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08 月夜の涙

 ――一時間後、リビングのテーブルに三人分の夕食が並んだ。

 僕の言葉をユーナはソファに座り、黙りこくったまま一ミリも動いていない。まるで、本物の人形のようだ。

「夕食を作ったから、食べて行くだろ?」

 作ってから聞くのは順序が逆かもしれないけど、作ってしまったから食べてもらうしかない。

 ユーナは返事をしないどころか、頷くことさえしない。

 僕は無力だ。本を読んで知識を蓄えているだけで、それを生かすことができていない。もし生かすことができていたなら、言葉で慰めるだけでなく支えることができただろう。

 ソファに座る彼女を横目に、僕はリビングを後にして二階へと上がった。

「光、夕飯できたから食べに来いよ」

 ドアをノックして声をかけてみたけれど、返事が無かった。

 まだ拗ねているのか、明日のことで物思いに耽っているのかもしれない。念のために、もう一度ノックしてから下へ降りた。

「夕飯作ったから一緒に食べよう」

 肩を叩きながら声をかけてみると、肩が少しだけ震えた。もう一度、肩に手を置いたまま声をかけてみる。

「せっかく作ったんだ。食べて行ってくれ」

「………」

 返事が無い。やっぱりダメかと思いながらため息をつき、夕飯を食べるために食卓の方へ行こうとした。

 その瞬間、不意に聞きなれない音が聞こえた。驚いて振り返ると、ソファに座っていたユーナが驚いたように目を丸くしている。

 …今の音って、ユーナからしたよな?

 しばらく見つめていると、恥ずかしそうに頬を赤くした。

「……夕飯、食べて行くだろ?」

 追い討ちをかけるように質問すると、頷いてソファから立ち上がった。食卓に歩いてきて座ると夕飯を食べ始める。

 少しずつ食べる様子は、まるでテレビで見たリスのようだ。

 その様子を立ったままボンヤリ眺めていると、肉じゃがのじゃがいもを口に運んでいたユーナと目が合った。

「……美味しいです」

 こんな風に笑顔で言われると、夕飯を作った身としても嬉しい。こんな笑顔が見れるなら、もう一人にも食べさせないとな。

 今は言葉で無理なら、それ以外で何とかしないといけない。

「もう一度、光を呼びに行ってくるから先に食べててくれ」

 そう言って上へ行こうとすると、階段を降りてくる足音が聞こえた。

「隼人君、お腹すいたから晩ごはん食べさせて」

 とりあえず声は聞こえてたのか、上から降りて来た第一声がこれだ。

 口調は拗ねてたままで、表情は暗かった。それに、目が充血して赤くなっているということは、さっきまで泣いていたんだろう。

「わかってる。もう準備できてるから、こっちに来て食べろ」

 苦笑しつつ手招きしてやると、素直にやってきて夕飯を食べ始めた。こっちは、せわしなく次から次へと口に放り込む食べ方だ。

(…同じ女子なのに、全然食べ方が違うな。やっぱり育つ環境の違いか?)

 そんなことを二人を見べながら考えていると、光が箸を動かす手を止めてユーナの方を見た。そして、次に僕の方をジトッとした視線を向けてくる。

「隼人君、失礼なこと考えてなかった? 例えば、食べ方の違いが育つ環境の違いだとか」

 なんでわかったんだ、という言葉を咄嗟に呑み込んで首を横に振る。

 気配で察するまでならともかく、考えてたことを見抜くなんて鋭すぎるだろ。これじゃ、安心して考え事ができない。

「……だったらいんだけど。……それより、何で隼人君の友達が晩ごはんを食べてるの? 家族じゃない女の人と一緒に、家で晩ごはんを食べるなんて非常識だよ?」

「それは……」

 まだ機嫌が直っていないのか、質問の端々に棘を感じる。だけど言っていることは、正論なので反論がしづらい。

「私が我儘を言ったんです。隼人の作った晩ごはんが食べたいと」

 夕飯を食べていたユーナが、咄嗟に助け船を出してくれた。だけど、あまり効果は無さそうだ。光の機嫌は目に見えて、ますます斜めになっていく。

「家に帰っても誰もいないって言うから…、食事は大勢で食べた方が美味しいだろ?」

 この言葉に嘘はない。あの後、ソファに座って動かなくなってしまったので、二人分だった材料を三人分に増やした。

 今から家に帰ったとしても、大した料理は作れないだろう。それに、一人で食べる彼女の姿を想像して寂しそうだったからだ。

「…わかった。そういう理由なら、百歩どころか千歩譲ってあげる」

「サンキュ。それじゃ、いただきます」

 ようやく夕飯にありつけ、自分の作った料理の味を確認した。可もなく不可もなく、普通の味だ。

 夕食の後、ユーナが帰ると言うので僕は送っていくことにした。

「いえ、夕食をご馳走になったのに、そこまでしてもらうわけには…」

 と断ろうとしたけど、食器洗いを光に押しつけて一緒に家を出た。さすがに、女の子一人で夜道を歩かせるわけにはいかない。

「…すみません、送ってもらって」

 歩いてると、ユーナが本当に申し訳なさそうに謝ってきた。気にしなくていいのに、と思いながら彼女の隣を歩く。

 すると、ますます表情を暗くして俯いた。何か言わないとまずい、だけど何を言えばいいんだろうか。気の利いた言葉なんて思いつかないし、ここは普段通りがベストなのかもしれない。

「別に気にしなくていいよ。僕が勝手にやってることだから」

 言ってから、思わず口を押さえて後悔してしまう。

 言ってみたはいいけど、少し素っ気なくなってしまった。これじゃ、ますます落ち込ませてしまうんじゃないだろうか。

 不安になりながらユーナの反応を見ようと、視線を向けると急に彼女は立ち止まった。

「……隼人、公園に寄りませんか?」

 提案されたことを少し考えてみる。

 あまり遅くなったら光が怒るだろうけど、少し寄るぐらいならいいか。ユーナの様子を見る限りだと何か理由がありそうだ。

 もし遅くなっても、アイスを買って帰れば光は機嫌を直してくれるだろう。

「わかった。少し寄って行こう」

 そう言って、僕たちは公園へ行くために道を変更した。

 再会した日と同じように、僕たちはベンチに座る。あの日と違うのは、今が夜だということぐらいか。

「………それで、何か話したいことがあるんだろ?」

「……………」

 公園に来てベンチに座ったのはいいけれど、なかなか話しかけてこない。だから話しかけてみたんだけど、返事せずに夜空を見上げている。

(本人が話すまで待つか…。光、怒ってるだろうな……)

 そんなことを考えながら星を見上げていると、肩に何か温かく重みを感じる。驚いて見てみると、ユーナが肩にもたれかかってきていた。

 柔らかく華奢な体を服越しに感じ、気まずくなって僕が離れようとすると、離れまいと腕に抱きついてくる。

 まずい、この状況はまずい。その、なんていうか女の子特有の柔らかさが、身体を押しつけられて余計に感じてしまう。

「ちょっ…、離れて……!」

「……もう少し、このままでいさせてください」

 焦って頼もうとする僕に、今にも泣きそうな声で頼んできた。熱かった頬が冷えていき、速くなっていた鼓動が鎮まる。

「……どうしたんだ?」

 顔を見ずに落ち着いて質問すると、抱きつく力が強くなって嗚咽が聞こえてきた。

 この状況で、どうすればいいのかわからない。それに、かける言葉も見つからない。

 それでも、何かしないと、声をかけないといけない気がした。

「……大丈夫だ。我慢しなくていい」

 気がつくと口をついて言葉が出ていた。どんなに薄っぺらでも、何か言わないよりも言った方がいいはずだ。

「僕の言葉は、あんまり信用できないだろうけど。一つだけ約束する」

 言いながら手を伸ばし、頬をつたっている涙を拭ってやる。薄っぺらな言葉じゃなくて、こうやって誠意のある行動をしないといけない。

「話を聞くぐらいはするから話してくれ」

 この言葉は、いつもとは違った。言葉の裏に強い意志があり、いつも言った後に感じる後悔や罪悪感、自己嫌悪が無い。

「―――っ!」

 住宅街に響くぐらいの泣き声が、どんなに我慢していたのかを僕に教える。

 母親を亡くした悲しみに、一人で家にいる寂しさ。そこに、あのゲームの中で僕を失うという出来事。

 今まで、こんなに小さく細い体で耐えていたのかと思う。


 ひとしきり泣いたユーナは、少し気まずそうに僕から距離を取って座った。こっちをチラッと見ては、目が合うとすぐに視線を逸らす様子が可愛い。

「…隼人は優しいです。その優しさが私は好きです」

 不意に聞こえてきたのは、僕には似合わない誉め言葉だった。

「……優しいだけだよ。強い意思を伴わない言葉は、無力で無責任だ」

 ただ優しいだけの言葉なんて役に立たない。

 ムギュッと、いきなり頬を横からつままれた。

「ふぁひふふんふぁ(何するんだ)?」

 頬をつままれたまま、振り向いてみた。でも、相変わらずのポーカーフェイスで何を考えているのかわからない。

「……隼人はばかです」

 ばかって言われた。…なんか怒ってるみたいだけど、どうしたんだろうか。

「隼人の言葉は薄っぺらじゃありません。それは、ただの思いこみです」

「……ふぉんふぁふぉふぉふぁひふぁふぉ(そんなことないだろ)」

 すごく話しにくいし、つままれてるから痛い。反論すると、引っ張るからよけいに痛い。

「……ひふぁひんふぁふぇふぉ(痛いんだけど)?」

「当然です。痛くしてますから」

 あくまで淡々と事務的な声だけど、指にこもってる力で彼女の感情が読みとれた。どうやら本当に怒っているらしい。

「学校で隼人の話を聞きました。隼人は、よく人の間に立つことが多みたいですね?」

 いきなり話題をふられ、事実なので頷いた。ケンカの仲裁は、見かけたら絶対にしてしまう。でも、それは誰もしないだけで、他人にもできることじゃないか。

「隼人は仲裁する時、言葉を使います。その言葉で、わだかまりなく仲裁を終えていました」

 実際に見ていた彼女の目には、そう映ったのだろうか。だとしたら、大きな思い違いをしている。

 僕は仲裁する時、軽薄な言葉に語彙で重みを加え、その重みでわだかまりを押しつぶしているだけだ。語彙を駆使しなければ、僕の言葉は無力で役に立たない。

「どんなに難しい言葉を知っていても、使う人の意志が無いと役に立ちません」

 そうだ、その通りだ。僕は後悔したくないという思いで、仲裁をしてわだかまりが無いようにするだけ。

 その意志は自己中心的で、あまりにも無力すぎる。だから、僕の言葉は力を持たない。

「隼人の言葉には力があります。だから、ケンカを止められるんです」

「ふぁひふぁふひふひふぁふぉ(買い被りすぎだよ)」

 いくら何でも買い被りすぎだ。僕の言葉にそんな力は無い。

「…いい加減に、してください。私は、隼人の言葉に救われたんです!」

「……………」

「我慢しなくていいと言ってくれたとき、私は本当に嬉しかったんです。私のせいで一度ゲームを失格したのに、甘えていいのか悩みました。すごく悩みました」

 頬をつまんでいた指の力が緩んでいく。その代わりに、言葉の内に宿る彼女の意志が強くなっていった。

「悩んでいた私に、隼人はもう一度言ってくれました。だから、私は隼人の優しさに甘えてしまったんです!」

 無責任だというように、上目遣いで睨みつけてきた。

「今まで、誰かに甘えたいと思っても我慢してきました。でも、隼人のせいで……」

 感情が不安定になっているのか、怒ったり泣いたりで忙しそうだ。

「自覚して、ください…! 隼人の、言葉には力があります……! そんな風に、自分を

卑下しないでください!!」

 こんな様子じゃ放っておけないし、何かしないといけない気がした。でも、できることは限られているし、他に思いつかない。

「……ごめん、ばかの一つ覚えで」

 謝りながら空いている手を伸ばし、ユーナの頭を撫でる。

 放った言葉の無責任さを痛感し、自責の念が生まれたことは黙っておこう。今は、彼女が泣きやむまで頭を撫でてやる。

(自分の言葉には、責任を持たないとな……)

「――お楽しみのところ悪いのだけれど、ちょっといいかしら?」

 その声は不意に響いた。驚いて振り返ると、見慣れない制服を着た少女が立っている。

 後ろでまとめた長い黒髪を解きながら、僕たちの方へ近づいてくる。

「えっと、どなたですか?」

 少なくとも、こんな女の子は知り合いにいない。

 僕の質問に答えず、銀色の輝きを持つ何かを取り出した――指輪だ。そして、それを指にはめる。

「権限により、〈リバース・ワールド〉に〈閃光〉と〈空隙〉をアクセス。〈ゲート〉オープン。強制ログイン」

 聞こえてきた言葉に驚き、息を飲み込んだ。

 視界が真っ白に染まり、何度も経験した感覚が体を襲う。唯一違うのは、下へ落下するようになっているということだ。

 視界が元に戻ると、景色が一変していた。世界は青白い光に照らされ、建物は砂漠に埋もれている。聞こえてくるのは、静寂の中に響く風の音だけだ。

 それを見た瞬間、手を払うように動かしてコンソールを出現させた。迷わずに操作して、フィールドの情報を閲覧する。

「フィールド名、〈Moonlight〉。月明かりに照らされた砂漠。強度は現実世界と同等。ランダムに起こる流砂に注意――」

 一通りフィールドの情報に目を通し終え、周囲を見回してみる。

 確か、女の子は僕たちを一緒に強制ログインさせたはずだ。なのに、ユーナの姿が見あたらない。

「我が名は〈空隙〉――」

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