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鬼滅屋 本舗  作者: 閃天
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第9部 2話 殺意に満ちた殺気

 足がゆっくりと遼の体から退く。

 地面に減り込んだ遼は、意識を完全に失い、弱々しい呼吸だけを繰り返していた。背中に残された爪痕から、真っ赤な染みがシャツに広がる。傷が深いのだろう。

 息をゆっくりと吐き、怒りを静める。頭に血の上った状態で、まともに相手を出来る奴では無いと、洸自身ハッキリと分かっていたからだ。瞼を閉じ深く息を吸い、洸は目を見開き鬼を真っ直ぐに睨む。

 美しい漆黒の体に、ふと洸は疑問を感じる。


「お前、あの時の傷はどうした? あの時、確か先生はお前に致命傷を与えたはずだ! 幾ら回復したからって、傷痕が残らなかったって事はないだろ!」


 以前この鬼と対峙した時、洸の先生である優作ですら致命傷を与えるだけで倒すまで到らず、ギリギリの所で結衣の心の奥深くに封じる事に成功した。それは、優作と洸の二人だから封じる事が出来たのだ。だが、その代償は大きく、優作も一歩間違えれば命を落とす程の大怪我を負った。

 あの時に右肩に滅を食らわせ、風穴を開けたはずだったが、今は完全に塞がり傷痕すら残っていない状態だ。それが、洸には納得できなかった。幾らなんでもあれ程の傷を消すなど不可能だと。


『あの時か……。確か、ここに風穴を開けたんだったな』


 右肩に触れながらボソッと呟く鬼は、不気味に歯を見せながら笑うと、洸の目を真っ直ぐに見据え、右手で自分の頭を指差す。


『下等な人間の頭では理解できんだろう。我はこの娘の中で育ったのだ。この娘の中へ戻れば傷を治すなど造作も無い事だ』

「そうか……。なら、別に再生能力があるわけじゃないんだな。良く分かったぜ」


 拳を握り締め、洸は強気な笑みを浮かべ拳に氣を集めた。それに対し、鬼も嬉しそうに笑みを浮かべ、ゆっくりと拳を握る。刹那、殺気が洸を襲い動悸が激しくなり、“逃げろ!”と体が震え、“殺される”と直感が悟る。それでも臆する事無く、洸は鬼を見据えた。

 勝ち目は全く無い。優作のいない今、封じる事も出来ない。今、洸に出来るのは、全力で戦う事だけだった。


「てめぇの命を消滅させる!」


 地を蹴り、手の平に一瞬で氣を凝縮する。


「うらああああっ!」


 叫び声と同時に右拳が突き出され、眩い光りが辺りを包んだ。



 重々しい足取りで少年と女が歩く。少年の方はボロボロの制服を着込み、黒髪が眼を隠す様にしな垂れていた。呼吸が弱々しく、足元がもたついていた。


「やはり、休んでいた方が良かったのでは?」


 少年を心配する様に女性が尋ねた。左目の下のホクロにメガネが印象的な女性は、オレンジブラウンの髪を揺らし、少年の顔を覗き込んだ。穏やかな優しい眼と、切れ長の鋭い眼が合う。


「何だよ……。あんたに関係ないだろ? 迷惑なら、俺の事放って置けよ」

「俊也君。まだ、そんな事を言っているの? お姉さん悲しいよ」


 女性が涙を拭く様な仕草を見せ、俊也と呼んだ少年から手を放す。


「お、おい! 本当にはな――」


 顔から地面に倒れ、ゴンと鈍い音が痛々しく響いた。


「あら? 大丈夫?」

「大丈夫? じゃねぇよ。いきなり手放してんじゃねぇよ!」


 体を震わせながら上半身を起こした俊也は、青筋を浮かべながら横目で女性を睨んだ。その視線にニコッと微笑みかけ、優しく囁く。


「ごめんね。シュン君」


 その艶かしい声色に、背筋がゾッとし、体中の毛が逆立つのを感じた。身震いする俊也は壁を伝い立ち上がると、ゆっくりとした足取りで歩き出す。その行動に困った表情を見せる女性は、彼の横に並ぶと心配そうに聞く。


「お姉さんが手を貸さなく手もいいの?」

「もういい。あんたにこれ以上手は借りない」

「シュン君。あんたじゃなくて、雨森姉さんでしょ?」

「……オバサン」


 笑顔が凍り、青筋が額に薄らと浮かび、右手が静かに俊也の額を掴むと、激痛が頭を襲った。雨森の怒りが握力を増加させ、俊也の頭を砕かん限りに不気味な音を起てる。


「うがああああっ! い、イタイ! 痛いって!」


 両手をジタバタとし、雨森の腕を払おうとするが、その握力は俊也の思った以上の力で、暴れれば暴れるほど、頭蓋骨に減り込む様に力を増していく。


「いぎぎぎぎぎっ! わ、悪かった。謝る! 謝るから、止めてくれ!」


 必死の叫びに握力が弱まる。そして、耳元で雨森が囁く。


「それじゃあ、お姉さんごめんなさい。って、言って」

「んな事言えるか!」


 即答する俊也だが、すぐにその言葉を訂正する。


「イダダダダッ! す、すいません! お、俺がわ、悪かった! これでいいだろ!」

「何か言い忘れてる事――」


 面白がっていた雨森の表情が変わり、俊也の額から右手が離れる。痛みから開放された俊也だが、すぐさま表情が凍りつく。漂う殺気と異様な空気が、二人の体を拘束した。息を吸うだけで、喉がいかれてしまいそうな程の刺す様な空気に、俊也は唾をゴクリと呑み込んだ。


「な、何だよ。まさか、アイツこんな不気味な殺気を放てるのか? こんなの人間の出す殺気じゃねぇぞ」


 汗だけが自然と額から溢れる。近付くなと知らせる様に鼓動が速まり、手足が僅かに震えた。死への恐怖をこれ程までに感じたのは初めての事で、頭の中が真っ白になり何から考えればいいのか分からなくなっていた。

 そんな状況を変えたのは雨森の一言だった。


「急ぎましょう! 彼が心配だわ。一体、どんな化物と対峙しているって言うのよ!」

「やっぱり、この殺気はアイツのじゃねぇのか?」

「当たり前でしょ! こんな殺気、いえ、殺意に満ちた感情あの子は無いわ。それに、あの子の目的は彼を殺す事じゃなくて、彼の背後に居るモノよ」


 早口の雨森が俊也の肩に腕を回し、体を支え走り出した。本調子でない俊也もその足並みに合わせ地を蹴り前へと進む。近付くに連れ空気が重く息が苦しくなっていく。まるで水中に居る様な気分だった。


「俊也君。先に言っておくけど、どんな状況になっていたとしても、絶対に手を出さないでよ」


 真剣な表情で雨森が念を押す。脳裏に浮かぶ嫌な光景がそう口走らせたのだ。だが、俊也は意外に素直に返事を返した。


「分かってる」

「そう」

「あんたこそ、下手に手ぇ出したしするなよ」

「分かってるわ」


 小さく頷いた雨森は、ゆっくりと深呼吸した。どこかでテンパっていたのだろう。少しだけ冷静さを取り戻し、握っていた拳を緩めると、薄らと笑みを浮かべた。

 だが、この時雨森は気付いていなかった。雨森が思っている以上に俊也は状況を掴めておらず、頭の中はグチャグチャだった。洸兄はどうなった? 結衣姉はどうした? 夏帆は?

 色々な事が頭の中を巡り、何も考える事が出来なかった。何故、雨森にあんな言葉を返したのか、それすら俊也は理解できていなかった。

 丁度その時だ。俊也と雨森の二人が廃ビルの前に辿り着いたのは。

 目の前に広がった光景は凄まじいモノだった。漆黒の塊が宙を舞い、突き出された洸の拳から光りが消滅する。現状を見た限りでは、何が起こったのか全く分からないが、直後洸の右腕から血飛沫が舞い、巻かれていた封鬼符が灰となり消滅した。

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