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 ――翌日、僕が教室に入ると皆の視線が集中した。そして、ヒソヒソと何か話し始める。

「伊月君が来たわよ」

「一人ね。……ルシエルさんはフラれたのかしら?」

「伊月君って、女の子に興味なさそうだからホモなのかも」

「大人しい顔していて、女タラしなのかもな」

「そういえば伊月のやつ、壁新聞の恋人にしたい男子ランキングで9位に入ってたぞ」

「マジ? 人は見かけによらねーな」

「……リア充は爆発しろ」

 うん、忘れてた。昨日の告白は教室でされたわけで、そんなことがあれば話題の中心になるよ。

「よっ、モテ男」

 皆が僕を遠巻きに見ているところに、猛が話しかけてきた。

「別に、モテてないよ。告白されただけで大げさだな」

「そう言うなよ。お前は知らないだろうけど、あの転校生に一目惚れした男子って、かなり多いみたいだぜ?」

 ……なるほど、それで男子の中に僕を血走った目で睨みつけている生徒がいるのか。これじゃ、当分は居心地が悪いな。

「ところで、ルシエルさんは?」

「おっ、さっそく彼女が来てるか確認か?」

「まだ付き合ってないよ。……猛は楽しそうだね」

 僕が羨ましそうに言うと、猛はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「そりゃ、あのツンツン委員長が――」

「木崎君! その呼び方、定着してないから!」

 いきなり会話に割り込んできた人物に、ろくなことを考えていない顔で対応する。

「いいじゃねぇか。事実なんだし」

「事実って、何のこと!? 私は、ただ伊月君をあなたみたいな欠陥人間の趣味に、付き合わせたくないだけよ! 彼は優しくて、普通の人なの!」

 今、なんだか蓮城さんがすごいことを口走った気がする。

 ヒソヒソ話をしていた生徒たちも静かになり、視線が集中した。ハッと我に返った蓮城さんは、自分の発言を思い出して顔を真っ赤にする。

 すかさず猛が茶化しにかかる。

「ツンツン委員長がデレた!」

「う、うるさい! ばか! ばーか!」

 子供っぽい発言をした蓮城さんは、勢いよく走って教室を出て行った。長い付き合いだけど、あの反応は始めてみるなぁ。

「馬鹿って言われた」

 猛の方は、まだニヤニヤを笑っている。

 そんな彼に、僕は呆れ気味に言ってやる。

「僕も蓮城さんに同意するよ。ばか」

 すると、効果があったのか猛は肩をすくめて「ひでぇ」と僕に抗議した。その抗議を無視して自分の席に行く。

「もしかして、蓮城さんも伊月君のことが……?」

「三角関係の予感がするわ!」

「伊月君って、女たらしなのね…」

 女性陣は、なぜか今の僕たちのやりとりで盛り上がっている。

「帰国子女だけでなく、委員長まで!」

「リア充は死ね!」

「…でも、わかる気がするな。伊月がモテる理由」

 男子の方は、尊敬や嫉妬が混ざっている。

 僕はともかく、こんな噂が校内に広がったら蓮城さんに迷惑だな。この噂について何か聞かれたら、ちゃんと否定しよう。

 そんなことを考えながら座ろうとしていると、右斜め後ろから声をかけられた。

「おはようございます。隼人」

 そこの席に座ってにいるのは、ルシエルさん。彼女も話題の中心になっているんだけど、全く変わりない無表情で落ちついている。

「おはよう」

 僕は挨拶をし、指輪を彼女に返そうとポケットに手を入れた――ところで、チャイムが鳴ってしまった。

「HRを始めるから、席について。そこうるさいぞ」

 先生が入ってきて、HRが始まる。

 指輪を返す機会を逃してしまった。まあ、昼休みにでも返せばいいか。なんて、僕は考えながら座って先生の話を聞く。


 ――昼休み。僕はチャイムが鳴ると同時に、ルシエルさんに話しかけようとした。しかし、それは断念しないといけなくなる。

「ねえルシエルさん、お弁当を一緒に食べない?」

「色々聞きたいこともあるから、一緒に食べよ」

 女子が彼女に話しかけ、一緒に弁当を食べ始めてしまったからだ。

 昼休みがダメなら放課後でいいか。どうせ会う約束をしてるし。と僕は思って、弁当を鞄から取り出した。

「よう、モテ男」

「……その呼び方、絶対に定着しないよ」

 弁当を持って話しかけてきた猛は、近くの椅子を借りて僕の正面に座った。

「それで、昨日はあれからどうなったんだ?」

「〈あれから〉って?」

「転校生に告白されて、二人で仲良く出ていっただろ? その後、どうしたんだよ」

 僕は何を質問されたのか理解し、猛の目を見て苦笑した。どうも好奇心だけで聞いているわけではないらしい。

 彼のこういうところは、僕も気に入っているから親友でいるんだと思う。

「少し話をしただけだよ。今日の放課後に、デパートで会う約束をしたけど」

「付き合うことにしたのか?」

「うーん、まだ返事もしていないからね」

 親友に心配されて、なんだかむず痒い気分だ。普段は、僕の方が心配させられているからなのかもしれない。

「結果報告は忘れるなよ?」

「…猛が茶化さないのって、これが初めてな気がする」

 心配してくれる親友に、僕は悪いと思いながら正直な感想を言った。すると、猛の眉間にしわが寄る。

「隼人は俺のことを、どういう風に見てるんだ?」

「欠陥人間だとか、悪友とかなんじゃないかしら?」

 僕たちの会話に、蓮城さんが割り込んできた。なんだか最近になって、蓮城さんが割り込んでくる回数が増えた気がする。

「隼人は、そんなひどいヤツじゃねーよ」

「いや、半分以上は当たってるよ」

 親友の信頼を簡単に裏切る僕。猛は「ひでぇ」と言って、拗ねたように弁当を食べ始める。

 そんな猛を見て蓮城さんは笑うと、僕の方を向いた。

「ところで伊月君」

 何か話があるらしい。僕は箸を動かす手を止めて、話を聞く態度を取る。

「不純異性交遊は禁止よ。学生の本業は、勉強することなんだから」

 僕は何を言われたのかわからず、キョトンとしてしまう。そんな僕に構わず、蓮城さんは続けた。

「いくらかわいい女の子に告白されたからって、勉強をサボったらダメだからね」

 別にサボった覚えは無いんだけど…。ちゃんと授業は聞いてるし、ノートも取っている。でも、今日は周囲の視線が気になって少し集中できてなかったな。

「わかりました。蓮城さん、ありがとうございます」

 僕がお礼を言うと、蓮城さんは嬉しそうに笑った。

「いえ、クラスメイトを心配するのは当然のことですから」

「……とか言っといて、それを口実に隼人と話したいだけだろ」

「違う! そんなんじゃないから!」

 猛が何か言って、それが聞こえたらしい蓮城さんは顔を真っ赤にして大声を上げた。

「どうだか。今だって、隼人に礼を言われただけでニヤニヤしてたぜ?」

「違うってば!! それより木崎君、その腕の傷は何!?」

 力強く否定した蓮城さんは、悲鳴のような声で猛に聞いた。そこで僕も初めて、彼の腕に傷があることに気がつく。

 猛は弁当を食べる前に、腕まくりをする癖がある。だから、腕に傷があれば目立つんだ。

「その傷、昨日は無かったよね? どうしたんだよ」

 僕が聞くと、猛は後頭部を掻きながら答える。どうやら、また何かやらかしたらしい。

「いやー、昨日の晩に散歩してたら絡まれてな……。相手がナイフを出したもんだから」

「あー、もう説明しなくていいよ。だいたいわかったから」

 おおよそだけど想像はついた。絡まれた猛は、絡んできた相手の神経を逆撫でしてしまったのだろう。それで相手が酔っていたのか、気が立っていたのかナイフを取り出した。

 そこで危険好きの猛は血が疼き、喧嘩した挙げ句にケガをしたんだろう。

「やっぱり、猛は致命的な欠陥人間だよ」

「ひでぇ。そこまで言うなよ」

「事実じゃないか。普通は、ナイフ持った相手と喧嘩しないよ」

 この親友には、ぜひとも常識というものを身につけてほしい。まあ、これは希望であって実現は不可能だろうけど。

「ちょっと! 伊月君、なんで平然と話してるの!?」

 悲鳴のような怒鳴り声に、僕は体をビクッとすくませてしまう。

「木崎君も笑い事じゃないでしょ!」

「この程度のケガで騒ぐなよ。前に骨折して入院してんだから」

 そう、猛は危険への挑戦を厭わない。だからケガは日常茶飯事だし、本人は体が丈夫なこともあって死なないので病院の常連だ。

「だ・か・ら! そういう問題じゃなくて!」

「そう血圧を上げんなよ。ほれ、唐揚げやるから」

 プツンッ、何かが切れるような音が聞こえた。蓮城さんが肩をわなわなと震わせている。

 …うん、すごく怒ってるよ。まさに爆発前って感じだ。僕は危険を察知して耳を塞ぐ。

「いい加減にしなさい!!」

 今までにない大音声が教室に響いた。この大きさだと、廊下にも聞こえてるかもしれない。

 教室が静まり返り、何人かの生徒が逃げるように教室から出ていった。

「だいたい、何でそんな危ないことするの!? そのうち死ぬわよ!?」

 うん、確かに今まで死んでないのか不思議だ。

「だいたい死にたいの!? 自殺願望者か何かなの!?」

 説教されていた猛の顔から表情が消えた。そして、吐き捨てるように言う。

「自殺なんか望んでねーよ。俺は」

「それなら、絶対にやめなさい!!」

 蓮城さんが肩を上下させて猛とにらみ合う。お互いに譲らず、相手の目から自分の目をそらさない。

 いつのまにか周囲の視線が僕に集まっている。期待のこもった視線が向けられ、それが何を意味するのか僕は理解した。

 こういうもめ事が起こった時、それを止めるのは僕が適任だ。

「二人とも落ちついて」

 僕は弁当に蓋をして、二人の注意を僕に向けさせる。

 仲裁には冷静さが必要不可欠だ。どちらの立場も不利にならないよう平等に扱う。

「いくつか質問するよ。まず、蓮城さんは猛に危険なことはやめてほしいんだよね?」

 僕の質問に蓮城さんは頷いた。それを見た僕は次に猛に質問する。

「猛は、何か理由があって危険に挑んでるんだよね?」

 この質問に、猛は少し迷ったように目を泳がせてから頷いた。

 その彼の様子から、僕は次の質問をできるだけ正しく選択する。完璧に正しい質問は人間にできない。それなら、自分が正しいと思う選択をするべきだ。

「その理由は誰にも話せないことなんだ?」

 この質問に猛は頷いた。その理由が気になったけど、本人が隠そうとしていることを無理に聞く必要はない。

「蓮城さんが本気で心配してくれているのは、わかってるんだよね?」

 猛は頷いた後にそっぽを向く。

「心配かけて悪いとは思ってる」

 彼が無愛想に言った言葉に、蓮城さんが驚いたような顔をした。まあ、猛の普段の行動から考えれば当然の反応だ。

「じゃあ、少し整理してみようか。蓮城さんは猛を心配していて、猛も心配をかけて悪いと思っている」

 僕が仲裁に入る前とは違い、二人は落ちつき始めている。

「でも猛には、誰にも――親友の僕にでさえ言えない理由がある。その理由がなくならない限り、猛はやめない」

 こまでが整理だ。この整理したことから、結論を出すことが仲裁役の重要な役目。

 もし、ここで間違えた結論を出せば仲裁は失敗に終わってしまう。まず、蓮城さんの方を向いて僕は言った。

「結論から言うと、猛は理由があってやってるんだ。譲れないことは蓮城さんにもあるよね? だから、あまり責めないでやってくれないかな」

 次に、僕は猛の方を向いて言う。あまり強く言い過ぎると、こじれる場合もあるので注意が必要だ。

「猛も心配されてるのがわかってるなら、少しでもいいから周りの意見を聞いた方がいいと思う」

 そっぽを向いたまま猛は「わかったよ」と言った。とりあえず、丸く収まりそうだ。

「じゃあ、この話はこれで終わりにしましょう。蓮城さんも、それでいいですよね?」

 もう一方の当事者に僕は確認を取った。これで承諾してもらえれば、仲裁者の役目は終わりだ。

「う、うん」

 蓮城さんが頷いた。最初は感情的だった彼女も、僕が仲裁する中で落ちついたようだ。

 仲裁は成功。静かだった周囲の生徒も元に戻っていく。

「…あの噂って本当だったんだ」

「だから言っただろ。伊月は、まるで徳の高い坊さんだって」

 そんな噂が立ってたんだ。大げさだなぁ。

 そういえば、中学の時も似たような噂が立ってた気がする。

 たまたま見かけた喧嘩を何度か仲裁に入って、わだかまりが残らないように努力してるだけなんだけど。

「隼人の、ああいうところが好きなんです」

 周囲の感心する声に混じって、そんな突拍子も無い言葉が聞こえてきた。僕はいすから転げ落ちそうになる。

 続いて聞こえてくるのは、女子生徒たちの黄色い声。声が聞こえてきた方を見てみると、ルシエルさんを中心にした女子の集まりが盛り上がっていた。

(……なんで、本人に聞こえる場所で言うかな。そういうこと)

 僕はため息をつきたい気分になりながら、弁当の蓋を開けて食事を再開する。

 食事を再開した僕の耳に、右斜め後からの話し声が入って来た。

「伊月君とは、どこで会ったの?」

「秘密です。すごく大切な思い出ですから」

 三日前の夕方のことを思い出し、僕は彼女の言葉を心の中で否定する。

 …そんなに大した思い出じゃないと思うけどなぁ。公園のベンチで少し話しただけで、話の内容も大したことなかったし。

 女子たちの興味は尽きず、ルシエルさんへの質問は続く。

「伊月君の好きなところは?」

「その質問、さっきもされました」

「他にもあるでしょ? ルシエルさんみたいな女の子が、好きになるぐらいなんだから」

「…優しいところです。大人びているところも好きです。あと――」

 ……聞いてると恥ずかしくなってきた。頬が熱くなり、恥ずかしすぎて弁当を食べるどころじゃない。

 もしかしたら、この状態は昼休みが終わるまで続くのだろうか?

「伊月君、顔がにやけてるわよ?」

 困惑している僕に、蓮城さんが冷ややかな視線を向けてきた。なぜか不機嫌になってるみたいだ。

「いや、どう見たって困ってるだけだろ。嫉妬か? 恋するツンツン委員長の巻」

「そんなわけないでしょ!? それと、そのあだ名はやめなさい!」

 さっきの張り詰めた雰囲気が嘘のように、二人のやりとりが元に戻っていた。

 うん、平和なことはいいことだ。醜い争いは何も生み出さないから。

 仕方が無い、――僕は弁当に蓋をして立ち上がった。こんな状況で弁当なんて食べれないし、食欲も無くなったからだ。

「隼人、どうしたんだ?急に立ち上がって」

「……うん、図書室に行こうかと思って」

 僕は猛の質問に答え、逃げるようにして教室から出た。

 図書室に行くというのは、あの空間から脱出するための口実だ。しかし他に行くあても無いので、口実通り図書室へ向かう。

 図書室には、ほとんど生徒の姿は無かった。

 僕は読書スペースに行き、適当ないすに座ってため息をつく。

「それにしても、……ルシエルさんって変な女の子だな」

 僕は昨日の告白と教室で聞いた会話を思い出し、頬が熱くなるのを感じた。

 正直言うと、僕は女子と話すことに慣れていない。蓮城さんに関しては、長い付き合いなので例外だ。

 たまたま女子の会話で気になったことに、自分の意見を言うことはある。しかし、そういうことはレアケースだ。

 だから自分から女子に話しかけることは、全く無いと言っていいほど無い。

 そもそも女子の会話に入ろうとする男子の方が、無謀と言うべきなのだろう。

「……とりあえず、もう一度状況を整理してみよう」

 僕は指輪を取り出し、それを見ながら今までのことを整理し始める。

 ルシエルさんと僕が最初に会ったのは、土曜日の夕方だ。会話の内容は大したことなかった。

 しかし、それを彼女は〈すごく大切な思い出〉と言っていた。これが一つ目の違和感。

 そして昨日、ルシエルさんが転校してきて放課後に僕に告白してきた。

 僕を好きになるまでの時間が短いし、きっかけなんて無かったはずだ。これが二つ目の違和感。

 公園へ行き、そこで彼女と一対一で話した時に言ったこと。僕とは以前に会ったことがあるらしい。

 だけど、その記憶は僕の中に存在しない。これが三つ目の違和感だ。

「……とりあえず、わかったことは何もわからない。ってことかな」

 疑問が山積みになるだけで、一つも解消されていない。まるで、全く繋がりの無いヒントを与えられたクイズのようだ。

 ヒントを与えられていて、解けない問題は無い。全く繋がりの無いヒントには、それを繋ぐためのヒントがあるはずだ。

 そのヒント――いや、答えを握っているのはルシエルさんだ。それなら、彼女から答えを聞き出せばいい。

「問題は、どうやって聞きだすかだな」

 優先するべきことを見つけ、思考に入ろうとしたところでチャイムが鳴った。

 これは予鈴。確か次の授業は理科で、移動教室だったはずだ。

 そのことを思い出した僕は、いすから立ち上がって教室へと急いで戻る。

 とにかく、放課後にルシエルさんと会って聞き出す方法は、放課後までに考えないといけない課題だ。午後の授業も集中できなさそうな気がするなぁ…。


 時間が経つのは速く、何も思いつかないまま放課後になってしまった。

 約束の時間まで時間はあるけど、僕はデパートの広場に来た。広場の中央にある時計の下にあるベンチに座って、最後の足掻きに自分の思考へと入った。

 僕は一度本気で思考に入ると、視界に何も映らなくなる。耳から入ってくる音は、ただのBGMとして頭の中を通り過ぎていく。

 この集中力を勉強の時に使えれば、僕の成績は学年で上位に入っているだろう。でも、そんなに現実は単純じゃない。

 僕がこの集中力を発揮できるのは、こうやって何か問題について考える時と読書の時だけだ。

 思考の中で答えを見つけかけた時、その声が割り込んできた。

「隼人、遅れてすみません」

 意識が現実に引き戻され、目の前にあった答えが雲散霧消した。

 目の前に、ルシエルさんが立っている。

 一度家に帰って着替えてきたのか、彼女は学校の制服じゃない。

「いや、僕の方が早く来すぎたんだよ」

 僕は学校が終わった後、家に帰らずに来たわけだから嘘は言っていない。

 ベンチから立ち上がり、ポケットから指輪を出してルシエルさんに差し出す。

「この指輪高そうだし、もらっても困るだけだ。だから返すよ」

 すると、彼女は首を横に振って言う。

「それは、隼人の物です。だから、私に返す必要はありません」

 ルシエルさんの言葉は、僕の中に新たな違和感を生んだ。

 なぜか彼女の言葉に、僕は納得したんだ。理由も記憶も無いのに納得できてしまった。

 そのことに僕は戸惑い、質問しようと思っていたことを口に出すことができなくなる。

「さっきの隼人は、何か考えてるようでした」

 ルシエルさんが近づいてきて、僕の手から指輪を取った。そして、その指輪を僕の右手の中指に填める。

「今から行く場所で、その答えを見つけることができるかもしれません」

 ルシエルさんは僕が昨日やったように、僕の手を引いて歩き始めた。

 違和感の答えを知りたいという欲求が、僕を彼女に従わせる。

 手を引かれるまま歩いて行くと、デパートの裏側に来た。ガラスが夕日を弾き、まるで鏡のようになっている。

「ここから入ります。少し待っててください」

 ルシエルさんはケータイを取り出し、それを操作し始めた。よく見てみると、彼女の右手にも僕と似たような指輪が填めてある。

 蒼く輝く宝石に、銀色のギザギザとした装飾がされている。

「〈リバース・ワールド〉にアクセス。〈ゲート〉オープン。ログイン」

 そう呪文のように呟き、ルシエルさんはケータイの画面をガラスに向けた。

 次の瞬間、ガラスが光を放った。強すぎる光に、思わず目を閉じてしまう。

「隼人、行きます」

 それだけが聞こえ、いきなり手を引かれて走り始めた。

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