▲【象牙の塔】(4)
二階の問題集も、一階のそれと大差はなかった。 着々と解き続け、多少迷ったりもしながらも三人は門の前に大した問題もなくたどり着く。 位置関係から見て、この奥に三階への階段があるようだ。 これまでとは違い、問題が書かれているはずの紙はどこにも見当たらず、変わって鉄の薄い箱がちょうどオリアンの目の高さに付けられていた。 扉の前で立ち止まった三人は、それにも何も書かれていないのを見て顔を見合わせる。
これはどういう事だろうか。 男性陣は頭を捻るものの、説明も何も降ってこない。 勿論箱に触っても取り外すこともできず、蓋の兆候すら見つからない。
二人が顔を見合わせている後ろで、己の知らないうちにザーラと名付けられた白い少女は暇を持て余した。 腹も膨れたし、景色も見飽きた。 二人が困っているのは理解できたが、何を喋っているのかまでは理解できないのでなぜ困惑しているのかは分からない。 扉を開けたがっているのは知っているが、それだけだ。 ついでに言うと、なぜここに来たのかも分からない。 二人が楽しそうにしているし、きれいな人が手を握ってくれるので、ついてきているだけである。
いい加減服の裾で遊ぶのも飽きたし、自分も何かやってみようか。 思い立ったが吉日と、二人が何やら楽しそうに弄っていた箱に近づいたザーラは、そっと触れた際にそれの特性に気づいた。
―ああ、これは。
これは確かに、この二人には無理だろう。 そこに気づいた彼女は速やかに開けるだけに必要な量を注ぎ込みはじめる。 蓄積されていったそれが規定量に達すると、箱がまるで元々何もなかったかのように消失した。
―……錆び付いていると思ったけれども、案外どうして。
彼女の力は、彼女が思った以上に容易く動いてくれた。 いつものとおりに顔には出さず、自分の中で処理しようと思った瞬間、少年が彼女に抱きついてきた。 そしてとても嬉しそうなきれいな笑顔で、彼女の手を握って上下にぶんぶんと振ってくる。 良くて無視されるだけだと思っていたから戸惑い、思わず少しだけ模倣してしまう。 それを見たきれいな人は驚いたような顔で目を見開いて止まり、何拍かの後、あのくろいねこが戸惑う程の熱狂さで何事かを訴えていた。 彼女を時折さしながら。
きれいな人が喜んでくれた嬉しさと、初めて見たくろいねこの狼狽ぶりがおかしくて。 彼女の中にほんの少し色が落ちた。
「さて、ザーラちゃんがどうやってか開けてくれた訳ですし! このチャンス、ものにしない手はないと思うのですが!」
そうだね、と散々白の少女がどれほど可愛らしく笑ったかを演説されたヨイトは投げやりに頷いた。 この少年は時々本当に気持ち悪い。 その娘が笑ったのは彼にとってもたしかに初めてだが、だからといって何故そこまで喜べるのか青年には理解できなかった。 若さゆえだろうかと枯れたような事を思い、面倒臭げに少年の視線に従う。 そこには4×4の押しボタンが取り付けられた、これまた鉄製の板があった。
少年が一つ、左の一番下のボタンを押してみる。 それを含めた3つのボタンが沈み込んだ。 次は中の一つを押してみる。 上下左右の4つが無慈悲にも沈み込む。
「……あ、こういう系か……」
オリアンが呟いて、青年を見る。 任せろ、そんな声が聞こえてきそうな足取りでプレートの前に立つヨイト。 特に迷うこともなく、ものの一分で解いてみせた。
「すごっ!」
軋む素振りすら見せずに開く門を前に、オリアンが驚く。 当たり前だとばかりに澄まし顔の青年ではあるが、ふらふらしていた尻尾がぴーんと立った。 まさに猫である。 これがギャップ萌えという奴かと少年は一人納得した。
これまたやけに短い階段を登り、三階への到達を果たした三人。 今回は門ではなく重圧そうな木の扉が待ち受けており、向こう側は僅かすら垣間見れない。 今秋も何やら主からの連絡事項があるかと待ってみるが、いつまでたっても説明が来ないので、待ちくたびれた少年はそこに書かれた問題を口にした。
「魔術の属性を全て答え、その上で一つでも良いので鍵込みで文を提示せよ、か。 専門的なのはこっからって事かなー」
そうみたいだなと頷いた青年は、少年を見た。
「ん? ああ、知ってるよこれぐらい。 えーと、基本が確か火、水、地と風で、派生が闇と光、だったかな。 それから特質が元素と時と、あとなんだっけ……」
精神、といつもの通り近くにあった紙にヨイトが書いた。 特質系まで知っているのには引っかかりを感じたが、少年の事だ。 もはや一々気にするような事じゃない。 それに面倒くさい。 そう、青年は豪胆なる己の母親の性格を正しく受け継いでいるのだ。 故に、こんな事柄なぞ2、3回も遭遇すれば普通に慣れる。
「あーそうそう精神系精神系。 ネクロマンサーとかだっけそれ使うの、知り合いいないからいっつも忘れるのよねー。 で、後は文? んー、Aque Aronahとかどうよ」
開き始める門を見て、不備が無かったことに歓喜するオリアン。 ザーラの手をとってその前に立った。
「まだまだ行くぞー! 俺達の冒険はこれからだ!」
何を言っているのだろうかこいつは、とはお首にも出さずにヨイトは向こう側を見た。
ほぼ縦軸しか動いてませんね。
次はがらっと様変わりします。 というかチュートリアルが終わっただけです。