第10部 3話 最後の攻撃
何度目だろう。
激しく火花が散り、衝撃が広がったのは。だが、周囲を囲う封鬼結界が、衝撃を全て吸収し、封鬼符が衝撃の度に不気味に光る。
無数に抉られた地面に、黒い体が膝をつく様な形で座り込んでいた。一方で地面に横たわるもう一つの影は、完全に消えかけていた。
『ク…クフフフッ……フハハハハハッ!』
静まり返った封鬼結界内に、高笑いが響く。
『フハハハハハッ! 奴の力も今や我に届かぬ! これで……これで、我は不滅なり!』
『プッ……』
『何がおかしい!』
思わず笑いを漏らしてしまった優作に、幻轟が素早く反応する。
『消えかけた貴様に何が出来る!』
『俺だけか? お前に傷を付けたのは?』
両腕、両足の消滅しかけた優作が、空を見上げたまま意味深にそう告げ、その瞬間に幻轟の脳裏に先程の光景が映し出された。
不意に消えかけた右足へと目が向き、洸の事を思い出す。だが、さして気にすることは無かった。目の前に居る強敵を、この世から抹消できる。ただそれだけの欲望。それが、幻轟の足を自然と優作の方へと進ませた。
『無様だな。貴様が死んだと聞いた時は、正直がっかりした。我が貴様を殺すつもりだったからな。だが、こうして貴様を殺すチャンスが回ってくるとは、実に運が良い』
『俺も、殺されるつもりじゃなかったんだがな。まさか、奴が動いているとは思わなくてな』
『奴? まぁ、誰でも関係ないさ。貴様はここで俺に消されるんだからな!』
消えかけた優作の首を右手で掴みあげる。僅かに苦しそうに表情を歪める優作だが、口元に笑みが浮かぶ。そして、静かに幻轟に何かを告げた。
すると、幻轟の動きが一変する。表情が凍り付き、僅かに手足が震え、優作の体が地上へ落ちる。
遠目からそれを見ていた洸には、何が起こったのか全く分からなかったが、幻轟の様子がおかしい事だけは分かった。そして、これがチャンスだと言う事も。
氣は――十分だろう。後は集中力と気持ちで何とかカバーできる。右腕の傷は大分悪化しているが、痛みは和らいでいた。感覚が麻痺してしまっているのだろうが、指は動くし氣も練りこめる。戦いに支障は無い。
拳を握り締め洸は静かに深呼吸する。何度目か分からないが、静かに息を吐いた洸はゆっくりと腰を上げると、血の染み込んだ封鬼符の上から、新しい封鬼符を巻きつけた。
「準備は出来た。後は――」
洸は俊也、夏帆の二人へと視線を送り、静かに頷く。三人の意思は通じており、各々攻撃態勢へと入る。薄く拳に氣を張った洸は、呼吸を整え意識を集中し、氣を無駄に消費しない様調整しながら、ゆっくりと地を蹴った。
時を同じくして、俊也も地を駆ける。右斜め下に構えられた刀が薄い氣の膜に覆われ、不気味に光りを放ちながら、切っ先で地を抉っていく。
そして、弓を構える夏帆が息を静かにゆっくりと吐き出しながら、矢を弦へと掛け狙いを定める。指先から僅かに氣を放出し、矢を純度の高い氣が覆いつくす。矢がその氣に耐え切れずに軋み、鏃が僅かに砕けた。
「壊――放!」
澄んだ声が小さくそう呟き、矢が放たれる。衝撃波と爆発音を轟かせ、夏帆の体が後方に吹き飛ぶ。“壊”の欠点である衝撃が、夏帆の体を貫いたのだ。洸でさえ肩を吹き飛ばされた様な痛みが突き抜けるのだ、小柄でましてや女性である夏帆ではひとたまりも無い。
地面を転げる夏帆を気にしながらも、洸は足を止めない。これが、最後のチャンスかも知れないからだ。それに、夏帆だって全力で矢を射った。多分、今の夏帆にさっきと同じ様に矢を放つことは出来ないだろう。
『お前も、終わりだ』
『黙れ! 我は消えぬ! この世に在り続けるのだ!』
幻轟が怒鳴り、拳を振り上げた。直後、金色の矢が脇腹へと鏃を食い込ませる。
『フグッ! な、何だ……』
激痛と衝撃に、幻轟の表情が歪み、右手で矢を掴む。だが、氣を纏った矢は勢いを留めること無く、幻轟の体を貫かんと鏃を肉体へと減り込ませる。
『なめるな! 小娘が!』
夏帆のいた方へと目を向け、矢を抜こうと力を込めた。刹那、閃光が視界の僅か端を走り、もう一方の脇腹に激痛が走る。
『グッ……。き…さま……』
「苦しいのは、これからだぜ」
額に青筋を立てる幻轟の視線の先に、俊也の姿が映り、刀の先が自らの肉体を突いている事を確認した。いや、確認する事しか出来なかった。次の瞬間には「絶貫」と、俊也の力強い声が響き、僅かに見えた刃が氣を帯、光りを放ち幻轟の視界を奪ったからだ。それと同時に、肉体を破壊するかの様に、刃の先から一気に氣が流れ込み、幻轟は自由を奪われた。
『クッ…があっ! カ…カラ……だ……が……』
声が途切れる。思う様に声も出せなくなっているが、眼だけは力強く未だ野心を燃やしていた。
が、それもすぐに変わる。目の前に現れた封鬼符を右手に巻いた洸の姿によって。黒髪が揺れ、拳が輝く。
「前は封じる事しか出来なかったが、今は違う。お前をこの世から、消滅させる」
『や、止めろ! わ、我は――』
「消えろ!」
拳が輝きを増し、封鬼符から煙が上がる。
「滅!」
低い声が響き、拳が幻轟の六つに割れた腹へと突き刺さった。
『グオオオオオッ!』
大気を震わせる幻轟の叫び。それを間近に受け、洸の体は吹き飛ばされそうになった。おまけに、鼓膜が破裂しそうなほど痛んだ。脳が揺さぶられ、頭が割れそうだ。
それでも、洸はそこを離れるわけにはいかない。今、拳を引けば全てが無駄になる。夏帆の放った矢も、俊也が突き刺した刀も。そして、幻轟の体内に注がれた大量の氣も。
「うぐっ……。とっとと……消えろぉぉぉぉっ!」
更に力を込め、拳を腹へと押し込む。刹那、腕に巻かれた封鬼符が青白い炎を纏い、激痛が洸の腕に襲い掛かる。
「うっ……うおおおおっ!」
声を張り上げ、痛みに堪える洸が更に力を込める。すると、拳の減り込んだ幻轟の腹部からも青白い炎が上がった。激痛と共に体を蝕む様に広がる炎に、言葉にならない幻轟の叫び声が辺り一帯に広がる。
一方で苦悶の表情を見せる洸は、ついに右膝を地に着いた。体力も氣も既に限界だ。それに、右腕を襲う焼ける様な激痛が、意識すら奪い去ろうとしていた。
「グゥ……。ダメだ……俺はまだ……」
霞む意識を保ちながら、激痛に絶え尚も氣を流し込む。だが、残り僅かの氣で幻轟を完全に消滅させる自信は無い。俊也の突き刺した刀からも、夏帆の放った矢からも、氣は殆ど失われ、完全に打つ手を失った。