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Book I: 夜明けの少年と三の娘
6/15

▲【象牙の塔】(1)

変更点:読みづらい所を矯正。

「そう言われましても、~」からなるセリフからすっぱり抜けていた大事な言葉を付け足し。

後書きにオリジナル用語の説明を追加。

音もなく開けられた扉に、青年は目をやった。 気づかず目を伏せながら入ってきたオリアンは、青年が起きているのを見るとにこやかに手を振って扉を後ろ手に閉める。 そんな彼の左手には、若干黄色味がかかった液体入りの瓶が握られていた。


少年はちらと少女に目をやると、青年に肩をすくめてみせる。 疲れていたのか、そろそろ早い夕飯の時刻だというのに少女は未だ寝ていた。 ただ、サイドテーブルには水差しと、使われた形跡があるコップが二つ置かれていたので、一度は起きたのだろう。 どうやって宿の主と交流したのかは謎だが、あの変人ならばと少年は変に納得した。


青年が、オリアンの手にある瓶に目を向けた。



「ああ、これ? 美味しいから、買ってきたんだ」



少年は声量を落として言う。 日陰の中で、滴る汗を風に晒しながら飲んだこれは格別だったと。



「あとね、林檎とオレンジも買ってきたよ。 気分はどう?」



大丈夫だと頷いた青年は、オリアンのいつもの笑みの中に微かな怒りを見つけた。 ちりと頭の片隅に湧いた恐怖に目を向けず、青年は目を瞬かせる。 それを見た少年は瓶を水差しの横に置き、有無を言わせない顔で青年を反対側の隅に連れていった。


そこで青年は、オリアンの意外なねちっこさを目の当たりにする事になる。


――そこまで弱いなら、なんでそんなに呑むの? 心配したんだよ? ねぇ? 


オリアンは林檎やオレンジの皮を剥いてやりながら、滔々と酒の体に及ぼす影響を語りに語る。 ただ、空が茜色に変わった頃に青年は思った。 何故彼は男である自分に、妊婦が呑んだ場合の子供に現れる障害に付いて講義しているのだろう、と。 確かにこの話は興味深いし、彼は話が長くなると脱線する傾向があるが、さすがにこれは外れすぎだろう。 しかしどう訴えたものか。 そこまで思って、諦めた。 心配させたのは事実だし、甘んじて受けよう。 何より怒られるのではなく、自分の事を思って叱ってもらえるのは、少し嬉しい。



少年のそれは少女が空腹に起きだし、瓶から垂れた雫の泉が乾くまで続いた。








「さて、今日の予定ですが」



翌日、早めに朝食を取った三人は部屋にて会議を開いた。 窓から見たその空は今日も今日とて快晴で、また暑くなりそうな気温に少年は僅かに脱力感を覚える。 窓の下には今日も街の住民が色とりどりに行き交い、様々な店が客になんでも良いから買わせようと商品を売り込んでいる。 今日もだらけていたいなぁ。 しかしそんな事も言っていられない、すべては有限なのだから。 神妙に話を聞いている一人とそう見える一人に振り向き、オリアンは言った。 



「衛兵さんから聞いたダンジョン【象牙の塔】とやらに挑戦してみたいと思います」



疑問に首を傾げた青年に、少年は同意を示す。



「はい、疑問も最もです。 が、せっかくの観光地。 遊ばねば損でしょう。 どうせ町の人から聞いた所、命の危険はないそうなので、右も左も分からない俺達が慣れるには良い所だと判断しました。 また、どうせ近いうちに生活の基板を整え始めねばならない以上、遊べるうちに遊んでおいた方が良いのではないかという結論も出ております。

……はい、ご理解ありがとうございます。 どうせ攻略なんて出来ませんし、そのダンジョンに無様に撃退された後は、街の名前にもなった果樹園を見ようかと思ってます。 手摘み体験にてぎたてをその場で食べることも可能らしいです。 楽しみですね。 その後の事は、それから考えたいのですが、意見がある人は?」



青年がふるふると首を振ったのを見て、オリアンは満足気に頷いた。 少女は途中から飽きてしまい、今はもう窓から外を眺めていた。



「じゃ、用意お願いします」



そういうとオリアンは、少女の手をとり鏡の前に連れて行った。 一応身だしなみは整えてあるが、変な所が無いかどうか見るためである。 女の子なのだからできるだけ気を使うべきだ、と少年は信じていた。 


髪を手櫛で整えてやりながら、少年は思う。 やはり櫛とか買うべきだなと。 そうしてついでに服に目をやる。 シンプルなチュニックにスボンだ。 いくら袋に入っていた裁縫道具で体に合うようにしたとはいえ、元は大人用なのでやはり大きい。 それに、元々女の子が着るような物じゃない。 それも考えなくちゃならない。 しかし資金は無限じゃない上、身金を稼ぐ方法なんて知らない。 店に雇ってもらうとしても、身元が不確かな大人と子供二人の寄り合いだ。 うち二人は喋れない。 僅かに溜息を付いて、これまた袋に入っていたハンカチを紐状にしてポニーテールを作ってやった。


鏡に映る青年と目が合い、笑いあう。 まあ、なんとかなるだろう。 今までもなんとかなってきたのだし。






用意を終えた三人が階下へ降りると、エドマンドとジークが遅い朝食と一緒に朝から酒を飲んでいた。 五人は互いに手を振りあい、言葉は交わさずにしていた事に戻る。


外に椅子を持ち出してパイプを吹かしていた宿の主人に笑顔で見送られ、三人は一路塔へと向かった。 街の門から塔まではそう離れてはおらず、軽い散策程度の感覚で気軽に行けると住民たちの評判も専ら良いと聞いている。 現に到着した際、塔の入り口付近には屋台や道具屋、有料の屋根付き休憩所などが屯し、果ては象牙の塔クッキーなんて物すら売り出されていた。 商人というものはどんな所でも同じような事を考えつくらしい。 以外にも青年は饅頭を一際気に入ったらしく、オリアンはもう一箱買い求めるはめになった。



しかし、紺碧の空の真っ只中に聳え立つ塔そのものは遠くから見ても中々に猛々しかったが、根本から見たそれは徒歩で登れと言われたら一瞬で断りたくなるほど面倒くさい高さと広さを誇っている。 オリアン後ろからの若干非難げな視線に感づいたが、言い出した者としてはここで止めたいと言う訳にはいかない。 さあ行きますよお二人さん!と声をかけ、周囲からの生暖かい目を受けながら扉を潜った。


途端、林檎のような香りが微かに鼻孔に潜り込んでくる。 【象牙の塔】の内部は外と同じく真っ白で、硝子のような透明な何かがはめ込まれた大きめの窓の数々が、天使でも光臨するかのような雰囲気を醸し出している。 三人はその目に痛い一階の中心に、濃色の木で作られた椅子とそれに座る男に注目した。 彼はどこにでも居そうな容姿で、どこにでもありそうな茶色の服を着て、腰に差した長い剣を地面に擦りながら本を読んでいて、時折足を組み替えながらも内容に没頭しつづけている。 



「あのう」



焦れた少年は声をかける。 男はようやく顔を上げ、しくじったと言いたげな表情をした直後に人懐っこい笑顔を浮かべ素早く立ち上がった。 笑顔の端に若干皺ができている事からして、おそらく若くはないだろう。 しかしとぼけた外見とは裏腹に、身のこなしは素人とは到底思えないものだった。



「いらっしゃいませ、【象牙の塔】へようこそ! 私は門番でございます。 挑戦者の方々ですか?」


「はい、そうです。 三人で挑戦してみたいのですが、出来ますか?」


「ええ、最高十人まで可能です」


「あら、結構余裕あるんですね」


「ええ、我らが主人のご意向でございます」


「なるほど。 して、挑戦するにあたって何か必要な物とかありますか?」


「はい、まずは挑戦するにあたり、あちらの壁に掘られている表に則った料金をお支払いいただく事になっております」



すっと門番が手をやった先の壁には、条件により細かく別れた表が描かれていた。



「ここの主は几帳面なんですね、種族や系統とかに分かれてて凄い細かいです」


「ええ、なにやら個々の状況下でありえる被害の最高額をまず算出して、それから何かごちゃごちゃやったらしいですよ。 補佐をしている方がそう言ってました」


「あらぁ、お疲れ様です……」


「ほんとですよ。 一々真面目なんですからあの方は。 だからこそ此処は結構な人気スポットなんですけどね!」



門番は誇らしそうに胸を張る。 彼の口ぶりからして、ここに住む主はとても尊敬されているようだ。 嬉しそうな彼を見て、オリアンも少し嬉しい気持ちになった。



「それは楽しみですね。 えー、一般人、人間の大人一人。 一般人、獣人の大人一人と、一般人、人間の子供一人で、いくらになるんでしょう……」


「えーと、ってあれお客さん。 子供ってその女の子の事ですよね? 人間じゃないですよその子」


「え?」


「え?」



表を眺めていた青年が二人を見た。



「あれ、人間じゃないんですか?」


「違いますね。 人間だって言ってたんですかその子?」


「いえ、言葉もわかんないらしくて意思促通出来てないんです」


「よくそれで旅出来てますね」


「いやあ」



オリアンは照れた。



「褒めてませんよ。 まあ良いです、その子は……あれ、なんでしょうその子」


「えっ」


「えっと言われましてもねぇ」


「この流れは普通ばばーんと秘密を明かして私達がな、なんだってー!となる所でしょう」


「そう言われましても、本当にそんなの見た事ないんですもの。 魔力の量も多いですし、最も近い種族で言えばディヴェクスなんですがなんか微妙に違いますし」



ひくっと青年の耳が動いたが、オリアンはそれに気づかなかった。



「ふうん、まあどちらにせよ仲間ですし問題は無いです。 で、その場合支払いはどうなります?」


「んー、その子魔術とか使えます?」


「使った所は見た事無いです」


「壁や天井などに危害を加えるご予定などありますか?」


「ございませんが、何故そんな事を聞くのか聞いても?」


「壁を壊してショートカットしようとする方々が時折居らっしゃるんですよ」


「じゃあ大丈夫です、上まで辿りつけないの前提ですから」


「なら人間の値段で良いですよ、最初から諦めてるのもどうかと思いますが。 40ルドと20ルドと……猫ちゃんは大人しそうだから45ルドで良いですよ、しめて105ルドとなります」


「やっぱりこんだけ白いと維持費が嵩みますか」


「それもありますが、仕掛けや内装に結構必要とするものがあるんですよ。 でもその分の見応えはありますので、詳細はどうぞご自分の目でお確かめください」


「わかりました、ありがとうございます。 他に何か必要な物などありますか?」



青年が生まれて初めて猫ちゃん呼ばわりされた事に少し感動している横で、淡々と話は進んでいく。 暇そうに外の喧騒を眺めていた少女は、青年のそんな珍しい反応を疑問げに見つめた。



「そうですね、ある程度の食料や寝袋などをお持ちするようお勧めしますが、『はじめたい』と仰ってくださればいつでも門が開きます。 基本事項やそちら側の権利などが書かれた紙は第一試練と共に一階にございますので、そちらをご参照ください」


「わかりました、ありがとうございます。 ただ、門とおっしゃいましたが、それ自体はどこに? 見当たりませんが」


「容量節約のため、必要な時に現れるようになっております」


「あー、結構世知辛いんですね」


「主人は神じゃありませんからね、どうしてもそうなります」


「なるほど。 それじゃ、始めたいです」


「了解しました。 ではどうぞ、お楽しみください」



風が動いたのを三人が感じ取ると同時に、林檎の香りが一際強まった。 いつの間にか右側の壁に現れていた細い鉄骨の門の向こうには、同じように純白の上に続く階段と奥の方に掛かる太陽のような光が見て取れる。 オリアンは二人に頷き、歩き出した。







用語解説:

ディヴェクス=神々

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