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02 蘇生する記憶

 目の前にあったガラスにぶつからず、何かを通り抜けるような感覚が襲ってくる。

『ログインを確認しました。識別名〈閃光〉と〈空隙〉。ランクはA‐1とA‐2』

 機械的な声が聞こえたかと思うと、いきなり解放されたような感覚があった。

 目を開けてみると、そこはさっきと同じ場所だ。いったい、今のは何だったんだ?

「ログイン完了。……成功です」

 聞こえてきた声に、僕は少し下の方を見てみる。

 そこには、さっきの現象を起こした本人がいた。

「今のは、いったい何だったんですか?」

「ここは〈ウィザード・ストライカー〉というゲームの中です。さっき通ったのは〈ゲート〉と呼ばれるゲームの入り口」

 ゲームという言葉に僕は反応した。

 信じられないかもしれないけれど、僕はゲーム機を使用するゲームをやったことがない。今まで一度も。

 それに、ゲームというのは仮想世界を意味する。だけど、ここは現実だ。

「ちょっと待ってください。ここは現実です。ゲームの中だなんて――」

「〈ウィザード・ストライカー〉のプレイヤーは〈ゲート〉をくぐるときに量子化され、生身でゲームに参加できるんです。それと、このゲームは現実の風景を模倣しています」

 僕の言葉を遮り、ルシエルさんが説明をしてくれた。

 しかし、説明されても信じることができない。現代の科学技術がどこまで進んでるか知らないけど、仮に彼女の話が本当だとしても無茶苦茶すぎる。

「そろそろゲームが始まります。説明の続きはゲームをしながらするので、しっかり聞いてください」

 そう言われたのと同時に、視界の端に二つのラインが現れた。片方は青色で、もう片方は緑色のラインだ。

 ルシエルさんの頭の上にも、同じラインが浮かんでいる。ゲームをしたことがないので、そのラインが何を意味するのかわからない。

 戸惑っている間に、視界に数字が現れた。十五から始まり、それは秒刻みに減っていく。そして、それがゼロになると同時に大きいブザーの音が聞こえ、Game Start!の文字が視界に浮かび上がった。

 夕暮れの空に、いくつもの黒い点が現れる。それは僕たちに向かって落ちてきた。

 翼の生えた怪物だ。怪物の頭の上に、英語でGargoyleと書かれている。

 ありえない光景に、愕然として一歩も動けなくなった。そんな僕の視界を遮るように、何かが滑りこんでくる。

「我が名は〈閃光〉、光速の一撃を以て敵を打ち砕く。顕現せよ〈天閃の射手〉」

 輝きを放つ指輪を中心とし、円と紋様が空中に展開した。

 ルシエルさんは、それに手を突っ込み何かを引き抜くような動作をする。それだけの動作で、彼女の手に銀色に輝く銃が現れた。

 その光景を見ていた僕は、小学生だった頃に読んだファンタジー小説のことを思い出す。

 光輝く円と紋様、何もない空間から取り出した銃。そこから連想する言葉は――

「……魔法」

「はい、そうです。このゲームの中では、プレイヤーが魔法を使えます」

 説明しながら、ルシエルさんは銃口を怪物に向けた。銃口を中心に、さっきとは別の魔法陣が展開する。

「メテオ」

 短く呟いたと同時に、銃口から閃光が迸った。夕暮れに多くの鳥が、しきりにないているような音が鼓膜を震わせる。

 閃光は怪物の一体にぶつかって消しとばした。

「魔法を使用すると、青いラインが短くなります。それが、〈魔力〉の残量です」

 その説明を聞いた僕は、ルシエルさんの頭上にある青いラインが少し短くなっていることに気がついた。

 次の瞬間、一気に青いラインが短くなり、銃口だけでなく、空中に複数の魔法陣が展開する。

「メテオ」

 彼女の言葉を合図に、複数の魔法陣から同時に閃光が迸った。

 夕暮れの空を飛んでいる怪物たちは、閃光がぶつかって消しとばされる。

「魔法を使って怪物を狩るのが、このゲームのルールです」

 呆気に取られていた僕は、我に返ってルシエルさんの背中を見た。

 小さく儚い雰囲気を纏う彼女は、ゆっくりと振り向いて続ける。

「こちらが怪物に狩られた時、それはゲームオーバーを意味します。そして、このゲームに参加した代償として記憶を失うと言われているんです」

 その説明を聞いた瞬間、僕の頭にある記憶が映像のように流れ始めた。

 そうだ、なんで忘れてたんだ…。僕はルシエルさんに――ユーナに会ったことがあるじゃないか。

「その噂は本当でした。……私と再会した隼人は、私のことを覚えていませんでした」

 その言葉を言う彼女の表情に変化は無い。声にも感情がこもっていない。

 だけど、その瞳に宿る光は悲しそうに見えた。

「思い出したよ。僕は君に会ったことがある。この〈ウィザード・ストライカー〉の世界で、君と僕は初めて会ったんだ」

 戻った記憶に少し戸惑いを感じながら、僕は久しぶりに会った彼女に声をかける。

「久しぶり、ユーナ」


 あれは、もう三年前になる。

 僕は〈ウイザード・ストライカー〉の中で、クリーチャーと戦っている最中にユーナを見つけた。

 彼女が相手していたのは、Aクラスのクリーチャー数体だった。

「スパーク!」

 クリーチャーたちに放った彼女の魔法は全て避けられ、魔力が底をついて魔法が使えなくなった。そして、そこにクリーチャーたちが容赦なく襲いかかる。

 僕は戦闘中のクリーチャーに一撃を加え、彼女の方へと走り出した。そして、魔法を使って一気に距離を縮める。

「ワープ」

 彼女とクリーチャーたちの間に立った僕は、新たな魔法陣を展開した。

「ブラスト!」

 呪文を詠唱すると同時に、クリーチャーたちの周囲に展開している魔法陣が爆発を起こした。

 爆発で生じた煙が風に掻き消えると、地面にクリーチャーが倒れ伏せている。

「また、あなたですか……」

 感情の無い声が聞こえ、後ろを振り返るとユーナが銃を僕に向けていた。

 魔力の残量は無いが、それだけでも威嚇にはなる。僕は手を挙げて敵意が無いことを教えるが、彼女は銃を下ろさない。

「また?」

 聞き返すと、彼女は頷きながら僕の眉間に銃口を当てた。

「三日前、あなたは私の獲物を横取りしました」

 三日前と言われ、僕は思い出してみる。

 三日前はゴーレムを狩っていた。しかし、彼女と会った覚えは無い。

 ただゴーレムの一体誰かを狙っていたから、魔法を使って支援しようとしたら倒してしまっただけだ。

「あっ…!」

 今、思い出したことと彼女の言葉が繋がる。そういう意志があったわけじゃないけど、確かに彼女の獲物を横取りしたことになる。

「思い出しましたか? 助けてくれたことに礼は言います。でも、二度と私の邪魔をしな

いでください」

 そこまで言うと、ようやく銃を下ろす。

 そして、ケータイを取り出して操作した。地面に散らばったガラス片が光ってゲートが開く。

 ようやく僕は石化が解けたように息を吐く。銃口を向けられれば、誰だって緊張するにきまっているし、敵意を向けられたらなおさらだ。

 彼女が僕に敵意を向けている理由は、この〈ウィザード・ストライカー〉というゲームのルールにある。

「クリーチャーを狩ることにより、プレイヤーの経験値は上がる。経験値が上限に達した

時、プレイヤーの願いが叶う」

 このルールを聞いた時、僕たちプレイヤーは信じなかった。しかし、中には信じる者もいる。

 そういうプレイヤーは、がむしゃらに経験値を上げようとする傾向があり、自分以外のプレイヤーを敵として見る。彼女も、そういったプレイヤーの一人だったらしい。

(願いが叶う、か……。もし、それが本当なら…)

 そして、僕も彼女と同類だった。

 叶えたい願いがあるから経験値を上げる。その願いのためなら、僕は戦い続けることができる。


 ――これが、僕とユーナの出会いだった。

 感じていた違和感やゲームに対する疑問が、記憶を思い出すと同時に掻き消えていく。

 無表情だった彼女の顔に、驚きの表情が生まれた。

「思い、出したんですか…?」

 ユーナの質問に僕は頷く。少なくとも彼女と出会った時のことは思い出せた。

 それ以外の記憶は朧気で、断片的なものばかりだ。たぶん、時間が経てば思い出してくるだろう。

 そんなことよりも、優先するべきことは目の前にいる女の子だ。

 今にも溢れ出しそうなぐらいに、涙で瞳を濡らしている。何か声をかえけてあるべきなんだろうけど、気の利いたセリフが思いつかない。

 仕方ない、ここは素直に自分の思ったことを言おう。

「君が無事でよかったよ。ユーナ」

 すると、彼女は僕の胸に勢いよく飛び込んできた。

 いきなりだったので、僕は抱き止めた勢いを殺しきれずに半歩下がってしまう。

 ついでに言うなら、彼女が持っている銃を見て顔を引き攣らせていたかもしれない。

「よかった。本当に、よかったです…」

 涙声になりながら、ユーナは僕の背中に手を回して抱きついてきた。そして、彼女は僕の胸に顔を埋めて泣き出す。

 彼女の感情の無い声に、僕は初めて感情を感じた。そして、それと同時に記憶の欠片が現実と重なる。

 自分の感情と記憶に従い、彼女を抱きしめて頭を撫でた。

 しばらく頭を撫で続けていると、ユーナは落ち着いたのか泣きやんだ。

 人形だったような彼女の顔に、少し照れくささが見える。

「そろそろ戻りましょう。…あの、隼人の家に行っていいですか?」

 断る理由が無い――いや、あった。頷きかけていた僕は、慌てて首を横に振る。

「今日は無理だから、明日にしてくれないかな?」

「わかりました。約束です」

 言いながら小指を差し出してきた。その意味を記憶の欠片から僕は思い出す。

 小指同士を絡めると、ユーナは嬉しそうに笑った。

「指きりげんま、嘘ついたら、針千本のーます、指きった」

 指切りをして満足そうなユーナは、ケータイを取り出して操作した。そして、それを近くのガラスにかざす。

「〈リアル・ワールド〉にアクセス。〈ゲート〉オープン。ログアウト」

 ガラスが光を放ってゲートを開いた。

 ゲートを通り抜け、僕たちは〈リバース・ワールド〉から現実に戻る。

 ゲームの中は夕方だったが、現実はすでに日が沈んで夜になっていた。

「隼人、また明日」

「うん、また明日」

 ユーナの姿が見えなくなったのを確認してから、僕は自分の中指にある指輪を見た。

 ゲームに参加する前は、何の装飾も無い銀色の指輪だったけど、今は黒い六角形の宝石が装飾されている。

 以前、ゲームに参加した時と同じ形状だ。

 指輪はゲームの参加資格であり、ゲーム内で魔法を使うための道具。それを見つめながら、自分がゲームに復帰したことを改めて認識した。

(……今度こそ、ゲームをクリアしてやる)

 指輪を外してポケットに入れ、僕は家路についた。

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