしようもございませぬ。バアル様のお心遣いに報いるためにも、不惜身命の思いでお仕えさせて頂きます」


 目を輝かせながら喜ぶアナトーをバアルは少し困ったように見つめた。そしてアナトーの目力から逃げるように視線をファフニールに移す。

 ファフニールは相変わらずの黒ずくめのまま、地面にあみだくじを引いて遊んでいた。


「まあ、お前は聞くまでもないか」


 と視線を外しながら呟くバアルに、ようやく気づいたようにファフニールが顔を上げる。


「俺はバアル様の…だ。いにしえの盟約はまだ続いている」


 と言ってあみだくじのどれが正解かを迷う作業に戻った。


「あ、そこが当たりですよ」


 そしてカルニウェアンに当たりを指摘され、愕然とした表情を浮かべた。


 ……


「んじゃ今後の方針を決めようか」


 いじけて小屋の隅に引きこもったファフニールを引きずり戻しながらマグナダインは提案する。


「とりあえず、日々の生活の糧を得るために、都市部に行って冒険者の登録しないか?」


 マグナダインの提案にバアルは。は首をひねる。


「冒険者か…。生活できるものなのか?」


「まあ俺もリジーさんからざっと聞いただけなんだが、この世界の冒険者は傭兵と何でも屋を足したような職業みたいでな。仕事の需要は少なくないようなんだ、報酬も悪くない。その分危険度も高いが」


「ふむ?傭兵か」


「実際に戦争時には冒険者が傭兵に鞍変えすることもあるんだと。むしろ傭兵の平時の受け入れ先が冒険者なのかもな」


 ファルニールを座らせながらマグナダインは立ったままで続ける。


「んで、俺らは良くも悪くも戦闘面に偏った技能持ちが多いだろ? 俺なんか元冒険者だし。他に適正がある職業ってあんまり思いつかないんだよな」


「言われてみればそうだな」


 マグナダインの言葉に理解を示すバアル。


「ではまず都市部に行くことを当面の目標としよう。それに付随して、この世界の情報収集だ」


「具体的にはどんなことでしょう?」


 疑問を口にするアナトーにカルニウェアンが答える。


「まあ大雑把な文化風俗、危険なもの、宗教、禁忌タブー、あと食料事情とか料理ですかね」


「今一つ具体的じゃないし、最後のは貴方の希望でしょう、カール」


 アナトーの言葉に前髪をいじりつつしばし考えるカルニウェアン。


「文化風俗とは、どんな身分があるか、法律はどうなっているか、習慣や慣例としてどんなものがあるか、例えば男尊女卑のような思考形態が根付いているか…とかですかね。あとは服飾の文化や葬儀とかですけど、まあ葬儀はいいか」


「じゃあ危険なものって?」


 アナトーの疑問にカルニウェアンは答える。


「単純に、どんな怪物がいるか、野盗や山賊の類はいるのか、犯罪組織などはあるか、などです。要は私たちに襲いかかってくるような輩にどんなものがいるか、です」


「宗教については?」


 今度はバアルが尋ねる。


「マグナダインの話ではこの世界には多数の宗教があるそうですし、場所によっては特定の宗教を国教としてる場合もあるでしょう。旅をすればどうしても関わらざるを得ないでしょうから、基本的な知識、どんな神様がいてどんな教義なのか、位は知っておくべきでしょう」


禁忌タブーってのは何だ?」


 マグナダインも尋ねる。


「ある意味一番重要なものです。何をしたらいけないか、どんな行動や言動が敵対感情や嫌気を相手に与えるか。そんなことですね。法律上罰せられることも含みますけど」


「そんなに変わるもんかね?」


「禁忌は個人レベルでも大分変わりますからね。異世界ならなおのことでしょう」


「例えば?」


「例えば…、バアルは食事を邪魔されてもそんなに怒りませんよね?」


「うむ、状況次第だが、さほど怒りは感じぬ」


 ですよね、と言いつつカルニウェアンは眼鏡の縁を軽く押し上げる。


「私なら相手を消し炭にします」


「そこまでしなくても!?」


 思わずマグナダインは叫ぶ。

 カルニウェアンは眼鏡の反射でよく見えない、眼鏡の奥の瞳のハイライトを消しながら狂気じみた声でつぶやき始める。


「というか…、私の食事中て魔力補給中の大事な時間だし。魔力無いと魔法使えないし。魔法使えないってことは私攻撃されたら死んじゃうし。てことは私の食事を邪魔する奴はもう暗殺者も同然なわけで、消し炭上等!でしょう?」


 最後に疑問形でクリンと首を傾けながらマグナダインを向くが、マグナダインは冷や汗を一粒ながしながら、


「ウン、ソウダネ…」


 と乾いた声で棒読みの返事を返すことしかできなかった。

 なら良しと姿勢を戻すカルニウェアンを横目で見つつ、バアルが後を引き継ぐ。


「まあ情報収集の例は分かったな。そして都市に向かう前に一つやることがある」


 全員の視線がバアルに集まる。


「恩返しだ」


 ……


「え? 恩返しだって?」


 豚の餌やりを終えたリジーの元にバアル以下四名は来ていた。


「うむ、リジー殿には小屋を貸していただき、我がパーティーの大食漢を満たす程の食べ物を提供していただいたからな」


「大食漢は止めてください。『大食嬢』とか、『暴食姫』とかにして下さい」


「それもどうかしら…」


 頓珍漢なやりとりをする女性陣二人を見ながらリジーは悩むように言う。


「でもそこのマグナダインさんに猪肉とか熊肉とかももらったしねぇ。それを含めるとそんなに食料は減ってないよ?薪割りもしてもらったし。気を使わなくていいのに」


 リジーの言葉に、眉根を寄せながらマグナダインを見るバアル。


「あー、言って無かったな。バアルが起きるまで実は3日は経っててな。その間飢えでやばい状態になってたカールお嬢の食料調達の為に近くの森で狩りをしたんだよ。その時の余りを提供したんだ」


「…何頭食べたんだ?」


「猪二頭半と熊四分の三…位か? それで魔力は7割近くまで回復したんだがな」


「どうせなら全部食べればよかっただろうに」


「同じものを食べ続けると飽きるんです」


 至極当然、と言うカルニウェアン。

 バアルはため息を一度吐き出し、リジーと再度向き合う。


「我がパーティーのバカ娘のせいでリジー殿の貴重な保存食を減らしたのは事実であるし、小屋の分が清算しきれておらぬ。何か困っていることは無いだろうか?」


 バアルの言葉に感心するリジー。


「礼儀を弁えた上に義理堅い男だねぇ。最近の冒険者は皆こうなのかい?」


「珍しい方かも知れぬ」


 生真面目に答えるバアルにふぇふぇと笑うリジー。


「そんなに言うならいくつか手伝ってもらおうかねぇ」


 そう言ってリジーは少し思案する。


「と言ってもうちで手伝って欲しいことはあんまり無くてね。むしろいつも私の農作業を手伝ってもらってる他の村人の仕事を手伝って欲しいんだよ」


「ふむ。問題ない」


 バアルは頷く。


「じゃあ、ロバートの所の羊追いと、ヒューイの所では家畜小屋の屋根の修理の手伝い。うちでは貰った肉を燻製にしときたいからそれを頼もうかね」


「承知した」


 そう言ってバアルは後ろを振り向く。


「まず俺、アナトー、マグナダインでロバート殿とヒューイ殿のところに行き、作業の手伝いをする旨を伝える。その後、羊追いはアナトーが担当し、家畜小屋の修理は俺とマグナダインで行う。残った二人は燻製をしておけ」


「反対だ」


「そう、反対です」


 マグナダインとアナトーの直球の叛意に少し身を引くバアル。


「…なぜだ?」


「肉の燻製なんて食いしん坊のカールお嬢にやらせるな。火の扱いなんて危険な作業をぼーっとしたファフニールにやらせるな」


「この身はバアル様と供にあるべきです。バアル様はまだ病み上がりですので、いつまた倒れるとも限りません。お側に控えます!」


 二人ともそれぞれ別の理由で反対する。


「む、ならばどうする?」


「アナトーに羊追いをさせるのはいいだろう。屋根の修理は…、俺とファフニールでやろう。バアルはカールお嬢を監視しつつ肉の燻製を頼む」


「ちょっと、マグナ。私がバアル様と負担の少ない肉の燻製を受け持つわ」


 アナトーの抗議をやんわりとバアルは止める。


「いや、羊追いはおそらくこの中ではアナトー、お前が最も得意なはずだ。私からも頼む」


 バアルの言葉に残念がりつつも承諾するアナトー。


「仕方ありませんわね。その代わり、ファフニールを貸して頂けます?こっちで面倒を見ますわ」


「あ、面倒見るつもりだったの分かった?じゃあ頼むわ」


 マグナダインとアナトーの会話に憮然とするファフニール。


「ロバートとヒューイの所には私も着いていくよ。じゃあ燻製は頼んだよ」


 そう言いつつ、アナトー、マグナダイン、ファフニールを引き連れたリジーは歩いて行った。

 それをカルニウェアンが追いかけて行き、リジーと何かを話しを交わすと戻ってきた。


「何を話していたんだ?」


 バアルが疑問を口にする。


「大したこ事ではありませんよ」


 と眼鏡のズレを直しつつ、ごまかすように会話を切るカルニウェアン。


「それより、燻製の準備をしましょう。何をすればいいんですか?」


「む? お前も知らないのか?」


「え、バアルも知らないんですか?」


「博識なお前なら知っているだろうと思って任せようとしたんだが…」


「まあ当然の評価ですけど…。肉の燻製が美味しいことは知ってますが、美味しい燻製の作り方は知りませんね」


 二人の間に微妙な沈黙が流れる。


「リジー殿が帰ってくるまで待つか…」


「そうですね…」


 蒼天に浮かぶ雲を吹き流す風も、二人の間の微妙な空気は動かせなかった。

もうしばらく村での話が続きます。

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