第2部 4話 依頼人 金成
「あんたが、探偵さんか?」
気色悪い男の声。それが、金成の声だ。
ふてぶてしく、嫌味な口調。完全に洸の事を見下している。それが、洸には耐え難い屈辱だが、ここは大人しく怒りを静め笑顔で答えた。
「えぇ。俺が、鬼滅屋の総責任者です」
「ふ〜ん。どう見ても、高校生にしか見えんが?」
見下した態度の金成は、椅子に座ったまま葉巻を口に咥える。依頼した割りには、随分と態度がでかい。しかも、妙な強気な姿勢。本当に命を狙われているのだろうかと、不思議になってしまう。だが、態度がでかいのには理由がある。窓は防弾ガラスで、部屋には複数のSPが銃を所持し仁王立ちしていた。念のためと、洸もボディーチェックをされたが、出てきたのは封鬼符だけ。普通の人が見れば、それはただのテープの為、すぐに返却されたが、とても不快な気持ちになった。
「まぁ、仕事さえ、きちっとしてもらえれば、構わんのだがね」
口から煙を吹かし、背凭れに凭れ込む金成は昂然とする。その態度が無性にイラッと来る洸だが、拳を押さえ込み笑みを浮かべていた。すると、秘書の雨森が毅然とした態度で、洸を見据えており、静かに右手で眼鏡を上げる。
「社長。神村様は、既に依頼の方を済ませている様です」
「ほぅ。すでにワシの依頼は終わっていると言うのか?」
「その様に、私は聞いておりますが」
堂々とした口調でそう言い放つ雨森。その雨森の言葉に、薄気味悪い笑みを浮かべる金成に、洸は気色悪いものを見る様な蔑んだ眼をする。そして思う。ここに夏帆をつれて来なくて正解だったと。
ふてぶてしく笑う金成は、そんな洸の目を見据える。洸は金成と視線がぶつかると、すぐにその視線を逸らす。正直、こんな奴と視線を合わせるのも嫌だった。そんな洸を急かす様に金成が口を開く。
「それで、ワシの命を狙っていた奴とは、誰だ? 連れて来ているのだろ?」
「えぇ。すでにこの部屋にいますよ」
そろそろ金成の気色悪い表情に嫌気がさした洸は、静かにそう言い放った。すると、怪訝そうな表情をする金成が、バカにした様にふてぶてしく笑う。
「フハハハハッ……」
当然、洸の言った意味を理解する頭を、金成が持っているわけが無い。すぐさま机を叩くと、怒声を響かせる。
「貴様! ワシを愚弄するつもりか! あまり、調子に乗っていると――」
金成が右手を上げると、周りにいたSPが胸元から銃を抜き洸に銃口を向ける。無数の銃口を向けられ、流石の洸もお手上げと言った感じを見せていた。だが、表情は変えず、力強い目付きのままだ。しかし、金成は蔑んだ眼で洸を見据えると、バカにした様に笑い出す。
「既に依頼が終わっておると言うから、楽しみにしておったが、とんだ詐欺師だった様だな」
その言葉に洸の堪忍袋の緒が切れた。今まで我慢に我慢を重ねてきたが、流石に限界だったのだ。額に青筋が浮かび上がり、奥歯が強く噛み締め過ぎて軋む。顔を伏せる洸は、静かにポケットから封鬼符を取り出した。それを見るなり、金成とSPが大笑いする。そのテープで何が出来ると。だが、洸は苦笑し静かに封鬼符を伸ばし、宙に投げ出す。
「俺は…言った。すでにここにいると……」
右手を引く。すると封鬼符が宙で何かに巻き付く。
「依頼料はキッチリと払ってもらうからな!」
「な、何をバカな事を言ってるんだ! このクソガキが!」
金成がSPに指示を送る。洸に銃口を向けるSP達は、表情一つ変えず引き金を引いた。銃弾が洸に向って飛ぶ。これは、賭けだった。洸は奥歯を噛み締め、力一杯右手を引いた。
「早く出て来い! クソ鬼が!」
空間に裂け目が現れ、洸よりも少々大きめの体格の鬼が姿を現した。鬼にしては小柄で、腕も足も細い。肌の色は赤黒く、鋭い爪が指の先から十センチ程突き出ている。額からは突き出た二本の角は、鋭く尖っていた。
そして、鬼が現れると同時に、洸に向って来る弾丸が全て床へと落ちる。金成を含めSP達は何が起きたのか、分かっていない様だった。そして、目の前に突如現れた化物に驚きの声を上げる。
「な、何だこいつは!」
「一体何処から現れた!」
「か、構わん! う、撃て!」
戸惑うSP達に、金成が叫ぶ。その声に、戸惑いつつもSP達は鬼に向って弾丸を放つ。銃声が幾つも続けて鳴り響く。だが、どれも鬼に届く前に失速し床へと落ちる。鋭い眼光がギョロリとSPを見回す。
封鬼符を鬼から解いた洸は、それをロール状に戻し静かにポケットにしまう。そして、金成の方に目をやり笑みを浮かべて静かに口を開く。
「これが、あなたの命を狙っていた者の正体です」
「ふ、ふざけるな! き、貴様! 何をした」
「俺は、何もしていない。あんたこそ、何かやったんじゃないのか?」
落ち着いた口調でそう言う洸に、表情を引き攣らせる金成。やはり、この鬼は金成に何らかの恨みを持って現れた鬼の様だ。その証拠に、鬼は周りのSPに目も暮れず、金成の方へと足を進める。鬼は洸の横を過ぎ、確実に金成の方へと近付く。
「あなたの依頼通り、あなたの命を狙う者を連れてきたんです。そろそろ報酬を頂きたいのですが?」
「な、何をふざけた事を! こいつを今すぐどうにかしろ!」
怒声を響かせる金成に、洸は呆れた様に首を振り、答える。
「残念ながら俺の受けた依頼は完了した。報酬が頂けないのなら、次の依頼は受けられませんね」
「き、貴様!」
怒りに声を震わせる金成に、不敵な笑みを浮かべる洸は、堂々とした態度を崩さない。その間も一歩一歩前進する鬼は、右手を金成に向って伸ばす。戦う素振りすら見せない洸は、ポケットに手を入れたまま、金成を見据える。
身の危険を感じた金成は腰を抜かし、地べたを這い蹲り逃げようとしていた。そんな金成を見下す洸は、目を細め部屋を見回す。先程まで銃を撃っていたSPは全員床に横たわり意識を失っていた。そして、秘書の雨森の姿だけが無い。不思議に思う洸だが、金成の悲鳴でそれもかき消された。
「や、やめてくれ! た…助け……」
鬼に首を掴まれる金成は、口から泡を吹きながら白目を向く。流石にこれ以上は不味いと思った洸は、封鬼符を取り出し右手に巻く。
「ったく、本当に面倒な依頼だ!」
洸が鬼の方へと走る。そして、右手に氣を集めた。
「取り合えず、まだ報酬貰ってないんでな! 破ッ!」
氣を込めた右拳を鬼へと突き出す。手応えと同時に、鈍い音が聞こえる。だが、鬼の左手が、洸の右拳を受け止めていた。
「なっ――!」
驚く洸は、右拳をすぐに引く。それは、咄嗟の行動で、身の危険を感知したのだろう。この鬼は今までの鬼と違うと、気付いたのだ。その為、洸は左手にも封鬼符を巻き、両手に氣を集める。
風が洸の足元に吹き荒れた。右腕に巻きつく封鬼符が氣を搾り出す様に、右腕を締め付ける。右腕を襲う激痛に、奥歯を噛み締める洸は、引き攣った笑みを浮かべた。