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1.戦いの終わり、旅の始まり

 歴史が勝者によって記されるならば、その日はまさに歴史書に新たな一ページが加えられた日と言っていいだろう。


 日はとうの昔に沈み、宵闇が世界を支配する中、それに抗うかのごとく赤々と炎がそこかしこで燃えていた。

 その炎は元々壮麗であったであろう都市の情景を、それを破壊しつつ照らし出していた。


 その都市は魔王の統べる最後の都市であり、魔王の居城のある都市でもあった。

 多くの種族が住み、繁栄していたその都市であったが、今は人間の兵士達によってその役目を終えようとしていた。

 兵士達は手に手に松明を持ち、それを次々に家々に投げ込んでいった。まるで地獄にいるという悪魔達の住処を焼くように。その光景そのものが地獄のようであったが。

 火は徐々に燃え広がり、あらゆるものを照らし出していた。そう、都市の中心にある魔王の城も……。


 ……


 その部屋は魔王の城の謁見の間であった。

 美しく飾り立ててあったであろうその部屋は、見るも無残な有様に成り果てていた。精緻な細工の施された柱には無数の切り傷や打撲痕があり、普段は白く磨き上げられている床にはクレーターのような穴が無数に開いている。曇りなきよう磨かれていた窓ガラスは全て割れており、燃え広がる町並みがその向こうに見て取れた。更に王座のある高台の後ろには大穴が空いており、曇りがかった月がその姿を覗かせていた。

 謁見の間の王座の前には五つの人影があった。街の明かりさえ映し出せぬ闇の中に確かに存在した。

 だがそれらはいずれも満身創痍であり、息も絶え絶えであった。…中央の一人を除いて。


「…魔王バアルよ、もう降伏するんだ。既に都は我らの手に落ちた。魔王軍もお前たちを除いて壊滅した。これ以上抵抗する必要もなかろう」


 そんな五つの人影に、それらと相対するように陣取る集団の最前列にいたものから声がかけられる。

 20人近い集団は皆怪我を負っているが、士気はなお高く、最前列にいる男はその身に強力な加護を宿した無数の装備を着けていた。

 それに対して声をかけられた人影は答えた。


「愚問だ、勇者よ。この魔王と、我が配下の四天王は降伏などせぬ」


 高らかに不退転を宣言する人影を祝福するかのように雲間から月明かりが彼らを照らす。

 そこにいたのは、三人の男と二人の女だった。


 向かって右端の奥には節くれだった木製の長い杖を持ち、深緑色のローブに身を包んだ魔術師のような美少女がいた。眼鏡をかけているその目には普段は理知の輝きが宿っているのだが、耐え切れぬ苦しみを無理やり隠すように見開いた目は曇ってしまっている。杖を支えにやっと立っていた様子だったが、ついに膝をついてしまう。

 そんな彼女をかばうように、前にいた影が勇者と彼女の間に割り込む。


 その者は浅黒い肌に灰色の髪を持ち、柄に炎の造形が施された両手剣を持つ精悍な男だった。戦士の理想型を体現したかのような、鍛え上げた体躯には無数の傷があり、魔王と四天王の中でも二番目に死に近いであろう。男は荒い呼吸を落ち着かせるように深く長く息を吸い、吐くと鷹の様に鋭い目で勇者達を見据えた。


 向かって左端には無数の光り輝く魔法陣に取り囲まれ、山を背負っているかのような重圧を受けている黒い影があった。それは文字通り黒かった。黒いローブに身を包み、黒く長い前髪で顔の半分を隠したその姿はどこまでか影かわからなくなるほど影に溶け込んでいた。中肉中背の体格の男は、はそこいらの一般人と変わらなくも見える。しかし苦悶の表情を浮かべながら勇者達を睨むその眼だけは、人にあり得ざる眼であった。魔法陣によって身動きできないと分かっている勇者の仲間達が、思わず冷や汗を流す程に絶対強者を意識させる眼であった。


 その横、魔王の最も近くにいるのは褐色の肌をしたダークエルフの美女であった。膝を付き、荒い息を吐きながら乱れて顔にかかる長髪を掻揚げ、気丈にも立ち上がろうとするが…、そのままつんのめるように前のめりに倒れ込んでしまう。しかしその体が地面に触れる瞬間、彼女の影から無数の獣の腕が現れ、彼女を支える。それら獣の腕も全て傷だらけであり、彼女が体勢を整えると弱々しく影に戻っていった。


「無理に立つな。アナトー。後ろで休んでいろ」


 魔王はそんな彼女を横目で見つつそう言った。


「いえ…、この身が朽ちようと…、バアル様だけはお守りします!」


 アナトーと呼ばれたダークエルフは這いずるようにバアルのそばに近づく。

 アナトーは比較的傷は少ないが、疲労による消耗が多い。それに対して魔王の姿は凄惨だった。

 長く、濃い紫の髪は所々切れて、炙られたかのように縮れているところもある。

 華美な衣装は無残に破れ、その下の鍛えられた体にも無数の傷痕が残っている。斬り傷、火傷、痣、ありとあらゆる傷がその身に刻まれていた。額に生えている二本の角も片方は切り落とされている、受けているダメージだけならば四天王のだれよりも重い。

 だが揺るぎなく、堂々と立つ姿からは一片も死の気配を感じなかった。むしろその覇気は、優勢である勇者達の戦意よりも大きく感じられた。


「控えていろ。魔獣も使えぬお前では足でまといだ」


 魔王の言葉にアナトーは悔しげに俯く。そんなアナトーを見つめていたバアルは、勇者達に視線を戻すと、


「それに、この程度ならば俺一人で十分だ」


 と不敵に笑いながら勇者達に向かって歩き出した。


「そんな状態でよくそんな言葉が言えるな」


 近づいてくる魔王に対して勇者は呆れたように声をかけた。


「戯言と思うか?」


「いや、魔王が死に瀕してなお諦めないことは知っている」


「ほう?」


 勇者の言に足を止める魔王。


「数多の勇者が魔王に挑み、そして尽く打ち負かされた。『生きて』帰ってきた勇者達は皆口を揃えて言った。『魔王は諦めない。どれだけ攻撃しても、どんなに弱っても、決して諦めず勝利に向かって抗う。そして勝利をもぎ取っていく。』とな」


「うむ。俺は王であり指導者だ。王が戦いを諦めてはいかなる戦いにも勝利できぬ」


「それが無駄な犠牲を増やすとしても?」


「全ての死者が勝利の為に貢献した英雄だ。一人の無駄死にもありえん」


 魔王の即答にため息を吐く勇者。


「満身創痍でよく勝利を信じられるな」


「俺はまだ後3回の変身を残しているからな」


 冗談めかしてムハハと笑う魔王を見て、勇者は疲れたように肩を落とす。


「うん、だから私は別の方法でお前を葬ることにしたよ」


「ムハハハハハ…。なに?」


 笑いを止めた魔王を見つめながら少しずつ勇者は後ずさる。


「先日、大神官が神託を受けてね、なんでも次元の彼方に対象を送り出す魔法を授かったらしい」


「…むむ?」


 さらに魔王と距離を取りながら勇者は続ける。


「月の光を対象に当てる必要があったのだが、都合よくそこの彼が穴を開けてくれて助かったよ」


 勇者はチラリと魔法陣に囚われた黒ずくめの方を見やる。


「なんと!?」


 魔王は後ろを振り返り黒ずくめを見る。魔王の視線にビクッと体を震わせた黒ずくめはスっと視線をそらす。残りの四天王は弱っているのも相まりどう動くか判断できず、困惑して魔王を見つめる。


「いやはや、今まで散々勇者達を愚弄してきた魔王を討伐できないのは残念だが…、これも平和の為だ」と言いながら、勇者は他の仲間たちと一緒に月の光の範囲から完全に抜け出した。そして何かの呪文を唱える。


「な! 貴様、待てい!」


「遅いよ」


 魔王が慌てて勇者を追おうとするが、その行為は結界に阻まれた。

 月明かりに照らし出された部分とそれ以外を隔絶するように薄い、だが強固な膜が出現していた。そして内部にいる魔王と四天王は徐々に月に向かって引き寄せられていく。


「月をゲートに見立てた神の秘術だ。弱った今のお前達には破れまい」


「くそう、体が動かん!最初からこのつもりだったんだな! 降伏勧告も嘘か」


「そうだよ。降伏したら月明かりの下に連れて行って秘術を発動するつもりだった」


「そんな騙し討ちを考えるなんて勇者のすることか!」


「魔王に勇者のありようをどうこう言われたくないな」


 興奮する魔王に勇者は努めて冷めたような声をかける。


「何が貴様にそこまでさせるんだ! 大体勇者達を愚弄とはどういうことだ!?」


 もはや完全に宙に浮いている魔王は叫ぶ。その言葉に、勇者は怒りの感情を滲み出しながら、絞り出すような声で答えた。



「死を覚悟して…、魔王討伐に向かっていった我が先祖達に貴様は何をした?魔王と戦い、力及ばず死しても最期まで戦った誉を得ようとした父祖達を貴様はどうした?情けをかけられて生きて帰り、死に損ないと嘲られた我ら一族の気持ちなど貴様に分かるま…」


「むっ! もしかして返り討ちにするたびに顔に落書きして送り返したの根に持っていたのか!?」


「落書きのことは言うなーーー!!」


 魔王の言葉にたまらず叫び返した勇者は顔を真っ赤にしながらまくし立てる。


「お前、やるにしたってやっていい嫌がらせと悪い嫌がらせがあるだろうが! ご丁寧に呪いをかけて中々消えないようにしやがって!なんだ額に肉の字って! 肉屋か俺のじいちゃんは! 五代前のご先祖様なんて頭丸刈りにされた上『私はホモです』なんて頭に刺青掘られて! 髪の毛が生え揃うまで下を掘られないよう必死だったんだぞ!」


「うまいこと言うな」


「全然うまくねーよ!」


 頭を抱えて後ろに仰け反る勇者を気の毒そうに仲間たちは見つめた。…一部吹き出していた。


「その上オヤジは顔に『ダンディー』て書かれるし! なんだダンディーって!美中年か!」


「うむ、髭の整ったナイスミドルだったのでつい…な」


「そのせいで小さい時のアダ名が『ダンディーの息子』だぞ! 勇者の一族なのに呼び名が勇者にかすりもしねぇ!」


「敗北者には何らかの罰を与えるべきかと思って落書きにしたが…、ちと外してしまったようだな」


 ポリポリと頭を掻く魔王を、ゼェゼェと四天王達より荒い息を吐きながら見ていた勇者だったが、大きく息を吐くと、城の外壁から飛び出そうな魔王を見つめつつ吐き捨てるように言った。


「という訳で、魔王に関わるとロクなことにならないし、倒せないからもう異世界に放流することに決定しました」


「なぜそこで諦めるのだ! 諦めるな! もっと頑張れ、勇者!」


「おい、魔王! 勇者励ましてる場合じゃねぇ! やばいぞ!」


 魔王の後ろから戦士風の四天王が声をかける。魔王が振り向くと、他の四天王達は既にかなりの高度まで上昇していた。


「た、助けてー…!」


「…動けん」


「バアル様ー!!」


 三者三様に魔王に呼びかける遠くの四天王。その姿は一つずつ月に飲み込まれるように消えていった。


「くそっ! 俺もダメか…!」戦士風の四天王の体が急上昇していく。


「先に行ってる!必ず追いついて来いよ!」


 その声と共に最後の四天王が姿を消した。


「く…」


 誰もいない月に向かって虚しく手を伸ばすバアル。その姿に向けて勇者は叫ぶ。


「さらばだ魔王。願わくば異世界で達者に暮らしてこっちに戻ってくることなど考えるなよ」


 その言葉にキッと顔を向けた魔王は月に向かって上昇しながら


「覚えておれ、勇者ーー! 俺は必ず戻ってくるぞ! 決して諦めたりなぞせぬからなーー!」


 と叫びながら消えていった。


「最後の最後まで締りのない嫌がらせをしやがって…」


 魔王と四天王の消えていった月を眺めながら勇者は嘆息した。


「これからどうします?」


 勇者の仲間達は少し気の抜けたようになりながら勇者に声をかける。


「…魔王の治めていた民達は避難していたよな?」


「ええ、我らがこの都市に攻め入る前に脱出していたと斥候が報告しています」


「まずはその者たちの保護と、改宗の説得だな」


「教会の強硬派は皆殺しを主張していますが?」


「今回の功績もあるし、改宗の説得が成功すれば教会の穏健派の発言力も増すだろう。皆殺しは回避してみせる」


「どうしてそこまでするんですか?」


 仲間の疑問に、勇者は複雑な表情をして、


「一応、魔王にはご先祖様方を生かして返してもらった借りがあるからな。それを返すだけだ」


 と言った。

 勇者は再度月を見て、これから始まる戦後処理とそして何処かに追放された魔王達についてしばし思いを馳せた。

設定などが煮詰まって無い部分が多いので、後々少しずつ明かしていきます。

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