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Book I: 夜明けの少年と三の娘
1/15

プロローグ

深い森の中に、人目を避けるようにしてわりと大きな馬車が一つ、静かに進んでいた。 その周りを囲むように歩いている体つきの良い者達は目深にフードを被り、腰には剣を挿している。 そして馬車の中、明かり一つすら無いそこには、おそらくは意思に反して捕らえられたのだろう者達が手と足を縛られ、皆一様に絶望の色を宿しただ座っていた。 ただ一人、金色の瞳をした少年以外は。


少年は見た目からして異質である。 茶色の上下やそこらに売っていそうなブーツなどはともかく、赤みの強い、まさに黄金と呼ぶに相応しい穏やかな目の色。 良く手入れされている、明るい茶色の柔らかそうな猫毛。 しかし、この状況でも口元に浮かべているその笑みこそが、最もそぐわしくなく異質である物と言えよう。 まるでそれは、これから彼にとって良い事が起きると心の底から信じているかのようだった。


そしてそれは、その通りだった。 何かがその馬車を襲撃し、その場に居た者達はてんでバラバラの運命をたどり始めたからだ。 ただ、一つだけ言える事がある。 もし彼がそこで殺されていたならば、世界の運命は全く違った物になっていただろう。 それは良い事だったのか、悪い事だったのか。 どちらにせよ彼は生き延び、そして目覚めた時に、すっかり真っ青に透き通った空に目を細め、心の底から笑った。


「俺は! 自由! だーっ!」


天に拳を突き上げ、笑顔で叫んだその泥で汚れた顔のどこにも危険の二文字はなかった。 どちらかというと、その声に驚き飛び立った鳥達の方が賢い生き物であると、もし第三者がそれを見れば言っただろう。 やがて彼は恥ずかしくなったのか、若干気まずげに腕を下ろし、ここは何処と周囲を見回しはじめた。


周りには血と死体が散乱していた。 彼は一瞬恐ろしげに肩をすくめ嫌そうな顔を作ったが、ふるりと緩く頭を振ると打ち捨てられた体や荷物などを漁り、最終的には幾日分の着替えや食料、地図など必要な物をこれまた無事だった袋の中に詰め込んだ。 とはいえ縛り口は完全に閉じておらず、少し欲張り過ぎたか? なんて事を考えながらもう一度彼は空を見上げ、照りつける力強い陽光を遮る葉葉の中を歩き始めた。 


いくらか森の中を歩いていると、突然に若干開けた場所が眼前に広がった。 とはいっても、自然に出来たものではない。 地面には大きな穴があき、ついでに元々そこにあったであろう木々は大小の欠片に粉砕され、ただ一つの齟齬を除いてはそこ一帯の生命は死に絶えたかのようだった。 そう、何処からか聞こえてくる濁音の虫の合唱が響き渡るその空間の中央には、白色の少女が倒れていたのだ。 彼女は長い白い髪を持ち、服も、靴も、何もかもが真っ白な上、その美貌は肌が息づいていなければ人形と思える程に整っていた。 


あのままだと日射病になりそうだな。 そこに行き着いた思考は、彼にためらいなく影から踏み出させたものの、体は正直なもので。 肌を焼く光の暑さに、彼の足は止まってしまった。 いくら夏とはいえ、さすがにこれはなぁ。 影に居るだけでも少年にとっては汗が噴き出るほどであるのに、直に熱が来るような所に行くのは、さすがに彼にとっても嫌なものだった。 それでも、いやだいやだと思いながらも助けに行ったのは、さすがは男の子と言うべきだろう。


思ったより重かったのかふらふらと彼女を影に運んだ少年は、適当な布に水を含ませ額に乗せてやった後、無いよりましかと手で風を扇ぎ始めた。 やがて少女は銀色の目を開き、彼の顔を見るだろう。 しかしそれまでは、時折吹く微かな風が、穏やかな時間を歌う事になる。


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