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05 虚空の奏者

 〈ゲート〉を通り抜けて視界に広がるのは、さっきと同じ光景――じゃない。建物の配置は変わっていないけど、まるで廃墟のような光景だ。

 建物の壁は壊れ、全てが灰色に染まっている。

「…ユーナ、これはどういうことなんだ?」

「隼人が退場してから、ゲームに新しい設定ができたんです」

 ユーナは言いながら、指輪を着けた手を横に振った。すると、虚空から四角い半透明の板が現れる。

 ポイントやプレイヤーの情報が書き込まれているコンソールだ。その右上のコマンドにユーナが触れると、画像と文字が現れた。

「ゲーム内のフィールドは一日ごと変化します。隼人もフィールドの情報を、コンソールで確認してください」

 僕は言われた通りに、自分のコンソールを開いた。そして、右上のFieldと書かれたコマンドに触れる。

 項目がずらりと現れ、その中から自動で選択された情報が映し出された。

 フィールドの名前は〈廃墟〉、建物が脆くて壊れやすいのが特徴らしい。他にも出現する怪物の特徴とかが書かれている。

 それに目を通そうとしところで、コンソールが自動的に閉じた。視界に映るカウントダウンの数字。

「隼人、始まります。油断しないでください」

 ユーナが僕に注意したのと同時にカウントダウンが終わり、ゲーム開始の合図があった。

「我が名は〈閃光〉、光速の一撃を以て敵を打ち砕く。顕現せよ〈天閃の射手〉」

 ユーナが空中に展開した魔法陣から銃を取り出し、それを構えて周囲を警戒する。

 怪物を示す赤いカーソルが現れたかと思うと、それは猛スピードで近づいてきて消える。

「隼人!」

 僕は名前を呼ばれるよりも少し速く、背後に危険を感じて反射的に横へ跳んだ。次の瞬間、僕がいた場所を何かが通り過ぎる。

 目で追うのがやっとのスピードで移動するそれは、空へ上がって旋回すると今度はユーナの方へ急降下した。

「メテオ!」

 呪文の詠唱と共に魔法陣が展開し、その中心から閃光が迸って何かにぶつかった。

 閃光の直撃を受けた何かは、衝撃で空中へ吹き飛ばされる。だけど、それが落ちてくることは無かった。

 烏のような黒い翼を広げ、怪物は空中に留まっている。限りなく人の形に近いけど、指先に生える鋭い爪が人間でないことを示していた。

 その怪物の下に現れる識別名は、Lucifer。現れたのが一体のみということは、かなり高位の怪物だ。

 怪物は微笑みながら、僕たちの方に手を向ける。その手に光が生まれ、徐々に質量を増して魔法陣が描かれた。

「魔法!?」

 僕は驚いて声を上げた。なぜなら、魔法を使えるのは僕たちプレイヤーだけのはずだからだ。

「サンダー!」

 呪文の詠唱が聞こえ、紫電を纏った閃光が怪物に向かって迸る。と同時に、怪物の手から閃光が放たれた。

 閃光同士がぶつかり、空中で爆発を起こす。

 爆風に紛れて、滞空する怪物から光弾が放たれた。

「隼人、避けてください!」

 ユーナの警告を聞いて動き出すも、避けきれずに光弾が左肩を掠めた。

 焼けるような痛みに、動きを止めた僕に次の光弾が放たれる。

 ――間に合わない。避けようとして動き出そうとした僕は、そう思って再び動きを止めてしまう。

 そんな僕に向かって、光弾は容赦なく直撃――しなかった。

「メテオ!」

 直撃する寸前で、閃光が光弾を撃ち落としたからだ。

 爆発が起き、僕は爆風で建物の壁へ叩きつけられる。

「隼人、あの怪物は私が引き受けますから、〈魔装〉を解放してください!――メテオ!」

 ユーナは言いながら、銃口を空に浮かぶ怪物に向けた。

 複数の魔法陣が空中に展開し、そこから怪物に向かって閃光が迸る。

 怪物は黒い翼を広げ、羽ばたくと弾幕をかいくぐって一気に距離を詰めた。そして、指先に生えた鋭い爪がユーナに向けられる。

「スパーク!」

 呪文の詠唱が聞こえたと同時に、ユーナが持っていた銃から雷が放射状に放たれた。

 至近距離での直撃を受け、怪物は空中へと放り出される。

 ユーナのMPは、魔法の連続使用で半分までに減った。しかし怪物のHPは、九割近く残っている。

 このまま戦闘を続けたら、こっちが負けることを予想するのは難しくない。

「我が名は〈空隙〉、己の領域にて敵を惑わす」

 だけど、それはユーナが一人だった場合だ。僕は指輪を着けた手を怪物に向け、〈魔装〉を解放する呪文を唱える。

 〈魔装〉とは、プレイヤーの指輪の中に眠る武器。その武器を使うことで、プレイヤーは強力な魔法を使うことができる。つまり、強力な魔法を使うための補助装置だ。

「顕現せよ〈虚空の道化〉」

 指輪を中心に魔法陣が展開し、その中心に〈魔装〉を取り出すために僕は手をつっこんだ――瞬間、魔法陣が粉々に砕け散った。

「なっ…!?」

 〈魔装〉の解放ができず、解放前に魔法陣が砕け散ってしまった。こんなことは、記憶の中に一度も存在しない。

 呆然と虚空を見つめる僕の視界に、飛来する光弾が映る。

「隼人!」

 僕の名前を呼ぶ声が聞こえたのと、何かが視界が阻んだのは同時だった。その何かと共に後ろへと吹き飛び、僕は建物の壁に背中をぶつけた。

「がっ…!」

 壁が砕け、建物の中へと突き抜けた。そして、反対側の壁にぶつかる。

 二度の衝撃を受け、視界で光が明滅した。

「いててて……」

 頭を振って、朦朧とする意識をはっきりさせる。

 まずは周りの状況確認だ。砕け散った壁と背中に走る痛み、僕の体の上に乗っている柔らかく温かい何か。

「――っ!」

 その何かを見た僕は、声にならない悲鳴を上げた。

 僕の上に乗っていたのは、服が焼け焦げて気絶しているユーナだ。HPが限り無くゼロに近い。

(僕を庇ったのか……)

 僕の中に、あの時と同じ後悔が生まれる。何もできなかった無力感と自分に対する怒り。

 僕が動揺せずに魔法攻撃を避けていたら、〈魔装〉を解放できていれば、ユーナが怪物の魔法攻撃を受けなくてすんだ。僕が――

 渦巻く感情のやり場を探し、視線を這わせると赤いカーソルが現れた。壊れた壁の向こうに降り立つ怪物。

「我が名は〈空隙〉、領域を支配して覇者となる。顕現せよ――」

 意識しないまま、口をついて呪文が唱えられる。

 床にユーナを横たえて立ち上がり、怪物に向かって歩いて行く。頭に浮かび上がってくる〈魔装〉の名前は、記憶の中に存在しない新しい物だ。

「顕現せよ〈虚空の奏者〉!」

 指輪を中心に魔法陣が展開、その中心に躊躇することなく手を突っ込んだ。焼けつくように熱く、激しく脈動する何かを意識が捕らえる。

 その何かを掴んだ瞬間、僕は素早く手を魔法陣から引き抜いた。次の瞬間、黒い輝きが迸って視界を染め上げる。

 魔方陣が砕け散り、その破片が輝きながら消えていく。しかし、今度は確かな感覚があった。

 解放した〈魔装〉の放つ黒い輝きが徐々に弱まり、その姿が露わになる。

「指輪か…」

 元から着けていた指輪が変化し、中指の第二関節ぐらいまでを覆っている。さらに、その指輪からチェーンが伸びており、その先には白い円形の宝石が意匠された小さな指輪が

あった。

 ――キィィィッ

 いきなり響いた鼓膜を引き裂くような音に顔を上げると、怪物が錯乱したように翼を羽ばたかせていた。

 その度に羽が散り、それが光を放っていくつもの魔法陣を描かれる。そして、その中心から一斉に光弾が放たれた。

 避けきれない――なら、避けなければいい。

「ツイスト」

 呪文を唱え、迫ってくる光弾に手を向けた。

 二つの指輪が共鳴するように輝きを放ち、黒と白の光が混ざり合う。

 目の前に魔法陣が展開し、それが広がって空気に溶け込むよう消えた――と同時に背後で爆発が起きた。

 爆発で起こった煙が風に流され、視界に怪物の姿が映るようになる。

 ――キィィィッ

 舞い散る羽が輝きを放ち、再び魔法陣が描かれる。

 さっきは空間を歪め、飛んで来る光弾の軌道を捻じ曲げた。――なら、できるはずだ。

「ツイスト」

 呪文に反応し、指輪が輝きを放って魔法陣を描く。

 魔法陣は広がるが、さっきのように消えることはなかった。光弾の軌道が曲がり、魔法陣の中心に集まってくる。

 魔法陣が消え、再び光弾の軌道が捻じ曲げられた。光弾の雨が放った主に襲いかかる。

 光弾の雨を浴び、目に見えて一気に怪物のHPが減った。

 怪物は血走った目で僕を睨み、穴の開いた翼を羽ばたかせる。一気に距離を詰められ、鋭い爪が僕の胸を貫こうと迫ってきた。

「ワープ」

 視界が歪み、気がつくと建物の外に移動している。

 ――キィィッ! キィィィッ!

 耳障りな甲高い音に、後ろを振り向くと黒い翼が舞い散っていた。

 空振りした爪は壁に突き刺さり、それを引き抜こうと必死に暴れる怪物。その足元には気を失ているユーナがいた。

(まずい……!)

 さっきは怪物を倒すことしか考えていなかったから、床に横たえたユーナのことをすっかり忘れていた!

 舞い散る羽が光を帯び、魔法陣が描かれる。

(……間に合え!)

 指輪が輝いて魔法陣を展開するが、それよりも速く建物の中で爆発が起こった。建物が崩れ落ちて瓦礫と化す。

 瓦礫に埋もれた怪物とユーナのカーソルが同時に消えた。

「そんな……」

 あの瓦礫に押しつぶされたなら、気絶しているユーナは失格したはずだ。つまり、このゲームの中での死を意味する。

 僕のミスで彼女は死んだ。僕が彼女を殺したんだ。

 動揺する僕の視界に、揺れ動く瓦礫があった。それに淡い希望を持ったけど、視界に現れた赤いカーソルが打ち砕く。

 閃光が迸り、砕け散った瓦礫の下から怪物が飛び出す。

 指輪を着けた手を向け、怪物の魔法攻撃に備えた――ところで気がついた。

「ユーナ……?」

 なぜか怪物の腕にユーナが抱えられている。彼女は気絶しているだけで、見た感じだと体のどこにも異常は無いみたいだ。

 反射的に助けないといけないと思った――けど、怪物の腕にユーナが抱えられている以上、僕の方から攻撃をしかけることはできない。

 見ている状況を信じられないまま、呆然とするしかなかった。

 ――キィィィッ

 翼が輝きを放って魔法陣が描かれる。今まで見た中で、一番大きい魔法陣だ。その大きさを見た僕は驚きのあまり、すぐに反応ができなかった。

 怪物の魔法陣が強い光を放ち、そこから数えきれない光弾が一斉に放たれる。

 光弾の雨が広範囲に降り、焼けつくような痛みが体を走った。HPが一気に減っていく。

「―――っ!」

 声にならない悲鳴を上げながら、僕は手を降り止まない光弾に向けた。

 魔法陣が展開したのを見て、途切れ途切れに呪文を唱える。

「ツイ、ス、ト…!」

 瞬間、僕に降り注ぐはずだった光弾の全てが本来の軌道を逸れた。

 周囲で起こる爆風を浴びながら、次の魔法陣を展開する。

「ワープ」

 視界が歪み、気がつくと怪物が目の前にいた。

 一瞬だけ怪物は驚いたような顔をし、獲物を見つけたように歓喜の声を上げる。

 ――キィィィィ!

 怪物の翼が輝き、魔法陣の形成される。

 空中で身動きが取れない今、僕はただの的にしかならない。

「ワープ!」

 魔法陣の中心から閃光が迸るのと、僕が魔法を発動したのは同時だった。

 怪物の背後へと移動した僕は、怪物の背中に生えている翼を掴んだ。

 驚いた怪物が喚くように鳴きながら、翼をせわしなく羽ばたかせるけど、この手を放すつもりはない。

「ユーナを放せ…!」

 振り落とされそうになりながら、僕は怪物の体を羽交い絞めにする。

 とりあえず、怪物をパニックにさせることには成功した。あとは不意をついてユーナを解放するだけ――なんだけど……。

「どうすればいいんだ?」

 間の抜けた疑問が、僕の口をついて出た。

 怪物の不意をつくにしても方法が無い。

 ユーナを助けようと思って、勢いに任せて怪物を羽交い絞めにしたまではいい。でも、その後のことを考えていなかったんだ。

(どうすればいい……?)

 冷静さを取り戻した僕は、自分の置かれた状況を整理し始めた。そして、把握した状況から打開策を考える。

 この状況で魔法を使うと僕まで巻き添えを食らうし、ユーナを死なせることになりかねない。

 羽交い絞めを続けるにしても、怪物相手に僕の体力が持つとは思えなかった。

 ついでに言うなら、さっきから怪物の翼に脇腹を叩かれて痛い。

 ――キィィィィィ!

 耳元で響く怪物の声に妨害され、思考に沈みかけていた意識が現実に引き戻された。

 緩んでいた腕の力を入れ直し、振りほどかれないようにする。

 暴れても僕が振り落とされないことに苛立ったのか、怪物はいきなり急降下し始めた。

「わあぁぁぁ――っ!」

 安全バー無しのジェットコースターに乗せられた気分で、僕は怪物にしがみつく。

 地面すれすれまで降りると、今度は急上昇を始める。叩きつけられる風圧が強すぎて、息ができないので苦しい。

「―――っ!」

 何度も同じことが繰り返され、その度に失神しかけて腕に力が入らなくなってきた。

 いい加減、この状況を何とかしないといけない。

 そう思った時、とんでもない方法を思いついた。もし失敗すれば、自分だけでなくユーナも死なせてしまう。

 だけど、やらないよりはマシかもしれない。

「――ブラスト!」

 呪文を唱えたと同時に、急上昇する僕たちの頭上に魔法陣が現れた。そして、それは強い輝きを放ち始める。

 すると、魔法陣の周囲の光景が大きく歪んだ。その様子を見た僕は怪物を羽交い絞めにしていた腕をほどき、自らを空中へと放り出した。

 次の瞬間、空中で爆発が起きた。

「くっ……」

 爆発の余波を浴び、息が詰まりそうになりながら僕は落ちて行く。落下しながら視線を走らせて必死に探した。

(……いた!)

 視界に銀色の輝きを捕らえたと同時に、展開していた魔法陣の魔法を発動させた。

「……ワープ…」

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