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鬼滅屋 本舗  作者: 閃天
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第8部 4話 楓の決意 三度目の発砲

 砕けたアスファルトの破片が降り注ぐ。

 大小様々の破片は、音をたて地面へと突き刺さり、その中で洸は荒々しい呼吸を繰り返す。だが、破片は洸の体を掠める事は無く降り続けた。時折大きな破片が飛んで来るが、体に触れる前に放出される氣によって消滅してしまう。

 視線を真っ直ぐに向け、立ちこめる土煙の中を見据える。両肩が上下に揺れ、視線もそれに釣られゆっくり上下する。

 感覚を研ぎ澄ます洸は、僅かに瓦礫の崩れる音を耳に捉え、すぐに拳を握り氣を収縮し、摺り足で右足を一歩前に出す。

 それと、同時に耳元で囁き声が聞こえた。それは紛れも無い遼の声だ。


「次は僕の番だ」


 不適な笑いを含んだ声。その声に振り返ろうとした洸の背中に何かが触れる。直感――と、言うよりも鬼と素手で戦ってきた感覚からか、瞬時に背中に触れたモノが何か気付いた。


「もう遅いよ」

「クッ!」

「キミは僕に勝てない」

「なめんなよ!」


 右手に凝縮した氣をぶつける為に、左足で地を蹴り右足を軸にして体を反転する。二人の視線がぶつかった。鋭い眼差しとふてぶてしい眼差し。両者の眼差しは対照的だが、目的は同じだった。


「消え去れ――」

「封陣――」


 二人の右手が氣をまとい光りを放つ。


「――滅!」

「――はりつけの十字架」


 洸は右拳を開き、遼に向かい凝縮した氣をぶつける様に突き出す。だが、その手が遼の体に触れる事は無かった。


「フフフフフッ……。どう? 十字架に磔にされた気分は?」

「ぐぅ……。ど…どうなってウグッ」


 十字架に磔にされたかの様な格好で体が動かない。何が起こったのか分からないが、手首や足首に何か細い糸状の物が巻き付いている。これが洸の体を拘束しているのだろう。

 右手に凝縮した氣が分散し光りを失った。奥歯を噛み締める洸は、真っ直ぐに遼を睨み拳だけを強く握り締める。

 不適な笑みを浮かべる遼は、右手の人差し指で洸の左肩を突く。


「僕はね。キミをずっと待ってたんだ。キミじゃなきゃダメみたいだからさ」


 彼の言葉の意味を洸は全く理解出来ていなかった。いや。正確には理解する気などサラサラなかった。隙を見せればいつでも牙を剥ける様に、右腕に巻かれた封鬼符が不気味に点滅している。氣だけが右腕を蠢いているのだ。


「その目――……あまり好きじゃないよ」


 俯く遼は下唇を軽く噛む。唇が切れ僅かに血が流れ零れ落ちた。そして、鋭い眼差しが前髪の向こうから洸を睨んだ。

 冷酷で刺す様な眼差しは洸の全神経を麻痺させた。恐怖による支配。体を流れる氣がザワメクのを感じ、左肩に痛みが走る。肉を抉られる様な激痛が。


「グアアアアッ!」

「キミは殺さないよ。苦しめるだけ。奴を誘き出す為にね」

「ふ……ざけ――グウッ!」


 遼の右手の人差し指が氣をまとい、洸の左肩へと減り込んでいく。服の下から湧き出す血は遼の手を、腕を真っ赤に染める。肘から滴れる血痕は乾いた土に落下すると、弾けて土に染み込んだ。

 苦悶の表情を浮かべる洸を、結衣は祈る様に見据えていた。戦う術の無い結衣に出来るのは、これ位だからだ。苦しむ洸を助ける事も、一緒に戦う事も出来ず、ただただ真っ直ぐに眼差しを向ける。

 どうして優作さんは私に戦う術を教えてくれなかったのか? 疑問が脳裏に過る。洸や夏帆は確かに才能があると言われ、俊也も努力でそれを補った。なのに何故私だけ? 考えれば考える程分からなくなる。


「結衣ちゃん」


 楓が背後から声を掛けた。


「楓さん……私――」

「泣かないの」

「で、でも……」


 左脇腹を押さえる楓は、苦痛に顔を歪めながらも優しく微笑み、結衣の頭を撫でた。


「大丈夫。信じなさい洸を。彼は優作さんが認めたたった一人の逸材よ。それに、泣いてる場合じゃないわ。私達には私達にしか出来ない事をするのよ」

「私達に……出来る事?」

「そう」

「でも、私――」


 俯く結衣の額に楓のデコピンが見舞いされる。


「痛いです……」

「うーるーさーいー! でもとか、言わないの! 大体、あなたにはあなたにしか出来ない事があるでしょ?」

「私にしか出来ない事? 何ですかそれ」


 自分に出来る事がある、と言う事に結衣の目の色が変る。力強く、それで居て希望に満ちた瞳。輝く瞳にニコリと微笑むと、楓は血で染まった左手で髪を掻き揚げた。本人は気付いていない様だが、額と前髪にはベッタリと血が付着していた。


「あ、あの……」

「大丈夫。私に考えがあるわ」

「えっ……そ、そうじゃなくて――」


 血の事を指摘しようとした結衣の口元に、右手の人差し指をそっと添えた。


「心配しないで。体は丈夫な方だから」


 親指だけを立てて結衣の方へと突き出した。全く言いたい事が伝わってない為、結衣は小さな吐息を漏らし苦笑する。

 もう一度ニコリと笑みを浮かべた楓は、右手で結衣の肩を叩き、すれ違い様に囁く。


「自分の力を信じなさい。あなたも優作さんに見出された一人なんだから」

「エッ? それって――」


 結衣が聞き返す前に楓は駆け出す。遼に向って。ホルスターから抜かれた銃が、一転して静かに楓の手の中へ納まり、銃口だけが遼の方へと向けられる。

 同時に鋭い眼光が一直線に遼を睨み、グリップを握る手にも無意識に力が入った。左脇腹からは血が染み出るが、楓は痛みなど感じていないかの様に地を駆け引き金が引かれる。

 鳴り響く轟音。火花が散り硝煙が香る。楓の足は止まり、今度は確りと額へと銃口を向けた。


「次は外さないわ」

「キミは――……そんなに僕を怒らせたいのかい?」


 彼の右手が洸の肩から離れ、項垂れる。栓を失い傷口から血が溢れ、洸のTシャツは真っ赤に滲んでいく。

 一方で、遼の右肩からも血が流れる。洸の血ではない別の血が、肘で洸の血と混ざり雫となって落下した。黒く濁った血が鮮血な血を濁らせ弾けた。



 向けられた銃口、その奥に見える鋭い眼差しが歪んだ。激痛が体を襲う。遼の放つ殺気に体が強張ったのが原因だろう。思うように体が動かない。トリガーに掛けられたまま、右手の人差し指が震え、銃口が僅かにずれた。

 弾丸は硝煙を噴かせ銃口から放たれる。しかし、彼の額ではなく右肩を貫いた。



(クッ……)


 心の奥で呻く。外した事よりも、脇腹の痛みと現在自分の置かれた状況に一笑する。己の不甲斐無さに、己の力の無さに、笑う事しか出来なかった。

 引き金に掛けられた指からは力が抜け、口からは小さな吐息が漏れる。諦め。それが自然とそうさせた。これ以上戦っても勝てない事も、自分の体が限界の事も全て分かりきっていたが、それでも楓は視線だけは強くあった。


「私は、あなたを止める。あの日犯した過ちを正す為に」

「無駄な事だ。キミには僕を倒す力も、止める力も無い。いや、正確には倒そうとも止めようとも思ってなど無い」

「そ、そんな事――」

「キミは僕に過去三度発砲している。さっきの一発と、ここに来てすぐ一発。そして、最初の一発は五年前あの日。キミは全て外した。一発目は故意的に」

「そ、そんな事無い!」


 叫び引き金に掛かる指に力を込める。だが、引く事が出来ない。彼の言っている事の半分が当っているからだ。体から無意識に力が抜ける。それと同時に遼の声が耳元で聞こえた。


「ほら、言ったろ?」

「!」


 突然の事に驚く楓は反射的に振り返ろうとした。だが、それよりも早く遼の右手がスッと楓の背中へと触れる。体中に流れる氣が瞬時にザワメク。身の危険を知らせるかの様に体全体に大きな鼓動を広げた。


「それじゃあ、オヤスミ。絶――」

「クッ!」


 体が動かない。遼の纏う殺気に足が震え逃げる事さえ許されなかった。


「――空!」


 不適な笑みと共に遼の右手が光りを放つ。背後に感じる膨大な氣に楓は死を覚悟し、右手に持った銃を静かに下ろした。

 光りは全てを喰らう。音も、景色も、何もかもを。呑み込み静寂が辺りを支配する。が、次の瞬間破裂音と共に、爆風が全ての光りを打ち消した。

 遅くなりました。

 第8部が終わりました。

 このまま行くと、第10部位で終わりだと思います。

 最後まで頑張りますので、よろしくお願いします。

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