40.タナリンの町
あらすじ:夜の闇に紛れて襲撃してきた盗賊を、バンパイア・ハンターのカミラが迎え撃つ。しかし敢え無くニンニク爆弾に迎撃されるも、アナトーとその配下の魔獣によって盗賊達は退けられた。噛ませ犬にされたカミラの明日はどっちだ!? カミラ「朝日は登らないで下さい~、消滅する~。」
宿営地を離れる事にしたバアル達は、トポスに別れを告げる。
「では先に失礼する。気を付けてな、トポス殿」
「そちらもお気を付けて。ああそうだ、昨夜は何でも盗賊が出たそうで…、それをバアルさん達が退治してくれたとか。お礼としてこれを受け取って下さい」
そう言ってトポスはちゃりちゃりと音の鳴る小さな袋を差し出す。バアルはそれを丁重に断ろうとしたが、
「ありがとうございますー。また何か御用がありましたら冒険者のバアルにお申し付け下さい」
素早く現れたカルニウェアンが横からそれを受け取った。バアルは半眼でカルニウェアンの肩をつつく。
「おい、カルニウェアン」
「なんですかバアル。私達は今金銭的に余裕が無いんですからこういう時は受け取っておかないと。それに冒険者として名前が売れれば資金の巡りもよくなりますよ」
小声で交わされる二人の会話にトポスは微笑む。
「そうですよ、バアルさん。貴方達はそれだけの事をしたんですから、これは正当な報酬です。その中には他の商人からのお礼も含まれています。私達が困る事があったら、その時は是非依頼を受けて下さい」
そこまで言われるとバアルは何も返せなくなる。結局、有りがたく頂く事にした。
「な、何だと! 昨夜我が寝ている間にマグナダイン殿が盗賊退治に行っていたのか!?」
後ろの方ではあまり仲の良い者がいない、ボッチ気味のアインが驚愕の表情を浮かべていた。
……
「ぬうう、残念無念…。マグナダイン殿の活躍を見れず、我の有用性を見せる機会も逃すとは。盗賊何ぞ我とマグナダイン殿が居れば何体でも倒せたものを!」
「いや、昨日はアナトーの一人舞台だったからな…」
「マグナ、あんまりその事は話さないで…」
タリオンの町を目指し、森の中を歩くバアル達一行は雑談を交わしつつのんびり進んでいた。
「へー、やっぱりアナトーも強いのね。さすが四天王の一角」
エミリーの言葉にアインが反応する。
「四天王? 何だそれは」
「あれ、知らなかったっけ」
自分の知らないパーティー事情を発見し、またもボッチである事を意識させられ凹むアイン。だが鋼の意思で気を取り直すと、丁寧にお願いする。
「知らんのだ。どうか教えて下さい、えーと、小娘殿」
丁寧さのベクトルが歪んだ瞬間だった。
「名前も覚えとらんのかい!」
ベシッ
杖で叩かれて慌てて訂正するアイン。
「いや、あれだ、ちょっとド忘れしてただけだ、カミラ殿!」
「それは変態の名前でしょうが!!」
ドゲシッ!
エミリーの綺麗な蹴りがアインの脛に入る。アインはもんどりうって地面に転がり、のたうち回る。
「え、エミリーちゃん、私は変態じゃなくて貴女の優しいお姉ちゃんだよ~~?」
ファフニールの引く荷車の荷台から、か細いカミラの声が聞こえる。昨夜のニンニクが堪えたらしく、日が昇った朝方にはグロッキー状態になっていた。
スコットはそんなカミラの上に布で日よけを作り、カミラの顔に日の光が当たらないようにしている。
「ありがとうございます~…、スコットさん。後で熱いチューを御馳走しますね」
「遠慮します、一緒に血も吸われそうなので。思わず炎のブレスを吹き込むかも知れませんしね」
しれっと怖い事を言うスコットを見て、カミラは青い顔をして黙り込む。
アインは土埃に塗れた体を起こしてエミリーに謝罪する。
「本当に失礼した、えーとエミリー殿。どうか我に四天王とやらの事を教えて下さい」
「仕方無いわねぇ…。えーと、バアル、話していい?」
バアルが首肯した事を確認すると、エミリーはかいつまんでバアル達の事をアインに教えた。
「なんと、マグナダイン殿は異世界の魔王の部下、四天王の一人だったのか…。道理で強いわけだ」
「言うまでも無いとは思うが許可が無い内は他言無用だからな。 うっかり喋ったら……、折るぞ?」
バアルの低い声音に、アインの顔は先ほどのカミラの顔とほぼ同じ白さを呈す。アインは黙って首を縦に何度も振り、他言しない事をアピールする。
「まあ、長い旅になると思うがよろしくな」
「よ、よろしく頼む。バアル殿」
親しみを込めたバアルの言葉にも、どこか引いてしまうアインだった。
……
その後さしたる事件も無く、バアル達はタナリンの町までたどり着くことが出来た。
タナリンの町は低い木製の壁に囲まれた町で、中央に大通りが通っており、北と南に大きな門があり、東西に中規模の門が構えられていた。町中では多くの建物から幾条も細い煙が立ち上っており、そこかしこから金属を打つ槌の音が聞こえ、炉から漏れ出る熱気が町の気温を上昇させていた。
行きかう馬車には食料品に交じって金属のインゴットや工具が見られる様になっていた。また住んでる人種もセプロン市に比べて人間とドワーフの割合が多くなっており、相対的に他の種族が少なくなっているように感じる。
バアル達は入町税を支払うと町中の宿を探す事にした。
「荷物にも課税されるんだなぁ…。冒険者は入町税免除と聞いて喜んだのに…」
マグナダインがほんの少し軽くなった財布を掌で弄びながらため息を吐く。
「冒険者は移動が多いから、冒険者ギルドから町や市にまとまったお金が納められてるのよね。小さい町だったらかなりの収入になってるから冒険者ギルドは色々な町から誘致を受けてるの。他にも色々便宜を図ってもらってるんだからケチケチ言わないの」
エミリーがマグナダインを慰めるように解説する。
「しかし、食料品の補充まで考えるとアイウーズ市に入った段階で無一文になる可能性が出ないか? 今日の宿代まで考えるとこの町で身入りのいい仕事してから北上した方がいいかも知れん」
「そんなに困窮してるの?」
「主にお嬢のせいでな…。アイウーズ市に着くまでの食糧が有った筈なのに…、減りが早すぎる」
カルニウェアンはよそ見をして聞こえないふりをしていた。夜中にこっそりつまみ食いをしようとしてマグナダインと熾烈な攻防を密かに繰り広げていたのだった。勝率はマグナダイン:カルニウェアン=1:3くらいである。
「というかつまみ食いする為に魔術を使うから余計に腹が減って食べる量が増えるならいっその事好きに食わせるべきだったか…? いやこっちで消費量を調整できるなら夕食の量を増やす方が得策か…」
「た、大変ね…、あんたも…」
ぶつぶつとカルニウェアン対策を呟くマグナダインを、同情半分困惑半分でエミリーは見つめた。
それを誤魔化すようにカルニウェアンがマグナダインの意見を再度持ち上げる。
「確かに、中級冒険者になってまだ仕事を受けてませんし、この際どの程度の報酬が得られるか試してみるのもありなのではないでしょうか、バアル?」
「ふむ、確かにそうだな。…エミリーはそれで大丈夫か?」
「私に気を使わなくていいわよ。なんせバアル達はスポンサーですからね」
エミリーは皮肉げに昔カルニウェアンに言われた事を蒸し返した。バアルは次にカミラの方を見て尋ねる。
「カミラ、エミリーの住居の世話をしてくれる人と会う約束の日時は決まっているのか?」
「いいえー。夏の終わりまでには行くだろうって連絡はしてるそうですけど、具体的日時は決まってません。アイウーズ市に着いたらまずアポイントメントを取る必要がありますね」
「と言う事はアイウーズ市で何日か滞在する可能性もあるわけだ。多少余剰資金を抱えていないとまずいな」
バアル達は宿を決めた後、冒険者ギルドで仕事する事にした。
……
タナリンの町の冒険者ギルドは町の外れにある小ぢんまりした建物だった。建物は二階建ての民家より少し大きい程度だが、中には冒険者が三、四人掲示板を見ていて、事務員三名が忙しそうに書類を整理していた。全体的に狭く、下級冒険者用の仕事は、建物の外の掲示板に貼ってある程だった。
「あんまり人がいないな」
「セプロン市と比べちゃいけないわよ。それにこの町はセプロン市とアイウーズ市を結ぶ町だけど、護衛は大体どっちかの都市に着くまでが雇用期間だから、この町で冒険者の護衛を雇う事は少ないの」
「でもこの辺はセプロン市からは遠いし、アイウーズ市からは山越えしなくちゃいけないから野盗退治とかの需要は多いはずですよ~。冒険者が少ないのは、ここが狭いから代表だけが来てて、他の面子は別の場所で待機しているからでしょう」
エミリーとカミラの説明を裏付けるように、ギルドの周りの酒場や飯屋では鎧や剣などの武装をした人間や、魔術師と思しき者達が何人も見受けられた。
バアル達は邪魔になるといけないとの配慮から、バアル、エミリー、カルニウェアン、マグナダインの四人が中に入り、他の面々は外で待機している事になった。また、カミラはここで冒険者登録をする事にして、受付の方に登録しに行った。スコットはさすがに登録を自重した。
「さて、何か身入りのいい仕事は無いかな」
マグナダインが率先して張り紙の前に行き、仕事を探す。すると、近くに居た冒険者から声を掛けられた。
「あんたこの町では新顔だな。一応言っとくが、ここは中級以上の依頼しか無いぞ?」
声を掛けて来たのは、頭髪の薄く成り始めた中年の男性冒険者だった。くたびれた鎧を着ているが、物腰はしっかりとして、声も力強かった。マグナダインは格下に見られていた事に気づきつつも、それをおくびにも出さずに礼を言う。
「ありがとうよ。だが俺も中級冒険者だからな、問題ないぜ」
「ほう、若いのに中級にまでなっていたのか、そいつは悪かった。中級になってどれくらいだ?」
「この前なったばかりだよ」
「成り立てか。まあ試験をパスしたんだ、浮かれた気分で仕事を受けるとも思えんが、中級になりたての奴は自分が認められた事で自信過剰になる事が多い。そんな時ほど気をつけて仕事を選ばなきゃいけねぇぞ?」
段々説教じみて来た冒険者の言う事をマグナダインは根気強く聞く。
「ああ、忠告ありがとうよ。気をつけるぜ」
マグナダインの素直な態度に気をよくしたのか、その冒険者は一枚の依頼書を指差す。
「お前のパーティー構成次第だが、こいつなんかお勧めだ。ちと移動が面倒だが、報酬は悪くないし、基本さえ守っていれば問題無くこなせる依頼だ」
そこに書かれていた依頼は東の山にある鉱山に出没する怪物の調査依頼だった。昨日張り出されたばかりのその依頼は、他の依頼の中では中級冒険者パーティー一組で受領できる珍しい依頼だった。鉱山まで二日かかるが、移動時の食事代として一人頭金貨一枚支給され、調査だけで金貨二十枚、討伐までできた場合は更に金貨三十枚のボーナスが付く。
「いいのか、こんな割の良さそうな依頼貰っちゃって」
「いいさ。大体こういう調査系の依頼は中級冒険者の中でも若手や成り立てが担当する事が多い。それにこの町に居る中級冒険者はしばらく動きたく無いだろうしな」
「そりゃまたなんで?」
「そこから先はタダじゃ駄目だな。金貨二枚なら教えてやってもいいぞ?」
マグナダインはしばらく考えたが、教えて貰った依頼書を取ると男に礼を言う。
「こっちの依頼を受けとくよ。教えてくれてあんがとな。俺はマグナダインだ」
「ルイスだ。まあ依頼を受けて戻って来る頃には分かるだろうよ」
そう言うとルイスはまた依頼書を見始めた。マグナダインがチラリと観察した限りでは二日以内で達成できそうな依頼を探しているようだった。他の冒険者達も同様に短期の依頼を集中して探してしるようだった。
マグナダインは一応ざっと他の依頼書に目を通し、ボーナスまで含めればこれが一番割のいい仕事と判断してバアル達の元に戻った。
「いい依頼は見つかりましたか?」
カルニウェアンが髪をいじりながら目も向けずに声を掛けてくる。マグナダインは無言で依頼書をバアル達の前に出す。バアルとエミリーは即座に読み始め、カルニウェアンも髪をいじるのを一時中断して依頼書に目を通す。
皆が一通り目を通した事を確認すると、マグナダインはカルニウェアンとエミリーに質問する。
「さっきルイスって言う冒険者にこの依頼を奨められたんだが、結構割はいいと思う。だがそれでも他の冒険者はもっと短期の依頼を探していたんだ。理由が分かるか?」
カルニウェアンは首を捻るだけだったが、エミリーはしばし考えた後、ポンと手を打つ。皆がエミリーに注目すると、エミリーは声を潜めて話し出す。
「多分近い内に大規模な討伐が行われるんだわ。盗賊団か魔獣かは分からないけど。この規模の町だと、そんなに警備隊の数はいないから、討伐部隊冒険者が中心になるでしょうね」
「俺がセプロン市でやった様な討伐依頼か。しかしそこまで報酬は良く無かったと思うが」
「下級冒険者は人数合わせ程度にしか思われて無いし、雑用が主体だから報酬は安いのよ。手当てを考えたら警備隊の報酬より安く成る事はざらよ。でも中級冒険者は違うわ。完全な一戦力として期待されるし、名声が高ければかなり高給を貰えるわ。特に他の冒険者をまとめるようなリーダーになるパーティーは金貨百枚位は貰うわよ」
「『仲介屋』みたいなのが居るデボラのパーティーとかでもか?」
「そんな場合はデボラが受けないわよ。もしくは警備隊側と交渉して後方担当にしてもらうかね。その場合は報酬は大分減るでしょうけど。まあそれでも下級よりはマシでしょうね」
エミリーの説明を受けて、カルニウェアンはうーんと考え込む。
「正直バアルの時みたいに結構時間がかかる可能性はあるんですよね…。でも別に急ぎの用事も無いし…。かと言って町では新顔の私達が横から入っていい顔されるかと言われると微妙だし、集団行動になるとカミラとスコットは町で待つ必要が出てくるし…」
次々出てくる問題点に、バアルは途中でカルニウェアンの言葉を止める。
「全員でまとまって行動できないのはまずいな。マグナダインの持って来た依頼にしよう」
バアルの一声で方針は決まった。
……
「それで、私とカミラさん、それにエミリーさんはどうするんですか?」
近くの食堂で依頼の件について皆と情報共有したバアルに、スコットが今後の自分達の行動について聞いて来た。
「スコット殿、我の事も忘れないでくれ…」
「おっと失礼」
町に入る際に、入町税の節約から人間形態を解除させられていたアインがそっと囁く。今はスコットの腰に(本人は不本意ではあるが)下げられていた。
「無論一緒に来てもらう」
「私冒険者じゃないんですが?」
首を同じように傾けるスコットにエミリーが説明する。
「別に冒険者じゃなくても付いて行く分には構わないわよ。基本的にそんな例が存在しないだけで、ギルドのルールとして冒険者以外を連れて行ってはいけないという事は無いわ。経費は出ないけど」
無論あたしの分もね、と付け加えて、エミリーは自分の皿にフォークを伸ばして来たカルニウェアンの手をはたく。
「ちっ、ダメでしたか」
「自分のソーセージ食べきったからってあたしのに手を出すんじゃないわよ。スポンサーと言っても人の食事に手を出す権利は無いわよ?」
舌打ちするカルニウェアンにガンを飛ばしてエミリーは威嚇する。警戒が解けないと悟ったカルニウェアンは、大人しくファフニールの皿を攻略することにした。「あ、カブトムシ」等と言っては気の逸れたファフニールの皿から料理を掠め取っている。
食卓の攻防はさて置き、スコットはバアルに自分達を同行させる理由を聞く。
「私としてはアウロラ様から受け賜わった『ファフニール殿に付いて行く』という命令を遂行できるから良いのですが、私達の事が邪魔になったり足手纏いに感じないのですか?」
「スコット殿に関しては心配なかろう、本気を出せばどうとでもなるだろうしな。カミラは…、まあ一人だけ町で待たせると言うのも可哀想だ。第一宿代がかかる。移動中の飯代は、経費を遣り繰りすれば全員分の食事は賄えるだろう」
一応カミラはアンディからそれなりの額の金銭を貰っており、自身の貯金もある程度はあったが、それでも旅の長期化を考えると節約は必須だった。
「そこに配慮して頂けると有難いですね~。正直町では馬小屋生活、旅の途中はエミリーちゃんの首筋にかぶり着く事になるかも知れないと思い始めてたところです」
カミラは冗談めかした言い方をしていたが、エミリーは露骨に席を遠ざけ、杖を握りしめて警戒する。
「今日からカミラを縛り上げて寝よう…」
「エミリーちゃんにだったら緊縛プレイもオーケーだよ~」
逆に喜ぶカミラにエミリーは頭痛を抑えきれなかった。カミラはバアルの方に向き直ると、上目づかいにおねだりを始めた。
「私も吸血鬼の能力を使って偵察とか頑張りますから、良ければ報酬を一部もらえれば嬉しいんですが」
「ああ、今後宿代等は我がパーティーの財布からまとめて出そう。その代り報酬は有る程度余剰資金ができてからパーティーで話し合いの上で配る事にするが、いいか?」
「それで構いませんよ~。なんだかお小遣いみたいですね」
「無論、エミリーとスコット殿にも渡そう」
「ああ、私の事はお気づかい無く。十分な資金をアウロラ様から預かってますので。宿代、食事代だけお願いします。ちゃんと手伝いますので」
スコットは食後の温めた麦茶を啜りながら報酬を辞退する。エミリーは恐縮しつつも受け取らざるを得ないようだった。
「これだと報酬の二十取りになるんだけど…。いいの?」
「構わんさ。実際、報酬の用途はこっちで無理矢理決めさせた様なものだからな」
バアルの言葉に数日前の顛末を思い出して半眼になるエミリー。
「そういやそうだったわ。遠慮するのも馬鹿らしいわね。…でも感謝はしてるわ」
エミリーはそう呟いてちょっと赤くなった顔をそむける。
翌朝、バアル達は東にある鉱山に向けて旅立った。
引っ越し作業によってしばらくネットに繋げない環境下に放り出されます。次回更新は来週の月曜日から火曜日になると思います。
遅れる場合はまた活動報告に書きます。




