Ch.1 出会えたのは、必然か偶然か。(1)
どちらにせよ、貴方に出会えたから。
「ん……」
白色の少女が目を覚ましてから初めて見た世界は、初めて見るものばかりだった。 青色の空、白い雲、緑の葉葉、すぐ目の前の知らない少年。 少女は何を思っているのか、目をつぶっている少年の顔を自身の銀色の目でぼーっと見上げる。 ふと、少年が目を開けた。 彼は少女が目を開けたのを見て、やさしく笑みを零し、その金色の目を和らげる。 少女は今まで、そんな色の目を見たことが無かった。
「おはよう」
少女は理解しているのかいないのか、黙っている。 少年はそれに構わずに言葉を続けた。
「きみ、倒れてたんだよ。 こんなすっごい暑い日に影のないとこで。 ダメだよあんなとこで寝ちゃ、熱射病になるよー?」
薄茶色の髪の少年は彼女の頭を撫でつつ困ったように笑う。 今回はたまたま自分が居たからいいものを、と。 そこで初めて自分の頭が彼の膝に乗っていることに気づいた少女は、慌てて体を起こそうとした。
「だーめ、まだ寝てなさい。 気分悪いなら休まなきゃ」
少女は困惑に顔を歪めた。
「反論は認めませーん」
肩を押され、少女は諦めて再び横になった。 少年はゆっくりと彼女の髪を撫でる、さらさら、さらさらと、飽きる素振りも見せずに。 少女は嫌がらずにそれに身を任せ、猫のように目を細めて受け入れる。
少しばかりの時が経った後、少年は少女を起こして水を飲ませた。 そこで少年は気づいた。
「やーごめんごめん、そういえば自己紹介してなかったね! 俺はオリアンっていうんだ。 気軽にアンって呼んでよ」
頭を撫でられた少女は、表情を出さずに少年を見つめた。
「……すいません、普通にオリアンって呼んでください」
少女は済まなさそうな顔をした。
「……あれ、まさか言葉、わかんない?」
少女はそのままうなだれた。
「あーうん、じゃあまあ、とりあえず近くに道があるし、それにそってきゃ多分どっかには出るでしょ。 そこでどうするか決めましょうかー」
オリアンは立ち上がり、少女の手をとって歩き出した。 少女は驚いた顔をしたものの、特に抵抗もせず彼に付いて行く。 ふわ、と彼女のドレスの、白い裾が舞った。
日が暮れた頃、少年と少女は森から抜けだした。 抜けだしたとはいっても近くには街どころか村もなく、明日また歩こうと入り口近くで夜を越すしかなかったのだが。 とりあえずオリアンは薪を集めて火を起こし、二人は共に朝を待った。 朝が来ると二人は鞄の中にあった保存食を食べ、何もない草原の中の道を歩き、再び夜を迎え、それをもう一度繰り返した後、少女とは正反対の色の青年と出会った。
青年は真っ黒な肩まである髪の毛を持ち、同じ色の大きな猫耳と尻尾をぴくぴくと不安げに動かしながら、無表情で二人を見ていた。 彼の手は、暑いのか袖をまくり上げられた灰色のシャツの裾を、忙しなく弄っている。 少年はそれを見て、ことさらゆっくりと青年に話しかけた。
「こんにちはー、良い天気ですね!」
青年は曇り空を見上げ、再び少年を見る。 疑問気な尻尾の動きとともに。
「いやまあ曇りではあるけどさ、お日様出てない分涼しいでしょ?……というかあれですか、貴方も喋らない派ですか? そういうの流行ってるの最近?」
青年はわからない、と微妙に首を振った。
「……あ、でも君は言葉が分かるんだ?」
青年は目を瞬かせて頷いた。
「じゃあいいや。 あ、俺たちこの先にあるかもしんない街かなんかに行こうと思ってるんだけどさー、一緒に行かない?」
青年は頷いた。
「たっかい壁だねー、ここはなんか良い街な予感! 安全そう!」
少女は興味深気に目の前の門を見上げ、青年はそうかなとでも言いたげに首を傾げた。 そんな三人組を見て、そこを守っていた衛兵が寄ってくる。 衛兵は鉄の防具により風貌はあまり分からないが、優しそうな声と笑みを持っていた。
「いらっしゃいませ、ようこそドリームグローブの街へ」
「こんにちは。 今日も暑いですねー、お疲れ様です」
「本当ですよ、特に鎧の下なんてまさに蒸し風呂状態で。 こちらには観光で?」
「やー、実は俺たち全員迷子でして。 一緒に居るのも偶然なんですよ。 そんで適当に道を辿ってたら、ここに着いたんです。 この街はどういう所なんですか?」
「おやまぁ、それは災難でしたね。 ここはドリームグローブ、日が落ちると少しの間だけ淡く光る果樹の園が目玉の街です。 とはいっても、最近は廃れてますけどね」
「廃れてるとか言っていいんですかいな?」
「いーんですよ、廃れたのは観光業だけですしね。 おかげで定時に帰れるどころか、今もこんなにお話できるほど暇で嬉しい限りですよ。 来る人が少なすぎて門の警備に配置されるのが一人になったという、悲しい誤算はありましたけど。
「ま、そもそも、ここは元々農作物の出荷が主な収入源ですから、観光客から落とされるお金は無くても別に良いんです。 最近ダンジョンが近くに出来ましたから、それの挑戦者達も増えて来てますけどね。 でも確かに光るのは綺麗ですから、今夜あたり見に行ったらどうでしょう?」
「いいですね、綺麗なのは大好きです。 だけど、ダンジョンの挑戦者ってどういう意味ですか? たしか、ダンジョンって…」
「あ、もしかして西の方からいらっしゃいました? ダンジョンって言っても、最近東のほうから伝わってきた、人工的に作って遊んじゃおう! みたいなお遊びの一種です。 たしかに元々は魔物などの吹き溜まりって意味ですが、こっちはちゃんと管理されてますから基本的に安全ですよ。 もちろん報酬が大きかったりするとそうでもなくなったりする場合があるらしいですが。 …図書館島のお祭り、知ってます?」
なんともなしに喋っている二人を見ていた青年は、興味を失ったのかふいと顔を逸らして空を見上げた。 少女はそんな青年を見て、同じように見上げる。 三人が出会った日とは違い、今日は少量の雲が漂うばかりの晴天だ。 青年は一瞬だけぴくっと動いた耳に注意も払わず、表情なくただ頭上を見上げつづけている。 しかし少女はやがて飽きたのか、再び少年の腕に擦り寄った。
「やー、知らないですね。 どういうのですか?」
「えーと、図書館島ってのはそれ自体が一個の大きな図書館になってるんですが、昔から希少な本が読める機会を提供してるんですね。 それがお祭りと呼ばれてるんですが、そこの最初の持ち主が「貴重な知識が欲しいなら、まずはその資格を示させよう」って思ったらしくて。 死ぬようなのは一切ないらしいんですが、わりと酷い罠がいっぱいあるって定期的に参加してる私の友達が言ってたんですよ。 で、人工ダンジョンもそんな感じですなんですって。 魔物が追加されてるだけで。」
「うわ、怖いですね。 でも、安全なら一回ぐらいは挑戦してみてもいいかもです……あ、教えてくれてありがとうございます! そうだかっこいいお兄さん、ついでに安くて良い宿とか知りません?」
「はっは、抜け目の無い子ですねー。 まあ知ってますけど。」
「ホントですか?! お兄さん凄い! さすがイケメンは違うね!」
「ははは、ありがとうございます。 そうだ、皆様のお名前をお伺いしても宜しいですか? 一応ですけど」
「俺はオリアンっていいます。 後ろの二人はわかりません」
「はい?」
「えっとですねー、女の子は喋らないどころか言葉もわかんないみたいで、こっちの人の方は言葉は分かってるけどなんか喋らないんですよ」
少年たちの会話を後ろに、昼寝によさそうな日だなと考えていた青年は、その言葉に視線を戻して親指を立てた。 少年は同じように応える。 少女はそれを見て、二人の真似をした。
「まー、コミュニケーションは取れてるんですね。 ならいいでしょ。 そういえば、そっちの兄さんは獣人ですか?」
衛兵は、青年に近づき見上げながら言った。
「ええ、触らせて貰ったんですが本物でした。 毛並みが凄いさらっさらのふわっふわで気持ちよかったですよー」
「あ、いいですねー。 私獣人とか初めてなんですよ。 兄さん、ちょっと触らせて頂いても?」
青年は一度耳を大きく動かしたと思うと、頷いた。 衛兵はとても嬉しそうに笑うと、早速手袋を外しながら青年に近寄っていく。 彼はそのまま少し屈んだ青年の頭に手を伸ばし、撫で始める。
「うわ、マジでいいですねこの毛並み! なんか特別なお手入れでもしてるんですか?」
今にも喉を鳴らしそうなほど気持ちよさげな青年は、僅かに首を振った。
「そうなんですか、羨ましいですね。 私のなんてちょっと気を抜くとすーぐぼっさぼさになっちゃって。」
衛兵は名残惜しげに手を離すと、手袋を填めつつ元いた場所に戻った。
「……あー、すいませんなんかお引き留めしちゃって。 とりあえず、ようこそドリームグローブへ!」
おかしな所があったら、指さしながら笑ってください。
本望です。